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ヒモノ女子は優雅に腐る  作者: せりもも
第5章 歴女もオジサマもひっさらってBLへ

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第27話 アレはクセになるから


 まさか。

 まさか本谷さん……、


 典子と古海の結婚を匂わせた時の本谷の顔を思い出して、もなみは眉を顰めた。


 最初、もなみは、本谷は典子のことを好きなのだと思っていた。

 ヒモノで腐女子であることを除けば、典子は、フツーにかわいい。

 古海の努力の甲斐あって。


 本谷は、ある程度、典子の正体を知っているはずだ。それでも、まだ、夢を捨てきれていない部分があるらしかった。


 だって。

 好きでもない人の為に、早朝出勤して、ダンスのレッスンに付き合うとか?

 好きでもない人の為に、女装して、男とダンスを踊るとか?


 しかし、後からよく考えてみると、それらは、自発的な行為ではない。

 ことごとく、典子にはめられている。


 ダンスは、敵前逃亡した典子の為に、講師の神田に無理やり仕込まれただけだ。

 ドレスだって、典子が奸計を用いて、陰でこそこそ作らせた物だ。


 本谷は、典子と話していると、時々、真っ赤になることがある。

 それが、本谷の典子への気持ちの表れだと、最初、もなみは思っていた。しかしある日、近くでその会話を聞いて、誤解だと悟った。


 ……あれは、まごうことなき、セクハラ。


 ベッドでの体位がどうのこうの。

 カラダの相性がどうのこうの。


 ……お嬢様のメンタルは、スケベオヤジそのものだわ。


 そうまでして、本谷をBLに開花させたいのかと、もなみは呆れた。


 ……開花、させたいんでしょうね。

 ……だって本谷さん、きれいだもの。

 ……きれいで、奥手で、意外と乙女。


 もなみにしてみれば、もの足りない物件ではある。

 それでも、世間一般の女子から見れば、まさに上玉、理想といっても過言ではなかろう。


 あまりにももったいない話だった。

 今ならまだ、間に合うと、もなみは思った。


 しかし。

 意外な伏兵が……。


 古海だ。

 一乗寺社長に気に入られている、ブラックホース。

 古海が典子と結婚するとか、それだけは絶対にありえないと、もなみにはわかっている。


 ……だって、古海さん、女性には全く、全然、興味がないし。

 古海が普通の男だったら、とっくに自分が喰っていた……じゃなくて、喰われていた。


 だが古海は、出会った時に一度、冷たいまなざしでもなみを見ただけで、全てをわからせた。


 ……筋金入りだわ。

 腐女子の典子と、普通じゃない古海。


 このまま二人のそばにいたら、本谷が危ない、と、もなみは憂えた。

 なんとか、こちら側に踏みとどまらせねば。


 本谷に、古海と典子の結婚の可能性をほのめかせたのは、軽くからかってみただけだ。


 ……それなのに。

 あの、驚愕の表情は。

 それから、我を失って、ぼーっと、突っ立っていたっけ。

 声を掛けたら微笑み返してきたが、痛々しいくらい、わざとらしい笑みだった。


 ……まさかね。

 ……まさか手遅れ?

 ……久條先生に迫られているうちに、その気になっちゃったとか?

 ……それじゃ、お嬢様の思うツボじゃないか……。


 そこまで考えて、もなみは頭を振った。

 混線している。

 もはや、自分の手には負えない……。



**



 「直緒さん、わたしのスマホ、知らない?」

七夕の日。朝、会社に着くなり、典子が尋ねてきた。


 机に鞄を置き、直緒は答えた。

「知りませんよ」

「昨日から見当たらないのよねえ」


典子がぶつぶつ言っている。


「固定電話の調子も悪いのに、スマホまで、どっかいっちゃって」

「よかったら、僕のをお貸ししましょうか?」

「え? いいわよ、悪いもの。人さまのスマホなんて」


妙に遠慮深い。


「プライバシーがね」

「構いませんよ。隠さなくちゃならないような友達はいませんから」

「いえ、あのね……」


 どうやら、自分の履歴を内緒にしたいらしい。これから連絡を取る人を、知られたくないのだ。

 編集者にとって、著者の新規開拓は、デリケートな問題だ。企画会議に出すまでは、その存在を秘密にしておきたいことが多い。


 たぶん、典子には、原稿を頼みたい、とっておきの著者がいるのだ。

 そう、直緒は思った。


 黙って、出しかけたスマホを引っ込めた。



 典子のスマホがみつかったのは、全くの偶然だった。

 終業時間も間近になった時のことだ。

 直緒は、本棚の前にいた。


 「何してるの、直緒さん」

 パソコンとにらめっこしていた典子が声をかけてきた。口の中でキャンディーを転がしている。

「たしかここに、基本六法があったはずですよね」


 その日、直緒が校正していたのは、もみぢ先生の新刊だ。

 今回、小説の主人公は、弁護士だった。

 非常に仕事熱心な男で、プライベートでも、やたらと法律の条文を引用する。

 この条文が間違っていないか、原典と照合する必要があった。


 「えらいっ!」

典子が叫んだ。

「法律なんて、ほんと、どーでもいいけど、でも、その姿勢は大事だわ。直緒さんって、まじめな人よね」

「よく言われます」


 ……まじめ。

 たいていは、軽くからかうように言われるのだけれど。

 でも、典子は、本気で褒めてくれているようだった。

 それが、直緒には、嬉しかった。


 背伸びして、一番上の棚にあったポケット版六法の箱に指をかける。

 典子には、踏み台に乗らないと届かない棚だ。


「あれ……」

取り上げた六法のケースは、妙に軽かった。かさっと、中で何かが動く。

「……典子さん。ここにあなたのスマホが……」


「へ?」

典子が間の抜けた声をあげた。

「なんでそんなところに……」

「寝ぼけて仕舞ったんじゃないですか?」

「だって、わたし、その本に触ったこともないし」

「よく、ここで、踏み台に座って、薄い本を読んでるじゃないですか」


直緒はぶつぶつ言った。


「で、肝心の六法は、どこにいっちゃったんだろ」

「大丈夫よ。著者のもみぢ先生だって、調べてお書きになってるでしょうから」


口から甘ったるいキャンデーの香りをさせながら、典子が近づいてきた。


 「あ。ディスプレイ、真っ暗。充電しなきゃ」

「急いでください。もう時間がありませんよ」

「すぐに使えないわ。会社を出る前に、どうしても、連絡を取りたかったのに」


 ひとりでぶつぶつ言っている。

 ポケット版六法は、一つ下の段に、裸で置かれていた。

 それを手に取り、直緒は言った。


「きちんとチェックしなきゃ、だめですよ。著者の先生だって人間です。もみぢ先生も、条文の写し間違いをなさることだってあるだろうし。だから、編集サイドでしっかり正誤チェックをしなくちゃ」

「大事なのは、ラブとか萌えとかラブで、法律なんて、ソエモノでしょ?」


 スマホが使えない典子は不機嫌だった。

 真面目な顔で、直緒は糾した。


「モーリスにいい加減なクオリティーを許さないと言ったのは、典子さん、あなたでしょ。最高の作品には、最高の入れ物を。確か、そう言いませんでしたっけ?」

「……言ったけど」

「それに、著者を守ることも、僕ら編集の仕事なんですよ」


 法律の条文が間違っていた、などというクレームが来たら、著者の傷になる。

 そもそも、正誤チェックができる事柄に誤りがあった場合は、それは、編集の責任なのだ。

 だから直緒は、一文一文、一語一語を、決して、ゆるがせにしない。

 六法を手に、直緒は机に戻った。


 「すぐにスマホを使いたいのに。仕方ない、あとでお店から……」

典子がつぶやいている。


 焦ることはない、と直緒は思った。

 典子が連絡を取ろうとしているのが、本当に魅力のある書き手なら、きっと大丈夫。

 ご縁はきっと、繋がっているのだから。


 時間が迫っていた。

 六法とゲラと突き合わせ、直緒は、慎重にチェックを始めた。


 ちなみに、この作品に出てくる弁護士は攻めだった。

 受けは、もちろんヤクザである。



**



 その日、業務が終了してから、典子と直緒は、とある繁華街へ向かった。

 「だから電車で行くといったのよ」

ベンツの後ろ席にふんぞり返って、典子がのたまう。

「この時間に車で移動なんて、あなたは正気なの、古海?」


 帰宅ラッシュに引っかかって、大通りの車はびくとも動かない。

 待ち合わせまでにはまだ時間があるが、直緒も気が気ではない。


 落ち着き払って、運転席の古海が言った。

「何をおっしゃいます、お嬢様。こんな時間にこのような怪しげな場所を歩かせるわけには、断じて参りません」

「大丈夫よ。誰も、わたしに手を出さないわ」

「そんなことを自信たっぷりに言って、どうします!」


 古海は憤然と言った。

 それから調子を和らげ、付け加えた。


「それに私が心配しているのは、お嬢様、あなたではありません。わたしが心配しているのは……」


 ルームミラーに、ちらりと切れ長の目が向けられた。

 直緒は慌てて俯いた。

 したり顔で典子が頷く。


「あ。そうか。この辺は多いものね、その手のお店が」

「……。知ってて選んだくせに。あなたがこれから行く店も、そういう店でしょ」

「あら、古海、なぜ知ってるの? 『ロジエ・ルージュ』が、その手の店だって」

「それは……」


「その手の店って、どの手の店です?」

限りなく不安を覚え、直緒は尋ねた。


 これから、大河内先生の接待に行くのだ。

 時代小説の大家・大河内先生に、是非、BL小説をお書き頂く。

 人気のある先生の作品なら、大勢の読者が、モーリス出版の本に注目するだろう。

 BL本を一般文芸の仲間入りさせるために、大河内先生の助力は、是非、欲しい所だ。


 先生はしぶっておられるのだが、ようやくのことで、典子が接待の約束を取り付けた。

 その席で、先生を口説こうという腹積もりだ。

 直緒が何度訪問しても、先生は会ってさえ下さらない。

 そのことを思えば、今回の接待は、貴重なチャンスといえた。

 典子の実力である。

 ……実際の所は、父親である一乗寺社長のコネを使っただけなのだが。


 ……その手の店。

 だから、あまり変な店では困る。


「美人さんがたくさんいる店よ。大丈夫、先生もきっと、満足なさるわ」


 典子の言う「美人」って……。

 直緒の不安は募るばかりだ。


 典子は平然と言った。

「大丈夫、直緒さんは、大船に乗った気でいて。ねえ、古海。遅刻はよくないって、あなた、いつも言ってるでしょ?」

「遅刻なんてさせません。でも、お時間が心配なら……」


 古海がウインカーを出した。

 車は大通りを右折し、暗い路地へ侵入した。

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