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ヒモノ女子は優雅に腐る  作者: せりもも
第5章 歴女もオジサマもひっさらってBLへ

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第22話 気をつけた方がいいですよ……





 翌出勤日、モーリスのオフィスへ出社すると、メイドが迎えに来た。

「お嬢様は朝食をお召しです。いましばらく時間がかかりそうなので、ダイニングで打ち合わせをしたいとのことです」


 パワー・ブレックファストというやつか、と直緒は思った。

 朝の時間を有意義に使う為に、朝食を摂りながら会議などを行うのだ。


 しかし、すでに出社時間は過ぎている。

 この時間に朝食ということは、典子はまた、寝坊したのだろう。

 つまり、単なる無精でしかなく、「パワー・ブレックファスト」という言葉は使えない、と、心の中で訂正した。



 「ダンス、素敵でしたね。日頃の練習の成果が出たんですね」


 先に立って歩いていたメイドが、振り返ってささやいた。

 驚いて顔を見ると、本宅でずっと典子と一緒にいたメイドだった。

 そういえばこのメイドは、典子にダンスを教えている間も、ずっとそばにいた。


「古海さんとの息も、ぴったりで」

「メイドさん、」


 やっとのことで直緒は言った。

 しかし、何をどう、続ければいいのかわからない。


「篠原もなみ」

メイドは言った。

「私の名前です。女性の名前を覚えることは重要です。まずはそこから。それが、あなたの身を護ることになるんですよ」



**



 「直緒さん!」

ダイニングルームで食卓に向かってスプーンを弄んでいた典子が、嬉しそうに叫んだ。

「ごめんねえ、直緒さん。古海の説教が長くて」

「まだ、半分も言っていません。私はまだまだ、言いたいことがあります」


 傍らに控えた黒服が吐き捨てるようにつぶやいた。

 そして古海は、直緒の前にティーカップを差し出した。

 典子への態度とは真逆の、優しい手つきだった。

 芳しい紅茶の香りが立ち昇る。


 挑発するように、典子が古海を見た。

「言いたいこと? なによ」

「屋敷内をうろうろ歩き回ったこと、お客さんの上に鼻血を垂らしたこと、ペ、」

こほん、と咳をした。

「ファンデーション用アンダーウェアを落してきたこと」


「あ、それ、私が回収しました。ペティコートのことでしょ?」


 メイドが口を出した。

 古海はじろりとメイドを見、すぐに目を逸らせた。


「公共の場で下着を脱ぐとは。許しがたき暴挙です。良家の令嬢が、」

「よもやそんなことをするとは、誰も思わないから、大丈夫」


 けろりとして典子が継ぎ足した。

 どろどろした液状のものを掬って、口に運ぶ。


「げ。これ、甘くない」

「オートミールです、お嬢様。本日は、大麦のおかゆらしく、お砂糖は入れませんでした」

メイドが言うと、典子は顔を顰めた。

「まずい……」


「なにより許しがたいのは、」

とん、と、水の入ったグラスを女主人の前に置きながら、古海が言った。

「直緒さんを身代わりに仕立てたことです。女性用のドレスや靴まで用意して。全く。なんてことだ」


 直緒は紅茶にむせた。

「だいじょうぶですか、直緒さん」

すかさず、大きな掌が、直緒の背を撫でる。

「だ、大丈夫ですから!」

 身を捩って、直緒は、その手を逃れた。


 「でも、直緒さん、とってもステキだったのよ! お客さんたちも大喜びだったわ! ダンスも完璧だったし!」

「お嬢様が踊るより、ずっとよかったですね」


はしゃぐ典子とメイドに、古海が強い口調で断じた。

「それがいかんと言うのです! 直緒さんを人前に出してはいけないのです! だめです。それだけは、絶対」


メイドが目を丸くした。

「えと。高いお金を払ったダンスのレッスンをまるなげしたことじゃなくて? 女装させたことじゃなくて?」

「そっちじゃありません。とにかくこのひとを、人の目に触れさせたら、だめなんです!」


 「それじゃ、雇った意味がないじゃない」

ぼそりと典子がつぶやいた。


 ため息をついて、古海が背を向けた。

 ダイニングルームの入口まで、空になったワゴンを押していく。



「雇った意味?」

思わず直緒は聞きとがめた。

「いいえ、こっちのこと。ま、計画は順調にいっているし……」

「計画ですって?」


「大物が喰いつきましたものね」

楽しそうにもなみが答えた。

「しっ、モナちゃん! 古海に聞こえる!」

慌てたように典子が遮る。

「え? だって、あの場には古海さんもいたじゃないですか。本谷さんが踊ったのは……、」


「なんです、こそこそと」

ワゴンを廊下に出した古海が戻ってきた。

「な、なんでもないわっ! 盛大なパーティーだったわねって話してただけ! ね、モナちゃん」

「え? ええ、まあ」


古海が小首を傾げた。

「なにかあったのですか? なにしろ私は、ダンスの時間、会場にいなかったので」


 思わず直緒は顔を上げた。メイドも不審そうな顔をしている。


 二人をさしおいて、早口に典子が言い募った。

「なにもなかったわよ。とにかく素晴らしかったの、あの日の直緒さんは!」

「おやおや私も見たかったものですね」

「え? だって古海さん、いたじゃないですか。というか……」

メイドが言うのを、古海が遮った。

「いいえ。舞踏会に出られなくて残念でした。直緒さんのダンスが見られなくて、本当に残念でした」


 久條に壁際まで追い込まれた直緒を、助け出してくれた男。

 そして、シャンパンをかけられた久條が強制退場させられた後、直緒にダンスを申し込んだ男。

 彼は、最後まで仮面を外さなかった。


 「だってあれ、本谷さんが踊ったあの男性は、古海さんだったんでしょ?」

メイドが直球で決めつけた。


「いいえ」

さも意外そうに、古海は否定した。

「私はその時分、社長の用事で外出しておりました」


「へえ? ほんとに?」

メイドは疑っているようだった。


「そうよ、あれは古海じゃなかったわ。直緒さんの踊りのお相手は。だって、二人のダンスを見て、わたし、止まりかけていた鼻血が、また出ちゃったのよ? 久條先生の壁ドンで出た鼻血よ。一度止まってたのに」

やっとのことでオートミールを呑みこみ、典子は鼻を鳴らした。

「わたしはね。古海を見て萌えることなんて、金輪際、天地がひっくり返ってもあり得ないの。だから、あれは絶対、古海じゃない」


「それはそれは。光栄でございます」

いやみ全開で、古海が言った。


「でも、じゃ、誰だっていうんです?」

なおも直緒は食い下がった。


 だって、直緒は見たのだ。

 あの男の左の耳たぶに、小さなほくろがあるのを。

 古海と同じ位置に、同じほくろを。


 古海に目をやると、彼は、手を左の首筋に当てた。

 微かに小首を傾げる。

 まるで、耳たぶのほくろを隠しているように、直緒には見えた。


 憤然と典子が答えた。

「知らないわ。お父さまがどこかで調達してきた人でしょ。どうせノンケの御曹司よ。あいにくわたしは、興味ないから」


「……」

 直緒は絶句した。


「それでは、私は、朝の仕事がございますので」

慇懃に古海は頭を下げた。

「お食事が済みましたら、お嬢様も、オフィスへお出になられますよう」

そう言って、彼は、足音も立てずにダイニングルームを出て行った。





 「でも、おかしいですね」

納得がいかないという風に、メイドが首を傾げている。


「なにが、モナちゃん?」

ブルーベリーに蜂蜜をかけながら、典子が尋ねる。


「ドレスでございますよ」

「ドレス?」

「ええ。お針子さんからは、ドレス2着分の請求が来ました。ピンクのと緑のと。別邸の会計を取り仕切っているのは古海さんですから……」


「あっ!」

典子と直緒は、同時に声を上げた。


 そうだ。

 古海は一乗寺家別邸の家令だ。

 家令の最も重要な仕事は、主家の財産管理だ。


「古海には内緒にしていたのに! だって、直緒さんのドレスを作るなんて、絶対、許すわけないもん!」

「請求書のことを忘れていたなんて、お嬢様もとんだ、ドジをやらかしましたね。ふたつのドレスは、サイズまでしっかり書いてありましたから、」


「ま、待ってください」

やっとのことで直緒は言った。

「じゃ、古海さんは、ドレスが2着あることを知ってて、……しかもそのうちの1着は、明らかに典子さんのサイズでないと……、それで、知らん顔をしていたと?」


「パーティーの前、お嬢様の衣装の入った荷物を本宅に運び込んだのもあの人ですし。私は、全部お見通しだったと思いますね、古海さんは。お嬢様の計画のことを」


「でも、この勝負、わたしの勝ちよ。だってあいつは、直緒さんにドレスを着せることを止めることができなかったんだからっ! 直緒さんのダンスを止められなかったんだから!」


 典子が叫んだ。

 目をキラキラ輝かせている。


「いや、そうじゃなくて、典子さん……」


「恐らく、採寸の段階からご存じだったんじゃないですか? それと、お嬢様がダンスのレッスンを本谷さんに押し付けていたことも」

「……なぜ?」

 掠れた声で、直緒が聞く。

 メイドの返事はよどみなかった。


「そりゃもちろん、本谷さんにドレスを着せる為に決まってるでしょ」

「えっ!」

「そして、本谷さんとダンスを踊る為です」

「ええっ!」


「気を付けた方がいいですよ、本谷さん。心の底からそう、申し上げときます」

メイド……篠原もなみは、真剣な顔で、そう言った。



「でも、」

蜂蜜で口の周りをてらてら光らせた典子が割り込んだ。

「あれは古海じゃなかったわよ」


  ……あ。

不意に直緒は理解した。


 古海さんとは踊りません……。

 自分がそう言ったから?

 そう言って、彼とのダンスを拒絶したから?



「直緒さん、熱でもあるの?」

不審そうに典子が、顔を覗きこんだ。

「顔が真っ赤よ」

「いえ……」


「ああ、久條先生のことを考えてたのねっ!」

嬉しそうに、典子が叫んだ。

「そういえば、久條先生ね。もとはといえば、お父様が招待した人だったの。モーリスで書いてくれないか、って、純文学系の作家さんを何人か。あと、お父様のご趣味の時代小説家も」


「ああ、それで、あの先生も、パーティーにいらしたんですね」

納得がいったというふうに、メイドがつぶやいた。

「女性同伴で」


 口の端をぺろりと舐め、典子が頷いた。

「パーティーが始まる前にパパから、招待した作家さんの写真を見せられてたの。だから、廊下で久條先生を初めて見た時、なんか見たことある! ってピンときたの!」


 「あの、」

おずおずと直緒は口を挟んだ。

「パーティーの時、初めから先生は、僕のこと、典子さんじゃないと見破っておいででした。典子さんのお顔を御存じのようでしたけど?」


ついでに男であることも見抜かれてしまったわけだが。


「それはね、モナちゃんと逃げる途中、お父様の執事とすれ違ったのよ。彼が、わたしの正体を久條先生にバラしたに違いないわ」

「逃げる? 逃げるような何を、典子さんはなさったんです」

「別に。ただちょっと、覗き見しただけ」


直緒は脱力した。

「覗き見したらダメだって、あれほど古海さんに言われてるじゃないですか……」


 その名を口にした途端、また、頬に血が上った。

 そんな直緒を、メイドがちらりと見た。


「お嬢様、お口の回りが、」

話をそらすように言って、典子の口の回りを、ナプキンでごしごしこすり始めた。


 「いたっ、いたいわよ、モナちゃん」

「食べながらおしゃべりしちゃだめでしょ。せめて口の中のものを飲みこんでからになさい」

「あなた、古海に似てきたわよ、モナちゃん……そうそう、それでね、」


典子は直緒に向き直った。


「今朝、直緒さんにここに来てもらったのはね。そろそろ次の企画を進めてもらおうと思って」



ここだけ、前章「一乗寺家の舞踏会」の後説になっています。

次の話から、新しい話が始まります。

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