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ヒモノ女子は優雅に腐る  作者: せりもも
第4章 一乗寺家の舞踏会

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第17話 肉食系メイド登場





 「ほおら、お嬢様。まあ、なんておきれいなんでしょう」

一乗寺家別宅のメイド、篠原しのはらもなみは、お世辞を言った。


 きれいなのはドレス、アクセ、靴。

 エステに美顔、その上で、有名皮膚科医推奨の高級ファンデを塗っている。

 髪の毛のセットは、予約半年待ちというカリスマ美容師によるものだ。ちなみに、VIP待遇で、毎回、予約要らずで指名している。


 これで、きれいにならない方が、どうかしている。

 ここまでしてもらえるこのお嬢様は、なんと幸せな境遇なのだろう。


 お母さんは亡くなっていて、今のお母さんは、義母だと聞いている。お父さんや腹違いの弟さんとは別居状態。

 その事実を割り引いても、うらやましいと、同じ年頃のもなみは思う。


 「……」

なのに、この令嬢は、仏頂面である。

 頬杖をついて、窓の外を眺めている。



 ここは、一乗寺家本宅。

 もうあと一時間もすれば、海外からの賓客を交えてのパーティーが始まる。

 それまでに、一乗寺家令嬢、典子のお支度が、なんとか済んで、もなみとしても、ほっとしている。


 ……この1ヶ月間、お嬢様をエステへ連れて行こうとして、途中で何度、逃げられたことか。


 ……美容室に送り届けたはずのお嬢様を、何度、オタク系の本屋に探しに行ったことか。


 ……そして、風呂! 汚部屋となりはてたあの部屋から……どうやれば、あそこまで散らかすことができるというのか! ……汚部屋から引きずり出し、お湯に漬け込むまでの、なんと困難で危険なミッションだったことか! ……毎回、もなみの両手は、ひっかき傷だらけになった。猫を入浴させる方が、まだ、たやすいくらいである……


 だが、全ては、過去の笑い話である。

 無事、この日を迎えることができて、本当に良かった。

 世話の焼ける令嬢を、ここまで仕立てることができて、もなみは、自分を褒めてあげたい気分である。



 遠慮がちにノックがした。

 もなみが返事をすると、お嬢様の部下の、本谷が入ってきた。

 イケメンで、優しい。

 以前、本谷は、両手にいっぱい洗濯物を抱えていたもなみの為に、ドアを開けてくれたことがあった。


 もなみの職場には、女しかいない。

 それは、過保護の一乗寺社長が、娘に男を近づけたくないからだ。

 あのお嬢様は、男だったら2人以上いないと、気にも留めないというのに。

 2人以上いたとしても……、

 遠くから眺めて、にたにたしているだけだ。

 まったくもって、別邸に男を置かないと言うのは、無益無駄以外のなにものでもない。


 唯一の例外は、家令の古海だが、彼は、ああいう人だから……。


 こういう環境が、もなみには苦痛だった。

 基本、もなみは、男が好きである。

 一般男子が。

 つまり、女が好きな男である。



 ドアを開けたもなみに、軽くほほ笑みかけて、本谷は室内に入ってきた。

 何気ない心づかいがいいんだよな、と、もなみは思う。


 ……イケメンの微笑は、なぜ、こんなにも、ささくれた心を潤すのであろう。


 「典子さん……」

本谷は言いかけて、立ち止まった。

 その目は、もなみを通り越し、着飾った典子を見つめている。

「典子さん!」

 言いかけて、ひどくびっくりしたように目を丸くしている。

「あの。すごく……きれいだ」


「孫にも衣装と申しますか、馬の耳に念仏、猫に小判……」

もなみは言った。

「孫ではなく、馬子。『馬の耳に念仏』と『猫に小判』は同じ意味ですが、『馬子にも衣装』とは、意味が違います」

素早く校正されてしまった。


 ……これがなければ、本谷さん、すごくイイ人なんだけど。


 「はい、これ。御指定の本」

もなみの心中など知るよしもない。本谷は典子に、「薄い本」を手渡している。

「こんな時にまで、著者発掘とは。本当に仕事熱心ですね」


 「ありがとう、直緒さん」

典子は弱々しく言って、「薄い本」を受け取った。

「今はこれだけが、わたしの精神安定剤……」

「仕事が精神安定剤だなんて。編集者にはありがちですが、困ったことですね。職業病でしょうか」


 ……違うから。本谷さん、それ、違うから。単なるお嬢様の趣味だから。

 力いっぱい、もなみは思った。

 いつも思うことだが、この2人の会話は、全くかみ合っていない。



 本を渡して、本谷は立ち上がった。

「じゃ、僕はこれで」

「だめ」

「え?」

「帰っちゃダメ。ここにいて」


 ……おっ、お嬢様、直球。

 もなみはちょっと感心した。

 深窓の令嬢としては、ずいぶんと思い切ったことを言う、と思った。


「だって、僕は、一乗寺建設とは、なんのゆかりもありませんし」

本谷の方が、もじもじしている。

 それから、顔を上げて、にっこりと笑った。


 大輪の花が咲いたようだと、もなみは思った。


 本谷は言った。

 「ダンスが心配なんですね? 大丈夫ですよ。あんなに練習をしたのですもの。きっとうまくいきます」


 ……あんなに練習したってぇぇぇ?

 ……神田先生の講習を、本谷さんに丸投げしてたのにぃぃぃ?

 ……あんなイケメン講師だったのに。

 ……なんともったいない真似を!


 「大丈夫。あなたなら、大丈夫」

噛んで含むように、言い聞かせている。


 ……本谷さん、優しい。

 それなのに典子は、さらに、本谷の人の良さにつけ込んだ。


「直緒さんにも、パーティーに出て欲しいの」

「ええ?」

本谷は目を丸くした。

「そんな。困ります。僕、そういうの、慣れてないし」

「わたしはもっと、慣れてないしぃ。だから、直緒さんが一緒でなくちゃ、いや」


 ……、おっ、お嬢様が、媚びている!?

もなみは目を丸くした。

 でも、どちらかというと、女同士の連れション的発想だ。休み時間に、トイレへ一緒に行くという、アレだ。

 本谷は男だけれども。


 典子ごときにねだられ、かわいそうに、本谷は、焦りまくっている。


 ……きっと、女性経験がないんだわ。こんなにイケメンなのに。


 「そ、そ、そんな……。えと、マナーとか、会話、そう、知らない人ばっかりで何をしゃべったらいいか……」

「直緒さんは、わたしと一緒にいるからいいのっ」

「だって、服も……ほら、僕、今日は私服ですよ?」


 本谷は、カットソーの上に、フードつきのパーカーを重ねていた。下はジーンズ。細身の彼に、よく似合っていたが、普段のスーツ姿と違って、幼くさえ見える。


 「大丈夫よ。衣装なら用意してあるわ」


「ええーーーっ!」

もなみは思わず、大声を上げてしまった。

「お嬢様。アレはいけません。あれは、観賞用で、実用ではありません」

「いいえ、あれは実用よ。きちんとサイズを測って、作らせたんだから」

「だって、実用したら、古海さんにバレます! バレないわけがない!」

「モナちゃん。あなたの主人は、誰?」

「典子お嬢様です」

「そうよね。古海でなく」

「もちろんです」

「なら、持って来て」

「私が後で、古海さんに叱られます」


 ……あの人、怖いから。

もなみは思った。


 古海には、どんな媚も、女性らしいお愛想も、通用しない。

 だから、苦手だ。


 「大丈夫。モナちゃんが叱られたら、わたしがかばってあげるから。……古海なんか、怖くないんだから」


 ……お嬢様、御自分だって、古海さんには頭が上がらないくせに。


 常々、典子の古海への態度は、ひどく恩知らずだと、もなみは感じていた。

 ヒモノであられるお嬢様が、曲がりなりにも、女子の格好をしていられるのは、古海さんのお陰なのに。

 ジャージ以外の服を着させる。

 きちんと食器を使って、食事を摂らせる。

 風呂、洗顔等を済ませるまで、口うるさく説教しながら、つきまとう。

 ……。


 腐女子がうつるという理由で、別宅のメイドは、お嬢様の部屋へ入れさせてもらえない。

 唯一の例外が、もなみだ。



 もなみは、中学の頃、家出をして、知り合いの家を渡り歩いていた。

 セックスの経験(もちろん、異性との)は早く、こなした人数も多い。


 ある日、その夜はどうしてもねぐらを確保できず、路上でうんち座りしていたら、黒服の男が歩いてきた。

 かなりタイプだったので、声をかけてみたところ、ものすごい目でニラまれた。


 ……チビりそうになるほど、コワかった。


 それが、古海だった。

 もちろん、古海とは、今に至るまで、なにもない。

 あるわけない。


 ただ、もなみの奔放な経験が見込まれたらしく、中学卒業を待って、一乗寺家のメイド見習いに採用された。

 どうやら、腐る恐れなし、と判断されたようだ。


 古海には、びしばししごかれた。紅茶の淹れ方から、テーブルセッティング、掃除にアイロンかけ、着付けに生け花、ありとあらゆる面で、ダメを出された。


 しかし、苦手な男ではあるが、もなみは、古海に感謝している。

 実家や学校、市役所とまで粘り強く交渉し、働きながらも、高専まで行かせてくれたのだから。

 金は、一乗寺家が出したのだが。




 古海の名が出た辺りで、本谷が、あきらかにそわそわし始めた。

 本谷さんはこの頃おかしい、と、もなみは思う。

 出社の時間をずらしたり、昼休みもオフィスから出て来なかったり、なんだか、古海を避けているような気がする。


 ……ま、仕事が仕事だからね。キャラ崩壊しても、無理はないわね。

 そんな風に、もなみは理解している。

 ……それにしても、古海さん、お嬢様にも本谷さんにも、煙たがられるとは。



 「古海さんは?」

微かに震える声で、本谷が尋ねた。

「知らない。大方、お父様のご機嫌をとってるんでしょ」

相変わらず冷淡に、典子が答える。


 本宅に着いてから、もなみは、古海の姿を見ていない。

 もっとも、着いてすぐ、典子の着替えに取り掛かったので、古海の出番はなかったわけだが。


 「僕、もう帰らなきゃ」

本谷が立ち上がった。

 よほど、古海に会いたくないらしい。


「だめよ……」

典子が言いかけた時、また、ドアがノックされた。

 もなみが答える暇もなく、ドアがさっと開けられた。

「おねえちゃま!」

声変わりの途中の声で、少年が叫んだ。


「創!」

「創さま!」

もなみも叫んだ。

「お母様がよく、こちらに寄越しましたね」

「うん。父さまが呼んでるよ!」

ハスキーボイスで、少年が言った。

「はやく来るようにってさ!」

そして、一陣の風のように、立ち去って行った。



 「……断わるヒマもなかった」

ぼそっと典子がつぶやく。

「断るなんて、そんな、親不孝な」

もなみが言う。

「だめですよ、お嬢様」

「家出娘のモナちゃんに言われたくないわ」

「ま。今はちゃんと、休暇ごとに帰ってます」

「あ、そ」

「ご家族様をお待たせするわけにはいきません。とにかく、行きましょ」

せかすように、典子を立たせる。


 「直緒さんはここにいて!」

一緒に部屋を出ようとする直緒に、人差し指を突きつけるようにして、典子が言った。

「わたしが戻ってくるまで。いい? 勝手に帰ったりしたら、だめよ」

 本谷が目を丸くした。


「だいじょうぶ。古海さんは、来ませんよ」

彼の脇を通り過ぎながら、もなみはささやいた。

 案の定、本谷は、ほっとしたようにため息をついた。











「薄い本」とは、ここでは同人誌のことです

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