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ヒモノ女子は優雅に腐る  作者: せりもも
第4章 一乗寺家の舞踏会

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第16話 朝っぱらからセクハラ三昧





 神田に教えられたステップを、終業後、直緒が典子に伝える。

 運動をするということで、典子は、堂々のジャージ姿である。

 本物の中学生を相手にしているようだ。

 だが、直緒に、そういう趣味はない。

 テンションが下がること、夥しい。


 壁一面の鏡の前に、二人、並んで踊る。

 典子のそれは、ダンスとは別の何かのようだ。


「だから、右手と右足が、同時に出てますっ!」

直緒は叫んだ。

「それじゃ、ゾンビダンスですっ!」

言い終わらないうちに、典子は、すてんと転んだ。


 ……ダンス以前の問題じゃないか?

 この人には、運動神経というものがない、と、直緒は直感した。


 典子が、哀れっぽい目で見上げている。

「あたた。直緒さん。起こして」

「だめです。自分でお起きなさい」

「モーリス出版の社是は、女性に優しくあること……」

「部下を生け贄に差し出す上司には、優しくする必要はありませんっ!」

「あ。もしかして、わたしが朝練すっぽかしたこと、根に持ってる?」

「あたりまえですっ」

「だってぇ~、朝は苦手だし~ぃ」

「どうせ、夜遅くまでBLを読んでるんでしょ? 布団に潜って、懐中電灯で照らしながら」

「資料の読み込みよ!」

「そ、そうですか……」


「わたしだって、朝練、出たいのよ? だって、直緒さんと神田先生のペア、素晴らしいもの。でも、朝っぱらからそんなモノ見たら、鼻血が……」

「そんなモノで悪うございましたね、そんなモノで」

「……直緒さん、馬鹿に絡むわね」

「だって……。朝っぱらからセクハラ三昧なんですよ?」

「? わたしは、何もしてないわよ? 第一、ほら、低血圧だから。朝、弱いし」

「典子さんじゃありません」

「じゃ、誰が?」

「……」

「え? もしかして、神田先生?」


 直緒は頬を赤らめ、うつむいた。

 ……って。なんで、俺が……。


 「神田先生が、直緒さんに?」

 よく寝たのだろう、典子のつやつやした黒い瞳が、ぎらぎらと輝く。

「せくはら? セクハラ三昧ですってぇ~? 詳しく。そこのところ、詳しくっ!」

「あの先生、僕の体を、触りまくります」

思い切って、直緒は言った。


 踊っている時の、神田の手が気になる。

 それが必要なポーズなのか、そうでないのか、直緒にはわからない。

 でも、直緒は、女性パートを踊っている筈だ。

 さすがに、尻を撫でたり、胸に手を置いたりは、ないんじゃないか?


 「……やっぱり」

話を聞き終えて、典子は大きく頷いた。

「やっぱりね」

「やっぱりってなんです、やっぱりって」

「だから、神田先生。やっぱり、そうだったんだ」

「そうってなんです? 触られるこっちの身にも、なって下さいよ」


 直緒は男だ。

 男に触られたからといって、騒ぐのは変だ。

 それくらいのことは、わかっている。

 触られて、減るようなものでもない。


 でも、不愉快だ。

 なんだか自分が、物として扱われるようで、不愉快なこと、この上ない。

 鑑賞される「物」にされたような気がして。


 再び典子は頷いた。

「だからわたし、朝のレッスンをお休みしたのよ。神田先生の正体を見極める為に!」

「ええーーーっ! わざとだったんですか!」

「そうよ。直緒さんと神田先生のペアが、もっともっと萌え萌えになるように、わたしの心遣いだったのよ!」

「その心遣い、間違ってます」

「それに、古海から、覗き見はだめだって言われてるし」

恨みがましい声だった。


 そういえば、典子は以前、古海から立ち聞きをたしなめられたこともあった。

 あの時も、古海と直緒のことを変に誤解してた……。


 直緒はきつく言った。

「覗き見? 覗いてないで、あなたが踊らなくちゃダメじゃないですか!」

「わたしは、踊るのが、嫌いなの!」

とうとう本音が出た。

「盆踊りもラジオ体操も、体を動かすのなんて、大嫌い!」



**



 神田の指導には、ひとつだけ、学ぶべき点があった。

 それは、パートナーの体への、さり気ないタッチだ。

 直緒が習っているのは、スロー・フォックス・トロットというダンスだ。

 男性が女性の体を抱くようなポーズもある。相手に触るには、絶好のダンスだ。

 神田が触れてきても、わざとなのかどうか、直緒にはわからない。

 そういうダンスなのかもしれない。

 実に巧妙だ。


 もちろん直緒は、典子の体に触りたいとは思わない。

 上司だし。

 正体、知ってるし。

 それに、直緒が神田に教えられたのは、女性のポジションだけだ。だから、典子をリードして踊ることもできない。


 触る触らないは別として、典子とパートナーを組むことができないのは、ちょっと残念だった。

 もっとも、典子が転ばずに踊ることができるとは思えなかったけど。


 典子のパートナー役は、古海がやった。

 器用なこの男は、神田が帰ると、屋敷のどこからともなく現れる。

 なんだか、神田を避けているようにも見える。

 用もないのに、モーリス出版のオフィスを覗き、典子に追い払われたりしている。


 仕事が終わると、直緒と典子は、地下のスタジオへ移動する。

 直緒が、朝のレッスンを典子に伝授し終えたころ、古海が姿を現す。そして、典子の習熟度合いを見ながら、パートナー役を務めた。


 いつも、当然のように典子と踊るので、直緒はしゃくにさわった。

 典子と踊る古海に腹が立つのか、古海と踊る典子に腹が立つのか。

 どちらかはわからなかった。

 もしかしたら、ただ、仲間外れにされたようで、悔しかったのかもしれない。


 最初に見た、古海と神田のダンスは素晴らしかった。

 だが、典子と古海のダンスは……。

 フォックス・トロット。

 確かに、キツネ踊りだ。

 キツネとゾンビがひっついて踊っている、というのが、一番ぴったりな表現だ。



**



 「どうですか、直緒さん?」

なんとか一曲踊り通して典子がへばると、古海が直緒へ手を伸ばした。

「えと。僕と古海さんは、男同士だから」


 ……ユルそうだけど、チャラくない?

 ……ちょっと遊ぶには最高の相手?

 神田の声がリフレインして、頭が弾けそうだった。


 「そうですよ。私と直緒さんは、男同士です」

顔色も変えずに、古海が言った。

「でも、将伍があなたに教えたのは、女性のステップでしょ?」

「将伍って呼ぶんですね、神田先生のこと」

「ああ、古い友人ですから」

「友人、ですよね」

「そうですよ」

古海は頷いた。

「その伝手で、お嬢様のダンスの講師を頼んだんです。それをお嬢様ったら……」

ちらりと、典子の方へ視線を送った。


 緑色のジャージは、メイドから受け取ったスポーツドリンクを飲んでいた。

 古海は続けた。


「私は、男性のポジションを踊れます。あなたとだったら、もっと完璧に。ですから直緒さん、私と踊って下さい。お嬢さんに模範演技を見せてやって下さいませんか?」

「いやです」


 直緒は顔が赤くなった。

 そんな自分に狼狽した。

 思わず、その時考えていたことを口にしてしまった。


「カヲルって誰ですか?」

「カヲル……」

古海の目が泳いだ。


 「懐かしい名前!」

甲高い叫び声がした。

 450ミリのペットボトル片手に、典子が駆け寄ってきた。

モーリス出版(うち)で前に働いてた人よ。片桐薫ちゃん。ほら、直緒さんの前に」

「あっ!」


 有能な社員だった(女性)。

 典子のたったひとりの(女)友達。

 古海が手を出して、それで、会社を辞めた。

 今では、別の男性と結婚して、海外にいるのではなかったか。


 ……古海が手を出して。


 「あの」

恐る恐る直緒は尋ねた。

「片桐薫という人は、女性ですよね」

「違うわ。男性よ」

「!」


直緒は言葉に詰まった。

「でも、しあわせ書房の桂城さんは、『女の子』って!」

 典子と行った吉田ヒロム先生のイラスト展で、あの無礼な児童書編集者は、確かにそう言った。

 前の女の子、と。


 「ああ、薫ちゃんは、柔らかなファッションが好きだったから。ユニセックスな感じの。間違えたのね、桂城さん。ほんと、失礼な人だわ」

「だって、お、お、男の人と結婚して、今は、海外で暮らしてるって!」

「海外では同性婚が認められるところもあるのよ、直緒さん。日本だって、渋谷区では……」


 「その話はもう止めましょう」

苦い顔で、古海が割り込んだ。

「あまり時間がありません。いいですか、お嬢様。私と直緒さんが、模範演技をお見せします。特に、お嬢様は、ナチュラルターンをよく研究なさって……」


「古海さんとは踊りません!」

きっぱりと直緒は言った。



**



 屈辱のレッスンは、一週間、続いた。

 神田に抱かれての女性ポジションが不快だったのは、いうまでもない。

 機会さえあれば、微妙に触ってくるし。


 しかし、早朝から体を動かすことは、爽快だった。

 プロだけあって、神田のサポートは万全だ。

 直緒は安心して、体を預けることができる。


「君、大したもんだな。呑み込みが早い。体がちゃんとついてくる。ティーンだったら、ひっさらって連れて行くところだった」

 「み、未成年者略取……」

最後のポーズが決まって、息を切らせながら、直緒が言う。


 悔しいことに、神田の呼吸は穏やかだ。

「何言ってるんだい。ティーンエイジャーはのびしろが多いからに決まってるだろ。稽古事を始めるのは、早ければ早い方がいいんだから。でも君なら……」

流し目で直緒を見た。


 最後のレッスンの日だった。

 売れっ子の神田は、その日のうちに、大阪へ移動するという。

 「大阪の次は、ラスベガスだ。どう? 一緒に来ない?」

「何を言う。これでもう、あんたの顔を見ないで済むと思ってたのに」

ばっさりと直緒は言ってのけた。

「セクハラされることもなくなるわけだし」


「あはは、バレてたか」

からっと神田は言ってのけた。


「おまっ、やっぱ、わざと……」

「だって君、かわいいんだもの。困ったように、もじもじしてさ。肌の色が白いから、目元なんか、ほんのり桜色に染めちゃって」

「!」

「さんざんいじめたけど、君はけなげについてきたよね。かわいいね、君」

「か、かわいい? そ、それは、男への褒め言葉としてはどうかと……」

「そういう固いところも魅力だ。リュウが惚れるのも無理ないな。ま、いいよ。悔しいけど、リュウは、君にやる」


 やるって。

 モノじゃないんだから。

 ってゆうか……。


「はああああ?」

「でも、気をつけるんだよ。優しいのは、最初だけ。あいつは、呆れるほど残酷になれる男だから」

そう言うと、神田は高笑いした。


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