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ヒモノ女子は優雅に腐る  作者: せりもも
第4章 一乗寺家の舞踏会

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第15話 男同士で何をヤる




 「スロー、クイッククイック、スロー、クイッククイック」

 「だめ~、わたし、もう、だめ~」

典子がへたへたと座り込んだ。


 緑ジャージ姿だ。

 一乗寺家地下のスタジオ。

 個人の邸宅にこんなに広いダンススタジオがあるとは。

 一乗寺財閥の財力を、直緒は痛感した。


 典子を振り回していた若い男性が、諦めたように手を離した。

「じゃ、10分間の休憩にしましょう」


 男性は目を上げ、不思議そうに直緒を見た。

「……あなたは?」

「本谷直緒。典子さんの部下です」

直緒は答えた。

「典子お嬢様の? ほう。それはそれは」

妙に含みのある言い方だった。

「僕は神田かんだ将伍しょうご。典子お嬢さんのダンスの講師をやっている。ご覧のとおり、ね」


 細身で引き締まった体をしている。典子を振り回していたことから、体力も充分にあるのだろう。

 神田は続けた。

「でも、言ってみれば、君、部外者だろ? なんでここに?」


 上から目線を感じた。

 何か言い返そうとしていると、古海が割って入った。


「お嬢様、たってのご希望です。直緒さんと一緒でないとどうしてもいやだと申されまして」

「またはじまったのか。典子お嬢さんのわがまま」

神田はにやりと笑った。

「じゃ、本谷君。一曲、お相手願おうか」

「へ?」

「見てたろ? 基礎のダンスさ」

あざ笑うように神田は言った。


 直緒は、むかっとした。


 神田が合図をすると、軽快ではあるが、どこか哀調を帯びた曲が流れ始めた。

「4分の4拍子。ジャズだ。一乗寺さんのパーティーには、年配のお客が多いから」

そう言うなり、神田は、直緒の両手を、ぐいと掴んだ。

「ほら、いくよ」

右腕をいっぱいに伸ばされ、左腕を神田の肩にかけさせられる。


 神田の顔が、目の前にあった。

 自分のポジションは、女性のそれではないのか?

 直緒は狼狽した。


 「ちょっと、」

「フェザーステップ。スロー、クイック、クイック、スロー、クイック、クイック……」

いきなり後ろに押され、ステップを踏まされる。

 あやうく仰向けに倒れるところだった。

「危ないじゃないですか。急に押すなん……」


「次は、リバースターン!」

 左前方にぐいとひっぱられた。

「わっ」

不意のことで体が対応しきれない。


 直緒は、つんのめって転んだ。

 同時に、神田の手が、さっと離れる。


「失礼。初心者だったんだ」

上から、嘲るような笑いが降ってきた。


 「あ、あたりまえだ……」

一介の、書籍編集者、しかも実務担当に、ダンスの心得など、あるわけないではないか……。


 「直緒さん」

古海が駆け寄ってきた。

「大丈夫ですか、直緒さん」


「大丈夫です」

古海の手を払いのけ、直緒は立ち上がった。

 神田を、ぐっと睨む。

「言いたいことがあるなら……」

「別に。僕はただ、お手合わせ願っただけ。まさか初心者だったとは」

馬鹿にしきったようにふっと笑った。


 直緒は心底、腹が立った。

 だが、神田は、すでに直緒など眼中にないようだった。

 古海の方に向き直った。

「口直しに、一曲どう?」


 直緒に対するのとは、まるで違う口調だ。

 つやっぽいというか、色気があるというか……。

 そう考えて、直緒は頭を振った。


 古海も神田も、男同士じゃないか。

 自分は、どうかしている。


 ぷつっと音がして、BGMが、物寂しい、哀調を帯びた曲に代わった。

 操られるように古海が立ち上がる。

 胸に手を当て、腰を折ると、両手を広げた。

 神田がその胸に飛び込んだ。

 広げた両手を、古海のそれと、素早く合わせた。

 神田の頭が、後ろに大きくのけぞる。そのまま、軽快なステップを踏み始めた。

 初めて生でダンスを見る直緒にもわかるほど、二人の呼吸は、ぴったりあっている。


 さきほどの神田の無礼も忘れ、思わず直緒は、見惚れてしまった。


 「でも、直緒さんと将伍先生のカプの方が萌えたから。それは絶対」

耳元で不気味な囁きが聞こえた。

 「わっ」

「相手がどんな美形でも、古海は、ダメ。あいつ、頭の中で数学の公式を考えているのよ。そういうダンスだわ、あれ」


 へたっていた筈の典子だった。

 目が、異様にぎらついている。


「直緒さんと将伍先生のダンス……二人でぴったり抱き合って……とてもよかったわ。ごちそうさま」

「と言われても、」

「初め将伍先生《攻め》がぐいぐい押して、でも、直緒さん(受け)が踏みとどまって。と思ったら、意外や意外、直緒さん(受け)の方から積極的に押していくの」

「いや、僕は神田さんに引っ張られただけですから」

「あら、そうだったの? オレ様な攻めだったのね! ああっ! 人知れぬドラマがあったのねっ!」

「ドラマ? さあ、どうでしょう。僕、下手だったでしょ? すぐ、転びましたし」

「そこ、萌えポイントよ。攻めに屈する受け……うふふ」

「典子さん、涎が垂れてます」


「ああ、写真を撮れなかったのが残念だわ。でも、おいしくいただきましたから」

典子は、じゅるりと口元を拭った。

 直緒には、わけがわからなかった。



**



 結局、毎回のレッスンに、直緒は同行することになった。

 直緒がいなければ絶対に行かないと、典子が言い張ったのだ。


 「親孝行です。日頃好き勝手をしているのですから、お嬢様も、たまには親孝行せねばなりません。だから直緒さん、よろしくお願いします」

と、直緒は古海に言われた。


 親孝行と言われれば、直緒としても、同意せざるを得ない。

 直緒自身は、早くに両親を亡くし、祖父に育てられた。

 大学進学を機に上京してから、あまり祖父の元へは帰っておらず、育ててくれた人に不義理を重ねている。

 だから、人の親孝行の為と言われると、いやとは言えなかった。

 それに基本、典子が踊る……転ぶ・へたる……のを、見ているだけだろうし。


 そんな甘い考えは、翌日には吹っ飛んだ。


 その日は、神田の時間がそこしか取れないということで、早朝レッスンだった。

 早朝出勤ということで、手当てが出る。

 それなら、直緒には、文句はない。

 朝六時台の電車は、比較的空いていたし。


 だが。

 ……典子は来なかった。

 朝の仕事があるのか、盆栽の手入れか、古海の姿も見えなかった。



 「やっぱりね」

約束の7時を5分過ぎた時、神田が言った。

「逃げたね」

「え?」

「典子お嬢さんは、平気で敵前逃亡をなさるから。仲間を置いて。毎度のことだけど。古海が来ないのは……」

目を伏せた。


「……じゃ、今日のレッスンはお休みということで」

すかさず直緒が提案する。


「そうはいかない」

世界的に有名なダンサーは、ぎろりと直緒を見た。

「僕の貴重な時間を割いているからね。お嬢様を、ステップも踏めないまま、一乗寺家のパーティに臨ませるわけにはいかない」

「そんなこと言ったって、肝心の典子さんが来ないんじゃ……」


「君に教える」

「へ?」

「昨日、最初に後ろへステップした時、君は転ばなかった。いきなりバックさせられれば、大抵は転ぶけどね。まあ、少しは運動神経があるわけだ」

「……」

「それに、どうせヒマなんだろ?」

「ヒマじゃない!」

「ああそう。僕が君に教える。君が、お嬢さんに教える」

「だから、ヒマじゃないから!」


デスクには、校正待ちの打出し原稿が、山と積まれているはずだ。


「よせよ。BL小説なんか。くだらない。お嬢さんの趣味に付き合う必要はない」

「BL小説を馬鹿にするな!」


仁王立ちにになって、直緒は、神田を睨みつけた。


「それによって救われる人も、いるんだぞ」

「!」

神田が一歩引いた。

「君は、そういう人種なのか?」

「僕は生粋の日本人だ。話をそらすな。BL小説は、趣味なんかじゃない。仕事なんだ」


 「仕事ね」

神田は、へらりと笑った。

「ふうん。仕事なんだ」

「悪いか」


 既に直緒の中で、BL出版への誇りは、確固たるものになっていた。

 直緒には、ほんのわずかのためらいもなかった。

 ぐっと、神田を睨みつけた。


「そうか。それで、リュウは……。駄目だぞ、リュウは。ユルそうに見えるけど、決してチャラくないから」

「リュウ……?」

「カヲルもとうとう最後には、リュウを諦めた。どんなに愛しても、リュウは、心を見せてくれない。受け容れたように見えても、最後の最後に突き放す。そういうやつだ。止めた方がいいね、あいつとつきあうのは」


「は?」

「でも、ちょっと遊ぶには、最高の相手さ。あの、古海龍は」


「はいぃ?」

 50級、ポイントにすると34ポイントほどの声で、直緒は聞き返した。


 ユルい? チャラい?

 あの古海が、遊ぶには最高の相手?

 ってか、誰と?


「あ? あいつ、まだ、手ぇ、出してないの?」

「だ、誰が、誰にですかっ!?」

「そんなこと、決まってるじゃん。な、優しいだろ、あいつ。初めは」

「あ、ありえませんっ!」

「なんで? BL編集者ということは、典子お嬢さん公認の仲なんだろ、あんたたち」


 ……どうしてそうなるんだ。


「ちがっ、ちがっ」


 違うと言いたかったのだが、変な鳥の囀りのような声が出るばかりだった。

 不審そうな顔で、神田がつぶやく。


 「違うの? やつの目つきから、もうとっくにできてると思ったんだけど」

「できてなんかいませんからっ!」

やっとのことで、直緒は叫んだ。

「できてなんかいません!」

「なんだい、赤くなって。意外と君、奥手なんだね」

「赤くなってなんかっ! だいたい、何をヤルというんですか!? 男同士でっ!」


 そうだ。

 そこのところの懸案事項が、未だ、解決クリアされていない。

「それは、リュウが教えてくれるよ」

神田はそう言って、にたりと笑った。

 眩暈がした。


「さ、レッスン始めるよ」

音楽が流れだし、神田が腕を広げた。

「ほら、僕の胸に寄り添うように」

「……それは、女のポジションだろ?」

 ダメージは大きかった。

 やっとのことで、直緒は抗議した。


 神田は鼻で笑った。

「あたりまえだ。君は、典子お嬢さんの代わりなんだから。僕と踊った通りに、お嬢さんに教えるんだ」


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