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黒白のカルラ  作者: 輝輝
一章 「覚醒」
7/13

六羽 「清朝」

 ふっ、と唐突に意識が覚醒した。

 頭だけが先に完全に覚醒する感覚に、まだ眠っている体がついていかない。

 少しだけ無理な体勢になってしまったのか、全身に痛みが走る。

 全身に感じる鈍い痛みに悶えながら、僕はゆっくりとベッドから体を起こし、それから上半身だけを起こした体勢で思考に没頭する。

 あぁ、そういえば、昨日四辻麗華の都合の良い時間に起こしてくれと言いながら、部屋には鍵をかけていたのだったか。ひとまず鍵は開けておくべきか。

 ベッドから出て、ドアにかけてあった鍵を外そうとしたところで気づく。

(鍵がかかっていない?)

 おかしいな、昨夜確かに施錠した記憶があるのに。

 まぁ、部屋が暗かったから、自分で適当にがちゃがちゃして施錠した気になっていたのだろう。そうだろう。そうだと思いたい。

 そして、おかしいなーまぁそうねーと自問自答しながらベッドに戻ると、昨日も見た違和感がものすごいブツが一つ。

 黒い羽。

 ひとまずそれは昨日の朝のようにゴミ箱に突っ込んでおく。正直に言えばどこから紛れ込んだのかわからないが、まぁ何かの拍子に制服にでもついてしまったのだろう。

 窓をチェックしてみるが、窓は開いていなかった。

 どこからくっついてきているのか。

 わからないことばかりだ。

 当然、家の中に鴉が住み着いているだとか、そういうことはないと思うのだが。

 疑問は尽きないが、しかし僕にはその疑問について思考するよりも先にするべきことがあった。

 四辻麗華に謝る。

 まず最初にするべきことはそれだった。

 昨日あれほど身勝手に感情をぶちまけておいて許してくださいなんて都合が良すぎるかもしれない。おこがましいことは理解している。だがしかし、昨日の僕は何だかおかしかったということも、理解している。

 それを言い訳にしたいわけではないが、ひとまず謝らないとな。

 まずは朝食を準備しよう。先に起きて待っているのだ。四辻麗華が家事をやってくれるのはありがたいのだが、それが当たり前になってしまっても良くない。

 さすがに、僕は四辻麗華ほど上手に料理が出来るわけでもないのだが。

 しかしそれでも気持ちが大事とかそういうアレだ。

 言葉で謝るよりもまずは行動で示さないとな、というあれだ。

 自室を出て一階に下り、新聞を取ってから朝食に取り掛かる。

 冷蔵庫の中身が大変まずいことになっていたので、とりあえず食パンを二枚トースターに突っ込みそれからコーヒーメーカーをセットする。コーヒーが出来上がるまでの間、フライパンに油を敷き卵を投入。卵焼きを作ろう。

 卵焼きを上手に形作り、一口サイズ大に切り分けてから、続いてウィンナーを何本か投入してカリッと焼き上げる。ちなみに僕は皮がパリパリのほうが好きだ。

 ちょうどウィンナーを仕上げたところで、チーン! という景気良い音とともにトースターが仕上がり、急いで冷蔵庫からジャムを取り出して食卓に並べる。ちなみに僕はブルーベリーが好きだ。キャラメルも好きかな。 

 卵焼きをウィンナーをも皿によそおい並べたところで、コーヒーが良い香りを伴って出来上がる。

 四辻麗華は、確かブラックで飲んでいたはず……。

 僕もブラックだ。

 出来立てのコーヒーを二杯、コーヒーカップに注ぐ。湯気を放ち、黒い表面に僕の顔が映る。

 そういえば、顔も洗っていなかったな。

 身なりを整えてから、四辻麗華を起こしに行くとしよう。

 そう思った僕は、洗面所に行き、顔を洗おうと蛇口を捻るその瞬間――一瞬だけだが――自分の瞳に、違和感を覚えた。


 一瞬だけ、自分の瞳が真っ赤になっていたように見えたのだ。


 充血しているだとかそういうことではなく、本当に、瞳から色素をそのまま抜いたかのような、赤色の絵の具を塗りたくったかのような。

 と、そこで僕は気づく。

 まるであの鴉のようだ、と。

 四辻麗華が我が家を訪ねてくる前日、電柱の上に佇み僕を見つめていたあの鴉の瞳に、そっくりだった。

 今は幸い黒い人間の瞳だが……確かにあれは見間違いなどではなく、瞳が赤くなっていた。

 少しの恐怖とともに、僕の中にもやもやと広がっていく暗雲。

 黒く重いソレが泣き出し、雨を降らせるのはいつになるだろう。

「ま、まぁ気にしていてもしょうがないよな」

 努めて声音を明るくし、恐怖を払う。

 まだ実害が出ていないのだから、あまりビクビクと怯えていても良くないだろう。

 それに今日は買い物だ。まぁ四辻麗華の荷物持ちが主な役目になるだろうが。

 しかしそれを抜きにしても美人との買い物は楽しいものだ。何というかこう、美人が傍にいるだけで買い物も楽しくなるよね。見てるだけだけど。ああいうお人たちは絶対素敵な彼氏がいるんだろうなぁとか思うと壁に頭をぶつけて死にたくなるけれども。

 さてその美人さんにも起きてもらわなければいけないのだが。

 四辻麗華の部屋の前までやってきたところで、急激に緊張してきた。どどど童貞ちゃうわ!

 とりあえず起きてもらわなければいけない、そうこれは使命なのだから、と訳のわからんことを自分に言い聞かせ、ドアを二回ノックする。

 返事はなし。

 寝ているのだろうか。

 もう二度ノックをしてみるが、しかしそれでも返事はなかった。

 ドアノブに手をかけて回してみると、すんなりとそれは回ってドアを開けた。

 鍵はかけていなかったらしい。無用心な。

 全く、自分が美人だと言うことを、もう少し自覚して欲しいものだ――と心の中で愚痴を言いながら、ベッドで寝ている四辻麗華に近寄る。

――彼女は、美しかった。

 何もかもが黒い彼女がベッドで眠る様は、まるで有名な画家による一枚の絵画のようだ。

 黒髪がカーテンの隙間から差し込む陽光に照らされて宝石のほうに煌き、寝顔は白い肌も手伝ってか、まるで白磁のように作り物めいた雰囲気を醸し出している。

 お姫様みたいだな。

 だからといってキスして目を覚まそうだなんて思わないが。

 ひとまず声だけかけてみる。

「おい、四辻麗華ー、朝なんだが」

「ん……ぅ」

 あああああそんな風に悩ましげな声を出すなあああああと胸が揺れてるからぁぁぁああああぁぁあぁっ!

 当の四辻麗華は寝ぼけているのだろうか――白く細い、人間の持つそれではないような腕を、僕の腰に絡めて抱きついてきていた。

「んー……朽葉、くん……行かないで」

 しかし、よく見てみると、四辻麗華の瞳からは涙が流れていた。

 僕の腰に顔を押し付けているために、僕の来ていた白のシャツがじわじわと濡らされていく。

 あぁ、そうだ。

 この人だって、この莫大な霊力の正体こそわからないにしても、一人の霊能力者なのだ。……ぬくもりが恋しかったのかも、しれないな。

「大丈夫だ、僕はどこにも行かない……あなたの傍にいる」

 言いながら、僕の手は自然と彼女の頭を撫でていた。

 一体どうしたというのだろう。

 今まで誰かの頭を撫でるなんて経験したこともなかったのに、まるで家族のように、僕は四辻麗華の頭を撫でていた。

 あまりにも自然なその僕自身の手の動きに、洗脳されているような感覚を覚える。

「ん……」

 ぎゅっ、と僕を抱きしめる腕に更に力が込められる。

 むにゅん、とふくよかな胸の二つのふくらみが、僕のお腹に当たって歪に形を変える。暖かくて柔らかい感触。

 その光景は、その二つの果実がどれほどの柔らかさを持っているのか、僕に強く知らしめた。

 一瞬の沈黙だったのかもしれない――あるいは永劫の沈黙だったのかもしれない。

 四辻麗華の柔らかなぬくもりを堪能していたところで、ふっと四辻麗華が目を覚ました。


 僕に抱きついたまま。


「――ッ――……!」

 声にならない叫びを上げながら、顔を赤らめて――渾身の力で、僕を殴り飛ばす四辻麗華。

 腰が折れたところで胸ぐらを掴まれ、廊下へと投げ出される。

「いっ、てぇ……」

 床に思い切り背中を打ち付ける。

 そのまま、ドアをガチャリと施錠する音。

 完全に閉め出されたようだ。

 ……理不尽だ…………。


 しばらくしてから顔を赤らめたまま部屋を出てきた四辻麗華と、物理的な痛みでおそらく背中が赤くなっているだろう僕は朝食をともにしていた。

「……まさか朽葉くんに抱きついているなんて。殴ってごめんなさい」

「いや、別に僕はいいんだが」

 役得だし。

 いや、別に殴られるのが良いだとか、そういう変態チックな意味ではなくてだな。

「そうね、もう同棲しているのだからこれぐらいのハプニングはあって然るべきよね」

「やめろ。勘違いされるからやめろ。同棲なんかしてねぇ」

「でも一緒に住んでいるでしょう?」

「……まぁね」

 誰も聞いていないとしてもそういった冗談は避けて欲しい。

 主に僕の精神がガリガリと持っていかれるから。

「あぁ、そうだ、四辻麗華」

「何かしら? 

 ……謝らなくていいわよ」

 まさに今から謝ろうとしていただけに出鼻をくじかれるのは痛いな。

「いや、それだと僕の気が済まないんだが」

「そうね――なら、今日の買い物で、私の言うことを一つだけ聞いてもらえるかしら?」

「お金がかからないことならな」

 ケチとでも何とでも言え。

 いくら四辻麗華の持っていた大金を自由に使えるとはいえ、それはあくまでも最終手段にしておきたい。基本的には仕送りのお金で何とか生活していきたいのだが、光熱費の支払いもある。一応学費は教科書などを除き無料(両親不在による保護制度)なのだが、しかしそれでも学生というのは本当にそれだけでお金を使う。

 正直これ何でこんなに高いのってブツをいくつも買わされるからタチが悪い。絶対こんなん使わねぇっていう教材買わされる時ってない?

 というかその高いお金を出して購入したブツをロクに使いもせず威張り散らしていざ自分が間違っている状況でも自分の非を認めようとしない教師も悪い。

 まぁ、学校なんてものは所詮、憎まれるためにあるのだと僕は思う。

 憎まれる教師がいないと勉強しないからね。

 僕もそのうちの一人だ。

 まぁ元々授業をロクに聞いておらず成績もあまり良いほうではないので、教師に対する愛憎などあってないようなものだが。

 と、少し脱線してしまったな。

 お金がかかるかかからないかで四辻麗華のお願い事を聞くかどうかを判断するのだった。

「して、そのお願いとは?」

 慎重に問うてみる。

「今日一日、私に付き合うこと――それでいいかしら?」

「あぁ、わかった」

 それぐらいならば、むしろ喜んで引き受けよう。

「じゃあ、そうね。朝食を食べ終えて、家事が終わる時刻だから……十時頃に出発しましょう」

 四辻麗華が時計のほうに視線を向ける。

 僕もそれにならい、時計に視線を向けて現在の時刻を確認する。

 時計の短針と長針は、それぞれ八時と二十三分を指していた。電波時計なのでズレはないはずだ。

「それにしても、雨が止んで良かったわね」

「あぁ、そうだな――昨夜は激しく降っていたようだし」

 僕は、雨は嫌いではない。

 むしろそれなりに好きなほうだと思う。

 雨が降っている中、一人でゆっくりと時間を忘れて好きなことに没頭するのはこの退屈な世界の中での一つの楽しみだからな。  

 気づけば朝食はなくなっていて、僕の手はコーヒーに伸びていた。

 時間が経っているので、少しぬるくなってしまっている。

 今の生ぬるい僕にはちょうど良いんじゃなかろうか。

 程なくしてコーヒーを飲み干したところで、ちょうど四辻麗華も朝食を食べ終えたようだった。

 ごちそうさまでした、と合掌しながら言い、朝食で使った皿を水に浸しておく。

「あ、食器は私が洗っておくわ」

「そうか、ありがとう。すまないがその前にベッドのシーツとかマットとかを出しておいてくれ、良い天気だし洗濯するから」

「ええ」

 寝具一式を取りに行くのだろう、四辻麗華の足取りは二階へと向かっていた。

 ……さて、僕も寝具を洗濯して干さないとな。

 

 そんなこんなでいろいろと家事を分担してやれば、自分一人では何時間もかかる家事も一時間程度で終わってしまった。

 元々四辻麗華が何でもこなすだけあって、正直に言って家事に関しては僕より要領が良いと言えるだろう。僕は所詮どこまでいっても男の家事なので、細部まで配慮出来ない。

 僕と四辻麗華の分のコーヒーを淹れ、一息つく。

「……すまないな、家事を丸投げにしてしまって」

「手伝ってくれるだけでも嬉しいわ」

「それならいいんだが……負担になるようであれば言ってくれ」

「負担になんてならないわよ。むしろ私が朽葉くんに迷惑をかけていると思うし」

 そんなことはない。

「いや、毛頭そんなことは思っていない。むしろありがたいと思っているよ。あなたが住み始めてから家事が格段に楽になった」

「そ、そう」

 僕が思っていることをそのまま口に出したのが悪かったのだろうか――顔を赤らめながら、顔を背けてしまった。

 顔を背けたまま、艶やかな黒髪を耳許でいじるその姿はとても愛らしい。普段の毅然とした態度からは、想像も出来ないものだった。

 さて、しかしこのままでは気まずいな。

 そろそろちょうど良い時間だし、着替えてさっさと家を出るか。

「四辻麗華、すまないが着替えてくれ」

「あら、もうそんな時間かしら?」

「まだと言えばまだなんだが……休日だし、ショッピングモール自体は混んでるだろうからな。早めに買い物を済ませたほうが得だ」

「あら、そう。じゃあ、着替えてくるわね」

「僕もだ」

 寝巻き代わりのジャージ姿を四辻麗華に見せることに、もう羞恥心を覚えない僕がいる。既に彼女との生活に慣れてしまっているということなのだろうか。そうだとしたら、僕は少々油断し過ぎだろうな。気をつけていなければ。気は抜けない。

 ……まぁ、今はさっさと着替えることを優先しよう。

 僕が喰われるのは、それからでもいい。


 自室で着替えてリビングに戻ってくると、四辻麗華はまだお着替え中のようで、リビングにはいなかった。

 つけっぱなしのものがないか入念に確認して、ガスの元栓を確認して、固定電話を留守番電話の状態にしておく。

 黒いジーンズに、何かよくわからない英語のプリントがなされた白い長袖のシャツ。今日は暖かいから上着はいらないだろう。

 財布の残額を確認して、余計なレシートなどを捨てていると、四辻麗華が二階から降りてきた。

 初めて会ったあの夜と同じ、黒の半袖デニムシャツに、黒いパンツ。

 周囲の光を吸い自分の美しさに変換しているのではないか。実は女神か何かの生まれ変わりなのではなかろうか。――何度見ても、見惚れてしまうほどの美しさを秘めていた。

 白磁のように白い肌と相反する黒の装いが、彼女の美しさをさらに際立てていた。

「そんなに見つめて……私の顔に何かついているかしら?」

「い、いや、そうじゃないが。その、綺麗だなと思って」

 そこまで言って気づいた。

 余計なことまで口に出していることに。

「ぁ、あら、そう。ありがとう」

 またしても顔を赤らめてそっぽを向く四辻麗華。

 その姿も愛らしいものではあったが、朝食後の時の二の舞になるわけにはいかないな。

 さっさと切り替えて家を出ようとする僕の目に留まったのは、四辻麗華が持っていた黒い小さめのバッグ。確か母の遺品だったはずだ。

「使ってもいいかしら?」

「あぁ、思う存分使ってくれ」

 確かどこかのブランド品だったように思うが、そんなもの僕には関係ない。使いたい人が使えばいい。

 両親にこだわって生きるつもりなど毛頭ないからな。

「さて、じゃあ――出発だ」


 外に出て(霊が映る視界にはセーブをかけて)、バス停まで行くとちょうど目的地ことショッピングモール前のバス停を通るバスが来たのでそのままそれに乗る。僕は一人用の席に座ろうとしたのだが、四辻麗華がそれを許さず二人用の席に無理矢理僕を座らせた。

 荷物が多くないので、僕らは二人用の席にすっぽりと収まってしまった。

 荷物といえば、僕はケータイと財布ぐらいしか持ってきていない。

 それに対して、四辻麗華は黒いバッグを持っていた。おそらくはその中に必要最低限のものが入っているのだろう。

 ブランド品であるそれを、四辻麗華が持っているというだけで、随分と様になるものだ。僕ごときが隣にいていいものかとより一層不安を抱くのも無理はないはずだ。 

 それにしても。

「……なぁ、近いんだが」

 バスの二人用席は、思ったよりも狭い。

 いや別に、離れようと思えば離れられる程度にはサイズがあるのだが、それを四辻麗華が許さない。

 僕が離れようとしても、強く腕を組んでくる。

「あら、別に私は気にしないわよ」

「僕が気にするんだ。頼むからもう少し離れてくれないか――うわっ」

 バスが急カーブするのに合わせて、窓際に座っていた僕のほうに四辻麗華が体重をかけてくる。彼女の胸に備わっているふくよかな二つのふくらみが僕の意識にぎりぎりと負荷をかけてくる。体重だけでなく負荷をもかけてくるのか、こいつは。

 非常にテンプレートじみた出来事ではあるのだが、実際に体験してみないとわからないこともあるものだ。

 例えばそう、僕の右腕に当たる二つのふくらみの柔らかさだとかな。

「全く……」

「嫌?」

「…………嫌なわけじゃないが」

「あら、以外ね。あれほど女性との交際を否定するのだから、てっきりそっちの気があるのかと思っていたわ」

 あらかじめ断っておくが僕に同性愛者の気はない。

 美しい女性を見れば美しいなとは思うし可愛い女性を見れば可愛いなと思う。でもそこに付き合いたいという欲求が生じるかと問われれば、そんなことはない。

「第一、男なんて皆そういうものだろ。あなた程の人に言い寄られて嫌な人なんていないさ」

「あら、嬉しいことを言ってくれるのね」

 ああもう、このままでは四辻麗華のターンだ。

 女性を褒めるなんて慣れないことはするもんじゃあないな。

「ところで、朽葉くん」

「何だ」

「……人が多い場所に行くのだから、気をつけてね」

「あなたの傍にいる限りは問題ないだろう」

「それもそうね」

 以前述べたように思うが、確かに人の多い場所には生気が満ちている。しかし同時に、ショッピングモールの周囲の路地裏などは霊のたまり場となっている。迷い込んだ人間を喰らうための。ときどき路地裏で変死体が発見されるのは、酔っぱらったおっさんが路地裏に迷い込んだところを悪霊に喰らわれるためだ。

 当然微力ながらも霊能力者である僕は特に狙われる可能性が高い。

 というか、霊相手じゃなくても、気をつけるべき相手は他にもいる――最近話題の連続殺人犯とかね。

 これもまた、四辻麗華の傍、そして人目の多い場所にいる限りは大丈夫だろうが、一人になった時が危ない。

「そういえば――

 と、彼女が思い出したように話し出す。

「何だ?」

「朽葉くんは、もし、人間や霊よりも上の存在があるとしたら信じるかしら?」

「あなたみたいな人もいるからな。信じる」

 四辻麗華ほどの巨大な霊力を持つ者は、もはやただの霊能力者というくくりには出来ないだろう。

 人間や霊を超えた、超越者だと言われたほうがしっくりくる。

 人間のままでは、これほど強大な霊力はきっと持てないだろう。もし持てたとしても、巨大な霊力が体を蝕み、やがて人間ではない別の何かになってしまうに違いない。


「もし、それが私だと言っても?」


 何だ、そんなことか。


「信じるよ」


 信じるだけなら出来る。

 と、口の中で付け足すようにして呟いた。

 まぁ、先ほどの口ぶりからするに、いるのだろう。人間も霊も超えた存在が。

 だがしかし僕がそれを知るには早過ぎるし弱過ぎる。

 だからもっと、力をつけなきゃいけないのだろうと、思う。でも、所詮修行したところで得られる霊力などたかが知れているし、すぐに限界が来る。限界を超えるためには、やはりどうしても霊能力者を喰らわなければいけない。

 しかし、そんなことをして得た力を振るうのは、僕がすべきことではないと思う。

 そもそも、人の肉を喰うという行為について考えただけでも良い気分ではないのに、実際に喰うなど正気の沙汰ではない。

「なぁ、四辻麗華」

「何かしら?」

「僕がこれから先、自分の力を磨くとしたら――何を失うんだろうな」

 そんなことを、無意識のうちに呟いていた。

 もちろん何も失いたくないのが本音だが、しかしそうもいかないだろう。力を追い求めれば、大切なものを失うのが道理というやつだ。

「さぁ、私にはわからないわ……でも、そうね、一つ失うものがあるとしたら」

 四辻麗華は、僕のほうを見ないままに言う。


「人間としての朽葉真夜を、失うでしょうね」

 

 そうか。

 それは嫌だな。

 全く、霊能力者とか格好良い肩書き持ってても、良いことなんて一つもないな。

 現実から逃げるようにして窓の外で流れていく景色を眺めながら、僕はショッピングモールへと思いを馳せた。

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