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黒白のカルラ  作者: 輝輝
一章 「覚醒」
4/13

三羽 「学校」

 朝。

 ちゅんちゅん、と可愛らしく鳴く雀の声がやけにハッキリと聞こえる。

 唐突な意識の覚醒に、体がついていかずにベッドの上でふらつく。

「く……。そういや、喰われてないんだな……」

 自分の体とぺたぺたと触りながら、確認していく。

 頭のてっぺんから足の指の先まで見てみても、欠損した部位もなければ痛みも感じない。どうやら四辻麗華は僕を喰う気は本気でないらしい。

 安心しきり、ため息を一つしたところで、僕は枕元にあった黒い物体に目を落とす。

 一瞬ゴキブリかとも考えたが、ゴキブリにしてはやけに大きい。

「……羽?」

 手に取ってみると、それは黒くて大きな一枚の羽だった。どうやら抜け落ちたものらしい。どうしてこんなものが、僕の枕元に……。 

 昨日の片付けの時、寝巻きにくっつけてしまい、そのまま寝てしまったのだろうか。

 まぁ、別にどうでもいいだろう。

 黒い羽をゴミ箱に入れ、それから考える。

 僕を油断させるためにワンクッション置いた説がないでもないが、それならそれで、僕をどうしてそこまで執拗に狙うのかという話にもなるし(四辻麗華ほどの霊力を持っていれば、もはや僕を喰う意味などないだろう、という考えもある)、ひとまず安心してもいいのかもしれない。いや、一応最低限の警戒心は持っておくつもりでいるし、心の底から信用はしない、というところ。一々気を遣って生活できるほど僕は精神力が強くない。

 ひとまず身支度を済ませ、自分の仕掛けた赤外線トラップに引っかからないようにしながら一階まで降りると、そこには僕の寝巻きとエプロンを着て朝食の準備をしている四辻麗華がいた。

「……おい、なぜ僕のエプロンと寝巻きを着てる」

「あら、私に下着だけで過ごせと言うのかしら」

「……いや、すまない、僕が馬鹿だった」

「わかればいいのよ」

「エプロンは、どうして……」

「ソファーにかけっぱなしになっていたから借りたわ」

「あ、あぁ、そうか。いや、存分に使ってくれて構わない。僕も言うのを忘れていたし」

「ちなみに下着は上下黒のレース入りよ」

「聞いてないからぁっ!」

 逃げるようにして洗面所に駆け込み、洗顔を済ませ、タオルで顔を拭きながら、四辻麗華に言う。

 一応僕の代わりに家事をしてもらっているのだ。

 僕が泊めている立場とはいえ、ありがたい。

「朝早くから、ありがとう」

「ふふ、ちゃんとお礼も言えるじゃない」

「……うっせ、新聞とってくる」

 ふてくされたように玄関へと向かう僕の顔はきっと赤くなっていただろう。

 あぁ、わかっているさ。

 朝起きると先に誰かがいて、おはよう、って言い合って、僕の家の時間は既に動き出している……こんなに幸せな朝を体験したのは、覚えている限り、生まれて初めてなんだから。

 ちょっとくらいは嬉しく思ったって、いいだろ。


 新聞をとって戻ってくると、朝食が並べられていた。

 コーヒーにトースト、ベーコンエッグ、サラダというごく普通のメニューではあるが、それよりも、この食事が、僕のために誰かが作ってくれたものという事実が何よりも嬉しかった。

「……なぁ、四辻麗華」

「フルネームは呼びづらいでしょう、麗華でいいわ」

 そう言われてもなぁ。

 年上の女性を呼び捨てにするのは、ちょっと気が引ける。

 というかそもそも僕が現時点で敬語を使っていないのも問題だろうが。

「何かしら」

「ありがとう」

「どういたしまして」

 まるで上流階級のお嬢様のように、上品に微笑む姿は、僕をしばし見とれさせた。

 そんな僕の様子がおかしかったのか、またしても微笑む。 

 ……あぁ、美しいな。

 こんなん僕じゃなかったら誰でも惚れている。

「さて、食べるわよ」

「あぁ、そうだな。いただきます」

 まずは形良く焼かれているベーコンエッグに醤油を垂らし、一口。

「いただきます。……味はどうかしら?」

「ん……あぁ、美味しいと思う」

「そう、良かったわ」

 だからそうやって、本当に嬉しそうに微笑むのはやめろ。何だか昨夜あれだけビビっていたのが馬鹿らしくなってくるほどに、あなたのことを信用してしまいそうになるから。

「なぁ、四辻麗華」 

「何かしら?」

「あんたはなんで、僕にここまで優しくしてくれるんだ? 僕なんてあなたのような強い霊力を持っている人にしてみたらただの食料だろう」

 純粋に気になったので、問うてみた。

 僕の質問が意外だったのか、一瞬驚きの表情を見せてから、口を開いた。

「食料どころかおやつのようなものだけど。

 ……泊めてもらっているんだもの、これぐらいはしなくちゃいけないかな、と思っただけ。それに、朽葉くん、一人暮らしなんでしょう?」

「うん……両親は他界してる」

「あら、ごめんなさい。嫌な話をしたかしらね」

 別に構わない。

 母親はとにかく、父親など今の僕にとっては蔑如すべき存在だ。あんなもの……この家にいられても、困るだけだったろう。

「だったら、この家に住む二人で助け合わなくちゃ」

「そうだな……。ありがとう、助かるよ」

 麗華さんと話しているときは、自然体になれているような気がする。

 ただ単に僕が年上に弱いってだけかもしれないが。そもそも、僕は女性と話すこと自体があまり得意ではないのだ。四辻麗華は特例、ってだけで。

「朽葉くんは今日も学校ね?」

「あぁ。今日は部活もあるから少し遅くなると思う」

 部活とはいってもグダグダと喋りながら校内新聞を作るだけだが。

「何時くらいになりそう?」

「七時過ぎくらいには帰って来れると思うが……」

「そう。わかったわ、じゃあ、それに合わせて晩ご飯も作ることにするわ。お風呂は?」

 そこまでしてもらうのは少し申し訳ないが、好意に甘えさせてもらうことにしよう。さすがに部活で疲れた体に鞭打って二人分の晩ご飯を用意するのは辛いものがある。

 お風呂も沸かすの面倒だし。

「風呂は……僕はご飯を食べてからお風呂に入ってるから、そうだな。出来れば七時半くらいを目処に沸かしておいてくれると嬉しい」

「わかったわ」

「申し訳ないな。僕も部活がない日には早く帰って来れるようにするから」

「いいえ、大丈夫よ。いろいろあるでしょうから」

 ニヤニヤとからかうような顔つきとともに言われる。

「何か勘違いしているのかもしれないが、僕は彼女なんていない。年齢が彼女いない歴だ」

「寂しいわね」

「一人暮らしでお金も持っていなければ、そんなものだろう」

 冷静に結論付けて、新聞に目を通す。

 目に留まったのは、【連続殺人事件】という見出しだった。

 今回の被害者はうちの高校の近くに住んでいる高齢者らしい。

 どうやら、被害者にこの県内に住んでいるという以外の共通点はなく、ただ適当に選ばれている……快楽犯のようだが、僕は少々疑いの目を持たずにはいられない。四辻麗華がその犯人であるという可能性も否定できないし、被害者も全員霊能力者かもしれないと考えた場合、僕も殺人対象に入っているかもしれないからだ。

 ……疑いだせば、キリがないな。

 そういえば、浄めの包丁が昨日壊されてしまったから、何か新しく武器を作らないとなぁ。何がいいだろうか。カッターナイフじゃあすぐに折れてしまうし。また懲りずに包丁という手もあるのだが。何でうちには浄めの脇差とかそれっぽい刀がないのか……それがあれば解決するものを……まがい物の、人工的に作られた武器では、やはり強い霊には対抗できないというのが事実なのだと昨日思い知らされたからな。

「あ、そうそう」

 思い出したように、四辻麗華が呟く。

 その声は、新聞に載っている文字を読みながら、思考に没頭していた僕の意識を現実へと引き戻した。

「どうした?」


「私を殺そうだなんて、思わないことね」


 妖しげに浮かべた微笑に洗脳されてしまったかのように、僕の顔は自分でも不思議なほどに自然に頷いていた。

「あぁ、そんなこと――痛いくらいにわかってるさ」

 しかし、心の底で、四辻麗華に対する猜疑心が戦慄いていることも、また確かな事実なのである。

 あまりこういうことを言いたくはないが、はっきり言ってしまえば僕は今かなり麗華さんに対して心を開いてしまっている。信頼に近い感情を抱いてしまっている。

 今一度、自分を見つめ直すべきなのかもしれない。

「ところで、朽葉くん」

「何だ?」

「明日……土曜日は空いているかしら?」

 頭の中で予定をチェックする。

 とはいっても休日の僕の予定など買い出しか部活のどちらかなのだが。

「あぁ……そうだな、大丈夫だ」

 確か土曜日なら部活もなかったように思う。

「良かったわ。じゃあ、その日、買い物に付き合ってくれるかしら?

 私もいろいろ買わなくちゃいけないものがあるから。一通りはコンビニに行って済ませてくるつもりだけれど」

 また下着の色など聞かされてはたまったものではないからな。

 それに、四辻麗華の部屋(仮)にも家具は足りていない。母さんが亡くなった時にほとんど処分してしまったからだ。

 母の部屋に残しているのはシングルベッドとライティングデスク、クローゼットくらいなものだろうか。

「わかった。……どこに買い物に行くんだ?」

「知らないわ。私、この街の地理感はないもの。朽葉くんに任せてもいいかしら?」

 それもそうか。

 昨夜押しかけてきたばかりだったものな。

「そうか。じゃあ、少し遠出して、大きめのショッピングモールはどうだ?

 遠出とは言っても、バスで二十分くらいだ」

「では、そこにしましょう」

「わかった。明日だな」

「ええ」

 四辻麗華ほどの美人と外出か。平凡な容姿の僕にとっては肩身が狭い。というか、彼女の横に立てば、きっとどんな格好良い男性だって霞んでしまうことだろう。

 いやいや、考えるのはやめておこう。

 どうせ釣り合っていない。というか、そもそも恋仲でもないのにこういうことを考える方が間違っている。四辻麗華にとってみればいい迷惑だ。

「そろそろ僕は学校に行ってくる。何か家のことでわからないことがあれば電話してくれ……っと、そういえばまだ僕のケータイの番号を教えていなかったな。四辻麗華、自分のケータイは持ってるか?」

 現代人にしては珍しいな。

 四辻麗華がケータイを持っているのだったら、僕のケータイ――ケータイとは言っても、古き良きガラケーではなくスマートフォンだが――の番号を教えておかねば、と思っていたのだが、どうやら僕と彼女のコミュニケーションツールは我が家の固定電話になるようだ。

「ここをこうやって、電話帳から僕の電話番号……これ、【クチバマヤ ケータイ】のところで通知を押せばかかるから」

「こう、かしら?」

 四辻麗華に、固定電話の使い方を説明しながら、実際に僕のケータイにかけさせる。

 通知ボタンが押されてから何秒か経ったところで、僕のケータイから着信音が鳴り出す。画面には【自宅】の表示がされる。

「よし、オーケーだ」

 ちなみに、着信音に一瞬驚いていた四辻麗華のことを可愛いと思ってしまったことはお墓まで持っていこうと思う。

 見たところ手先は器用なようだから、怪我をすることはないだろうが、物の置き場所がわからなかったりするかもしれないので、何かわからないことがあれば気兼ねなく電話して欲しいものだ。

「あーそれと、僕のケータイ以外には出ないでくれ。セールスとかに引っかかると厄介だからな」

「ええ、わかったわ。あ、朽葉くん」

「どうした?」

「私の霊力が邪魔をして、家では霊視のセーブが出来なかったのでしょう?」

「……そうだな。まぁ、あんたの霊力に恐れをなして、家の周りの霊は逃げてしまっているようだが」

 元々我が家に住み着いている霊はいないからよくわからないのだが、確かに昨夜から霊視のセーブをしていない。

 四辻麗華のせい、まぁおかげとも言えるのだが、家の周りに霊の気配が感じられない。逆に言えば、霊が逃げてしまうほどの霊力とは、一体どれほどのものなのだろうか。

 僕のような低層の霊能力者では理解できないレベルに違いないな。

「家を出たら、忘れずにセーブをしておくのよ」

 まるで言葉だけ聞けばRPGの一節のようだ。

「あぁ、ありがとう。言われるまですっかり忘れていた」

 言いながら、玄関で最後に忘れ物がないかをチェックし、鞄を持つ。

「……それじゃあ、行ってくるよ」

「行ってらっしゃい」

 おそらくは生まれて初めて他人に言ってもらったであろう、「行ってらっしゃい」。四辻麗華からしてみれば何気ない言葉なのかもしれないが、やはりその一言だけで今日一日、頑張れそうな気がしてならない。

 全くチョロい男だ、僕という奴は。

 心の中でそう呟きながら、霊が映りだした視界にセーブをかけた。

 

 僕がいつも通る通学路――この前入学したばかりの新入生も通っているその道には、春がひしめている。

 ほとんどの場合入学式前に雨が振って桜の花々が落ちてしまうのだが、今年はその恨みを晴らすかのように、桜が力強く、そして美しく薄ピンク色に咲いている。まるで桜がトンネルを作っているかのように伸びる一本道――うちの高校の生徒の間では桜トンネルと呼ばれている――を歩く僕の後ろから全力で駆け寄ってくる男子生徒が二人。

 息を切らしながら桜の道を走ってくるその姿はドラマのようだ。……二人の頭が坊主でなければの話だが。

「おっはよー、真夜! 良い朝だよなっ!」

「おはよう、真夜」

「あぁ――おはよう、克人、涼貴」

 僕を中心として左右にそれぞれ克人――倉橋克人、二年野球部――涼貴――田中涼貴、二年野球部――が並ぶ。

「今日は朝練、ないのか?」

 いつもならば二人は野球部の朝練に出ているので、通学路で会うことはない。

「あー、そうらしいわ。何か校庭が使えないらしいんだよなー」

「そうらしいよ。昨夜僕が見たときは、校庭に怪しいモノなんてなかったんだけどね」

 怪しいモノ? エロ本か?

 いやまぁ別にどうでもいいか。

「死体らしいな。何だっけあのほら、今話題になってるアレ」

「連続殺人事件、ね」

 克人と涼貴の間でどんどん話が進んでいくために少し僕がついていけていないが、整理させてもらおう。

「……で、つまり、今朝校庭で死体が見つかったから朝練が出来ない、ってわけか。おまけに今流行りの連続殺人事件と関連性があるかもしれない、ときてる。どうせ学校には警察も来てるんだろうな」

「そーそー、そういうこと」

 克人が頷く。

「校庭を使う部活動の生徒は迷惑するだろうね」

「本当だよ。僕たちに迷惑かけないでもらいたいね」

 普段は冷静な涼貴でも、やはり自分たちにまで影響が及んでいるとなると思うところがあるらしい。

 実は、うちの野球部は全国的にもそれなりに強いことで知られている。

 甲子園出場の経験もあり、ましてや大会も近い、となると確かにそれは大変だな。

 僕ら新聞部には何の関係もない話ではあるが。

「でもね真夜、わからないよ。人が一人亡くなっているんだもの、文化部も放課後の部活禁止とかあるかもね。学校側としても、遅くまで生徒は残しておきたくないだろうし」

 ごもっともな意見だ。

 言われてみればそれもありうる。

 そしてそうなった場合、四辻麗華に迷惑をかけてしまうかもしれないな。

「あー、わかるわー、それー。でもアレっしょ、真夜一人ぐらしだからさ、そこら辺は別に時間前後しても関係ないだろ?」

「あ……ないな」

 思考のままに一瞬馬鹿正直に答えてしまいそうになったが、わざわざ面倒なことを持ち込む必要もない。

 いくら向こうが僕に関心をもっていない(と信じたい)とはいえ、美女と一緒に住んでしまっているというのは変わらない事実なのだ。……同棲だなんて死んでも言わないからな。

「えーもしかして真夜くんってば一人暮らし卒業しちゃった感じィ?」

 ニヤニヤとしながら克人が言ってくる。

 卒業しているのが事実なだけに、何とも言えないな。まぁ申し訳ないが嘘を貫き通させてもらおう。

「ないない。大体、僕の家に住みたい奴なんていないだろ」

「僕は住まわせてもらいたいけどね。学校にも近いし」

 涼貴の一言に、軽く笑う。

「僕も涼貴とだったら楽しく過ごせそうだ」

「えっ、ちょ、俺は!?」

「克人は……まぁ、外に犬小屋を建ててやるからそれで我慢しろ」

「……飯は?」

「そこら辺の草で。克人なら食えるはずだ、僕は克人を信じてる」

 とりあえずキメ顔でそう言っておく。

 克人のがっくりとした顔を見ながら、僕は思う。

 殺人事件なんて、どこか別世界で起きている出来事なんじゃないかと。少なくとも僕が今過ごしているこの時間に、殺人事件のあとの陰鬱な雰囲気などどこにも感じられない。あるのは朝の爽やかな空気のみ。

――だが、僕のその考えは甘かったのだ、と学校に着いてから思い知らされることになる。

 学校の敷地内に入った瞬間、頭の奥の方に、僅かではあるが電流が流れたような感覚を味わった。

 脳内で警鐘が鳴り響いている。この空間はマズい、学校には長くいるな、と。

 克人と涼貴には具合が悪いから保健室に行く、とだけ伝え、僕はまず近くのトイレに向かった。

 個室に入り、ドアに鍵を閉め、付近に教師がいないことを確認してケータイの電源を入れて電話帳から自宅にコールする。

 ニコールほどで四辻麗華が応答する。

「は、はい。朽葉くん……よね?」

 なぜ少し距離を置くような話し方なのだろうか――というよりは緊張している? 慣れない電話だからだろうか。って、そうじゃなくて。

「もちろん僕だ……すまないな、初コールがこんな形になって。

 ……早速だがあなたに頼みがある。連続殺人事件の被害者が全員霊能力者だったかどうか調べることは出来るか?」

「ええ、事件は全てここ一ヶ月以内に、そしてこの県内で起きているかしら?」

 記憶を必死に掘り返す。

「あぁ、そうだったと思う」

「であれば可能ね。突然ね、どうして?」

「今日の新聞かニュースを見てくれればわかるが、僕の高校の校庭で一人、高齢者が亡くなっている――そしてその亡くなった高齢者は、おそらく連続殺人事件の新しい被害者だろう」

 脳内で伝えたい情報を整理しながら、出来るだけ焦らないように伝える。

「そして、それに合わせて、亡くなった高齢者の魂を喰おうとうちの高校に悪霊が集結し始めている。気を抜けば僕も喰われるかもしれない――僕はどうすればいい?」

「今、焦って行動を起こすのはかえって危険を招くわよ。落ち着いて」

 確かに。

 落ち着き払った四辻麗華の声が、僕にも平静を取り戻させていく。ありがたいことだ。

「辛いし、怖いだろうとは思うけれど学校にいて。人が多いところにいたほうが安全よ。生の力が強い人間が集まっている学校なら、悪霊たちは近寄れても手出しまでは出来ないわ」

「わかった。ありがとう」

「私も確認を急いで済ませるようにするから」

「重ね重ねすまないな。……あぁ、そうだ。殺人事件に伴って、おそらく今日は部活がなくなる。家に帰るのが早くなるはずだ」

「帰宅するのは何時くらいかしら?」

「五時くらいだろうな」

「わかったわ。それじゃあ」

「ああ、よろしく頼んだ……」

 電話を切る。

 背中をドアにつけ、ため息を一つつく。

 気づくと、背中を冷や汗が伝っていた。

 今は霊視もセーブされているから、学校の周囲に集まってきている悪霊たちの姿は見えやしないが……悪霊たちが仮に校内に入ってきてしまったら、僕は真っ先に標的になるだろう。喰い殺されるのを待つのみだ。

 正直に自分の気持ちを吐露するのならば、怖い。

 今日下手すれば死んでしまうかもしれない、という恐怖は、少しずつ鎌首をもたげて、僕の心の中で肥大化していく。

 死ぬのは――怖い。

 まぁ、まずは授業に出よう。教師の中に霊能力者がいないので、僕の事情を理解できる人もいない。つまりこのままだと授業をサボってトイレで一服していた不良生徒だと思われてしまう。それは避けたい。

「……行こう。怯えてちゃ始まらない」

 トイレのドアを開け、恐怖で押しつぶされそうになる心を励ましながら教室へと向かった。

 

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