零羽 「赤眼」
唐突に、バサリ、という何者かの羽音によって――眠っていた僕の意識は現実へと引き戻された。
今日は部活で疲れたから、と自分に言い訳をして、部活が夕方に終わったあとすぐに帰宅し、お風呂に入り夕食を作って食べたあとはすぐにベッドに入って眠った。
その矢先のことだ。
「……鳥か?」
現状、羽音という情報源しかないから、もしかしたら鳥ではなくて翼を持った虫なのかもしれない。
すまない害鳥、お前に恨みはないけれど、僕の睡眠を邪魔するんだったらタダじゃおかないよ。と心の中で呟く。
物音は立てないほうがいいだろうと考えた僕はすぐに起き上がることをせず、視界が完全に安定するのを待ってからゆっくり息を殺してベッドから抜け出た。
自室を見回してみても、部屋には何者かがいた痕跡はない。
いや、そうか。そうだな。
部屋の窓は確実に閉めているはずだから、部屋外からの音なのだろう。
なぜかはわからないが、確認しなければという使命感に駆られた僕はカーテンを思い切り開け、窓の鍵を外し窓から首を伸ばして部屋の外を確認した。
当然窓を開けた先には夜の重く沈んだ闇が広がるばかりで、これといって特になにも見えない。
――なんだ、なにもないじゃないか。と言う前に、僕の目も口も、固定されてしまった。
僕の体に、心臓をギュッと掴まれたかような衝撃が走る。
視線を電柱のほうに向けると――電柱の上にポツリと佇んで、こちらを見つめ続ける一匹の鴉がいた。それだけだ。それだけなのに。
その鴉の濡れた赤い瞳に、僕の体は支配されてしまったかのように、身動き一つ取れなかった。
何かを言おうと思っても、声にならなかった。
そうやって、(別に自分から見つめ合おうと意識しているわけではないのだが)、どれだけの間僕と鴉が見つめ合っていたのかはわからない。
一時間くらい経ったようにも思えるし、一瞬で終わったような気もする。
だが、見つめ合っていたあの瞬間だけは、確かに赤い瞳の鴉に対して畏敬の念を抱いていた。災厄を招く悪の権化のような気もするし、僕を別世界に導こうとする使いのような気もする。
どちらにしても良い印象は持てそうにないが。
「まぁ、いいか……寝よう」
窓を閉め、電気関係をつけっぱなしにしていないか確認してからベッドに入る。
明日も部活だというのに、疲れを残したままではやっていられない。別に運動部ってわけでもないのに、休みの日にまで学校に行って新聞のレイアウトをする意味がよくわからない。まぁ、うちの部の新聞は校内での評判も良いし、全国のコンクールやら何やらでも常に上位に食い込んでいるのだから、それだけ学校側からしてみれば期待されているってことなんだろう。
面倒くさいな。まぁ、部員の皆は良い人ばっかりだし、それなりに楽しくもあるんだけれどさ。悪い部活ってわけじゃない。むしろ雰囲気だけならとても良い部活だと思う。それにしても朝早くから夕方遅くまでってのは勘弁して欲しいけど。
文句をグチグチと垂れ、それからくぁ、と一つ欠伸をしてから、目を瞑って、僕は深い眠りへと落ちていった。
僕がこの時、鴉に気を取られずにすぐに寝てさえいれば、あんなことにはならなかったのだろう、とこの時は露ほども知らずに。