押しつけられた迷い犬が、朝には「ご主人様!」と抱きつく尻尾娘になってた
犬はすきですよ
その電話がかかってきたのは、金曜日の夜のことだった。
「あークソ、つっかれた~……。さて、ビール、ビールって、え電話? 母さんからだ」
明日が休みなのを良い事に、脱いだスーツを床に放り投げ、冷蔵庫に向かっていると机の上でバイブレーションで存在を示すスマホの画面には、母から電話が来たことをを示していた。
「もしもし、母さん? 何かあったのか?」
『雄一、そのね、アンタに頼みがあるのよ。あなたの所ペットOKだったでしょ?』
「追加料金がいるから無理だよ」
どこかバツの悪そうな母の声に、嫌な予感が背筋をなでる。こういった時は大体とんでもないことが起きた。
反射的に背筋が伸びて身構えながら、電話口に集中する。
「……それで、どうしたのさ」
『実はね、骨折しちゃって』
聞けば、昨日の朝。先週引き取ったばかりの迷い犬を散歩させている途中、側溝の隙間に躓き、盛大に転んだらしい。診断は左足の骨折。しばらくは松葉杖生活が確定とのことだった。
「え! 大丈夫なの?」
『お母さんは良いのよ。松葉杖ぐらいどうってことないわ。でもね、犬が……』
話の先がなんとなく見えてきた。本人は大丈夫というが、だいぶしんどいのだろう。骨折した足では犬の世話もままならない。引き取ったばかりで預け先もない。
そして息子である俺は、都内で気楽な一人暮らし。
「……それ、俺が引き取るってこと?」
『雄一がいてくれたら安心なのよ。お願い、とっても賢い子なの。毛並みもきれいでね、目がクリクリして、これがまた、かわいくって——』
「はいはい、じゃあ明日いくよ」
『駄目よ! 今すぐ来て! 昨日折っちゃったから、今日も一日家から出ていないの!明日の朝もお散歩できないなんてこの子が可哀想だわ!』
「わかった、わかったよ!今から行きます!」
もう夜だというのに、俺は車で一時間の実家へと犬を引き取りに向かう羽目になった。
◆
午後十一時
ピンポーン
実家のインターホンを鳴らすと、奥から犬の吠える声が聞こえる。信じなかったわけではないが、本当に犬はいたらしい。
「母さん、俺、鍵持ってないけど開けられるの?」
「開いてるから入って~」
「んな……。不用心だな」
ぶつぶつ言いながら扉を開けると、姿は見えないが、廊下の曲がり角からちょこんと小さな影がはみ出している。
隠れているつもりなのだろうが、バレバレだ。
そのまま靴を脱ぐために上り框に座り込む。あえて廊下に背を向けるとフローリングをチャ、チャ、チャ、と固い爪が叩く音が近づいてきた。
そのまま待っていると背中に何者かがのしかかってきた。フワフワの毛が首筋をなでてとてもくすぐったい。
「やったなー!」
勢いよく振り返ると、そこには遊んでと言わんばかりに尻尾をブンブンと振る中型犬がいた。フワフワの白と茶色の毛に、大きなまん丸のハシバミ色の瞳。
恐らく雑種だろう。これと言った特徴的な犬種のイメージが全然湧かなかった。
好奇心旺盛に雄一の匂いを嗅ぎまくっている。
そのままワシワシと体の全身をなでていると、呼び声が聞こえる。母さんだ。
「雄一、その子良い子でしょ? お願いしてもいい?」
足元で戯れる犬を引き連れて居間に行くと、そこには母が椅子に座っていた。年中出しっぱなしの炬燵にいる母がなぜ?
その答えは母の足を見れば一目瞭然だった。
「母さん!? その足!」
大きなギプスに固められた左足。傍らには松葉杖が立てかけてある。散歩はもちろんの事、日常生活にも支障が出そうな有様だった。
「思ったよりやっちゃってね。明日からヘルパーさんも来てくれるから私は良いんだけど、犬は預けられる人がいるならそっちの方がこの子も幸せかなって」
もちろん上げるつもりはないからね、とは言うものの、医者の見立てでは数か月は見たほうが良いとの事らしかった。少なくとも、一、二か月は松葉杖生活が確定とのことだった。
本当のことを言えば、ペットを飼うには大家への説明もいる。だから今日は適当に様子を見るだけにして、来週に改めて引き取る予定だった。
「……わかったよ」
だが、先ほど以上に断れる気がしない。というか、この足を見てしまった以上流石に無理だった。
◆
名前はまだ決めていないとのことだったので、茶色と白の色合いから連想した食べ物〈エリンギ〉にした。
母は嫌がったが、犬の名前なんて早い者勝ちだ。決めなかった母が悪い。
「エリンギ。しばらくの間、ここが俺たちの家だ。俺がご主人様だから、責任もってお前を守るからな」
「ワン!」
自宅に着くなり嬉しそうに尻尾を振り、まるで返事みたいに一声鳴いて、エリンギはぱたぱたと部屋の探索を始めた。
狭いワンルームを端から端まで嗅いで回り、俺のベッドに鼻を押し付け、最後は布団の中でくるりと丸くなる。
ずいぶん懐かれたものだ。
なんだかんだ、悪くないな——。そう思いながら、俺は明日の支度を済ませて眠りについた。隣にエリンギの暖かさを感じながら。
◆
翌朝
ピピピピピピピ
前日に設定を消し忘れたアラームの音で目が覚める。とはいえ、あまりの眠さに瞼は閉じたままだ。
もっと寝るつもりだったのに、とアラームを止めるため手を伸ばした。
ふに、ふに、ふにゅぅ。
「ん、んきゅ……」
手のひらには何かもみ心地の良い柔らかい何かが収まっている。スクイーズか何かだろうか。買った覚えは無いが、貰い物で何かあったのかもしれない。
もう片方の手を伸ばすと、ふわりと柔らかな毛並みが手にかかる。そういえば昨日、犬を引き取ったんだったか。
そして首筋にかかる暖かな吐息。……吐息?
すぅっと頭が冷えて目を見開くと、そこには裸の少女が同じ布団に眠っていた。
「……~~!!」
自分の喉からこんなに甲高い声が出るのを初めて知った。
◆
ベッドから転がり落ちたことで思い切り尻を打ち付ける。先ほどとは違い、今度は声にならない悲鳴があがった。
涙目で床からベッドを見上げていると、少女も目を覚ましたのか、もそりと起き上がる。
布団が体にかかっているとはいえ、色々とギリギリだった。主にたわわな山脈が。
(やばいやばいやばい! 犯罪? 俺捕まる? 記憶が無い! そもそもエリンギはどこに——)
混乱しつつも状況を把握するために目の前の少女を観察する。
年のころは十代の後半か、二十歳そこそこ。眠そうにベッドの上でぺたりと座り込み、こちらをじっと見つめている。
髪は染めているのだろうか、白と茶色。瞳の色は——ハシバミ色。
どこかで見たことがある気がする。
「…………」
「…………」
沈黙が、三秒ほど続いた。
「……あの」
俺はようやく口を開いた。緊張で口の中が乾き、寝起きなのも相まって声が掠れていた。
「君さ、誰?」
すると、眠そうにこちらを見ていた瞳ががきらりと輝いた。
そうだ。この、大きな、まん丸の、ハシバミ色の瞳は……!
「あ! ボクのご主人様だ!」
少女は元気よく、はっきりと、そう言いきった。
混乱している俺をよそに、布団を跳ね飛ばし、一糸まとわぬ姿で飛び込むように抱き着いてくる。
その瞬間、俺の目に映ったのは、少女の柔らかで滑らかな臀部、も、まあ見えてしまったが、そうではなく。
足にリズムよくふわふわ当たる感触。
少女の腰から生えた、白と茶色のふさふさ尻尾が、嬉しそうに俺の足を叩いていた。
尻尾の生えた裸の少女。消えたエリンギ。
頭がショートしたように体がカチコチになり、俺はしばらくの間、指一本動かせなくなった。
落ち着け。整理しよう。
迷い犬を引き取った。一晩寝た。朝起きたら、犬がいなくなって、代わりに尻尾の生えた裸の女の子が「ご主人様」と俺に抱きついている。うん。わけがわからない。
「……もういいや」
一旦思考を放棄し立ち上がる。とりあえず服を着せよう。話はそれからだ。
「ご主人様、お腹すいた。ごはん!」
——母さん。
あんたが「賢い子なのよ」って言ったの、こういう意味じゃないと思うんだけど。
見た夢を基になろう系をイメージして頑張って書いてみました。あってましたでしょうか?
そのためにも様々ななろう系を読んだので、ばっちりなはず。




