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お人形の中に何を縫い込んだか、ご存知でしたの?

作者: 歩人
掲載日:2026/04/29

——あの夜、王宮で何が起きたかを、わたくしは翌朝、辺境の井戸端で聞きました。


 乳絞りの手を止めた修道女が、王都から駆けてきた使者の馬を見て、息を呑んだのです。使者は鞍にしがみつくように身を乗り出し、唇だけを震わせていたと、あとで知りました。


 その時刻、王宮の深い一室で、一体の仔羊のぬいぐるみが血にまみれて転がっていたそうです。


---


 生後三ヶ月の末姫エルナ様の寝室。


 真夜中——燭台の火さえ細くなる頃合いに、ひとりの刺客が窓を越えた。音もなく、足音もなく、息さえも殺して。乳母は隣室の長椅子で短い夢を見ていて、警護の騎士は廊下の角で眠気と戦っていた。


 刺客は、短剣を振り上げた。産衣うぶぎにくるまれて眠る赤子の、咽喉のどのあたりへ。


 その刃が、途中で止まったのです。


 刃先に——仔羊が、刺さっていた。白い綿の仔羊が、赤子の頬の上にぺしゃりと倒れ、短剣を咥え込むように受け止めていた。


 刺客は、一瞬、手を止めた。その一瞬で、隣室の乳母が目を覚ました。階下では、末姫の泣き声を聞きつけた騎士たちが駆け上がっていた。刺客は短剣を投げ捨て、窓から逃げた。


 仔羊は、寝台の敷布の上に転がった。腹は裂け、綿が零れていた。


 かけつけた王と王妃は、末姫の無事を確かめたあと、長いこと、仔羊の前に立ち尽くしたそうです。


 床に散った綿を、王がご自身の指で拾い上げた。


 その綿の中には、小さな硝子ガラスの欠片がひとつ。黒ずんだ糸くずが、一本。そして——誰のものか判然としない、艷のある亜麻色あまいろの髪の毛が、一房ひとふさ


「これは何だ」


 王の声は低く、かすれていたと聞きます。


 侍女頭が、膝をついた。床の綿を拾おうとした手が、震えて止まった。やがて、喉の奥から絞り出すように答えた。


「……縫い込み、でございます」


 王妃の膝が、崩れた。


 王は、綿の中の小さな亜麻色の髪を、指の腹でそっと撫でた。撫でて、それから、気づいた。末姫の産毛は淡い銀色。この亜麻色は、末姫のものではない。


 王の唇が、名を形づくった。三ヶ月前に、宮廷から追放した伯爵令嬢の名を。


「フィンナ・クーリッヒ」


---


 わたくしの名前が、そこで呼ばれたのだと、後日、王宮の老宦官ろうかんがんからの使いが教えてくれました。


 呼ばれたところで、わたくしは辺境の井戸で水を汲んでいただけなのですけれど。


 話を、三ヶ月前に戻させてくださいませ。


---


 三ヶ月前の、春の終わりのことでございました。


 王宮の大広間に、宮廷合理化評議会の臨時公聴会が招集されました。主題は、「迷信的慣行の段階的排除について」。その最初の議題が、わたくしの仕事でした。


 壇上に登ったのは、婚約者のヴァルトホーフ公爵家子息、エルンスト様。お手元には、分厚い論文。題して『縫い込み批判論文——王家の安全保障は理性によってのみ担保される』。


 朗読は、淀みなく進みました。


「——迷信を王家の安全保障に用いる時代は、終わりました。我々は、理性と衛生学と医術の時代に生きております。呪術的な人形に子供の体液を織り込む行為は、子供の尊厳を損ない、かつ王家の威信を毀損きそんするものであり——」


 わたくしは、後列の席に座っておりました。


 父伯爵はお隣で、黙って朗読を聞いておられました。父の指は、わたくしの母の形見の銀の指貫ゆびぬきを、そっと撫でておられました。


 エルンスト様の声は、誠に美しゅうございました。合理の光が、その唇から溢れ出るようでございました。


 朗読が終わり、議長が名を呼びました。


「伯爵令嬢フィンナ・クーリッヒ、壇上へ」


 わたくしは立ち上がり、すそを整え、一歩ずつ壇上に近づきました。


 エルンスト様は、わたくしの顔を見て、少しだけ眉を寄せられました。憐れみ、のような表情でございました。いえ——違いますね。憐れみではなく、羞恥しゅうちを隠すための眉根まゆねだったのだと、いまなら分かります。


「フィンナ嬢」


 エルンスト様は、声を張られました。万座の目が、わたくしに注がれておりました。


「当家は、縁起の悪い迷信を家門に迎え入れることは、もはやあたいませぬ。本日、両家の婚約を破棄いたします」


「……左様ですか」


 わたくしは、目を伏せてお答え申し上げました。


 それ以上の言葉は、わたくしからは出ませんでした。何を申し上げても、この場には響かないと分かっておりました。ここは、合理の神殿。わたくしの仕事は、その神殿の柱では、ないのですから。


 退室の合図を待ち、わたくしは裾を持って壇を下りました。


 父伯爵は、無言で手袋を嵌め、わたくしの肩を抱いて退室なさいました。


 父は一度だけ、わたくしに囁かれました。


「——娘よ、振り返らぬことだ」


「はい、お父様」


---


 その日の午後、わたくしは作業部屋に戻りました。


 王宮の西翼、日当たりの悪い塔の一室。窓は小さく、北向き。わたくしと母が、三十年以上、そこで縫い物をしてきた部屋でございます。


 母はもう、おられません。わたくしが十五の冬に、静かに逝かれました。


 部屋の扉を開けると、ほこりひとつない床が、わたくしを迎えてくれました。昨夜までわたくしが整えた作業台が、そのまま残っておりました。


 作業台の上には、縫いかけの仔羊がひとつ。


 末姫エルナ様のための、最後の一体でございました。


 仔羊は、まだ首の付け根が縫い合わされておりませんでした。首元には、薄青のリボンを結ぶための切れ目を残してあります。


 わたくしは椅子に腰掛け、指貫を嵌めました。銀の指貫。母の形見。指にぴったりと馴染む、年季の入った銀でございます。


 針を取り、絹糸を一本、選びました。


 最も細い針と、最も細い絹糸。新生児の肌に当たる仔羊ですから、縫い目の固さが肌を擦らぬよう、気をつけねばなりません。


 縫い始める前に、わたくしは地下蔵に下りました。


---


 地下蔵の壁は、一面が硝子瓶で埋まっておりました。


 棚は五段。上から順に、第一王子カール様、第二王女リーゼル様、第三王子ヴィルヘルム様、第四王子ゲオルク様、そして末姫エルナ様のための棚。


 それぞれの棚に、幾十もの硝子瓶が並んでおります。瓶の中には、髪の毛、乳歯、綿玉、そして曇った硝子片。


 例えば、第二王女リーゼル様の棚——。


 髪の毛、六十本。毎月一本ずつ、五年分。


 乳歯、四粒。落ちた日付ごとに、別の瓶に。


 綿玉、八個。初めて膝を擦りむかれた日、初熱の夜に寝台に染みた汗、初めて月のものを迎えられた朝——いずれも、極小の血や汗を、綿玉が吸っております。


 硝子片、十二個。初熱の夜、王女様の枕元に一晩置いて、呼気を閉じ込めたもの。熱が下がった朝、瓶の蓋を閉じて、わたくしが仕舞います。


 一つ一つのラベルには、わたくしの筆跡で、日付と状況が記されております。


「三月十七日、額を打たれる。泣き止まれぬので、静かな歌をお歌いする」

「十一月三日、熱三十九度二分。父王の手が冷たかったと泣かれる」

「二月八日、乳歯二本目脱落。嬉しそうに笑っておられる」


 これは、わたくしの日誌でもございました。


 母は、かつておっしゃいました。


「——娘よ、お子様方の一日一日を、覚えておくこと。覚えておいて、瓶に閉じ込めること。覚えているからこそ、針が正しい場所を通るのよ」


 わたくしは、母の声を反芻はんすうしながら、末姫の棚に手を伸ばしました。


 末姫エルナ様の棚は、まだ最下段の、最初の瓶だけが置かれておりました。


 生後三ヶ月の姫の素材。


 瓶の一つには、淡い銀色の産毛が三本。


 瓶の一つには、生後十日目の夜に微熱を出されたときの、呼気を封じ込めた硝子片。


 瓶の一つには、おへその緒が自然に落ちたときの、ほんの小さな粟粒あわつぶほどの組織。


 わたくしは、それらを一つずつ、指の腹で確かめました。


 ——それから、隣の棚。第二王女リーゼル様の棚へ。


 七歳のお誕生日の朝に抜けたお髪を、一房。


 ——第三王子ヴィルヘルム様の棚へ。


 四歳の冬、高熱を出されたときの硝子片を、一つ。


 ——第一王子カール様、第四王子ゲオルク様のそれぞれの棚からも、一つずつ。


 わたくしは、それらを小さな布袋に集めました。


 最後に、母が生前に仕舞っておかれた「共有の瓶」から、五人全員の髪の毛を一本ずつ、混ぜ合わせた糸束を取り出しました。母が三十年前に編んでくださった、お兄様お姉様全員の髪の毛でった糸——。


 地下蔵の階段を上りながら、わたくしは自分に言い聞かせました。


 ——末姫様は、最後にお生まれになった。お兄様お姉様四人のお力を、どうかお借りしたい。わたくし一人では、末姫様を守りきれないかもしれない。


---


 作業部屋に戻り、わたくしは仔羊の腹を開きました。


 白い綿を、指先で整えました。


 末姫の素材を、綿の芯に置きました。


 そして、四人のお兄様お姉様の素材を、仔羊の四肢に一つずつ、埋め込みました。


 前脚の右に、第一王子カール様の乳歯の欠片。兄としての護りを。


 前脚の左に、第二王女リーゼル様の髪の一房。姉としての暖かさを。


 後脚の右に、第三王子ヴィルヘルム様の、高熱を越えた夜の呼気を閉じ込めた硝子片。生き延びる力を。


 後脚の左に、第四王子ゲオルク様の、初めて馬に乗られた日に震えた綿。勇気を。


 そして仔羊の心臓の位置に、五人全員の髪の毛で撚った糸を、小さな輪にして置きました。


 母から習った口ずさみを、胸の内で繰り返しました。


 ——肩代わりは綿に、痛みは糸に、命は針の穴を通して逃さぬように。


 縫い始めました。


 一針、一針。呼吸を整え、指貫を糸の根元に添え、針先は常に仔羊の体の外側から中へ。母の教え——「内から外に縫うと、守るべきものが外へ逃げる」。


 新生児の皮膚を思いながら、縫い目の間隔は細かく。一針ごとに、口の中で小さく数を唱えました。


「ひい、ふう、みい、よう、いつ……」


 三日三晩、わたくしは縫い続けました。


 途中、侍女が食事を運んでくれましたが、わたくしは針を置くたびに手を洗い、湯で指先を温めてから再び針を取りました。


 最後の一針を終えたとき、窓の外は朝でございました。


 仔羊は、ほかの四体より、ほんの少しだけ重うございました。誰も気づかない重さ。わたくしの指だけが覚えている、重さ。


 首元に、薄青のリボンを結びました。


 それから、末姫エルナ様の御前に、その仔羊をお届けしました。


 乳母が、姫をそっと抱いて、仔羊をお渡しくださいました。姫は仔羊の耳を、小さな指で掴まれました。


 わたくしは、最後の一礼を差し上げて、部屋を下がりました。


 その足で、作業部屋に戻り、針と指貫を母の形見箱に仕舞い、扉を閉めました。


 そして、振り返らずに、王宮を出ました。


 父伯爵には、わたくしが辺境の修道院へ向かうことを、書簡で伝えました。父は、返信を寄越されませんでした。ただ、わたくしの旅路のための馬車と、一年分の生活費が、辺境の門前に届くように手配されておりました。


 ——「振り返らぬことだ」。父の、ただひとつの贈り物でございました。


---


 さて、辺境のお話でございます。


 ミルハイム修道院附属育児院。


 王都から馬車で七日。北部の山裾にある、小さな修道院でございます。石造りの建物の裏手に、子供たちのための木造の宿舎があり、真冬は鹿の毛皮で隙間を塞ぐような、つつましい暮らしの場でございます。


 わたくしが到着したのは、初夏の夕方。馬車から降りると、まぐさの匂いと、遠くからき火の煙が流れてきました。


 門を開けて迎えてくださったのが、アウグスト様でした。


 年の頃は三十半ば。薄茶色の髪を後ろで束ね、粗い麻布の作務衣さむいをお召しでした。手は節くれだって、指の腹に針のタコがいくつか見えました。


 わたくしが名乗ると、アウグスト様はわたくしの右手を一瞥いちべつなさいました。わたくしの右手の人差し指の腹には、母から受け継いだ古い針傷が、細い筋のように走っております。


 アウグスト様は、静かにおっしゃいました。


「針は、持ち方で重さが変わります。あなた、縫い込みを知る家の出ですね」


 わたくしは、息を呑みました。


 母の言葉が、耳の奥で響きました。——「この技は、声にしてはならぬ」。母は、常々そうおっしゃっておられました。縫い込みは、知らぬ者には迷信であり、知る者には祈りであり、そして、口にすべきものではない、と。


 けれど、目の前の方は、すでに知っておいででした。


 わたくしは、小さく頷きました。


「……はい」


「祖母が、少しだけ教えてくれました。硝子瓶の作り方までは、知りません。綿の整え方と、子供の体質別の密度調整だけです」


 アウグスト様は、そこで初めて笑われました。照れたような、淡い笑顔でした。


「でも、一人ではずっと、何かが足りないと思っていました」


 わたくしは、ようやく肩の力を抜くことができました。


 一人ではない。


 三ヶ月ぶりに、その言葉が胸の中で形になりました。


---


 翌朝から、わたくしとアウグスト様は、育児院の子供たちのための身代わり人形を、共に縫い始めました。


 育児院には、孤児が十二人。年齢は三歳から十三歳まで。


 一人目の子は、ハンス。八歳の男の子。黒い髪と、そばかすの鼻。一年前に両親を流行り病で亡くし、ここに来ました。


 ハンスのために縫う熊は、少し太めの糸で、二度縫い。子供が引きずっても破れないように。綿は、子供の背丈に合わせて、やや多めに。


「ハンスはね」


 アウグスト様が、綿を整えながらおっしゃいました。


「悪夢をよく見るのです。両親が病で苦しんだ夜のことを、何度も見ます。だから、熊の内側に、温かいものを織り込みたい」


「温かいもの、とは」


「ハンスの祖母が、遺してくださった糸です。祖母は、ハンスが生まれたときに、産衣の内側に一本だけ、赤い糸を縫い込みました。——それが、唯一の遺品です」


 わたくしは、アウグスト様が用意されたその赤い糸を、手に取りました。


 祖母が、孫の産衣に縫い込んだ赤い糸。三代前から、この辺境に伝わる習いだそうです。


 わたくしは、その糸を、熊の心臓の位置に置きました。


 周りの白い綿を、アウグスト様が丁寧に整えてくださいました。


 綿の整え方が、母のそれとは違っておりました。母は細かく千切ってから重ねる流儀でしたが、アウグスト様は、大きな房のまま、指先で押し広げていかれます。そうすると、綿の繊維が不規則に絡み合い、中に仕込んだものが零れ落ちにくい——。


「これは、母から教わりませんでした」


 わたくしは、感嘆して呟きました。


 アウグスト様は、にこりとなさいました。


「祖母は、山の猟師の娘でした。熊の毛皮の内側の処理の仕方を、真似たのだそうです。猟師の綿は、獲物の血を逃さぬように、粗く編む」


 わたくしは、一つ、学ばせていただきました。


 わたくしは、母から「細かく」を学び、アウグスト様から「粗く」を学びました。縫い込みの技は、一つではなかったのです。


 二人で、ハンスの熊を縫い上げました。その日は、ただ、一体を縫っただけ。けれど、胸の奥に、久しく感じなかった静かな温もりが戻ってまいりました。


---


 それから三日ほど経った夜のことでございました。


 ハンスが、熱を出しました。


 いつものように、修道院の鐘が夜の祈りを告げた少し後。アウグスト様と二人で、粥を子供たちに分けていたところへ、上級の修道女がお越しになり、ハンスの様子を伝えてくださいました。


「熱が、三十九度を超えました。呼吸が荒く、うわごとを言っています」


 わたくしとアウグスト様は、顔を見合わせました。


 わたくしは、先日縫ったハンスの熊を取りに行きました。アウグスト様は、予備の綿と、太めの糸を用意されました。


 ハンスの宿舎の、小さな蝋燭ろうそくの下で、わたくしたちは二人、熊の腹を開きました。


 熊は、既に少し湿っておりました。縫い込みを仕込んで三日。普段なら何も起こらないはずが、縫い目の内側に、かすかに熱を帯びておりました。


「反応している」


 アウグスト様が、低く呟かれました。


 わたくしは、頷いて、熊の中の赤い糸を、慎重に取り出しました。赤い糸の端が、黒ずみかけておりました。


「もう、吸っている。祖母の糸が、ハンスの熱を吸い始めている」


 わたくしは、新しい綿を整え、アウグスト様が新しい太い糸を選ばれました。わたくしたちは、黒ずんだ赤い糸を別の布に包み、熊の心臓には別の守り——この夜、アウグスト様がご自分の髪の毛を一本抜いて、糸の代わりに織り込んでくださいました。


「私の祖母の髪は、もう手元にない。代わりに、私の髪でも、いささか効くかもしれない」


 わたくしは、小さく頷きました。効くかどうかは、分かりません。けれど、祈りは、注がれた分だけ綿に染みる——母の言葉を、わたくしは信じておりました。


 縫い直した熊を、わたくしはハンスの胸元に置きました。


 ハンスのうわごとは、熱で乾いた唇から、ほとんど聞き取れない声で漏れておりました。お母さん、と聞こえました。お母さん、お母さん、と。


 わたくしは、ハンスの髪を、静かに撫でました。


 アウグスト様は、ハンスの額に濡れた手巾しゅきんを当ててくださいました。


 夜は、長うございました。


---


 朝、蝋燭が燃え尽きる前に、ハンスの熱は引いてまいりました。


 呼吸が、静かになりました。うわごとも、止まりました。頬に、うっすらと血色が戻ってまいりました。


 わたくしとアウグスト様は、熊を取り上げました。


 熊の背中には、わたくしたちが縫った縫い目の外側に、大きなほころびが生まれておりました。夜の間に、勝手に、裂けたのでございます。


 綻びの奥から、黒ずんだ綿が、ほんの少し覗いておりました。


「……肩代わり、しましたね」


 アウグスト様が、ぽつり、と仰いました。


 わたくしは、頷きました。


 熊を、一度、開きました。赤い糸は、すっかり黒くなっておりました。祖母の糸が、孫の熱を、全部吸っておりました。


 わたくしとアウグスト様は、しばらく黙って、熊を見つめておりました。


 やがて、アウグスト様が、ふ、と小さく息を吐かれました。その手が、そっとわたくしの右手に重なりました。


 アウグスト様の手のひらは、温こうございました。


「あなたの指先の温度を、綿が覚えています」


 わたくしは、言葉を、ゆっくりと、胸の奥に落としました。


 ——綿が、覚える。


 母の言葉と、同じでした。違う声、違う手、違う土地。けれど、同じ祈り。


 わたくしは、少しだけ、口角を上げました。


 それが、三ヶ月ぶりの、わたくしの笑顔でございました。


 涙は、まだ流れませんでした。わたくしは、まだ、自分に流す資格を許しておりませんでした。


---


 秋の始まりでございました。


 育児院の庭で、わたくしは子供たちと洗濯物を干しておりました。白いシャツ、茶色いズボン、穴の空いた靴下——修道女方が修繕を後回しにされた品々が、物干し綱に一列に並んでゆきました。


 ハンスが、熊を抱いたまま、わたくしの裾を引っ張りました。


「フィンナ先生、あれ、誰」


 ハンスの小さな指が、門の外を指しました。


 見知らぬ馬車が、一台。黒塗りの、しかし紋章のない、普通の馬車。


 御者が降り、幌を下ろし、中からひとりの男が降り立たれました。


 質素な旅装束。頭巾を目深まぶかに被っておられました。護衛らしき二人が、後ろに離れて控えておりました。


 頭巾を上げられて——わたくしは、息を呑みました。


 王でございました。


 お忍び姿の、わたくしたちの国王陛下こくおうへいか


 王は、門をくぐり、庭に歩み出られました。


 そして、わたくしの前で——足を止められ、ひざまずこうとなさいました。


 わたくしは、咄嗟とっさに、両手で制止いたしました。


「陛下、お立ちくださいませ。——ここは、育児院でございます。子供たちが、見ておりまする」


 王は、はっとしたようにお顔を上げられました。ゆっくりと身を立て直され、それから、深々と頭を下げられました。


「……末姫を、救ってくれた」


 王の声は、かすれておられました。


 わたくしは、黙って頷きました。それ以上の言葉は、出てまいりませんでした。


 王が、ふところから、小さな布袋を取り出されました。


 布袋の中には、わたくしがよく知るものが、入っておりました。


 黒ずんだ糸くず。小さな曇った硝子片。亜麻色の、一房の髪。


「これは、お前の……」


 王は、言葉を探しておられました。


 わたくしは、静かにお答え申し上げました。


「——髪は、わたくしのものではございません」


「え」


「第二王女リーゼル様の、七歳の冬に抜けたお髪でございます。瓶に収めたラベルに、日付と、そのとき王女様が『父王の手が冷たかった』と泣かれたことを、記してございました」


 王の目が、見開かれました。


「……どういう、ことだ」


 王の後ろで、老宦官が膝をつきました。侍女頭が、震える声で呟きました。


「そんなことが、できるのですか」


 わたくしは、目を伏せてお答えいたしました。


「母から、教わったのでございます」


 息を整え、わたくしは言葉を継ぎました。


「仔羊には、五人のお子様方の素材を、少しずつ織り込みました。末姫様を、わたくし一人では守りきれませんゆえ——五人のお兄様お姉様で、守っていただきたく」


 風が、庭を渡りました。


 洗濯物が、ぱたりと鳴りました。


 王は、しばらく、何もおっしゃいませんでした。


 やがて、絞り出すような声で、仰いました。


「——戻ってきてくれ」


 わたくしは、首を、横に振りました。


「母から受け継ぎましたこの技は、売り物ではございませんの」


 王は、もう一度、頭を下げられました。


「売ってくれとは、言わぬ。……もう一度、この子を、守ってはくれぬか」


 王の後ろから、乳母が、末姫エルナ様を抱いて、そっと歩み出られました。


 末姫は、乳母の腕の中で、淡い銀の産毛を揺らしておられました。小さな手には、新しく縫い直された仔羊。けれど、縫い目は素人のもの。——素材は、入っておりません。


 わたくしは、深く、息を吸いました。


 秋の空気が、胸の奥まで降りてまいりました。


「——お人形は、縫う者の指先の温度を、覚えていますのよ」


 わたくしは、王に、そう申し上げました。


 王が、顔を上げられました。


 わたくしは、言葉を続けました。


「王宮には、戻りませぬ。けれど、末姫様を——この育児院にお預けくださいませ。他の子供たちと一緒にお育てになった方が、よろしゅうございます」


「……」


「王家の外で育つ姫は、王家の内では得られぬ強さを、得られましょう。朝の井戸で手を冷たい水で洗い、ハンスたちと粥を分け、仔羊の綻びを、ご自分の指で直せるようになりましょう」


 王は、長い間、黙っておられました。


 秋の光が、王の肩に、静かに落ちておりました。


 やがて、王は、ゆっくりと、頷かれました。


「……そなたに、任せる」


 乳母が、末姫を差し出されました。


 わたくしは、両手を差し伸べ、末姫を受け取りました。


 末姫は、泣かれませんでした。わたくしの腕の中で、銀の産毛が、風にふわりと揺れました。


 わたくしは、末姫を——そっと、アウグスト様の腕に、お渡ししました。


 アウグスト様は、末姫を優しく抱き取られました。片手で産衣の襟を整え、もう片手で、小さな頭の後ろをしっかりと支えられました。末姫は、その腕の中で、小さなあくびをなさいました。


 王は、その姿を、長く、長く、見つめておられました。


 やがて、ごく小さな声で、仰いました。


「……頼む」


 護衛の二人が、馬車の方へ退がりました。王は、わたくしに一礼なさり、きびすを返されました。


 去られる王の背を、ハンスが、指をくわえて見ておりました。


「あの人、誰」


 ハンスが、わたくしの裾を引きながら、小声で尋ねました。


 わたくしは、少しだけ、口角を上げて、答えました。


「——ご自分の娘を、心から心配しておられる、ただのお父様よ」


 ハンスは、分かったような、分からないような顔で、こくりと頷きました。


---


 同じ日の、夜のことでございました。


 これは、わたくしが見聞きしたことではございません。後に、王都の老宦官からの使いが、そっと教えてくれたお話でございます。


 王都ヴァルトホーフ公爵邸。エルンスト様のお部屋。


 机の上に、王宮合理化評議会からの一通の通達が、置かれていたそうです。


『縫い込み批判論文の、公式撤回を求める』


 通達には、末姫様の御身に起きたこと、そしてそれがクーリッヒ家の秘技によって防がれたという事実が、淡々と記されておりました。


 エルンスト様は、机に向かわれ、羽根ペンを取られたそうです。


 便箋びんせんの冒頭に、「フィンナ嬢」——と書かれた。


 そこで、ペンが止まった。


 何を書くべきか、分からなかったのだと、老宦官は申しておりました。


『すまなかった』とは、書けない。書いた瞬間に、ご自身の論文のすべてが、嘘になる。


『偶然だった』とも、書けない。それを書いた瞬間に、王家の子供たちが三十年、三代にわたって守られてきた事実を、否定することになる。


『理性と祈りは、両立するものだった』と書けば、それは、三ヶ月前の壇上のご自分を、完全に裏切ることになる。


 エルンスト様は、数行書いては、破り捨てられました。


 十数枚の紙くずが、床に散らばった頃——エルンスト様は、羽根ペンを置かれ、両手で顔を覆われました。


 そして、部屋の燭台が風にゆらぐ中、長い間、動かれませんでした。


 老宦官は、言いました。


「あの方は、まだお気づきではないのです。——認めることと、謝ることとは、違うのだということに」


 わたくしは、その話を聞きながら、ただ、井戸の水を汲みました。


 水は、秋の朝、深く、冷たうございました。


 手紙の返事を、わたくしは、待ちませんでした。


---


 初冬の、ある午後でございました。


 育児院の厨房ちゅうぼうで、子供たちが林檎りんごの皮をいておりました。ハンスは、熊を膝の上に置いたまま、小さなナイフを慎重に扱っておりました。末姫エルナ様は、ハンスの隣で、小さな木製の椅子に座らされ、林檎の皮の長さを競う子供たちの歓声を、きょとん、と聞いておられました。


 そこへ、お忍びの王妃陛下が、いらっしゃいました。


 頭巾を目深に被られ、お供は老宦官お一人。


 王妃陛下は、育児院の戸口でわたくしに深々と頭を下げられた後、厨房の子供たちの輪に、静かに加わられました。


 末姫を膝に抱き、林檎を一切れ、お口に近づけられました。末姫は、小さな指で林檎の端を掴まれました。王妃の頬が、ほんのりと緩まれるのが、横目に見えました。


 ハンスが、王妃の袖を引っ張って、小声で尋ねました。


「エルナの、お母さん?」


 王妃は、一瞬、息を止められ、それから——柔らかく頷かれました。


「そうよ。でも、エルナは、みんなのお友達でもあるのよ」


 ハンスは、満足そうに、こくり、と頷きました。


 わたくしは、かまどの前で、夕餉ゆうげの鍋をかきまぜておりました。


 王妃陛下は、しばらく厨房で子供たちの声を聞かれたあと、そっと立ち上がり、わたくしの隣まで歩んでこられました。


「フィンナ嬢」


「はい、王妃陛下」


「——あなたに、もう一つ、お頼みがあるのです」


 わたくしは、お玉を置き、向き直りました。


 王妃は、懐から、小さな布袋を取り出されました。中には、わたくしが見慣れた——小さな硝子瓶が、幾つか。


「第一王子カールのもの。第二王女リーゼルのもの。第三王子ヴィルヘルムのもの。第四王子ゲオルクのもの——そして、私の髪、一房」


 王妃は、小声で続けられました。


「あなたに、仔羊を、もう一度、縫い直してほしいのです。末姫のために。——今度こそ、きちんとした素材を、込めて」


 わたくしは、瓶を受け取りました。


 瓶の中の髪や乳歯は、どれも見覚えのあるものでした。わたくしが王宮を去る前に、地下蔵に並べておいた瓶の、まさにそのものたち。


「地下蔵は、そのままでございますか」


「ええ。あなたが去られた翌日、王が指示なさいました。——『一つも、触れてはならぬ』と」


 わたくしは、頷きました。


 王は、三ヶ月前、公聴会で沈黙していらっしゃいました。合理化評議会の風は強く、王といえどもその場で迷信擁護に回ることは叶わなかった。けれど、王は、地下蔵を、閉じてくださっていた。


 ——それで、十分でございます。


 わたくしは、布袋を胸に抱き、王妃に一礼いたしました。


「お引き受けいたしましょう」


---


 その夜、わたくしとアウグスト様は、アトリエに籠りました。


 アトリエと申しましても、育児院の物置を改装した、小さな部屋でございます。窓は一つ。北向き。母の作業部屋と、似た向きでございます。


 アウグスト様は、綿を整えてくださいました。


 わたくしは、母の銀の指貫を嵌め、絹糸を一本、選びました。


 末姫エルナ様の、新しい仔羊。


 素材は、王都から届いた瓶の、四人のお兄様お姉様の髪と乳歯と硝子片、そして、王妃陛下の髪、一房。


 王の素材は、ございませんでした。王妃は、仰いませんでした。わたくしも、問いませんでした。——王は、王家を継ぐ者として、別のかたちで末姫を守っておられる。それで、よろしいのでございます。


 わたくしは、仔羊の心臓の位置に、王妃の髪を、小さな輪にして置きました。母の、の意味で。


 四肢に、四人のお兄様お姉様の素材を、一つずつ、埋め込みました。


 そして、腹の底——綿の最も深いところに、一本、新しい赤い糸を置きました。


 アウグスト様のお祖母様から、この辺境の地に伝わる、赤い糸。


 アウグスト様が、そっと、ご自分の髪を一本、抜いて、その赤い糸に絡めてくださいました。


「私の祖母の、代わりに」


 わたくしは、頷きました。


 王家のお兄様お姉様、王妃、そして——この辺境の、祖母の赤い糸と、アウグスト様の髪。


 末姫エルナ様は、王家の中だけの子ではなくなりました。


 辺境の子でもあり、わたくしの……これから先、長いこと一緒に時を過ごすであろうこの方の、子でもあるのだと——そのような思いが、胸に、ゆるりと膨らみました。


 縫い始めました。


 一針、一針。


 母の声が、胸の奥で、静かに響きました。


 ——娘よ、この技は、売るものではなく、手渡すものよ。


 わたくしは、この技を、誰に手渡すのでしょう。


 まだ、分かりません。けれど——いずれ、末姫エルナ様に、ハンスに、この育児院の子供たちの誰かに。いずれ、誰かに。


 縫い目の一つひとつが、柔らかく、仔羊の腹を閉じてゆきました。


 夜が、静かに更けてゆきました。


 蝋燭の火が、わたくしたちの手元を、ぼんやりと照らしておりました。


 わたくしの右手の指先が、針の根元に添えた指貫の、銀の冷たさを確かに感じておりました。


 ——その、指先の温度が。


 ——仔羊に、宿る。


 母がかつて、わたくしに渡してくださったのと同じ温度が、いま、この仔羊の綿の奥に、静かに染み込んでおりました。


 わたくしは、最後の一針を縫い終え、糸を切りました。


 首元に、新しい薄青のリボンを結びました。


 仔羊は、わたくしの手のひらの上で、少しだけ、重うございました。


 わたくしの目尻に、ほのかに、涙が滲みました。


 悲しみではございません。


 寂しさでも、悔しさでも、ございません。


 ——安堵の涙でございました。


 三ヶ月前、壇上で目を伏せたわたくしが、一度も流さなかった涙。


 ここで、ようやく、流すことを、自分に許すことができました。


 わたくしは、袖口で、そっと涙を拭きました。


 アウグスト様は、そのわたくしの手の上に、ご自分の手を、重ねてくださいました。


 温こうございました。


 わたくしは、針を置き、仔羊を抱いて、アトリエを出ました。


 隣室の寝台で、末姫エルナ様が、小さな寝息を立てておられました。


 わたくしは、仔羊を、末姫の胸元にそっと置きました。


 末姫の小さな指が、眠りの中で、仔羊の耳を、きゅ、と掴まれました。


 わたくしは、しばらく、そのおを、見つめておりました。


 窓の外——辺境の初冬の空に、細い三日月が、静かにかかっておりました。


 月の光が、窓越しに、末姫の頬を白く照らしておりました。


 わたくしは、椅子に腰掛け、また、針を取りました。


 次は、ハンスの熊の綻びを、直さねばなりません。そのあとは、育児院の三歳のマリアのための、初めてのうさぎを縫わねばなりません。


 針を通す度に、胸の中で、口ずさみました。


 ——肩代わりは綿に、痛みは糸に、命は針の穴を通して、逃さぬように。


 母の声と、アウグスト様の祖母の声が、夜の静けさに、そっと混ざってまいりました。


 わたくしの指先は、冷たくも、熱くも、ございませんでした。


 ちょうど良い、母と同じ温度で——ただ、静かに、縫い続けておりました。


---


【あとがき】


最後まで読んでいただきありがとうございました。




 この物語は、「Tier S 専門職型 × 独自設定(身代わり人形・民間信仰)」という王道を踏みながら、あえて非線形で始めてみた作品でございます。血にまみれた仔羊と、綿の中に転がり落ちる小さな証拠——その一点から、三ヶ月分のフィンナの「見えない労働」をさかのぼるという構造です。


 人形に「持ち主の髪、乳歯、血、呼気」を縫い込む技は、現実の世界の各地に存在する民間信仰をお借りして、少しだけ拡張して描きました。呪いとして描くのではなく、あくまで「母から娘へ受け継がれる祈り」として書きたかったのです。魔法ではなく、祈り。論理ではなく、指先の温度。


 縫い物をされる方ならご存知の通り、同じ針でも、同じ糸でも、縫う人の手によって、縫い目の表情は全く違ってまいります。同じ温度の指、同じ呼吸で、同じ数を唱えながら縫うことができるのは、世界にたった一人だけ。人形は、その一人の指先の温度を、覚えているのです。


 フィンナが最後に流した涙が、悲しみのものでなく、安堵のものであってくれたら——母から娘へ、祖母から孫へ、手渡されてきた無数の小さな技に、せめてもの敬意を込めて、そのような結末にいたしました。




◇◆◇ 「捨てられ令嬢は最後に笑う」シリーズ ◇◆◇




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