領民との会合を全て私任せにしていた婚約者から婚約を破棄されました
「オリヴァー様はいらっしゃる?」
「あ、こ、これはグラディス様。旦那様は私室でご商談中でございます……」
「そう、ありがとう」
今日は月に一度の、ダウズウェル領の領民のみなさんとの会合の日。
領主であり、私の婚約者でもあるオリヴァー様が約束の時間になっても屋敷から出て来られないので、私はダウズウェル家の屋敷に入り、家令にオリヴァー様の所在を訊いた。
すると、オリヴァー様は私室で商談中とのこと。
私は私室の前まで行き、その豪奢な扉をノックした。
「オリヴァー様、グラディスです」
「ん? ああ」
中から気の抜けた声がしたので、扉を開けて中に入る。
すると、オリヴァー様の隣には、フォレスター男爵家の令嬢であるシンシア嬢が座られていた。
「何だよ。見ての通り、僕は今シンシアと大事な商談中なんだ。用があるなら後にしてくれないかな?」
オリヴァー様は私のほうを見ようともせず、ふうと溜め息を吐かれる。
「お久しぶりです、グラディス様」
そしてシンシア嬢はいつもながらの人懐っこい笑顔を浮かべながら、私に会釈をした。
フォレスター男爵家は元々は商家で、その財で爵位を買い取った家。
最近の主な得意先はダウズウェル家らしく、たびたびこうしてオリヴァー様と商談を重ねているのだ。
「ごきげんよう、シンシア嬢。お元気そうで何よりですわ。――オリヴァー様、ご商談も重要なことは存じておりますが、今日は定例の会合日ですよ。お忘れですか?」
「……ああ、そういえばそうだったな。でも僕はまだシンシアといろいろ詰めなきゃいけないことがあるから、そっちはまた君に任せるよ、グラディス。イイ感じに回しといてくれ」
「承知いたしました」
こうしてオリヴァー様が会合を私任せにするのは、今に始まったことではない。
私は軽く頭を下げて、オリヴァー様に背を向ける。
「あ、お待ちくださいグラディス様!」
「はい?」
すると、シンシア嬢から呼び止められた。
「これ、今度我が家から売り出す新作のフィナンシェです! とっても美味しくて見た目もこの通り可愛いので、絶対ヒット作になると思います! グラディス様もご試食どうぞ」
シンシア嬢がお皿に載せた、一口サイズのフィナンシェを差し出す。
トッピングシュガーで派手にデコレーションされており、確かに見た目は可愛らしい。
なるほど、これが今回の商談の目玉商品なのね。
「ありがとう存じます。いただくわ」
フィナンシェを受け取って一口食べてみたが、派手な見た目に反して、味はハッキリ言ってお粗末なものだった。
フィナンシェはバターの風味を楽しむことが醍醐味なのに、まったく味にコクがない。
おそらく利益を上げるために、安物のバターを使っているのだろう。
「うん、とてもお上品なお味ですね」
「わあ! グラディス様もそう思われますよね! 苦労して開発した甲斐がありました!」
「ハハッ! グラディスが太鼓判を押すなら間違いないな!」
「うふふ。ではオリヴァー様、私はそろそろ会合に向かいますわ」
「ああ、よろしくな」
「いってらっしゃいませ、グラディス様!」
私は二人に背を向け、ダウズウェル家を後にした。
「みなさん、お待たせして申し訳ございませんでした」
「おお! グラディス様! いえいえ、どうぞお気になさらないでください!」
「只今お茶をお持ちいたしますので!」
私が会合場所である集会所に着くと、領民のみなさんがいつも通り歓迎してくださった。
「あのぉ、それで、本日は領主様は……」
「……申し訳ございません。本日もオリヴァー様は別件が入っておりまして、私が代理で参りました」
「あ、ああ、そうなのですね。いやぁ、グラディス様も大変ですねぇ」
「いえ、これも仕事のうちですから」
「そう言っていただけますと、こちらとしても本当に助かります。……まったく、領主がオリヴァー様に代わってからは、一切私たちの前に顔を見せてくださらなくなっちゃいましたからね」
「オ、オイ! 滅多なこと言うなよ!」
「あ、こ、これはすいません! どうか今のは、聞かなかったことに……」
「うふふ、他言はしませんから、ご安心ください」
今から1年ほど前に、先代領主であるオリヴァー様のお父様がご病気で急逝し、当時まだ21歳だったオリヴァー様が領主を継いだはいいものの、オリヴァー様は領民とコミュニケーションを取るという行為を疎むようになってしまった。
領主としては、むしろそれこそが一番大事な仕事なのではないかと思うのだけれど、オリヴァー様にはそれが理解できないらしい。
どうもオリヴァー様は、領民をただの働き蟻だと思っている節がある。
生活が苦しくなれば嘆き、理不尽な扱いをされれば憤慨する、心を持った人間だという意識が、欠けているのだ。
「グラディス様、こちらお紅茶と、お茶請けのフィナンシェです。私が作ったものですので、どうぞお召し上がりください」
スイーツ職人のベッキーさんが、私の前に紅茶とフィナンシェを置いてくださった。
「まあ、美味しそう。私、ベッキーさんのフィナンシェ大好きなんです。遠慮なくいただきますわね」
「どうぞどうぞ」
フィナンシェを一口食べると、濃厚なバターの風味が口いっぱいに広がって、全身が多幸感で包まれた。
程よい優しい甘さが、紅茶にもよく合う。
見た目こそ派手さはないものの、味は一級品だ。
うん、やはりフィナンシェはこうでないとね。
「とても美味しいです。ベッキーさんのその腕は、まさにダウズウェル領の宝ですわね」
「そ、そんな! 宝だなんて、恐れ多いですよ! あはははは」
ベッキーさんは照れ隠しするように、頭をくしゃくしゃ掻いた。
うふふ、可愛いですね。
「――ところでみなさん、最近何かお困りのことはございませんか?」
「「「――!」」」
空気も和らいできたところで、私は本題を切り出す。
領民のみなさんからの助けを求める声を直接訊くことこそが、私が今日ここに来た目的なのだから。
「あ、あのぉ、それなんですが……」
気まずそうに、ベッキーさんが小さく手を上げた。
「はい、何でしょうか」
私はニッコリと微笑んで、なるべくベッキーさんが話しやすい空気を作る。
「はい、実はそのフィナンシェを作るのにも使っている、エクーフラ産のバターがどこにも品薄状態になっておりまして……。既製品で代用できないこともないんですが、やはり私のこだわりとしては、エクーフラ産のバターを使いたいんです! ……どうにかならないでしょうか」
なるほど。
エクーフラ領は国内屈指の乳製品の産地。
そのエクーフラ産のバターを使っているからこそ、こんなに美味しいフィナンシェが作れているのね。
エクーフラからの主な仕入れルートは海路なのだけれど、昨今その海域に海賊が頻発していることにより、船の本数が激減している。
そのため、エクーフラ産の品物は全般的に品薄状態になっているのだ。
「わかりました。私に当てがありますので、早急に仕入れておきますわね」
海路がダメなら空路を使えばいい。
私のペットの伝説の魔獣アブソリュートヘルフレイムドラゴンなら、大量の品物を載せて空を飛べるから、安全に仕入れられる。
もしも仕入れ途中に海賊を見掛けたら、ついでにアブソリュートヘルフレイムドラゴンに始末させておけばいいわ。
「ああ! 本当ですかグラディス様! ありがとうございます! ありがとうございます!」
ベッキーさんが何度も私に頭を下げる。
うふふ。
「どういたしまして。バターを仕入れたら、また美味しいスイーツをたくさん作ってくださいね」
「はい!」
「他には何か、お困りのことがある方はいらっしゃいませんか?」
「あのぉ、俺もいいですかね?」
続いて手を上げられたのは、大工のアンガスさんだった。
「はい、どうぞ。どうされましたか?」
「それが……、もし可能なら、うちの領でも『ニャッポリート釘』を販売してもらえるようになると助かるんですが……」
「ニャッポリート釘、ですか。それは、ニャッポリート重工の商品でしょうか?」
「ああ、そうですそうです!」
ニャッポリート重工はベックフォード領にある、大手の工業メーカー。
だが、ニャッポリート重工は卸先を厳選しており、パイプのないダウズウェル領には、品物はほとんど出回っていないのが実状なのだ。
「ニャッポリート釘は丈夫なうえ錆びにくい、まさに理想の釘なんです! ニャッポリート釘さえあれば、俺はもっと良い家が建てられる! だから何とか、仕入れられませんかね?」
「そうですね……」
ニャッポリート重工、となると……。
「そういうことでしたら、私がお力になれますよ」
「「「――!」」」
その時だった。
集会所に、身なりの良い一人の若い男性が入って来た。
それは行商人のセシルさんだった。
セシルさんは世界各地を旅している行商人で、こうしてたびたびダウズウェル領にも訪れて、珍しい品物を売ってくれているのだ。
ふふ、ナイスタイミングね。
「ほ、本当かい、セシルさん!?」
アンガスさんが興奮した様子で、セシルさんに駆け寄る。
「ええ。ニャッポリート重工には知り合いがいるんで、今度こちらに来る際は、ニャッポリート釘を大量に仕入れておきますよ」
「おお! そいつはスゲェな! ホント助かるよ!」
「いえいえ、お客様の求めるものを仕入れるのが、行商人の仕事ですから」
なるほど、やはり――。
「ありがとう存じますわセシルさん。私からもお礼申し上げます」
「アハハ、グラディス様のようなお美しいお方のお役に立てるのでしたら、男冥利に尽きるというものです」
セシルさんはニヒルに微笑んだ。
うふふ。
こうしてセシルさんのお陰もあって、今回の会合も円滑に進んだのであった――。
そして訪れた、翌月の会合日。
例によって約束の時間になってもオリヴァー様が屋敷から出て来られないので、私はダウズウェル家の屋敷に入り、家令にオリヴァー様の所在を訊く。
「オリヴァー様はいらっしゃる?」
「あ、こ、これはグラディス様。そ、それがですね……、何と申したらよいやら……」
歯切れの悪い家令の様子から、私は全てを察した。
なるほどね。
「わかったわ。結構よ」
「あ、はぁ……」
私は一人、オリヴァー様の寝室へと向かう。
そして――。
「オリヴァー様、グラディスです。失礼いたします」
ノックをして、寝室の中へと入った。
「なっ!? ……グラディス、随分不躾じゃないか、断りもなくプライベートな空間に入って来るなんて」
「あっ、グラディス様……!」
そこにはベッドの上で裸で睦み合っている、オリヴァー様とシンシア嬢がいた。
やっぱりね。
「そのお言葉、そっくりお返しいたしますわ。私という婚約者がありながら他の女性と関係を持つなど、立派な契約違反ではありませんか、オリヴァー様?」
「フン、君みたいな無愛想で可愛げのない女より、シンシアのほうが百倍魅力がある。女としての魅力を磨くことを怠っておきながら、よくそんなことを言えたものだな。悪いのは君のほうじゃないか」
そうやってすぐ責任転嫁するところが、オリヴァー様の悪い癖ね。
まあいいわ。
「ここで不毛な議論をするつもりはありませんわ」
「ああ、それは僕も同意見だ。ちょうどいい機会だ、今この時を持って、君との婚約は破棄させてもらうよ、グラディス」
ふむ。
「その婚約破棄、承知いたしました。では婚約の破棄に伴う慰謝料の請求等は、後日改めてさせていただきますわ。それではごきげんよう」
「フン、がめつい女め! じゃあな」
「お元気で、グラディス様」
去り際シンシア嬢が私に向けた顔は、それはそれは勝ち誇ったものだった。
「ええ!? グ、グラディス様が、婚約を破棄されたんですか!?」
「そんな!!」
その足でいつもの集会所に向かい、領民のみなさんについ先ほど婚約破棄されたことを告げると、みなさん大層驚かれた様子だった。
「じゃあ、今後はもうグラディス様は、この会合にはいらっしゃってくれないってことですか!?」
「申し訳ございませんが、そうなりますわね。私はもう、ダウズウェル領の関係者ではなくなってしまいますので」
「あ、あぁ……、なんてことだ……」
「もうこの領はお終いだ……! 俺はグラディス様がいらっしゃったから、今まで我慢してきたんだ! グラディス様がいなくなられたら、とてもこの領で暮していく自信はねぇよ!」
「……そうだな」
「……俺もだ」
「……私もよ」
うふふ、ここまでみなさんから慕われていたなんて、悪い気はしないわね。
「ではこういうのはいかがでしょうかみなさん。――いっそのこと、ベックフォード領に引っ越すんです」
「「「……え?」」」
私がそう提案すると、みなさん一様にポカンとした顔になった。
「い、いやいやいやいや、そうしたいのは山々ですが、私たちみたいな貧乏人には、とてもベックフォード領の高い家賃は払えませんよ」
ニャッポリート重工等の大手企業が立ち並ぶベックフォード領は、国内屈指の高級住宅街でもある。
ベックフォード領に住むことは、国民にとってある種のステータスにもなっているのだが、それだけに家賃や物価も高く、そう簡単にはいかないのが実状だ。
「その点は心配はご無用ですわ。きっとあちらの方が、格安の物件を紹介してくださるでしょうから」
「「「……は?」」」
「フフフ、どうやらあなた様には、全てお見通しだったようですね」
「「「――!」」」
私の視線の先にいた人物――行商人のセシルさんが、ニヒルに微笑んだ。
「ど、どういうことですグラディス様? なんでセシルさんが、ベックフォード領の格安物件を紹介してくれるんですか?」
「それはこのお方が、ベックフォード領の領主であらせられる、ベックフォード侯爵閣下のご子息だからですわ」
「「「っ!?!?」」」
余程の衝撃だったらしく、みなさんは鳩が豆鉄砲を食ったようなお顔になった。
「は!? ご子息?? セシルさんが、ベックフォード閣下の??」
「いつから気付かれていたのです?」
セシルさん――いや、セシル様が、私に鋭い視線を向ける。
「怪しいと思ったのは初めてお会いした時からです。あなた様は行商人の割には、あまりにも身なりが整いすぎていました。言動からも気品が溢れていましたし、どこぞの高貴なご身分のお方が、行商人のフリをしているのではないかという考えに至ったのです」
「なるほどなるほど」
セシル様は楽しそうに、クツクツと笑う。
「確信を持ったのは先月の会合の日ですね。一介の行商人がニャッポリート重工にパイプを持っているというのは、いくら何でも不自然です。そこで私の家の者に調べさせたところ、ベックフォード家のご長男が、行商人のフリをしながら旅をしているという秘密を突き止めたというわけですわ」
「フフフ、やはりあなた様は私の想像していた通りの、聡明なお方だ」
セシル様は湿度のある視線を、私に向ける。
「では、私が何故こんなことをしているか、その理由もお見通しなのでしょうね」
「ええ、ここから先はあくまで推測ですが、世界各地を回り、優秀な人材を確保するためではないでしょうか?」
「「「――!!」」」
「ベックフォード領は、他の領から移り住んできた人がとても多いそうですね。もしやベックフォード家は代々、そうやって優秀な人材を自らの足でスカウトすることで、領を発展させてきたのではないでしょうか? そう考えると、ベックフォード領に大手企業が集中していることも説明がつきます」
「ハハハハハ。お見事。ご明察です」
セシル様はサーカスの司会者の如く大袈裟に、私に拍手を贈る。
「え? つ、つまり俺たちも、セシルさん……じゃなかった、セシル様の御眼鏡に適ったってことですか!?」
大工のアンガスさんが、大層興奮した様子で、セシル様に尋ねる。
「ええ、その通りですアンガスさん。あなたの大工としての腕前は、ニャッポリート重工が抱えている職人にも引けを取らない、超一流です。私が太鼓判を押しますよ」
「お、おぉ……! マジですか……!」
アンガスさんは両手の拳をグッと握りながら、感動に打ち震えている。
「アンガスさんだけではありません。ベッキーさんのスイーツ職人としての腕も然り。この場にいるみなさんは、是非ともベックフォード領に欲しい、貴重な人材ばかりです!」
「「「――!」」」
セシル様がそう仰った途端、みなさんのお顔に希望の光が射した――。
「現在ベックフォード領では、新たに一つの街を建設中です。みなさんさえよろしければ、私からその街に、格安の物件をご紹介できます。――どうでしょうかみなさん。これを機に、私と一緒に新たな地で第二の人生を始めてみませんか」
「お、俺は行くぜ!」
アンガスさんが右の拳を天高く掲げる。
「私も私も!」
続いてベッキーさんが、ビシッと右手を上げる。
「私も!」
「僕もだ!」
「乗るしかない、このビッグウェーブに」
どうやら他のみなさんも賛成らしい。
うふふ、よかった。
――私がオリヴァー様と婚約した当初から、いずれ私はオリヴァー様から婚約を破棄されるだろうと予期していた。
オリヴァー様のような男性と私は、あまりにも相性が悪かったからだ。
そしてそれはオリヴァー様がシンシア嬢と知り合った辺りで、確信に変わった。
早晩オリヴァー様はシンシア嬢と浮気し、私は婚約を破棄されるに違いない。
別にそれ自体は構わない。
そうなればまた、他の家に嫁ぐだけのことなのだから。
――だが、ダウズウェル領のみなさんのことだけは気掛かりだった。
私がいなくなったら、きっとダウズウェル領に住む人たちは、オリヴァー様のせいで不幸な生活を余儀なくされてしまう。
それだけは耐えられなかった。
――だからこそ、行商人のセシルさんがベックフォード家のご長男だとわかった時は、渡りに船だと思ったのだ。
……でも、これでもう、思い残すことはない。
私の仕事は終わり。
あとはみなさんの新天地でのご活躍を、陰ながら祈るだけだわ――。
「それはよかった。――ところで、私からも一つ、お願いがあるのです」
「「「?」」」
セシル様?
お願い、とは?
「――グラディス様、あなた様にも我がベックフォード領に、一緒に来ていただきたいのです」
「――!」
セシル様は私の目の前まで来て、私の目を真っ直ぐに見つめられた。
……なっ!?
「あなた様のような優秀な女性を、私は他に知りません。是非そのお力を、ベックフォード領のためにお貸しいただきたいのです」
「で、ですが……、一応私は貴族の娘です。婚約以外の理由で、家を離れるわけには……」
「ああ、言い方が悪かったですね。――つまり私と、婚約していただきたいという意味ですよ」
「――!?」
セシル様はニヒルに微笑んだ。
そ、そんな――!
「実を言うと、ベックフォード領に力を貸してもらいたいというのは、半分口実です。本当は純粋にあなたに惹かれているから、あなたを私の妻にしたいと思った。それが私の、正直な気持ちです」
「で、ですが、私なんて愛想もよくないですし、女としての魅力もないのに……」
「何言ってるんですかグラディス様! あなた様ほど魅力に溢れた方はいませんよ!」
「――!」
アンガスさんが大声でそう熱弁する。
アンガスさん……。
「そうですよグラディス様! グラディス様こそが、私の理想の女性像なんですよ!」
ベッキーさんまで……。
「ホラ、これでもまだ、ご自分に魅力がないと仰いますか? 皮肉なものですね。あなた様の価値を、他でもないあなた様自身が、一番わかっていなかったのですから」
「セシル様……」
そう……。
私がやってきたことは、無駄ではなかったのね……。
「どうでしょうかグラディス様。私と、共に人生を歩んでいただけますか?」
セシル様がそっと、私に左手を差し出された。
――うふふ。
「はい、喜んで」
私はセシル様の左手に、右手を重ねたのだった。
きっとセシル様となら、幸せな未来を築ける。
私の女の勘が、そう告げていた――。
「うおおおおおおおお!!!」
「おめでとうございます、グラディス様あああああ!!!」
「今夜は祝杯だあああああ!!!」
集会所は、喝采に包まれた。
「ありがとうございます、グラディス様。一生大切にします」
「私もですわ、セシル様」
私とセシル様はしばらくじっと見つめ合い、そして笑った――。
「グラディス様、これ、新作のスイーツです! どうか試食してください!」
私が街を散歩していると、ベッキーさんが駆けて来て、新作のスイーツを振る舞ってくださった。
薄い緑色をした、一口サイズのマカロンだった。
「まあ可愛い。遠慮なくいただきますわね」
「どうぞどうぞ!」
マカロンを食べると、独特の香ばしい風味が口の中で広がった。
「うん、とても美味しいです。これは、ピスタチオですか?」
「はい! ベックフォード領で採れるピスタチオは新鮮で香りもイイので、マカロンにピッタリなんです!」
「そうですか。これもきっとヒット商品になることと存じますわ」
「やったぁ! グラディス様の予想は百発百中ですからね!」
「うふふ」
――私たちがベックフォード領に移り住んで、早1年が経った。
今ではすっかりここでの生活にも馴染んで、幸せな日々を送っている。
「グ、グラディスッ!!」
「……!」
その時だった。
聞き馴染みのある声が、私の鼓膜を震わせた。
「……オリヴァー様」
そこに立っていたのは、私の元婚約者である、オリヴァー様だった。
オリヴァー様は1年前と比べると、まるで別人みたいにゲッソリとやつれていた。
「お久しぶりですわオリヴァー様。お元気そうで何よりです」
「クッ! 元気なものかよ! 君が僕を裏切ったせいで、僕の人生は滅茶苦茶だよッ!」
「裏切り? はて? 覚えがございませんが?」
「しらばっくれるなッ! 君が扇動して、僕の領から領民たちを引き抜いたんだろう!? お陰で僕の領には今じゃ人がほとんどいなくなって、このままじゃ今年の税が納められないじゃないかッ!?」
「ご、誤解です! グラディス様は私たちのことを、扇動なんてしていません! ――あくまで私たちは、自分の意志でベックフォード領に来たんです」
「なっ!?」
ベッキーさんが私の前に立ち、オリヴァー様を睨みつける。
「そうだそうだ! グラディス様は何も悪くねぇ!」
「責任転嫁はみっともねぇですよ、オリヴァー様!」
他の領民のみなさんも、挙って集まって来た。
みなさん……。
「グッ……! ハ、ハハ、冗談だよ冗談。本気で怒ってるわけないじゃないか」
分が悪くなった途端、手のひらを返すオリヴァー様。
うん、やはり1年経っても、オリヴァー様はオリヴァー様ね。
「な、なぁ、グラディス、僕が悪かった。浮気したことは謝るから、どうかもう一度だけ、僕とやり直してはもらえないかな!?」
「「「――!」」」
オリヴァー様は泣きそうなお顔で、私に頭を下げた。
あらあら。
「そう言われましても。シンシア嬢のことはどうされるおつもりなのですか?」
「クッ! あの女なら、領の経営が傾いた途端、さっさと他の貴族と浮気して出て行ったよッ! まったく、とんだ人間のクズもいたもんだよ! 結局シンシアの家から大量に仕入れたあのフィナンシェも、全然売れなくて大赤字だったしさ!」
頭に特大ブーメラン刺さってますけど、大丈夫ですか?
「なあグラディス!? 君もまだ、僕に未練があるんだろ!? セシル様とは、嫌々婚約させられてるんだろ!? だからもう一度僕と、人生を共に歩もうよ! それでここにいるみんなも、ダウズウェル領に帰っておいでよ! 歓迎するからさ!」
「「「……」」」
皆一様に、つまらない喜劇を見ているような目を、オリヴァー様に向けている。
「お断りいたします」
「……っ!?」
私がオリヴァー様にそう告げると、オリヴァー様のお顔は絶望一色に染まった。
「勘違いなさっているようですが、私はセシルのことを、心から愛しております。セシルと婚約したのも、自分の意志によるものですわ」
「そ、そんな……!」
「それに――」
「やれやれ、愛しの妻からそこまで言ってもらえるとは、私は世界一の幸せ者だね」
その時だった。
私の夫のセシルが、いつの間にか隣に立っており、私の肩に手を置いた。
「……なっ!? セ、セシル様……!? え? つ、妻??」
オリヴァー様がポカンとされている。
「ええ、つい最近、私とグラディスは正式に夫婦になったんですよ」
「うふふ、その通りですわ、オリヴァー様」
私とセシルは揃って、左手の薬指に嵌めた指輪をオリヴァー様に見せる。
「……あっ、そ、そんな……。あ、ああああ……、あああああああああああああああああああああ」
オリヴァー様は頭を搔きむしりながら、逃げるように走り去って行った。
さようなら、オリヴァー様。
「もう仕事は終わったの、セシル?」
「ああ、愛しい妻と一刻も早くデートしたかったからね。全力で片付けてきたよ」
「まあ」
まったく、相変わらず愛が重い人ね。
――そんなところも、可愛いけれど。
――この後、税が納められなくなったオリヴァー様は、領地を全て国に没収された。
そしてその領地はベックフォード家が買い取り、ベックフォード領は益々発展を遂げていくことになるのだけれど、それはまた、別の話。
拙作、『戦争から帰って来た婚約者が愛人を連れていた』がコミックグロウル様より2026年3月6日に発売された『選ばれなかった令嬢には、本命の彼が待っています!アンソロジーコミック』に収録されています。
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