プラス思考
気がついたら、私はこの橋にいた。
太陽の光がギラギラと輝いて、目が痛い。
風は優しく私の肌を包み、辺りは川の匂いがし、遠くでは車の通る音が聞こえている。
……頭が痛い、なにがあったんだっけ?
朦朧とする頭をフル回転させ、思いだそうとした。
……そうだ、確かボールが頭にぶつかってそれで? よく思い出せない
だんだんと冷静になってみると自分の体がずぶ濡れなのに気づいた。
可笑しなことに、まったく、冷たくはなかった。
……そうだ! 私、川に落ちたんだ
その後のことは思い出せなかった。
……取りあえず、ここがどこだか誰かに聞いてみよう
目の前に三十代ほどの男がタバコを吸いながら橋の下に流れる川を見つめていた。
……見た目的に優しそうだし、この人に聞こう
「すみません……少しいいですか」私は少し、遠慮がちに聞いてみた。
しかし、男はなんの反応もしめさなかった。
……聞こえてないのかな?
「すみませーん」
今度は、さっきより大きな声で尋ねてみた。
「……」
それでも、男は無言だった。
……もしかして、無視されてる? まさかね…うん、きっとシャイなんだよ
なんとも阿呆な思考回路をしていると思う。
私は男の耳元で声を上げた。だが、男は全くの無反応
その後も、なんとか相手にしてもらおいと努力してみたが、男はやはり無反応だった。
「なんなのよ! さんざん無視してくれちゃって」
私は腹が立ち、男に罵声を浴びせた。
男は、欠伸をしながら何事もなかったかのように、その場を去っていった。
「阿呆ー! ボケー! ケチ! ばーか! 」
去っていった、男の背に向けチンケな台詞を叫んだ
私の声は、虚しく響いていた。
周りの木々が風に揺れざわめいている。
……おかしい、いくらなんでも これだけ叫んでたら、なにか反応をしめしてもいいのに
その、瞬間に気づいた。
雨が降っているわけでもないのに、こんなずぶ濡れの女がいたら
いくらなんでも、声くらいかけるだろう。
ましてやこんな大声でさけんでいるのに、誰も反応をしめさないのはおかしい。
というより、気がついたら知らないところにいる時点でおかしいのだが
「いったい、どういうことなの?」
頭がさっきより混乱してきた。
「おい、そこのお前」
……だめだ、なにも考えられないよ
「おい、聞こえてるのか? 」
……落ち着こう、冷静に考えるのよ 松本 七海
十九歳
「おーい?」
……そうだ、川の流れでも見たら落ち着くかも
そうおもい、手すりに手をかけ、川を覗き込んだ。川は日の光が反射して、神秘的だった。
「この私を無視するとはいい度胸だな」
次の瞬間、右手に激痛が走った。
「イッターい!」
あまりの痛さに絶叫して手すりを離した。
右手を見ると生々しいひっかき傷ができていた。
「なにすんのよ!」
「私を無視するからだ」
私は声の主を目にした。私の右手側に一匹の汚い黒猫がいた。
手すりの上で鎮座している。
「はっ?」
わたしの思考は停止した。
「はっ?……じゃないこの阿呆」
猫は手すりの上で、立ち上がった。
次の瞬間、「なんじゃこりゃー!」と、さっきの倍以上に絶叫していた。
「うるさい! 静かにしろ」
……落ち着け、落ち着くんだ 松本 七海 十九歳
私は、ゆっくり深呼吸をした。
「まったく…少しは落ち着いたか?」
猫はそう、私に囁いた。
……落ち着くわけがないでしょ!
と今にも口に出しそうになったが、それを我慢して飲み込んだ。
「あのいくつか聞いてもいいですか?」
なぜか遠慮がちに聞いてしまった。
「あぁ、いいぞ」
「じゃあ、まず猫ですよね?」
「見れば、分かるだろ」
……ですよねー
「猫って普通、喋りましたっけ?」
「私は、特別だ」
……あぁ、そうですか
「他に、質問は?」
猫が私を急かした。
「えーっと」……どうしよう 聞きたいことが多すぎる
「聞きたいことが沢山あるようだから、まず私の用を先にすましてもいいか?」
猫は橋の手すりの上で丸くなりながら呟いた。
「あっ、はいどうぞ」
……今、思ったけど、偉そうな猫
「そうか、ならまず
お前……自分が死んでるのに気づいているか?」
猫の目が少したけ、ぎらついた
……は?
私は固まってしまった。
「時々いるんだよ、お前みたいに死んでるのに気づかないで、さまよってるやつがさ」
……え?
「自分が死んでることを自覚してないでさまよい続けると悪霊になるんだ。 幽霊ってやつは」
……幽霊? 私が?
「自覚したなら、いいんだ。 悪霊になられると周りに悪影響を与えるからな」……マジで?
「これで、私の要件は終わりだ。 辛いだろうが、これも運命と思って諦めろ」
猫は気まずそうに自分の首をかいていた。
少しの静寂が訪れ、そして
「スッゴーい!」
今日、一番の絶叫が響いた。
猫は目を丸くしていた。
「通りで、さっきから無視されてると思ったよー 」
「お前……辛くないのか?」
「なにを言っているんですか猫さん 確かに辛いですが、これは逆に好機です」
猫さんは目をキョトンとしていた。
「これで、堂々と可愛い女の子にイタズラし放題です。
いやー、神様に感謝ですよ」 猫さんは口をあんぐりさせていた。
「これは……とんでもない阿呆に声をかけてしまった」 自分の罪を懺悔するような言い方だった。
まだまだ夜は明ける気配はない。
少したけ肌寒い
あの後、色々な話を猫さんとした。
川に落ちてから数時間しかたっていないと思っていたら、長い時間たっていた事にも気づいた。
……流石に眠くなってきたなぁ あっ! まだ猫さんの名前聞いてないや…まぁ、いいや朝になったらちゃんと聞こ
だんだんと目蓋が重くなってきた。
……幽霊でも眠くなるんだ どうしようかな明日から…
そんなことを考えながら目蓋を閉じた。
……可愛い女の子でも探しにいこーっと
そこで、私の意識は途切れた。