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ネムリネコ  作者: Machio
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Chapter 1「ネムリス Part 1」

 目覚めると、そこはひんやりとした深い森の中。光は薄く、湿り気のある草や木、少しの岩場には、装飾のように鮮やかな緑色の苔が貼りついている。柔らかい土と草の床は肌を刺すことなく、頬を優しく支えていた。子供は立ち上がって、森の中を歩いた。低い位置から差し込むゆるい光と、起伏のない整った土が、方向と道を示してくれていたため、子供は迷わなかった。

 やがて木々の間が広くなってくると、大きな水辺が見えてきた。向こう岸にある木々がぼやけて見えるほどの広い川がある。水面は緑と灰色の空を映し出す以外に、ところどころに黄と青の、揺れる丸い光が染み出ているようで、それらはゆっくり位置を変えていた。水の中でいくつもの光の玉が、漂っているようだ。

 子供はなだらかな土斜面を下って、川べりまで近づいた。両膝をついて川の水をすくってみると、澄みきっていて、流れの緩やかな水面を見下ろすと、形をほとんど崩すことなく、素直に子供の顔を映した。栗色のおかっぱの髪に、色素の少ないつるりとした顔の肌、大きな両眼の真ん中に、水色の角膜が見える。立ち上がって、全身を確認する。衣服は真っ白い上下。手足の袖口がラッパの口のように広くなっていて、腕をまっすぐ上げると、ずり落ちて前腕部が露わになった。顔肌と同様の白い腕。逆に手を下ろすと、手の半分を覆ってしまう。足の裾も地面を擦りそうだ。逆立ちしてみると、つるつるのむこう脛が丸出しになった。服と同じ白い靴はやわらかくて、大きさはぴったり。襟はあまり過ぎて、三重ほどに折りたたまれて首と顎先を襟巻のように覆っている。逆に、胸や胴まわり、太ももはぴったりと張り付いたように包まれていて、服がずり落ちる事はない。ワンピースになっていて、上着をめくってお腹を見る事ができないが、ずいぶん細い体型だ。服の上から胸をさわってみて、子供は自分が男だと確認した。水面に見る顔と身長から判断すると、十をこえたくらいの年齢だろう。少し手で払うと、顔や服についていた土はすぐに砂になって、さらりと落ちた。

 少年はしばらく川べりに沿って歩いた。平地で水面との差は少なく、今にも浸食しそうだが、地面は適度に固まった砂地で、深く沈むことはない。角のない丸い小石がまばらに転がっているが岩場はなく、いつまでも歩けてしまう。こちら側と同様の向こう岸がはっきりと見えて、川幅が狭まっていることに気づいた。後方からゆっくりと、しかし自分が歩くスピードよりもずっと早く川を進む、舳先のとがった帆のない木造の細長い小舟が見えた。やがて、小舟は少年をゆっくり追い抜いていく。その上には縞模様の茶色のトラネコが、後ろ足だけで立って、少年を見つめていた。自分の身長の三倍程ある長い櫂を前足でもって、舵を取っている。

 少年は駆け出した。ネコと見つめあいながら並走すると、まもなく船着き場が見えた。柔らかい川底を擦るような音が鳴って、舟はとまった。船着き場には舟の全長(ネコの他に、大人五~六人が乗船できそう)とほぼ同じ幅の桟橋(板を並べて組み立てられている)があって、少年は靴と裾を濡らさずに舟に乗ることができた。


 ネコと少年を乗せた舟はゆっくりと川を進んだ。流れはずっと緩やかで、川幅は時折狭くなると、その時は少しだけ流れが速くなった。ネコは櫂を操って、方向をまっすぐに安定させている。両岸の景色は大した変化はないが、どこまでも続く緑の木々の向こうでは、時折何か…大きな機械が動いているような、重い音が聞こえてくる。

 長い時間が経った後、少年が舟に乗ってから初めての船着き場が見えて、そこに停まった。

 船着き場はさっき見たものと同様のものだ。誰もいないが、ネコは降りたつと、板を支えている柱のひとつに縄をかけた。その後は普通のネコのように丸くなって、板の上で眠り始めた。

 少年はネコを起こさないよう静かに舟を下りて、森の中に入って行った。遮るものが少ない道は、進めば進むほど入り組んで、迷路のようになっていったが、どこまで進んでも川からの光は届いていて、帰る方向を見失うことはなかった。青と黄に変化する光の方向に少し進むと、やがて川に出て、小舟と丸まったネコが見えてくるのだ。ネコは目覚める様子がないので、少年は再び森の中に入って行った。

 今度は開けた道を逸れて、茂る草木の中へ進んで行った。枝や葉はやや硬く、行く手を阻むように折り重なって続いた。しかししばらく進むとまた道に出てしまうか、気づかず光の方向に進んでしまうと、すぐに川が見えてくる。立ち止まって見上げると、周辺に並び立った大木の枝と葉がほとんど覆ってしまっていて、少しの隙間も、灰色の霧が全て埋めてしまっていた。

 足を乗せやすそうな太い孫生えや掴みやすそうな胴吹き枝の根を見つけると、少年はその木を登り始めた。どんどん上へと進むが、隣の木とも交差し、絡み合う枝に、先を迷ってしまった。

 ピュウ、と高い声を鳴らして少年の注意を引いた後、「どこへ行く?」と、小枝の上からリスが語りかけた。「こんにちは」と返事した少年は、リスが話せる事よりも、自分が話せる事に初めて気づいたふうだ。少年が発した声は高く澄んでいて、明確なもの。

「上に行ったってしょうがない、戻ろう、こっちに来るんだ」そう小さな声で言うと、リスは枝を軽やかに渡って、大きな穴が空いた幹へと少年を案内した。その穴は、ゆうに少年が入れるくらいの大きさで、少年は躊躇なく足から穴に入った。木の中はがらんどうで、急角度のすべり台をすべるように、少年の身体は落ちて行った。二度ほど角度が変わって曲がった部分があり、最後になだらかになって、大きな出口の穴が見えたところで身体は止まった。地面から斜めに生えた木の根元近くから出てきた少年の胸元には、いつの間にかリスがしがみついていた。

「君は何?」

「何って、スクワロゥ(リス)さ」 大人の男のような低い声(人間の)。顔から背にかけて、五本の黒い縞が走っている。

 少年はスクワロゥを肩に乗せて舟に戻った。ネコは目覚めると、後ろ足だけで立って縄を外し、船尾に移動した。そして、櫂で川底を打って、ゆっくりと舟を動かした。

「ネコさん」と、声を出せる事を知った少年は話しかけた。が、ネコからの返事はない。それでも何度か呼び掛けると、にゃあ、とか細く一度鳴いただけだった。

「ネコは言葉を話さない」と、リスが話す。

「なぜ?」

「言葉は偽るためのものだからな、人間以外は必要ない」

「じゃあ、スクワロゥはなぜ話すの?」

「僕は人間だ。ただ、やはりかわいらしい動物の姿の方がいいだろう?」

「ここはどこ?」

「わからないか、…まだ、自分が誰かもわかっていないのだろう?」

 少年は小さく頷いた。

「君はただ、これから出会う者の、そばにいてあげればいい」とスクワロゥは言った。

 猫の小舟は緩やかに川を進んでいた。景色がほとんど変わらないので、同じところを何度も繰り返し通っているように思えた。

 さっきと同じような船着き場が見えて、黒い熊の親子が板場で待っていた。親熊は子を背に乗せて、四つん這いでいる。ネコがゆっくりと舟を停めて縄をかけると、今度は舟の上で立ったまま。ネコは二本足で立って舟を漕ぐくせに、熊は本物のように見える。熊の親子はしばらくの間そのままだった。子熊は親の背でぐったりしている。スクワロゥに首を振って促され、少年は舟を下りて、親子に近寄った。子熊は小刻みにふるえていて、必死に親の背にしがみついていた。親熊は少年に近づいて、子を差し出すように伏せた。少年が子を抱くと、親はゆっくり背を向けた。子熊は息を荒くしていて苦しそうだ。舟に戻って、子熊を膝にのせて座ると、ネコはすぐに縄を外した。見えなくなる前に、親熊は船着き場を離れて行った。

「どうして置いて行ってしまうのだろう、かわいそうだな」と少年は呟いた。しばらくして、いくぶんか子熊の息は落ち着いてきたが、それでも辛そうで、依然ふるえている。

「川の水を飲ませてやってくれ」と、肩から降りたスクワロゥが言った。少年が片手ですくって、子熊の口元に運んでやると、子熊は少し楽な様子になった。すぐにまた水をすくおうとすると、スクワロゥに制止された。「時間をおいて、少しずつ」

 言われた通り、子熊が辛そうになった時に、少しずつ水を与えた。長い時間が流れて、子熊は眠りについた。


とりあえず試しで1話載せてみます。完成していますが、不定期投稿です

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