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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

腐女子の幽霊

作者: よしい なこ

腐女子の幽霊


「で、いつから憑いていたんだ?」

「とり憑くなんて…」


 俺の右側頭部から、彼女の不満そうな声が聞こえた。


 数日前から違和感を感じていた。最初は気のせいだと思っていたけど、どうにも気になって、今晩その相手に話しかけることにした。


 正直、半信半疑で自室の真ん中に正座すると声を掛けた。返事はない。「ほーっ」と一息つくと俺はごろりと転がって「やっぱり、気のせいかぁー」と伸びをした。


 「ホコン」と小さな咳払いが聞こえて、俺は飛び起きた。


 彼女が言うには、俺の右側頭部あたりに浮かんでいるんだとか、「大きさは普通サイズ。それで健一君の右耳の上あたりに、寝転がって浮かんでいる感じでいます」だって。

 想像してずいぶん…なんか…。シュール。むしろ幽霊っぽくもあるような気もして、横になって浮かぶ女子高生を想像した。


 「いつから憑いているか、ってことですけど、三日前にプラザみどりです。いやーあれは尊かった! あの時、私は目覚めたっていう感じで、目を開けたらあの子のびっくりした顔を、健一君の横から見てたの。健一君があの子の手首を握って「ここ見られてるよ」って言うちょっと前。いま思い出しても萌えます。」


 ああ、あの子の顔が浮かんできた。万引きするぞオーラむんむんで、緊張にこわばった横顔。その奥から厳しい視線を向けてくる店員。俺は咄嗟にその子の手を掴んで店外に引っ張り出すと万引きなんかするなと諭した。


 その子は俺を見上げてきた。俺は「わかったか、するなよ。見られてたぞ」というと背を向けてかっこよく立ち去った。


 「あの子、健一君のこと、ずっと見てたよ」右上で嬉しそうな笑い声がした。


 「なぁ、キ、キ、キミって名前…」と言っている途中で右上から爆笑。「キ。キ。キミってなにぃ~」

 誰かに向かって「キミ」なんて使った事なかったから、恥ずかしかったのに、俺がむくれているのも構わず、ひとしきり笑うと「ごめん。名前ね、うーん、なにがいい?」「えっ!」「なんかね、自分のことよく覚えていないの」


 彼女の希望で「アズ」と呼ぶことになった。「この名前の由来はわからないけど、私の記憶にあった大切な名前なの」だそうだ。


***

 アズにそそのかされた俺は、プラザみどりの前であの子を待った。夜に二人でそんな話をしていて盛り上がってしまった結果だ。「来たよ」とアズが囁く。俺はアズには気のない返事をしたけれど、急に緊張してしまった。


 北見恒太。先日プラザみどりで万引きを止めたあの子は北見恒太という一つ年下の男の子だった。

 最近の女子は制服でズボンを選ぶ子もいたのでそういう子なのかと思っていたけど、本人が自己紹介で言うのだから間違えないのだろう――。


 「男?」驚いた俺が聞くと、恒太は困ったような笑顔で「よく間違われる」と言った。恒太があの時のお礼を言って、俺は「もう、するなよ」と声を掛けると別れた。


 「男はないっ。いくら可愛くっても、男はない!」帰り道に人気の無い道に出ると俺は声も潜めず言った。


***

 「ただいま~」と右上で疲れたようなアズの声がして、アズの不在を確認した。恒太と別れた後にいくら話しかけても、アズの返事がないので少し心配していたのだ。


 アズが言うには、あの後恒太が悲しそうな顔をするから、放って置けずに付いて行ってしまったらしい。そしたら帰り道に迷ってしまって危うく消えかかったと、何度も疲労のため息を漏らしながら話した。


 「あいつ、悲しそうだった…?」

 「そうだよ、健一君あからさますぎて、こっちがひやひやしたよ」とアズが非難の声を上げた。


 「だって……」俺は口の中で聞こえないようにつぶやく。

 アズは、あんなに可愛くてもダメなの?だとか、やいやい耳元で言っていたけど疲れたのか、最後の方はもにゃもにゃ言って静かになった。


 俺は翌日またプラザみどりの前で恒太を待って、昨日は用事があったからと言い訳をした。昨日急に帰った事に他意はないという事が、伝わるのを期待した。恒太はほほえんでくれた。


 「でさぁ、これ」と俺は昨日の非礼のお詫びの品として恒太にプレゼンとを買って置いた。包装紙がピンクの花柄か、サッカーやバスケの小さい絵が散らばった子供っぽいものしかなくて俺は仕方なく子供っぽい方の包装紙を選んだ。


 「えっ」と恒太は二度言った。一度目はプレゼントを渡した時と、二度目はそれを開けた時。包みから出てきたチェリーの香り付きのリップを掲げながら俺を見た。耳元でアズが「あああー」と言った。


 「欲しかったんだろ」と俺が言うと恒太は少し笑ってから「ありがとう」と言って手の中にそれを握った。

 以前恒太が万引きしようとして見ていた色付きリップクリームだった。


 アズが「あー」だとか「えー」だとかうるさいなか、恒太を誘って運動場のベンチに腰掛けた。前を走る人歩く人が通り過ぎて行く。


 「今日、ありがとう」と恒太が言うから、俺は「昨日、忙しかったから悪かったと思って…」とまた言い訳をした。「わざわざいいのに…こんなのまで買ってくれて」言うと、恒太はチェリーのリップを握っている拳を少し上げた


 「何か話しなよっ」とアズが焦った声を出して、何かってなんだよと俺は思って考えた挙句「それ、付けてみないの?」と言ってから自分で驚いた。アズは「きゃあぁ」と棒読みのようなふざけた声を上げるし、恒太は大きな目を更に大きくして俺を見つめた。


 俺はその瞳に射抜かれそうになり、息を飲んで少しのけ反った。『反則だろ…強っ』と心の中で思ったはずなのに「わぁ、これは攻撃力強っい…」とアズが囁いて俺は余計に意識してしまった。


 恒太はその瞳をチェリーのリップに落とすとパッケージを剥こうとしたけど、それが固いみたいで上手くいかずもたついていた。手持ち無沙汰の俺は「貸してみな」と言ってそれを取り上げるとバリっと一撃で剥いた。思い切り突き立てた人差し指のささくれが負傷した痛みを感じていたが、素知らぬ顔をしてリップを恒太に渡した。


 『いよいよ、凶器使用の反則だ…』俺はうっすら色づいて艶めく恒太の唇を見ながらおののき、アズは「あっ」と言ったきり、ふがふが鼻息を荒げていた。その合間に「かわいい…可愛い…可愛い…」の連呼。わかる、わかるぞ、アズ。俺はこくこくと頷いて気持ちを紛らわせた。


 どうかと言わんばかりに恒太が見つめるので、俺はたじろいで動けないまま視線だけ大きくずらした。恒太を見ている俺を見られるのが恥ずかしくて、俺の瞳から動揺が読み取られないようにそうした。


 「ふふふ、ごめんね」と恒太が寂しそうな声を出した。「みんな最初は仲良くしてくれるのかなぁーって思うのに…、すぐに僕のこと避けるんだよ。そっちから近寄ってきたのに急に無視されて…僕が振られたみたいになって…」というと恒太はリップをぎゅっと握って、その拳を俺の鼻先に突き出した。

 「こんなプレゼントするから仕返し。まさか付けると思わなかったでしょ、ざまぁー」と生意気なことを言った。

 そのくせ、その瞳からは涙が零れそうだった。


 「謝って!すぐ謝って!」とアズが急かして悲鳴を上げた。

 俺だってすぐ謝りたかったが、なんて言っていいかわからなくて心の中をうろついていた。あまりにアズが急かすから「ごめん」と言ってから、つづきを考えた。


 「なにが?なにがごめんなの?」って言われて、ほらなって思った。いま続きを考えているんだ…。


 リップをプレゼントしたのは悪気なんかなかった。恒太が欲しいけど買いづらいのかと思って…、俺だって買いづらかったけど、前の日に恒太が女の子じゃないとわかったら、さっさと帰ってしまった謝礼だ。

 あれだって、女の子じゃないからガッカリしたっているよりも、女の子じゃないってわかっても恒太のこと可愛いって思ってる自分にドキドキしちゃったんだ。


 でさ、今日だってドキドキして何を話していいかわからないから、リップ喜んでくれたか気になって、あんなこと言っちゃったんだ…よ。


 果たしてこれを、かっこよくどうやって恒太に伝えればいいのか?


 恒太の瞳からポロンと涙が落ちて、俺はかっこつける暇もなく不器用な心の内を恒太にそっくり話した。


 「それって、僕と仲良くなりたいってこと?」と恒太がちょっと生意気に言った。きゅっと上がった口角がまた可愛い。「はい。そうです」と俺は返事をすると恒太が笑った。こんな笑顔をするんだと、その笑顔に見とれた。


 アズは終始「えっ」と「あああ!!」ばかり言っていた。


***

 帰り道アズがこんな尊い場面に出くわせて、私は幸せだったとしみじみ言った。

こんなマンガのようなシーンに立ち会えるなんて!!壁どころか、主人公目線から受けちゃんを見ていたよー!と興奮し始めた。


 アズは腐女子っていうやつで、恒太との仲なおりも任せろとか言いながら、実際はあんな様だった。


 「これで成仏できる!」とアズが言い。俺は同じ年くらいで亡くなってしまったアズを思って寂しい気持ちになった。

 自分が幸せになると余計に。アズだってもっと恋したり、学生生活、青春っていうのを送りたかっただろと考えた。


 「心配しないで」とアズが優しい声を出した。もしかしたらアズは俺の心の中も読めるのかも知れない。俺はこくりと頷く。アズと一緒にこの燃える夕焼けを見ようと視線を上げた。


 「心配しないでってー、私は腐女子の生霊だからさぁー、こんな成仏案件見ちゃったら、もう帰らないと…、えええ!!!これからの健一×恒太の話を見ることが出来ないの!!それこそ成仏できないよ!!――あっ、恒太×健一かも知れないね。」


 「生霊だ、と…」なんだよ、なんだよ、俺は最後までかっこつかないなあーと笑った。


 「チェリーのリップは味付きだよ」


 恒太から送られてきたメッセージを一緒に読んだアズが「きゃあああああ」と言い、その声がどんどん遠くなっていった。


 俺は右上の赤い空を仰いだ。



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