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日曜日の朝、家の前を母が欠かさず綺麗にしてくれていた。
誰もしてくれないのなら、自分でやらなければならない。
「何してんのおまえ」
目の前のドアが開く。十真子は手を止め、彼の顔を見上げた。
「部屋の前、汚れてたから箒で掃いてる」
事も無げに言った。
「それは見たら分かる。なんで俺の部屋の前まで掃くんだよ。それに、こういうのは管理会社がしてくれんの。ほっとけよそんなの」
そう言って大きな欠伸をすると、ゴミ袋片手にサンダルで出てきた。四月の朝はまだ肌寒い。
「あ、ついでだからそのゴミ捨ててきてあげる」
「いいよ。自分で捨てるから」
彼は背を向け部屋の鍵を閉める。長袖のTシャツから覗く手は大きく、骨の形に沿っている。無駄がなく、繊細で長い指先が特徴的だった。
「ご近所さんは助け合わなくちゃいけないの。失恋したときくらい、ゆっくりしてなよ。心が大ケガしてんだよ」
十真子なりの心遣いのつもりだったが、その後の彼の反応は想像と違った。
少し間を置いてから、こちらを振り返る。
「ぷ、はは! おっまえ、おもしれえなあ」
彼は大げさに笑った。
ちり取りに溜まったゴミを袋に捨てると十真子はそっけなく対応する。
「馬鹿にしてる?」
「してないしてない。褒めてんだよ」
「はあ?」
男心がよくわからない。
「あ、そうだ。名前何て言うの?」
「言いたくない」
即答した。
「言うと思った。じゃ、俺の名前、知りたくない?」
知りたくない、という前にどうせ先に言われてしまうのだ。十真子は返事をするのが面倒くさくなった。箒とちり取りを自分の部屋の前に置き、ゴミの入った袋を縛る。
「響理」
予想は的中する。
「兎羽響理。よろしくー」
どこからともなく反射した朝の光が、彼の顔にあたる。外に出ることが少ないのか、あまり日焼けをしていない。茶色い髪がよりいっそう際立って見えた。
「キョウリ……。胡瓜みたい」
思ったことが、そのまま言葉になって口からこぼれた。
「おい。名付け親に失礼だな」
「あ。ごめん」
言いながら、十真子は似た者同士だと思った。
ゴミを捨てにゴミ捨て場に向かう。響理は後ろからついてきた。
「十真子……私の名前」
一瞬言うのをためらったが、やはり隣人とはいい関係でいたい。名前を教えてもらったのなら、教え返さなければならない。
「トマコ? ふ、はは! お前だって。トマトみたいじゃね?」
思った通りの反応だった。幼少の頃からの馴染み深いあだ名だ。
ただの強がりなのか大失恋の後遺症なのか、今日の彼はよく笑う。
「だから言いたくなかったの」
「キュウリとトマトって! 俺ら夏野菜じゃん! ひひひ!」
十真子の几帳面な性格が、人間関係では裏目に出ることがよくある。でも、これはこれで良かったのかもしれない、と納得させる。
響理は、笑ったのが久しぶりというくらい、ぎこちない笑顔だった。