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幸せは不幸せだ。
いつだって一番大切なものを失うかもしれない恐怖と、隣り合わせだから。
それならいっそのこと、最初から持たなければいい。
そう思った。
十真子は急いでいた。入学式から遅刻などしたくない。
掛けると目の大きさが半分になる眼鏡を、五分程探し回った。
「あっ」
ついさっき、顔を洗おうと鞄に放り込んだことを思い出した。華奢な手で眼鏡を探り当てる。そして、いつものように顔面に押し込んだ。手入れの行き届いた黒髪を軽く梳かした後、新品のパンプスに足をしまう。
スーツを着るのは今日で二回目だった。店で初めて試着した時には、顔から火が出るほど恥ずかしかった。見たことのない自分の姿があった。
口の上手い店員が、似合うと言ってくれたフリルのついたブラウスに、黒のタイトなスカートを合わせる。ジャケットは心なしか、少し余裕があった。体型のせいかもしれない。
「行ってきます」
十真子はつぶやいた。
振り返ると誰もいないワンルームの部屋が見渡せた。自分の好きなものだけが飾ってある。
地味な人生に少しくらい花を添えてもいいだろうと、親元を離れることを決めた。一人暮らしという響きに華やかさを感じていただけで、自分自身何も変わっていない。
ただ、退屈から逃れたかった。
若者によくありがちな悩みを、若者らしい方法で解決してみる。