コピーアンドペースト
「死人に口なし」
とは、よく言ったもので。
死んだ人に何を訊いても、答えてはくれない。
というのは、当たり前の話だ。
何か証拠を?
と尋ねても、答えてくれることはない。
本来ならそうだ。
「一時的な蘇生という、実験段階でありまして……」
と講釈を並べる二、三人。
それを聴いている聴衆。
結構大きめの講堂だ。
スライド用に用意してあるであろう、デバイスに比べると。
大き過ぎる傍らの装置。
不気味に光る。それが二、三台。
中に人間。
「死人に口はなくとも、証人として一時的に話してもらうことが可能です」
講釈を並べる面々の内の、一人がそう言った。
本当にそうだろうか?
装置の中の人間は、二、三人、全員が全員、死んでいる。
しかし、死んだ時の状態のまま、何も変わってはいないという。
「解決しない殺人事件。洗い直しをされない事件の被害者たちに、直接話してもらえれば。埋もれた事柄に光を当てられるという、ことでして」
ついで、巨大なコードとプラグが出て来た。
登壇している人数に、更に人員が足される。
大きな装置の一つへ、連結。
スライドの画面が切り替わった。
「ということは、本当にその、装置の中の人は生き返るわけですか?」
と、聴衆から少々、野次交じりで言葉が飛んだ。
「生き返るわけではありません。一時的に、疑似的に蘇生するだけです」
「証拠探しのためだけに?」
「脳もそのままです。冷凍保存済みで、どこにも損傷はありません。内部も、外部も」
だが、本当にそうだろうか。
切り替わった映像に、男性の姿が一人加わった。
損傷はないにしても、本当にそうだろうか?
記憶の方はどうだ?
SFの世界で「記憶の売り買い」なんてのがあるが、「記憶が飛ぶ」ということはよくあっても、蘇るということはまずない。
現実には。
プラグがつないだ装置の中の人間の一人。男の名前は、タンジと言った。
タンジ本人は、自分自身は毒を盛られて死んだのだろうと思っていた。
でもその記憶は、本当だったのだろうか?
もしかすると、毒を盛られたトロピカルドリンクを飲んだのかも、しれないし。
ロース肉に中毒したのかもしれない。
はたまた、どこか尖った所へ頭をぶつけて、死んだかもしれない。
タンジが殺された現場には、血痕がいくつも残っていた。
実際彼は、頭から血を流して倒れていた。
凶器もなく。
刺された痕もなく、死んだ。
それが、何年も前の話になる。
タンジは眼を開けた。
なんだかよく見えない。
見えないし、ここはどこだ?
「このプラグで、装置と繋ぎます」
そう声がする。
「証人の記憶にある情報が、疑似的に立体となってこの、電子のほうへ」
タンジは首を傾げる。
なんだか見つめられている?
視界がはっきりしてきた。
「NーBBー3」とある。
中空に文字が出ていて、それがタンジの眼にも分かった。
なんだか、青白い。
空間もそうだし、大人数に見つめられているような気がする。
講堂がどこかか? 外側は。
で、こっちは?
「事件当時が、再現されるということでしょうか」
「遺伝情報に似ています」
「遺伝情報?」
「つまりコピーアンドペーストです。同じ情報が遺伝子レベルで、細胞なり器官なりにコピーされて、増殖します。それと同じことが、このプラグを通じて」
と、画面外の男。
「画面の中の情報にも、反映されます」
「つまり、その死体かつ証人の記憶が、ということですか?」
という質問。
タンジにもなんとなく分かって来たが、
「NーBBー3」
というのは恐らく、自分のことを指すのだろう。と彼は思った。
今、講釈を垂れていた画面外の男の操作で、指示のようなものも中空に見えている。
タンジは、大して読みもしなかった。
要するに、この空間は現実ではなくて「マトリックス」みたいなようなものだと。
「証人保護のために、仮名として表示していますがーー」
タンジは、その後の説明はろくに、聞きもしなかった。
やっぱり自分は死んだのには間違いないから、今の見ている感覚も空間も、現実ではないということらしい。
と彼は思った。
で、コピーとは?
殺されたことは憶えているが、遺伝情報と同じ、ねえ……
「NーBBー3」
と表示されている文字が、一緒にくっ付いてくるのをタンジは疎ましく思いながら、あれこれ考えていく。
どこで殺されたか?
確か、料理店だったな……
と思うと同時に、空間が白い壁一面へ早変わりした。
客も沢山居る。
昼間のレストランである。
誰かと一緒に来ていたか?
美人のウエイトレスの顔が浮かぶと、眼の前にその人が現れた。
タンジは一人だった。
何で来たんだっけ……。
確か、新作メニューの試食会で、そう。
仕事だったな。
つと振り返って、大きく開いたような画面外の様子を見ると、プラグと、どでかい装置が見えた。
全くそれとは不釣り合いな、今の空間。
今はいつで、何時何分だ?
二○二三年。
外の世界のほうがはるかに、時間が進んでいそうに見えた。
タンジはだんだん思い出してきたが、
「そうだ。俺は毒を盛られたんじゃなかったか?」
ということだった。
どの料理のあとだったろう。
確かに、
「毒を盛られた」
と感じたことだけは、頭に残っていた。
その料理は、いつ来るか?
アスパラとロースの、何やら手の込んだ料理が出て来たあと。
アミノ酸とタンパク質の説明付きで、司会進行が進む。
当時と同じ状況? か?
本当に俺の記憶?
だが今のタンジは、ニ○二三年と昼間、とある仕事としてレストランに来ている。
その状況に置かれているのに違いなかった。
一つ違うのは、画面外の聴衆の視線があること。
じゃあ、また殺される場面にお立合いというわけなのか。俺は。
「それで」
という声が聞こえる。
「二○二三年」の空間とは違うところからの、音色。
「そのつないだプラグを抜いたら、どうなるんです?」
「一時的な蘇生は、一回限りです。ですから、今一瞬一瞬が、証人の証言となるわけでして」
と講釈の人。
聴衆は息を飲んだ様子。
「ですので、ここから……」
前菜から、フルコースまでが来るのを。
そしてその料理に、タンジがフォークを伸ばすのを。
講堂では、捜査関係者も観ていた。
タンジは、渋々食べた。
何かおかしい、と思った瞬間。
先程のウエイトレスが、身体を近づけて来たのが分かり。
「ここです!」
という声がして、空間が何もかも止まる。
タンジ以外が、全て停止した。
ウエイトレスも止まっている。
よく見ると、彼女の腕は、無理にタンジを突き飛ばしそうに、構えられていた。
「これで分かった。毒殺もそうだが、実際に殺しに荷担していたのは、この……」
ざわめき。
画面外の捜査関係者が、慌ただしいのがよく分かった。
タンジには。
一方で、タンジ側の空間は止まったままだ。
どうしよう。
タンジは、料理を飲み込まずに吐き出した。
これで、死なないことになったら、どれだけいいだろう。
このあと、自分はどうなるんだ?
結局、そのあとの様子は、タンジ自身には分からなかった。
しばらく「タンジの居る電子空間」の映像は、停止を余儀なくされ。
捜査関係者が、分析に追われたからである。
その後、何者かがプラグを抜き取ったために、タンジの証人としての役割は失敗に終わった。
何故、事件関係者が、犯人が講堂にいるかもしれないという考えに、至らなかったか。
その理由は分からない。
タンジは証人にはなれなかった。
証拠は架空のものとなり、タンジの心の眼も暗黒に戻っていった。