序章 - 虚影の幻滅、夢覚めし時
目の前が真っ暗になり、空気が張り詰め、まるで凝固してしまいそうだった。
沈む、沈む、沈む。
意識を運ぶ時間が、どこかへ垂直に落ちていく。
遠くに、ぼんやりと光が差しているのが見える。青い……少し暗い。
歩く、歩く。
得体の知れない引力が、足を前へと駆り立てる。
「……たすけ……」
助けを求める声?
「あなたしか……」
誰だ?
歩く速度が速くなる。しかし、まったく足音がしない。
突然、視界が鮮明になった。
幾十本もの黒い管が、光を通さない白い壁に張り巡らされ、
一方の床には、様々なラベルの貼られたガラス瓶が整然と並べられている。
……怪しすぎる実験室。……いや、実験室?
聞いたこともない単語が、訳もなく頭に流れ込んでくる。
「聞こえるか?」
……!?
――か細く誰かを呼ぶその声の方向に、
目の前には、二基の巨大な実験カプセルがそびえ立っていた。
まただ。……じゃあ、実験カプセルっていうのは、この奇妙な円柱……透明な箱のこと?
これは、夢だろう……!?
そのカプセルの中で、金髪の少女が二人、謎の透明な液体に『漂って』いた。
二人の背中には、太い黒い管が貫通し、繋がっている。
いったい……何が起きているんだ!?
左側の少女は、銀色の鎖のような線に全身を拘束され、
まるで逃げ出さないように縛られているかのようだった。
整った顔立ちは、痛みに耐えるように歯を食いしばり、
首の左側には赤い印が浮かんでいた。……あれは、痣か?
一方、右側の少女は顔立ちは異なっていたが、
彼女の放つ雰囲気には、異様なものを感じずにはいられなかった。
彼女の背中には……純白の翼があったのだ。
「お願い……聞こえる人よ……どうか、彼女を助けて……」
その声は、なんと翼を持つ少女の口から発せられたものだった!
微かに響く透明な声は、まるで『呼びかけ』のように強く、
得体の知れない「使命感」が湧き上がる。
彼女は一体何者だ!? なぜ、こんな場所に囚われているんだ――
「……助けて。」
少女の声は次第に弱まり、ただ同じ言葉を繰り返す。
もう少し、あと少しで手が届くはずなのに――
だが、その瞬間、目の前の光景が崩れ去り、
砕け散るように虚無へと溶けていった!
待って……待ってくれ! まだ何も聞けていないのに――
「これが最後。『イロア……』」
彼女は目を開けた。
深い紫の瞳……そして、瞳孔の中央に煌めく金色の光。
「お願い……彼女を助けて……ソリア。」
砕けた残響が、視界全体を粉々に引き裂き、
世界は深淵なる闇へと沈んでいった。