白痴の旅
これは、ある少年の物語である。
春
団子が美味い。
私は何も知りません。何も知らないゆえ、団子がうまく感じられるのです。このような汚れた世の中でも、何も知らぬ私は外に出て、人混みをはずれ、そよ風と桜。春の匂いを感じながら団子を楽しむことが出来るのです。
私は何も知りません。足し算引き算、車の運転の仕方、電車の乗り方。
それを必要としなかったゆえ、このようなことになったのです。
今までも必要としなかったのなら今更覚える必要は無い。
必要は無いという考えが出たので、今後このことについて考えることは無いでしょう。
さて、ならば私は何を必要として生きてきたのか、何を知っているのか。
ここまで見てきた人はわかるでしょう?
語り手は私です。私は文章を書くことだけで今まで過ごしてきました。
非常につまらない人生だと思う人もいるでしょう。
ですが、私にとって書くということは、電車に乗り、美味しいものを食べ、綺麗な景色を見ることより非常に楽しいことなのです。
ですが私は何も知らないため、他の作家のように、社会やら、世界やら、神やら、自由やら、そんな名言だとかいいことなんて書けないわけですよ。
ましてやプロでもありません。なので、凡人は凡人なりに好きなことを、思ったことを書きたい。そう思ったのです。
一冊の本を読みました。私は記憶力があまり良い方ではありません。むしろ悪い方です。
ですが、そんな私でも記憶に残る一文がその本には書いてありました。
ー小説を書くというのは人を書くとい
うことー
私は何も知らないがゆえ、夏目漱石、石川啄木、太宰治等が書いた小説の3分の1も理解できません。なぜなら、難しい言葉や私が知らない言葉が使われているからです。世の中には携帯電話という便利な機械があるそうで、それで調べれば良いのですが、生憎そのようなものは手持ちになく、買うことも出来ないので、理解することを諦め、読むことを楽しむことにしました。ですが、彼らは自分の思想や、人生を書いている。それだけは理解することが出来ました。
なら、私という人物を、他の人より劣っている、本を理解することさえできない私の人生を書けば、思ったことを書けば、自然と良い小説が作れるのではないか?私のような人がいましたら、その人でも理解できる小説ができるのではないか?と思ったのです。
夏
おでんが美味い。
こんなにも暑いのになぜおでんが美味しく感じるのだろう。
この疑問は直ぐに消えました。
なぜなら、美味しいものはいつ食べても美味しいからです。
ですが、団子を食べてみると、美味しいには美味しいのですが、春の方が美味しく感じられました。
何故なのでしょうか?
まあそんなことは置いといて、最近は暑くて冷房の効いた部屋にこもりすぎました。お陰で電気代がとてつもないことになりました。
私は所詮、大学2年生一人暮らし。親からの仕送りもなく、大学2年生と言っておきながら、大学には言っていません。
バイト代で全てを補っておりましたが、電気代が滞納し、冷房が聞かなくなりました。
百均で購入した手動の扇風機を買いました。電気代も要らないなんて!と、最初は尊敬しましたが、たかが手動の扇風機。動かしていく度に皮膚に浮び上がる雫。暑い。
イライラして、扇風機を沈めました。
たまには旅でもしようかと、全財産(3000円)と、父の古い鞄。お下がりのガラケーとお気に入りの本。沈めた扇風機の羽をもち、お気に入りの帽子をかぶって、家を後にしました。
あと数年は帰れないだろうから、家の中のものをからにして、大家さんに話をつけてから、街を出ました。
数ヶ月外に出ないだけでこんなに街並みは変わるのか。
以前、私が住んでいたマンションの前は、木や草は少しも生えていることも無く、殺風景で、街灯が1本建った殺風景なところでしたが、たった数ヶ月で、草木は生い茂り、花もしっかり管理され綺麗に咲き、明るく豪華なところになっていました。
公園もでき、子供たちの楽しそうな声が響き渡り、近所の叔母様たちも、近くのカフェでティーパーティーをしておりました。
隣を通り過ぎるのは仲良さげなイチャコラカップル。
決して憧れているわけでも、イラついている訳でもありませんが、私は何も知らないので、先程コンビニで買ったガムを口に含み、ある程度噛んで唾液と十分に絡ませてからそのカップルの前に吐き捨ててやりました。
決して憧れているわけでも、イラついている訳でもありませんが。
話は戻り、私は旅の最中であります。
分かれ道が出てきましたら、その道一つ一つに数字をつけます。そうしたら、サイコロをふり、出た目の道を歩む。どこに行くかも、生きて帰れるかも分かりませんが、大家さんにも話はつけましたし、友もパートナーもいませんし、親とは縁を切ったので、大丈夫でしょう!
秋
茶がうまい。
ここに団子があれば、もっと美味しく感じられたでしょう。旅に出てからしばらく経ちました。
あるいて、休んで、歩いてきました。
あたりの木は紅にそまり、涼しくなってきて、秋の訪れを感じました。
サイコロ振りました。
5…… 駅……
駅に数字をつけ、どこまで乗るかを決めました。
終電まで……お金が……そういえば、電車の乗り方知らない……
駅で働いている人が教えてくれました。とても親切な方です!
ガタンゴトンガタンゴトン
景色は変わり、変わり、変わる。様々な駅をすぎ、乗客も減る、増えるを繰り返していました。
外の景色を眺めなが滅多に乗らない電車を楽しんでおりました。
ガムを1枚口に含み、咀嚼しました。
チッうるせえなぁガムなんて食べるんじゃあないよ!
前に立っている五十代前半程の男性が言い放ちました。
別にガムをかもうが、かまないが、私の勝手では?と思ったのですが、私は何も知りませんがゆえ、自分が間違っていると思い、素直に謝罪をすると、近くの乗客たちがこちらを見つめてくすくすと笑っておりました。すると男性は恥ずかしそうな顔をしながらすぐに許してくれて、謝罪もされました。私が悪いのになぜ男性が謝罪をするのかが分かりませんでしたが、とても良い人なんだな、と思いました。
そんなこともありましたが、日が暮れてきた頃に終電が来ました。
近くの安い温泉宿を探し、泊まって、朝食を食べていきました。
久々のしっかりした朝食。どこか懐かしい味がして、美味しくて、涙が溢れそうになりました。
そう言えばと、財布の中を覗くと一銭も入っていないようです。
どうしましょう。
そんな私を見かねた宿の女将さんが、仕事の手伝いをしたら宿代をパーにしてくれるそうです。
親切な人だ!そういえば旅に出てから色んな親切な人にあったなぁ。
旅って素晴らしい!
冬
餅がうまい。
立ち寄った茶菓子屋さんで、茶を貰いました。すると店の人が餅をサービスしてくれました。餅にはあずきがかかっていて、温かい茶と共に味わうと、寒い冬でも、体の芯から暖まることが出来ました。
今後の旅も頑張れそうです。
サイコロを振ると3。山、山、山。
体力が持ちますでしょうか?
無事登り終えることが出来ました。
私、疑問を持ちました。久しぶりの疑問であります。
それは、何故、1年は冬から始まりますのに、春夏秋冬は春から始まるのか。
山を超えた先には大きな町がありました。その町に行けば其の疑問を解決できると思いました。
その町はものすごく大きく、明るく、暖かい。人も高い建物も多い。私が生まれ育ってきた町とは大きく違っておりました。
ですがこの町の若者らは、露出の多い服を着ているようで、肩やら足やら、私の故郷では見たことの無い服を着ている人が多く見られました。
寒くは無いのでしょうか?
小腹がすき、多くの店の中から洋菓子店を選び、中に入りました。
いちごやクリームが綺麗に盛り付けられた小麦粉の塊や、牛の乳を冷やし固めた氷菓子や、甘い茶色い板など、私が知らない洋菓子が沢山ありました。
最近は映え?というものがあるらしく、見栄えのいいものが沢山売れていきました。
ですが、それを買って店から出た若い客はそれを顔によせ、携帯電話を頭より高い位置に固定し、その携帯電話を見るように上目遣いというものをし、何度も写真を撮りました。
その客は写真にうつる自分の顔を変えていきます。その間にも洋菓子はだんだん溶けていきます。
目を大きくし、鼻を高くする。キラキラなどの飾りをつけて、SNSに投稿しました。
その客は洋菓子を一口食べて、路地裏のゴミ箱に捨てて暗闇に消えました。
そういうものなのでしょうか?勿体無い。私はクレープという、小麦粉の薄い皮の上にクリームやフルーツが乗った洋菓子を美味しくいただきました。
そういえば、何かを調べようとしていたのですが……忘れてしまいました。
何かが飛んできました。突然目の前が真っ白になりました。急に雪が沢山降ってきたのでしょうか?それにしてもさっきまで騒がしかったのに今はやけに静かです。鳥のさえずりも人の声も物音も、何も聞こえません。
一体何が起こったのでしょう?
私の手にはクレープのゴミが握られていました。
夏
目を開くと、視界は真っ白でした。ですが、右を見ると花と、ベッドが見えました。ピッピッピッという、機械音もします。ですが、ここはどこでしょう。町にいたはずです。
するとそこの人がやって来ました。
私の顔を見て驚いたような顔をしながら、先生!と叫びながら部屋を出ていきました。
少しすると、白衣を着た男性とさっきの女性が慌ててやってきました。
どうしたのかと聞くと私は2年も目を覚まさず、安楽死の準備を進めていたという。
目が覚めてよかったと医者は言いました。
私は医者に聞きました。
この記憶は誰のものですか?
私は先程記憶をたどっている時に、知らない記憶がありました。あれは私のものではありません。大変不快です。
医者は申し訳なさそうに言いました。
誰かがふざけて投げた消化器が私の頭に直撃し、脳に大きな損傷が出来ました。そのため、脳を交換しなければなりませんでした。私の記憶はそのまま。そして、その脳の持ち主の記憶も私の記憶として、脳に残りました。
その脳の持ち主は3年前に自殺をした有名な政治家の脳でした。
その政治家はこの世の中を良い世の中にするために1番頑張っていた政治家で、私も好きな政治家でした。テレビで自殺のニュースが出た時は驚きました。
ほんの少しの興味でした。ほんの少しだけ。その人の記憶をたどってみようと思いました。
そのほんの少しの興味がいけなかったのです。
私は何も知りませんでした。色んな疑問を持ちました。でも、ほんの少しの記憶をたどったことにより、私は疑問を持つことは無くなりました。
さすが政治家とでも言うべきでしょうか。この世の中の全てがこの脳にはありました。
ニュースになった殺人事件の秘密、裏金問題の詳細、未解決事件の真相。
なぜこの政治家がこんなことを知っているのかと思いましたが、そんなことは愚問でした。
犯人はこの政治家でした。私が尊敬していた政治家は殺人鬼で、卑怯者で、犯罪者でした。オマケに借金もし、裏社会にも関わっている、最低人間でした。
そして政治家の死は自殺ではありませんでした。
そんな政治家の罪を知った被害者が政治家を殺したのです。自殺に見せ掛けて。
その光景が、命の灯火が尽きるその時までの光景が鮮明に思い浮かびました。
苦しくて苦しくて、犯人の目は生気が宿って居らず、殺すという目的のみが犯人を支配していました。
世の中の全てを知った。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
知ってはいけなかった。知りたくなかった。
私の目が、闇に染っていく。医者は何かを言っているが聞こえない。
私は立ち上がった。やみくもにはしった、もくてちきはいな、
こんなおもいるすらな何も知らないほうがよか
(何かが滲んで解読不可能)
これは私が読んだ本の中で最も記憶に残る本でした。
この人物は暁山絃葉。35歳。精神病院に入院していた。
友達はおらず、本だけを読んですごしていた。だが、成績は誰よりも悪く、物覚えも悪い。読み書きはできるものの喋ることは出来ない。
たまに訳の分からない言葉を叫び病院を出ようとする。看護師を殴りつけたこともあるが、彼は覚えていない。
そんな彼が急に死んだ。ベットの上で何かを叫びながら。何も無いところで。脳に大きな損傷があった。
彼の部屋には2冊の本があった。1冊は前に私が買い与えた本。途中に栞が挟まっていた。そこにはこう書かれていた。
ー小説を書くというのは人を書くということー
そして二冊目の本には彼の字で物語が書かれていた。途中に先程の言葉も書かれていた。語り手は私と書かれていたが、彼はそんなことはしていない。
外にすら出ていない。なら、なんであんなことを知っていたのだろう?全ては彼の妄想。だが妄想にしてはリアルで、細かい。名前を知らないものでも、色や味、形状を詳しく説明できる。街並みも、マンションも、人々も。やけに現実味を帯びていた。彼は何も知らないはず。彼自身も自分は何も知らないと自覚している。なのに何故?
それに、何かが飛んできてから気を失うまでが気持ち悪いほどにリアルだった。経験したことがあった?いつ……分からない。
途中から様子がおかしくなった。政治家がどうとか。
正直すべてが衝撃的だった。背筋が凍った。気持ち悪い。吐き気がする。脳に警鈴が鳴り響く。
彼の書いた本は世に出してはいけない。直感的にそう思った。
翌日、私はその本を燃やした。彼の死体と共に。
あとがき
どうでしたか?
実は初めて書いた作品なんです。初めて書いた文章ですから、主人公の設定とマッチして、多少文章がおかしくても、主人公の設定だから。と誤魔化せるとても良き作品です。
主人公の設定はすごく悩みました。最初はただの旅物語にしようかと思いましたが、あれ?結末どうしよう…と思いました。悩み悩んだ結果この結末になりました。すみません。
お腹がすいたので豆まんじゅうでも食べに行こうと思います。
ここまで読んでくださりありがとうございました!
また次の作品で…