本当の私
遥香が泡となって消えてから、少し経ってから…
私の部屋にハンスさんがやって来た。
ハンスさんはてっきり腰でも抜かして、私を犯人扱いすると思っていたけど……
なんと。
私のことを抱きしめてくれたのだ。
『生きていて良かった…!!アンリ!!本当に良かった!!殺人鬼のゾルゲに殺されなくて!!君が俺達のことを守ってくれたんだな!!』
その抱擁はとても温かく、力強いものだった。
にしても…なんでゾルゲのこと知ってるの…?
『なんで知ってるの…?ハンスさん。ゾルゲさ…じゃなくてゾルゲがやろうとしてたことを…』
『それは……』
ハンスさんが口を開こうとしたその時……
・・・・・・・・・・・・・・・・
腹部に以前感じたような激痛がした。
『あ…!が!!』
そして…ハンスさんは激しく吐血したのだ。
その後、私にも刺さっていた投擲ナイフを抜いた後、ハンスさんは腹を押さえながら、その場で倒れ込んだ。
意識は…恐らくなくなっていた。
『ハンスさん!!ハンスさん!!』
私は叫ぶ。
しかし…ハンスさんからは反応がない。
そして…血もたくさん出ている。
ー嘘。助から…ない…?
私は頭が真っ白になりながら、私の腹部の傷を押さえながら…歯をギリギリと噛み締めた。
その投擲ナイフは、ハンスさんの肉体を貫いて、私の腹部にも刺さっていた。
ーどこから飛んできた…?
そう思った私は腹の剣傷を押さえながら、前を見た。
しかし…
『嘘…なんで』
あまりの驚きと失望に、私は口を覆った。
何故なら…私の目線の先にいたのは。
投擲ナイフを持っている女。
・・・・・・・・・・・・・
そう…あの時、私と協力してたはずのエリカだった。
『なんで…?エリカ…なんで…?なの。なんで…!ハンスさんを…!!』
私は訳も分からず、ただエリカに訴えかける。
しかし…エリカはそれでも、落ち着いていた。
『それは貴女が私で…私が私だからだよ。アンリ』
『だから…!!それが訳わからないって言ってるのよ!!!エリカ!!!』
私がそう叫ぶと、エリカは投擲ナイフをちらつかせながら、私に近づいてきた。
私は構える。
しかし……
エリカは投擲ナイフを投げてこない。
それどころか、エリカは私に語りかけてきた。
『ねえ、アンリ。いや…もう一人の私。それじゃあ、貴女はこの話を聞いてくれる?』
『なんの…話…?』
そう言ってから、私はエリカに対してハンスさんにナイフを投げつけたことに激しい怒りと失望と困惑を感じながらも、いちおう頷いてみた。
・・・・・・・・・・・
すると……エリカは投擲ナイフを床に捨てて、私の眼前まで来てからしゃがみ込み、私の瞳を覗き込んで、言った。
『それはね…この世界の話だよ』
『この…世界…?』
私がそう尋ねると、エリカは言った。
『そう。この悪夢の世界の話だよ』
『悪夢…それがどうしたの?』
私がそう言うと、エリカは私に言った。
『うん。じゃあ、言うね』
その衝撃的な真実を伝えようとしているエリカの顔は、何故か…薄っすらとだけど、なんか嬉々としているような…そんな表情をしていた。
そして…私は知ることになる。
この世界の真実を。
『この悪夢の世界…そして、もっと言うと…"君"が今まで見てきた世界の正体は。君の…悪夢の世界なんだ。……そして…私と遥香は、君の闇の部分と光の部分なんだ』
もう何がなんだか分からなかった。
私は…私だ。
ふざけてるにもほどがある。
それに、私が今まで見てきた世界が全て悪夢だって…?
……
………………
ふざけるな。
ふざけるな…!
ふざけるな!!
『私はそんなの認めない…!私は私だ!!他の誰でもない!!』
私は喉をガラガラにするほど、叫んだ。
認めたくなかったから。
私が私じゃないことを。
いや、違うな。
本当のところを言うと、まだ何がなんだか分かっていなかった。
私は誰だ…とか。ここはどこだ…とか。遥香は…エリカは…とか。どうして…ハンスさんは…とか。ゾルゲ…あいつは一体なんだったの…?とか。
私は本当にもう何がなんだか、分かっていなかった。
ーそして…そんな私をよそに、エリカは床に落ちていた投擲ナイフを拾ってから、続けた。
『そっかあ。それじゃあ、もっと分かりやすく言おうか』
私は戦闘を予測して、構えた。
『アンリ……貴女自身が悪夢なんだよ。そして、私は…!アンリ!!貴女の苦しみを増幅させることによって!!この悪夢を!!Xシナリオクラスの悪夢を!!限界まで膨張させてから現実世界との境界を消す!!これこそが!!私の描く新しい世界秩序!!!その名を!!アイのシナリオ!!!!!』
エリカがそう叫ぶと、投擲ナイフが投げられた。
ーこの時の私は、キューピットからもらった魔法の力で何かバリアみたいなものが出てきて、私を守ってくれるとか…なんて勝手に思っていた。
だけど……実際は。
・・・・・・・・・・・
そんなものはなかった。
その避けれるはずのないほどの速度で投げられた投擲ナイフは、私の心臓をそのまま貫いた。
だけど……
私は死ななかった。
いや…
・・・・・・
死ねなかった。
ー何故なら…嫌でも無限に身体が再生する不老不死の権能。
その権能こそが、キューピットの言う魔法の力だったのだから。
ーそれから、私はエリカに何度もナイフで刺され続けた。
何度も。
何度も。
心臓を。肺を。大腸を。小腸を。膵臓を。肝臓を。脳を。目を。鼻を。口を。腕を。脚を。
色んなところを、とにかくいっぱい刺され続けた。
私は…無論、泣き叫んだ。
しかし…エリカはその手を止めない。
『痛いなあ!!痛いよなあ!!!だって!!いっぱい刺されてるもんなあ!!!フハハハハハハハァァ!!!!私はずっと!!!何回刺しても壊れないオモチャが欲しかったんだよ!!!ま!!それが例え自分の本体でも私は構わないよ!!人生楽しんだもの勝ちだからなあ!!!』
ーエリカは完全に豹変していた。
人格も、おっとりとした仲間思いな人格ではなかった。
今の彼女はただ私が苦しみ悶える表情を見て、嬉々とした雄叫び声を上げるヤバい奴だ。
それに…エリカの顔も豹変していた。
そのエリカの顔は……
遥香ではないナニカのの顔に変わっていた。
…そして、この顔は私を遥香ではないナニカが銃で撃ち殺した時の顔だった。
…?
遥香ではない…ナニカ?
ああ、そっか。
もしかして……
私を銃で撃ち殺したのは、遥香じゃなくて、エリカ…なのかな…?
『アハハハハハハ!!もっと苦しんで!!もっと悶え!!苦しむ顔を見せてぇ!!!』
駄目だ…!
そんなことを考えてたらまた刺された!!!
痛い!!苦しい!!!!また刺された!!
『もっと苦しんでえ!!』
痛い!!!痛い!!!まただ!!
『もっと!!もっとお!!!』
痛い!!また刺された!!
苦し…!!
ヤバ…!!
意識が!!
『もっと!!!もっとだよお!!』
やばい…!!
意識が…!!
遠の…!く………