また会える
『やあ、久しぶりだね。アンリ』
そして、私は藁にもすがる勢いで、キューピットに対して頭を垂れた。
『……助けて。キューピット。このままじゃ…!私の大切な人達が…!!』
すると…キューピットは一つも表情を動かさずに…言った。
『大丈夫。君の大切な人達は死なない。だって…私が君に力を貸すから』
……え?
そんな上手い話が…??
ーキューピットは続けた。何一つ表情を動かさずに。
『まあ、条件はあるけどね。世の中の全ては等価交換だからね。やっぱり、こういうのは公平じゃないと私の方も冷めちゃうからね』
……それでも構わない。
私はそれでも……
みんなを救いたい。
私はキューピットの瞳をしっかり見つめて、覚悟を示した。
『力を貸して。キューピット』
そして、私がそう言ったあと…キューピットは私の瞳をじーーっと、見つめてから言った。
『愛理。覚悟はできてるんだね?この世界で苦しみに抗う覚悟は』
それから、私が頷くと…
ー恐らく、力を譲渡すれつもりなのだろう。
キューピットは、フサフサの黄色い肉球のある手を私に差し出してきた。
『ちなみに……力を貸す条件はこの悪夢を終わらせたあとのお楽しみだよ。…そして、この悪夢を終わらせた暁には、君は夢にまで見たこの世界の英雄になれる。何故なら、この世界に5つしかない最悪の悪夢…つまり"Xシナリオ"だからね』
『X…シナリオ…?』
初めて聞く言葉…?かな?
なんか遥香?も言っていたような……
まあ、気にするだけ無駄か。
私は、今…私にやれることだけをやるだけだ。
私は…私の力でこの悪夢を終わらせる。
『大丈夫。アンリ。これで…君は魔法を使えるようになる』
ーこうして、私はキューピットと握手して、キューピットの力を受け取ることに成功した。
(………)
そして…私はキューピットがどこかへ帰ったのを確認してから、私は私の三つ編みの髪をおろした。
この悪夢を終わらせるという不退転の覚悟をより強くするために。
そして、私はいつもと同じ1日を終わらせるために……
執事ゾルゲとの決着を着けるために……
執事ゾルゲが、いつも朝早くからいる図書室に向かう。
この悪夢に満ちた物語を終わらせるために。
この悪夢を終わらせるために。
私は走った。
走って、走って、走った。
とにかく、早くこの魔法を使って、ゾルゲを倒し、みんなのヒーローになりたかった。
早く、大切な人を守る自分に酔いしれたかった。
人生で、一番胸の高まりが感じられた。
何故なら…これで私はヒーローになれるかもしれないからだ。
(…………)
私は息をゼェハァ、ゼェハァと荒げながら、図書室の扉を開けた。
しかし…そこにあったのは。
・・・・・・・・
執事ゾルゲの死体。
そして…
その執事ゾルゲから何かを取り出している遥香の姿だった。
『や。久しぶりだね。私のヒーロー…愛理』
もう訳が分からなかった。
どうして、遥香がここに…?
なんで…?
私のこと殺したのに……
なんで私のこと…ヒーローって呼んでくれるの?
まだ友達なの…?
私達。
『君は…まだ私のこと…友達でいてくれるの…?』
『君は私の友達であって…友達じゃない』
何を言って…るの…?
分からないよ。
遥香…!
『分からないよ…!遥香!!』
私はそう叫んだ。
すると…遥香はその古びた少し丸眼鏡をいじりながら言った。
『だって…私はね。愛理』
遥香の可愛らしい丸眼鏡のついたショートヘアな柔らかい顔。
そして…その顔はいつの間にか……
・・・・・・・・・・
私の顔に変わっていた。
『なんで…?わた…し……?遥香……?』
もう訳が分からなかった。
『大丈夫。君はヒーローだよ。だって、私は君で…君は私だから』
すると、私の姿をした遥香の身体が泡になって空に舞い始めた。
私は、その泡を必死に掴もうと、必死に空気をかいた。
ーこの時の私はとにかく必死だった。
もう遥香を失いたくないから。
もう遥香に遠くに行ってほしくないから。
そんな私は泡になって消えゆく遥香に訴えかける。
『遥香!!私は!!君がいたから!!ここまでこれた!!だから!!もういなくならないで!!遠くに行かないで!!!私はヒーローになるとかそんなこと以前に!!君とずっと親友でいたいんだ!!!』
すると…彼女の顔は、私ではなく、遥香の顔に戻った。
そして……遥香は大粒の涙をポロポロ、と流した。
そして…私を励ますためだろうか。
少し微笑んで、言った。
『大丈夫。きっとまた会える。その時に私は君を殺して、君をこの苦しみから解放するから。待っててね。もう一人の私。…そして、私の…たった一人の親友"愛理"。必ず君のこと迎えに来るから』
『だから…心配しないで。愛理。きっと…いや、絶対。私達はまた会える。だなら…その時まで、元気でね。私は君の味方だよ。愛してるからね。愛理』
『遥香…私』
私が心配そうにうつむくと、遥香は私のことを抱きしめながら、言ってくれた。
『大丈夫。貴女の悪夢は私が終わらせる。さよなら…アンリ・ハーヴェスト。そして…私の親友。尾形愛理』
その次の刹那…
私の周りに、無尽蔵の数の虹のようにカラフルな色の泡が溢れた。
ー遥香は…この世のものとは思えないほど綺麗な泡となって消えてしまったのだ。
そして…その後。
私は…遥香の名前を何度も呼んだ。
何度も…何度も。
だけど……どこにも遥香はいなかった。
反応がなかったのだ。
私は嗚咽する。
もう訳が分からなくなっていた。
遥香は…どうなったの?無事なの?
そして、私は………
何者なの?
ーこの時の…いやこれからしばらくの間、私は頭がこんがらがって……訳がわからなくなってしまっていた。
ここはどこなのか。
悪夢って…結局なんなのか。
そもそも、これは誰の悪夢なのか。
ゾルゲのあの殺意はどこから来たものなのか。
そもそも、ゾルゲはなんだったのか。
もう一人の私って…どういうことなのか。
そして…私は誰なのか。
考えれば考えるほどに、謎は…深まるばかりだった。
しかし…私は死ぬ間際になって初めて、気づくことになる。
この物語は、私の物語であり…私の物語ではないということに。
そして…こんな私が生まれてきた意味を知ることにもなるんだ。