夢の始まり
この私…尾形愛理は昔から普通だった。
テストの点数も、体育の成績も、友達の数も、ゲームの上手さも…
全てが平凡だった。
その現状に私はうんざりしていた。
私は子供の頃、特別だと思っていた。
私は、みんなを守れるヒーローや魔法少女のような存在になれると思っていた。
でも、現実はそんなに甘くない。
ー私は…何者でもない。
その現実を、今の私は受け入れているというザマだ。
今になって考えてみると…私は子供の頃、この世界の意味のある何者かになりたかったんだ。
この世界の誰にも与えられていない役割が欲しかった。
だから、私はヒーローや魔法少女のように生きたかったのだ。
でも…
私には無理だ。
だって、私は平凡だから。
そう決めつけていた。
ー私がその精霊と出会うまでは。
(…………)
これは私の幼馴染の遥香と一緒に下校していた時のこと。
私は、遥香と近くのコンビニに寄ってから、パックに入った棒付き唐揚げをほおばり、2人で最近私達の学校であったとある話に花を咲かせた。
その話とは…
この街のはずれにある神社の廃墟に行けば、精霊が夢の世界に連れていってくれて、連れて行かれた人間はその世界で夢を叶えれるそうだ。
私はその話を聞いたとき、本当に夢の世界に行けるのかということを試したくなった。
そして、もしこの話が本当で、私が夢の世界で夢を叶えることができれば、私の幼い頃の夢を叶えられるかもしれないと思ったのだ。
『遥香。私……それでも、その廃墟に行く。私…このまま……平凡なまま、死にたくないの。これは私が特別になれる最初で最後のチャンスだから』
私は、遥香にそう言った。
それを聞いた途端、遥香は焦りだす。
『やめときなよ!愛理!!もしその話が本当なら!帰ってこれないかもしれなんだよ!!』
遥香も…私のこと、心配してくれてるんだなあ。
でも…無理だ。
だから、私はそんな遥香の目をしっかり見て、言った。
『私は廃墟に行く。遥香は危険だから、家に帰ってて』
すると…遥香は、私の瞳をじっくり見てから、言った。
『私は家には帰らないけど…その前に、愛理に聞きたいことがあるの』
『何?遥香』
『ねえ、愛理。普通ってそんなに怖いものなのかな?』
『………』
私は沈黙した。
何故なら、遥香のその予想外の言葉に少し驚いたからだ。
『確かに、私達は子供の頃は特別に憧れてる。でも…人間みんな特別じゃないし、何より普通でも幸せになれると私は思うの』
そっかぁ。それが遥香の考えか。
私は少し下を向いて、ため息をついた。
そして、今のため息は別に遥香に対してのため息ではなく、未だに廃墟に行くことを躊躇う私へのため息だ。
私は、結局無力なんだ。
ーそして、そんな私をみかねた遥香は私にこのような提案をしてくれた。
『それじゃあさ、愛理。私と一緒にその廃墟に行かない?』
『……え?』
またしても、予想外の提案に私は少し固まった。
『私は愛理の幸せを分かることはできない。もし、愛理の幸せがヒーローのような特別な存在になることだとしても…私は愛理のことを分かってやれない。私達は他人だから。…でもね。愛理。私は愛理が幸せになるためには何だってやるから。だって、私は愛理の幼馴染で、親友なんだもの』
私は頬を照らしながら、頷いた。
しかし……それと同時に不安もあった。
だって……
私達がこれから行く廃墟は明らかに危険な場所だったからだ。
(……………)
私達は廃墟に着いた。
この廃墟はまるで日本の神話に登場するような…そんな壮大な廃墟で、とても私達の街のはずれの光景とは思えなかった。
『でっかあ。この鳥居…土に埋もれてる』
私がその壮大な廃墟を前にそう言うと、遥香は私の顔色が青ざめてないかを確認しながら、言った。
『覚悟は…できてるんだよね?』
私は頷いた。
そして…私のその反応を見た遥香はこう返して、館に向けて歩き出した。
『それじゃあ、行こっか。絶対…私からはぐれないようにね。愛理』
(…………)
私達は神社の社の廃墟の中を探索し始めようと、社の中に足を入れる。
しかし…
その時。
私は感じた。
"違和感"を。
そして…気味が悪くなった私は遥香がいるはずの方向へ目線を移す。
しかし…
いな…い……?
ーそれは、一瞬の出来事だった。
遥香が…私の目の前から消えたのだ。
『遥香!!遥香!!!』
私はそう叫びながら社の中を探し回った。
しかし…どこにも遥香はいなかった。
なんで…!!遥香!!
私からはぐれないって言ったじゃん!!
私から…!!
私からあ…!!
ー私の顔はいつの間にか、汗と涙でぐしゃぐしゃになっていた。
そして、私はこの時、この廃墟で起こっていることは全て夢だと思いたくもなるほどに、生きた心地がしなかった。
しかし…私はその後、すぐに確信することになる。
ーこれは夢じゃない…と。
・・・
そして…その時が訪れる。
私の前に…
精霊が現れたのだ。
『…嘘。本当に…いたの』
私は疲れていたうえに、遥香が消えて意気消沈していたので、少しのリアクションしかできなかったが、内心その黄色くて赤い毛の精霊が本当にいたことにかなり驚いていた。
『ま。どっちにしろ、ここに入った人間は私と契約しないといけないルールだからね』
『私の名前はキューピット。私の役目は君と契約して、夢の世界に送り届けることなんだ』
そして…私に精霊は言った。
『君。名前は?』
『尾形…愛理』
『…ふーん』
『遥香を返して…!!』
『愛理……遥香は』
『遥香を返せえ!!!精霊!!!』
私は自分でも、自分が言ったことに驚いていた。
こんなことを言ったら、私は夢の世界で願いを叶えることができないのに。
…………
ああ、そうか。
私にとっての幸せは……
遥香のような大切な人との平凡な日々だったんだ。
『さっきも言ったように、君は契約を結ばなくてはならない。そして…そのためには君は一回この世界で生死を彷徨わないといけないんだ。だから…悪く思わないでくれ』
すると…
信じられないことが起きた。
私の心臓の鼓動が…止まったのだ。
ー苦…しい。
私は胸をおさえながら、激しい痛みに悶えながら、その場で絶命した。
(……………)
ー私は…目が覚めたら、貴族の館のような豪邸の庭の噴水の前で寝転がっていた。
そして…とある優しい男の人の声が聞こえた。
『大丈夫かな…?お嬢さん。…おーい』
私はその声を聞いてから起き上がって、前を見た。
すると…そこには。
高身長で、貴族のような服を着ていて、銀髪で、青い瞳をしたイケメンがいた。
そして、戸惑う私にそのイケメンは微笑んで、言った。
『お嬢さん…俺の館に来るかい?』
『え…?やか…た?』
そのイケメンの顔はとても柔らかく、温かかった。
そして…そのイケメンは言った。
『館で俺の側近として働いてくれないか?』
館で…こんなイケメンの……
側近…に…?
………そっかあ。
これが…昔ラノベで読んだことがある"異世界ラブラブライフ"かあ。
遥香も…ここに来ていたらなあ。
そう思った私は少し空を見上げてから、すぐに頷いた。
すると、そのイケメンは彼の名前を教えてくれた。
『俺の名前はハンス・ルルーシュ。ご主人様とかかしこまらずに、ハンスさんとかで良いよ。館のみんなは俺のことをそう呼んでいるから』
私は頷いた。
そして…ハンスさんは話を続けた。
『それで…君の名前は?』
『私の名前は…あいr..』
その時…突如として、私の脳裏に誰かの存在しない記憶が流れた。
(…………)
『そっかあ。じゃあ、愛理。君は今日からアンリ・ハーヴェルシュタインね』
(…………)
だから、すぐに私はすぐに訂正した。
『私の名前はアンリ!アンリ・ハーヴェルシュタイン!!』
その名前を聞いたハンスさんは優しそうに微笑んでくれた。
『アンリ。良い名前だね』
すると…私も微笑んだ。
『ありがとうございます。ハンスさん!』
ー彼は私の名前を褒めてくれた。
誰も褒めてくれないどころか、小学生の時に"空気みてえな愛理"ってクラスの男子に言われた時のことと今を比べてみると嬉しくて…嬉しくて…とにかく嬉しかった。
だけど…遥香のことが私はとにかく心配で仕方なかった。
だから、目の前のに聞いてみることにした。
『遥香って人…知りませんか?めがねかけてて…少し小柄で……』
『知らないな…』
『そうですか』
私は、がくんと腰を落とした。
『それじゃあ、アンリ。まずは目の前にある俺の屋敷に入ろうか。そこで情報収集すれば見つかるかもしれないしな。何か情報が見つかるかもしれないからな。今日からよろしく!』
『はい!よろしくお願いします!!ハンスさん!!』
私はハンスさんに、満面の笑みで微笑み返した。
……にしても。
アンリ・ハーヴェルシュタイン………
あの記憶は何だったんだろう…?