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「真司は、……赤狼のリーダーとしての君は、今回の件をどう考えているの?」

「加害者はともかく、被害者についてはD2が関係してるとは思っている。俺が知ってる事件は昨日と今日の二件だから、憶測の域は出ないがな」

「他に繋がりらしきものは見えてこないからね」

「となると、昨日以前の被害者の裏も取りたいな」

 D2といえば、真司はチヒロに依頼をしてあった。まだ二日目だから大した情報もないだろうが、そういう路線でこれから調べていく、ということを知らせておかねばならない。真司は携帯でチヒロの電話番号を呼び出し、電話をかける。

 長いコールの後、つなげられたチヒロの世界は静寂に満ちていた。

「もしもし? チヒロ?」

 通話は出来る状態なのに、聞こえてくるのは静寂と吐息だけ。間違っているはずはないが、それだけに真司はヘマをしたのではないか、と不安になった。もし、どこかに捕まっているようなことがあれば、助けに行かなければならない。

「チヒロ、……」

『なに…………っ』

 返ってきたチヒロの声は艶に満ち、真司は知らぬ間に息を呑んだ。仕事中だ。

「あぁ、お前、頼んでおいた仕事の件なんだが……」

『……、それなら、今部屋にいるよ。……っ、明日、持っていこうか?』

「相変わらず、仕事が速いな。お願いするよ」

『ごめん、もう……、切っていい……?』

「あぁ、忙しいとこごめんな」

 そう言って電話を切った真司は詰めていた息を吐き出した。言葉と言葉の間に入る、吐息や不意に溢れる声。必死に普通を装う様に、今夜のチヒロの相手は熱を上げるのだろう。酷くされていないといいが。情報の為とはいえ、メンバーたちには傷ついて欲しくない真司は眉をしかめたまま、携帯を閉じた。

 話の内容が分からずに不思議そうな顔をしている斎の頭を撫でて真司は歩き出し、斎も足音を追うように後に続いた。

「D2の情報は明日聞けると思う」

「なんか、緊張してたね。あれは、なんで……?」

「あれは、……いや。向こうも仕事中だったからな」

 真司は言葉を濁して、話をやめた。

「斎、昨日以前の被害者って分かるか?」

「うん、分かるよ」

「交友関係込みか?」

 突っ込んだ所まで聞くと、そこまでは網羅していなかったらしく、斎は首を横に振った。真司の頭の中に、モモの顔が浮かぶ。

 あいつなら知っているかもしれない。

 今度はモモの番号を呼び出し、電話をかける。二コールで出るのは職業柄だろうか、威勢良く出るモモに若干うんざりしながら、シンジは携帯を耳に当てた。

『……何の用だ』

「てめぇ、仮にもリーダーに対してそれはねぇだろ?」

『昼行灯がよく言う! そういうことはやることやってから言えよな!』

「てめぇこそ『能力低いほう』とか言われてんじゃねぇよ。チヒロに取って変わられたら困んのお前だろうが!」

『てめぇがオレに仕事回さねぇからだ!』

「だから、仕事だって言ってんだ!」

『………………っ!?』

 勢いよく息を吸い込み過ぎたのか、電話口で噎せるモモの咳を聞きながら、真司は額に手のひらを当てて息を吐いた。

「……これから事務所行けるか?」

『お、おぅ、行く』

「期待してんぜ」

 返事を待たずに切る。口論はいつものことだが、最後のはちょっとキザ過ぎたか、と真司は少し後悔した。

「仲、良いんだね」

 上品に笑う斎を前に、真司は気まずそうに頬を掻いた。見えないと分かっていても、子供っぽい言い争いをした後となっては照れ隠しをしない訳にはいかない。

「写真は持ってるのか?」

「うん、それはさすがに無いと聞き込みも出来ないからね」

 バックの中から質素な茶封筒を手探りで取り出して、斎はその中から写真を三枚取り出して見せた。それはどれもスナップ写真で、その中のマジックで顔を囲まれているのが被害者だろう。全部で三人。昨日と今日を合わせれば五人。多い人数では無いが、短時間に同じような事件が立て続けに起こるのはどう考えても異常だ。

「こいつらのためにも、早く事件解決してやらなきゃなぁ」

 自身でも彼らに見覚えが無いか思い出しながら、真司は事務所へと向かう。ちらりと斎のことが気にかかったが、特に隠しておくようなこともない。寧ろ、それで人払いが出来れば一石二鳥だった。

「斎、着いたぞ」

「あれ? 早くない?」

「そんなことはない。ここの二階だ」

 階段があることを最初に告げ、斎の手を引いて階段を上る。その間にヌイは二人の間を縫って一足早くに二階に着いて踊り場ではしゃいでいた。

「喜んでいるな」

「今日はずっと大人しくしてたからね。自由に動けて嬉しいんだと思う」

「そうか。……モモとはさっき会ったよな?」

「ジュンさんと一緒に会った、あの元気な人だよね」

「……元気、な。うるさ過ぎる気がするけどな」

「そうかな? すごくいいと思うけど」

 幹部にも支給されている合鍵で事務所を開けると真司は斎をソファに座らせ、滅多に使わない客人用のカップを取り出した。

「コーヒー飲めるか?」

「うん、大丈夫」

 ブラックを入れて、砂糖とミルクを適当に手に取る。

「俺はブラックにするけど、斎はどうする?」

「砂糖、二つ、で」

「オッケー」

 そんな会話で和んでいるとドアが開け放たれ、モモが入ってきた。

「すまん、遅くなった」

「いや、そんなに待ってない」

「……てか、まだいんのかよ。そいつ」

 肩を上下させ、精一杯に深呼吸をするモモの文句を真司は聞き流した。聞いたって仕方がないことだ。斎はこの事件を追っているし、真司もそれには協力をするつもりだ。

「協力してんだ。文句言うな。まぁ、座れよ」

 着席を促すと、存外素直にモモはソファに腰を下ろした。そして大きく深呼吸を一つ。それが終わる頃には、モモは仕事の顔になっていた。

「で、何を調べりゃあいいんだ?」

「お前の交友関係の広さに賭けてるからな」

 真司は先程斎から受け取った写真を机の上に置いた。

「サトシの前にもうすでに死んでいた奴らの写真だ。事件当時の状況は似たり寄ったりだと思うが、こいつらの仲間に、こいつらがD2に関わっていたのか聞きたい。……分かるか?」

「調べる必要もねぇよ。オレはこれ、知ってたからな。クラブでよく見かけた奴らだよ。サトシが行ってた所とは被らねぇから、もしD2と関係してるとしたら、別の流通経路なんだろうな。クラブ、行くか?」

「今良いか? ていうか、なんで報告しなかった?」

「お前、うちのチームに関係ないことはとことん興味ねぇからな。言った所でなんも変わらなかっただろうよ」

「確かに、な」

 今だってサトシが巻き込まれてやっと興味を持ったのだ。自分のことながら、つくづくチーム以外には興味がないんだと、呆れるほかなかった。

「よし、じゃ、行くか」

「分かった」

「モモさん。……よろしくおねがいします」

 斎が頭を下げるも、なんとも複雑な顔で押し黙るモモに真司は視線をくれてやる。こいつは俺たちを警察に売ったりはしない、という気持ちを込めて。その視線に気付いたのか、モモは顔を盛大にしかめて、頭をがりがりと掻いた。

「……オレが協力してやんだからな。早く解決してくれよ」

 遠回しな励ましが分かる真司は微笑ましく思いながら、モモの頭を撫でてやった。

「お前の方が下だろ! 子供扱いすんな、ばか」

「してねぇよ。ほら、行くぞ」

 コーヒーカップをシンクに置いて、三人は事務所をあとにした。

 モモに、被害者の仲間だと紹介された奴らも、今はそれぞれ他のチームのメンバーで、真司は話を聞くのに一々苦労した。それと言うのも赤狼のリーダー、という真司の立場と、それに伴うヤク嫌いの噂、事件当時を思い出してのフラッシュバックに、度々話を中断せずにはいられなかったからだ。

「とにかく、あいつらは全員使ったことあんだな?」

 声を低くして念を押せば、青年たちは操り人形のように首をかくかくと上下に動かした。

「とにかく、これで被害者の繋がりがD2だったって線が濃厚になったな」

「そうだね」

「あ、あの、今日その人が来るんです。俺たちこれから、行くんですけど、……来ますか」

「人が死んでんのに、まだやめないとか、……いや、今言う事じゃないな」

 まさか、声をかけられるとは思っていなかった三人は驚いたが、別行動で情報を集めるよりもついていった方が手っ取り早く、ある意味で今回の元凶と言える人物に会える。これでもし、彼が怪しければ一気に解決へと持ち込むことが出来るのだ。

「真司、……行きたい」

 そう呟く斎の顔は真剣で、真司が思うよりも今回の機会を重く受け止めているのが分かった。その理由がただの責任感から来るのか真司には分からなかったが、それなりの決意があることと推測してそれ以上は深く追求しなかった。

「モモも来るよな?」

「もちろんだ」

 念のため確認してみれば、予想通りの答え。赤狼の情報屋として、また、この街に住む情報屋として、この機会をふいにする気などさらさらなかった。


 受け渡し場所は空きビルの一室。真司とモモ、斎の三人は買いに来た訳じゃないから、と青年たちと一緒にいることは避け、物陰に隠れるように青年たちの様子を観察した。とは言え、斎は元々目が見えないため、そういったことは全て無駄な行為にも思えて真司は不思議でならなかった。

「斎は何で来たんだ? 目が見えなければ意味が無いだろう?」

「僕はいいんだよ。ヌイが見ていてくれる」

 その言葉と共にヌイが答えるように小さく鳴いた。ちょこんと座ったその犬は大人しく、真司やまして先程会ったばかりのモモが傍にいても警戒するような素振りを見せなかった。

「その人がどんな人か分かるんだ。いくら人の良さそうな顔をしていても、それが悪人ならヌイには分かる」

 斎の手のひらに撫でられて目を細めたヌイだが、ぴくりと耳が動いたと思ったら低く唸り声を上げて体勢を低くした。

「来たみたいだよ」

 斎の言葉に真司とモモは息を潜めて、青年たちを窺った。

 闇の中から姿を現したのは執事のような黒の燕尾服を纏った男。この男がディーラーなのか。真司は息を詰め、彼らの動向を探った。D2が関係あるのだとして、何か変わったところがあれば、出て行かない訳にはいかない。

 あまりにも取引をしている青年たちに気を向けすぎて、真司は少し後ろに座っていた斎の表情をみることが出来なかった。

 しばらくした後、交渉は成立したのか、青年とその男は金と錠剤が入っているであろうピルケースを交換した。交渉自体にはなんの不審点も見つけられず、ディーラーの男はこの件に関係ないのかと真司は息を吐いたが、斎はそっと立ち上がるとヌイを伴って男の後を追おうとしていた。

「斎?」

「俺はこのままあの男を追う。今日は帰れないかもしれないけど気にしないでね」

「待てよ。怪しいのはD2であってあの男じゃない」

「なんで君がそう言い切れるんだよ。今追わなきゃ見失っちゃうんだよ」

「確かに服装は変だったけど、そこまで気にするようなものか?」

「君には分からない」

 真司は斎の前に立ち、行かせないようにしたが、斎は男の後を追いたくて仕方がなかった。下手をすればもうすでに見失っている可能性があるのだ。これ以上はゆっくりしていられない。

「勝手に行かせてもらうからね!」

 斎はそう勢いをつけると真司の腕を掴み、一本背負いの要領で真司を投げ飛ばした。真司は受け身を取って体勢を整えたが、投げられたという事実は消えない。真司がどうなったのか確認を取る術は彼にはないはずであったが、斎は呆然としている真司に顔を向け、申し訳なさそうに頭を下げた。

「ごめん、でも、譲れないんだ。泊めてくれてありがとう」

 言い残してヌイを伴って走り出す。

 その姿を真司はただ見ていることしか出来ず、モモも今まで誰にも引けを取らなかったリーダーの無様な姿にショックを隠せないように突っ立ったまま何も出来なかった。

「くっそ……!!」

 力の限り地面を殴りつけると、散らばったガラス片や砂利が皮膚に食い込むのが分かったが、そんなものが気にならないほど、真司は頭に血が上っていた。

「絶対に探しだしてやる」

 握りしめた手を更に固く握り、真司は漸く立ち上がった。

「モモ、お前はディーラーの男について探りを入れろ。後は他のディーラーについても、だ。斎の意見を肯定するようでしゃくだが、黒幕だった場合は始末しとくに限るからな」

「了解!」

 喧嘩の前の、荒削りな殺気がモモや、その場にいた全員に向けられた。理不尽だということは真司も理解していたが、本来その殺気を受けるべき人物がここにいないのだから仕方がなかった。

「お前ら、D2を買うのはあの男からだけか?」

「……どうでしょう。顔なんて、覚えてられないです。この、暗がりですし」

 真司の剣幕に震えながらも、青年たちの一人が口を開いた。たしかに、廃ビルには電気が通っている訳でもなく、今でさえ、月明かりと携帯の光の中での交渉だ。近くに寄らなければ、顔の確認など取れるはずもない。

「そうか。……モモ、後は任していいか?」

「いいぜ。正直、今のお前を連れて歩くのはちょっと怖い」

 苦笑いのままのモモを残して、真司はビルを出た。

 苛々した気分のままで夜の街を歩く。物に当たるような真似はしないが、じっとしていたら余計に苛々してしまう。真司は駄目元でもう一度チヒロに電話をかけた。これで無理なら明日に回せばいいのだし、今話が出来れば手間が省ける。少しの諦めと多大な期待を持って、携帯を耳に当てる。今度は二コールと立たないうちに呼び出し音が止まった。

『何?』

「急がせるようで悪いな。今から出て来れないか?」

『何でそんな急いでんの? 返答によっては考えなくもないけど』

「物事が急変しそうだ。一人勝手に動いた奴がいてなぁ。ヘタするともっとややこしいことになりかねない」

『シンジだって知ってるでしょ。さっきまで仕事してたんだからね』

 分かってはいる。チヒロのやり方が本人の体にどれだけの負担を与えるのか。分かってはいるが、きっと体験している本人でしか、その本当の辛さは分からないのだ。それまで血が上っていた頭が一気に冷えた。

「……すまない」

『マジで謝らないでよ。いいよ。行く。シンジのウチでいい?』

「あぁ、待ってる」

 分かった、と了承の意を返してチヒロは電話を切り、真司はそれを確認してから携帯を閉じた。

 斎はあのディーラーを追って何処まで行ったのか、勝手なことをされたからといって気にならない訳ではなかった。初めて、リーダーとしての肩書きを持たないまま話すようになったのだ。こんなに簡単に離れてしまうには惜しいと真司は思った。


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