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第一章の最後です。

 真司の住むアパートはそこから二分程度で、事務所からは十分ほどの距離にあった。

 木造二階建てのアパートの、二階の角部屋。多少騒いだとしても、大家に色々と言われる事の少ない良い部屋だった。

「真っ直ぐ行った部屋が居間兼、寝室だ。手前にトイレと風呂があるから、使いたい時は言えよ。案内してやる」

「……ありがとうございます。意外と面倒見がいいんですね」

「俺だって、そこまで不親切じゃねぇよ。それくらい、普通だろ。それに、目が見えないんだったら、尚更、初めての所は分からないだろ?」

「そうしてくれるのが、優しいって言ってるんです」

 くすくすと嬉しそうに笑う斎があまりにも自然で、真司の顔もつられて笑みの形をえがいた。

「ヌイはどうしたらいいですか?」

「犬か? 足、タオルで拭いておけばいいだろう。うるさくしなきゃ大家も何も言わねぇよ」

 斎の足下にじゃれついていたラブラドールレトリバーの足をがしがしとタオルで拭って、真司は犬を部屋の中に離した。

「つーか、ヌイって、犬、反対から読んだだけじゃねぇよな?」

「……ダメですか?」

「ダメって、飼い主のあんたがそう決めたんだろ。じゃあ、もういいじゃねぇか」

「やっぱり、優しい」

「なんか調子狂うな。つか、あんた一体何歳だよ。何でこんなこと調べてんだよ。まさか、警察か? あの人に言われてきたのか?」

 気になり始めたら、色々と疑問が出てしまって、まくしたてるように疑問を一気に吐き出してしまった。斎はその剣幕にたじろぎながらも順を追って真司の疑問に答えた。

「えぇと、俺は25で、調べてるのはもちろん仕事で、ですけど、警察じゃありません。近いのは探偵ですけど、なんでも屋っていうと正解です。因みにあの人っていうのも分からないですが、依頼は警察の方からじゃないですよ」

「……まじか。俺より年上って」

「あ、そうなんですか。……って、タメ口でもいい?」

「……いいっすよ」

 勢いが一気に削がれてしまった。真司からすれば斎は、未成年のルイと同じような年代に見えてしまい、危険な仕事に巻込まれているという感覚が抜けなかったのだ。

「ええと、佐賀くんも普通でいい、よ。急に敬語使われるのも、なんか変な感じだし」

「じゃあ、お言葉に甘えて。後、俺のことは真司でいい。名字で呼ばれるのも新鮮だけど目立つからな」

 変な気分だった。ずっと一人暮らしをしてきた所為で、自分の部屋に他人がいること。チーム以外の人間と普通に喋っていること。全てが真司にとっては久しぶりのことだった。

「ちょっと、電話してもいい? 今日のこと、連絡しないといけないから」

 そう言ってポケットから携帯電話を取り出す斎に了承の意を伝えると、真司はそっと居間から出た。情報の共有は大事だが、真司は人の電話を盗み聞くような真似はしたくなかった。改めて、自分の情報を開示したときに直接聞けばいいと思っていたのだ。

 台所で湯を湧かす。途切れ途切れに聞こえてくる斎の、他人の声に真司は目を閉じた。

 チームで幹部以下の奴らと一緒にいるときは、仲間だといってもいつ裏切られるか分からない状況だった。今だって、同じようなものなのに不思議と斎を信用している事に、真司自身も驚いていた。

「真司くん? お湯湧いてる」

「……っ!!」

 いつの間に会話が終わったのか分からないまま、真司は斎の指摘に従って火を止めた。

「しばらくこっちで聞き込みすることになったんだけど、いい?」

「あぁ、いいよ。ずっとは案内してやれないけど」

「それは大丈夫。明日は一緒に回ってくれるんだよね」

「何処に行くんだ?」

「えーと、とりあえず治安課に行ってみて、この辺りにいるチームのこと、詳しく聞こうと思ってる」

 急須にはティースプーン2杯分の茶葉を入れておき、沸騰したお湯をコーヒーカップに入れて、冷ました所で急須に入れ替える。最後の一滴まで入れると、真司は居間に戻るように斎を促した。

「……あんまりサツに事件のことは喋んないでくれよ。てか、俺に聞くだけじゃ足りないか? 俺もここに住んでるから結構色々知ってるけど」

「うん、それも聞くけど、色んな視点から聞いた方がいいんだ。意見が偏っちゃわないようにね」

 組み立て式のローテーブルにカップを置いて座る。向かいに斎が手探りで腰を下ろすと、畳を軽く引っ掻きながらヌイが斎に近づき、彼の太ももに頭を乗せて目を閉じた。

「斎、情報の記録はどうするんだ? メモ、取れないだろ?」

「大体はボイスレコーダかな」

「……カツアゲされないように気をつけろよ」

 この町に来るには危機感が足りていない斎に不安を覚えながらも、真司は情報交換のために表情を引き締める。

「とりあえず、分かってる事を互いに話そう。斎はどうだ?」

 自分から先に話す事はない。真司としては黙っていなければいけない事だってあるし、言ってはいけないこともある。例え、斎が警察とは関係ないとしても、関わりがないとは言い切れない。

「事件が実際に始まったのはあやふやなんだけど、昨日の事件で三体目の死体だったみたいだ。被害者はみんな青竜胆町の青年だけど、年齢やチームはばらばら。被害者同士のつながりは今の所分かっていないんだ」

「……そうか」

 今まで治安課や、凌悟たち警察本部が動いていなかった所をみると、真司が凌悟に連絡するまでは隠蔽されていたのだろう。

「真司の知ってる事はなに?」

 改めて斎に尋ねられて、ほんの少し真司は居住まいを正した。

「事件の経緯については似たような感じだな。あとは、……もしかしたら、ドラッグが関わっているかもしれないってこと」

「ドラッグ?」

「あぁ、D2っていうものらしいんだが、今この界隈では流行ってて、サトシも使ってたみたいなんだよな」

「サトシって?」

「あぁ、昨日死んだやつの名前だよ。俺も一応同じチームなんだ」

「そう、なんだ」

「D2については、警察がどこまで知っているかは知らないけどな」

「なるほど。でも、それって俺に話していい事なの?」

「ドラッグ関係は撲滅すれば良いって思ってるからな。あんなの折角の人生を棒に振るだけだし、なにより百害あって一理無し、だろ」

「チームでやってる訳じゃないんだ?」

「あぁ、うちのリーダーも嫌いだ。見つかるとボッコボコにされるらしいぜ!」

 自分で自分のことをリーダーと言うのが面白くて、何となく口元が緩むのが分かった。

 それにしても、斎の話を聞いていても、すでに入手してしまった情報しか出てこない。自由に動いている分、真司が聞けないような話もあるかと思っていたが、やはり町の人間ではない斎に住民たちは口が堅くなるということだろうか。

 一息吐いてお茶を飲んで、改めて真司は斎の顔を見つめた。

 太ももの上に乗っているヌイの頭を飽きもせずに毛並みを整えてやっている。目の傷を隠していたサングラスは外され、テーブルの上に置かれていた。それは斎が真司を信用していると考えていいのか、真司には見当がつかない。

「チームの事に関しても聞き回っているようだけど、それはどうしてだ?」

「一応は内部抗争と、他のチームとのいざこざの線もふまえてるから、かな」

「いざこざ、ねぇ。お前、死体の様子とか見てねぇからそんなことが言えんだよ。あれは絶対に人間には無理だ」

「詳しく、教えてくれない?」

「……死体には何カ所かに傷跡が残されている。切り口が刃物のような人工物で出来るような代物じゃないんだ。見た目は噛み千切られたみたいにな。場所は一応、サトシの体にあったのは、頬と脇腹、二の腕、太ももだ。それから聞く所によれば、急に腕が裂けたって話だ。誰も犯人は見ていない」

 言い終えてから情景を思い出してしまい、真司は口に手を当てた。対する斎は顎に手を添え、考える素振りを見せた。

「人間には不可能、か」

「なんだ? 不満か」

「うぅん、なんか、嫌な予感がするだけ」

 眉間に皺を寄せて、唸る斎に隠し事があると感じたが、真司は何も聞かない事にした。きっと答えてはくれないのだろう。

「そういえば、昨日の被害者と同じってことは、君も赤狼なんだね?」

「あぁ、赤狼については昼間に聞いてたんだっけか?」

「うん、この辺りじゃ一番大きなチームだって」

「へぇ。確かに、チームに入るのも、出るのも自由だからな。総員数も把握出来ないぐらいだし」

「それから、君のチームは基本的に、何があっても我関せず、なんだってね? 随分、内向的なチームだよね。それに、リーダーが周りの事に興味が無いって……」

 それはさっきも言っていたが、この口調だとまだ、何か知っていそうだ。真司はそのまま、斎を促す事にした。

「他には何か言ってた?」

「そうだなぁ。余りにも喧嘩をしないから、リーダーが本当に強いのかどうか分からない、とか。意外とわがまま、とか。夜にほとんど活動しないチームは意味があるのか、とか。もっと暴れたいのに、リーダーがビビってるだけなんじゃないか、とか」

「まだ、ありそうだけど、そんぐらいでいい。ありがとな」

 正直、ブチギレそうだった。証言した全員を呼び出して打ちのめしたいくらいだったが、今やるべきではないと、真司は深呼吸をして心を鎮めた。

「でも実際、抗争が勃発してても極力傍観してるみたいだね?」

「当たり前だ。無闇に喧嘩を買った所でチームの危険が増えるだけだろ? 自分のチームに関わる事以外には、無関心でいたっていいはずだ。まぁ、身に降る火の粉は振り払わない訳にはいかないけどな」

「それは、そうなんだろうけど……」

「他のチームは縄張り争いだのなんだので、しょっちゅう喧嘩してるけど、うちは売られない限り喧嘩を買う事はしねぇよ」

「真司はリーダーみたいだね。他のメンバーもそんな感じなの?」

 一瞬、ひやりとした。斎に自分のうわさ話を聞かれた所為か、彼にだけは知られたくないような、そんな気がしていた。

「それは、……どうかな。みんなとこんな話、しないしな」

 少しだけ、動揺が混じった声だ、と感じたが、斎はそれに気付いていないようで、そうだね、と返しただけだった。内心ほっと息を吐いて、真司は話の方向を他に向ける事にした。

「とりあえず、今この町で勢力があるのは、ウチと黒騎士と白兎くらいになるのか? 後は少人数のチームが無数にある状態だな。それも、常時他のチームに吸収されたり、合併したりで忙しいから、正確には分からんけどな」

「俺が聞いたのもそれくらいだね。今までの被害者はその三つのチーム以外の所属だったから、余計に事件の発覚が遅れたのかも。どこも、自分のチームがこける原因なんて作りたくないだろうから」

 弱小のチームであればそれだけで、チーム解散の危機になってしまう可能性だってある。身の危険が保証されてしまうようなチームでは本末転倒だからだ。

「チームってのは、個人の隠れ蓑だからな。責任を分散させるには打ってつけ。弱小はそれが出来ないからな。血反吐を吐いてでも隠蔽する気になったんだろうな」

「真司は不安じゃない? 今回の事件で」

「これで解散するようじゃ、これまでだったってことだろ? チームとしてもリーダーとしても、な」

 今回の事件でチームを離れる人間がどれだけいるか今は分かりようがないし、去った所で真司は気にしない。自分を本当に信用してくれる人間がついて来ればいいのだ。それが例えいなかったとしたら、解散するのもいいだろう。真司のチームに対する思い入れなど、その程度しかなかった。

「……真司?」

 斎の心配そうな声に真司が我に返ると、彼がその見えない目を真司に向けて、気遣わし気に眉根を寄せている。

「何でもない」

 平気そうな声で言って、真司は斎の頭に、ぽんぽんと子供にするように手を置いた。

「ねぇ、他のチームってどんな感じ?」

「そうだな、黒の奴らは喧嘩っ早くて仕方ねぇし、白は若干トんだ奴らが多いな。でも、うちも色々あるからな。統率が取れてない分、他の所よりヤバいかもな」

 そうなんだ、と斎は呟くとヌイの毛並みを撫でながら視線を下に向けた。

「明日は治安課だけか? サトシが行ってたクラブは行ってみたんだよな」

「そうだね。後は、出来れば他のチームの人に話聞きたいかな」

「分かった。じゃあ、今日はもう遅いんだし。寝よう」

 コーヒーカップを斎に持たせて、真司は押し入れから布団を引っ張り出した。もちろん一人暮らしだ。布団は一組しかない。

「布団一組しかないから、斎は布団な」

「え? いいよ。斎の部屋だし」

「いい。お前、なんか体強くなさそうだし、床で寝たら絶対風邪引くだろ?」

「それは……」

「俺は大丈夫だ。外出たまんま寝ることもあるしな」

 一晩ぐらいどうってことはない、と真司は自分の体に毛布も巻き付けて寝転がった。

「明日の朝なんだけど、僕寝起き悪いから、声掛けてもらっていい? 名前、呼んでくれれば大丈夫だと思うから」

「呼ぶだけでいいのか?」

「うん、ヌイもいるし、自分の部屋じゃないからそれで起きれると思う」

 声をかけるぐらいで寝起きの悪い人間が起きるとは思えなかったが、本人がそう言うのだから、真司は逆らう気など微塵もなかった。

 ヌイと共に斎が寝る体勢に入ったのを確認してから、目覚ましを七時にセットして真司も目を閉じた。


次回から第二章に入ります。


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