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前回の続きです

***


 事務所の扉を開けば、そこにいたのはブルーブラックの髪を持つ中性的な顔立ちの女とアキタで、ブルーブラックの彼女は優雅にカップを持ち上げた所だった。

「チヒロ」

 呼びかけに彼女は真司に顔を向けた。光の加減でほんの少しだけ青く見える髪は、項をくすぐる程度に整えられ、その髪が映える肌は驚くほどに白い。更に、釣り気味な目が彼女の甘さを消し、余計に彼女を少年のように瑞々しく見せた。そして、彼女は普段、身体のラインをぼやかす服を好んで着る。今もジーンズにパーカーを羽織り、中のTシャツは緩めの仕様だ。

「おかえり、真司」

「仕事だ。頼めるか?」

「もちろん。今日の朝だって仕事みたいなもんだったし、やらなきゃいけないことは一緒だよ」

 それに加え、この言葉遣いだ。その為、彼女を知らない者は、一度は必ず彼女の性別を間違える。

 真司はチヒロの向かいに腰を下ろし、ピルケースをがさりと机に置いた。

「これはまた、大量だね」

 チヒロは足下に置いていた荷物の中から薬包紙を取り出し、ピルケースから錠剤を取り出した。矯めつ眇めつ観察し、一嘗めする。

「……夢魔だね。なんでこんなもの持ってるの?」

「うちの雑魚どもが持ってたんだが、D2って言うんじゃないのか? あいつらはそう呼んでいたが」

「夢魔だから『Dream Devil』。で、頭文字を取ってD2。元々は夢魔って名前だったんだよ。それにしても、殺っちゃわなかった?」

 顔を歪めて真司を見る彼女に肩をすくめてみせる。

「情報との交換条件だからな。手は出してないが、忠告だけはしておいた。それでやめなければ、制裁するまでだ」

「一応名前、聞いておきたいんだけど、分かる?」

「あー、……顔は分かるかもしれん」

「だよね。その程度だと思った。オアシスにいる奴らだっけ?」

「そうだ」

「分かった。後でモモに聞けばいいや」

「……すまない」

「いいよ。今は把握してなきゃいけない理由もないし。で? 今になってなんでこれが出て来たの?」

「それが、……サトシもやってみたいなんだよ」

「なるほどねぇ」

 サトシもと言えば、チヒロの目は細められ、ソファの背に寄り掛かって腕を組んだ彼女は唸った。

「やっぱり、流行ってんのか?」

「うーん、……一番は飲みやすいからだね。後遺症も出にくいって噂だし。まぁ、でも、これが出始めたのは一ヶ月前くらいで、後遺症もなにもこれからって感じだけど、一回一回の後遺症は無いに等しい。値段も手頃で、30粒で1万だから」

「それ、安いのか?」

「安くはないけど、5gで1万とか言ってるのよりは、ね」

 薬包紙で錠剤を包むと、チヒロはそれを鞄にしまい込んだ。

「成分表で良い?」

「いや、それは見ても分からないだろうから、それよりも常用した場合の症状について探って欲しい。サトシもきっと何かあったはずなんだ」

「おっけ。流通経路も調べた方が良いかな?」

「こちらでも聞いておくが、念のためお願いするよ」

「了解。ネコに頼むの?」

「あぁ、それと、モモだな」

「所で、俺は何の為に呼ばれたんだ?」

 真司がチヒロと話し始めてからずっと放置されていたアキタがとうとう口を挟んだ。

「働かせっぱなしですまない。アキタにはルイを見ててもらいたいんだ」

「……坊主を?」

 今までの話の流れなら、ルイは何の関係もない。アキタは真司が何を言いたいのか分からずに、眉間に皺を寄せた。

「昨日の現場にあいつもいたらしい。でも詳しい事は何も言ってくれない。まだ、何かありそうなんだけどな」

「おい、……坊主のこと疑ってんのか?」

 切り捨てとも思える真司の言葉にアキタの心中はとても穏やかでは居られず、気を抜けば彼の胸ぐらを掴んでしまいそうなくらい頭に血が上っていた。殺意剥き出しなアキタと真っ向から向き合って、真司は強く言い張る。

「違う。……何かあってからじゃ遅いんだよ。あいつも同じ現場に居たということは狙われる可能性がゼロじゃないってことだ。もし万が一何かあった時でも、お前がついててやれば少しは安心できる。後は、あいつの交友関係も何気なく見ていてくれると嬉しい」

「……やっぱり疑ってんじゃねぇか」

「人聞きの悪いこと言うなよ。ヤバい奴とつるんでないか心配してんだ」

 剣呑な空気を払拭させるように、何個かあったピルケースの内の一つをその場に残し、チヒロは席を立った。真司のために残したのだ。

「後は、あの刑事さんにでもあげてよ。僕は真司の考えに賛成だから、そういうのが検挙されるように頑張ってくださいって言っておいて」

「分かった」

「それから、ああいう死に方したのはサトシだけじゃないよ。正確には今日で三人目。前の二人は弱小のチームだから、チームはそのまま解散しちゃったけど、似たような死に方だったみたい」

「そうか……」

 そうして何かが動き出そうとしている。それは足音を立てずに、ひっそりと青竜胆町を埋め尽くそうとしていた。

 残りはまた明日に回した方が良いだろう。夜が更けてきた。



***


「急に呼び出してすみません」

 ルイは行きつけの図書館の前の公園にバクを呼び出した。本当はこんなにもすぐに電話をかけるつもりはなかったのだが、蓄積された鬱憤を誰かに話を聞いてもらいたくて、でも、チームの誰かに話す訳にはいかなかったのだ。

「時間大丈夫ですか?」

「いいよ。用事も特にないし」

「そうしていると、普通に見えますね」

「服かい?」

 バクはルイが初めてあった時とは違い、今はジャケットにジーンズというラフな恰好をしている。初めてが印象的過ぎた分、普通の恰好をしていると、イメージががらりと変わったように見えた。

「私だっていつもあの恰好をしている訳ではないよ。あれは一種の仕事着だからね。君と会った時だって仕事帰りだったんだ」

 燕尾服を着て、廃ビルに出現したのが仕事帰りとは、一体なんの仕事をしているのやら。

 余計に胡散臭く思えてきたバクを見遣ると、彼はルイの視線に気付いて苦笑した。

「君は私のことを『ただの人間じゃない』と言ったけれど、本当に人間じゃないって言ったら君は信じるかな?」

 急に言い出したバクにルイはすぐには反応できない。見た目は明らかに人間なのだ。実在もしているし、触れる事だって出来た。

「獏っていうの。知らない?」

「動物でなら、聞いた事はあるかも……」

「私が言ったのは、夢を食べるとされる妖怪の獏だよ。主食は悪夢。悪夢を見た後に「この夢は獏にあげます」って言うと、悪夢を見なくなるらしい。私はその亜種みたいなものだよ。私の主食は夢全体。良い夢であればあるほど、美味しくいただける。美味しい夢を食べる為に日夜奔走していると言う訳だ」

「……妖怪」

「あぁ、ごめん。妖怪というのは厳密にいうと嘘なんだ。妖怪も所詮は人間の作り出した虚構、ファンタジーだからね。私は性質が獏に近いだけで、獏ではなく、そういうイキモノだと思ってくれればいい」

 回りくどい言い方を好む彼が、本当は人間ではないという。にわかには信じられずにルイは口をつぐんだ。

「う〜ん、やっぱり、すぐには信じてもらえないよね。今はそれでいいや。……とと、私ばかり話していたらダメだね。折角、君の話を聞きに来たっていうのに」

 大げさな仕草でルイへ謝罪をし、バクは身体の向きを変えた。とはいえ、饒舌に喋られた後を継ぐのは正直やり辛い。

「話すの、苦手なので、うまく話せませんよ」

「大丈夫。気にしないよ。ゆっくり話してくれていい」

 バクは身体の力を抜き、ルイにもリラックスするように言った。深呼吸の後、少しだけ落ち着いた様相を見せる彼を見て、バクは満足そうに頷いた。

「君の話が聞きたい」

 バクの言葉に促されるように、ルイは息を吸い込んで口を開いた。

「昨日、あの場にいた奴らに、絶対にクスリのことはシンジさんに言うな、って言っておいたんですよ。でも、口、滑らしたみたいです。折角口止めしておいたのに、それじゃあ、意味がない」

「どうして?」

「ウチのリーダーが徹底してそういうのが嫌いなんです。それに、あの場所には俺もいた。色々と疑われない方がおかしいです」

「色々とって?」

「クスリ使ってたんじゃないか、とか、あの事件と関わっているんじゃないかとか」

「事件に関わりがあるのは本当だから仕方ないとして、実際、君は使ってないんだろう?」

 バクの問いかけに頷くものの、ルイの表情は晴れない。

「疑われるのが怖い」

「……君は、被害妄想の気があるんじゃないのかい?」

「だって俺は、ここしか居場所がないんです。喧嘩も強くないし、情報網を持っている訳でもない。赤狼から出たら、俺はこの町では暮らしていけないんです」

 チームとは個人々々の隠れ蓑、とはリーダーがよく使う言葉だ。他のチームは分からないが、ルイの所属する赤狼は、喧嘩をする為のチームでは無く、夜の町で危険に脅かされているものにこそ門戸が開かれていた。

「赤狼は人数が多いし、リーダーがシンジさんだから、それなりにネームバリューがあるんです。カツアゲとかにあっても、赤いバンダナを身につけていれば、それなりに効果があります」

「赤い、バンダナ?」

「赤いバンダナは赤狼の証です。これをしてれば、狙われる事が少なくなります。シンジさんはチームに関わることだったら興味を持つから、チームのメンバーが襲われたとなれば、復讐しにかかることだってあります。復讐を恐れて、他も手を出してこなくなるんですよ」

「なるほどねぇ。君がチームから抜けるような事があれば、その恩恵が受けられなくなる訳だ?」

 にやりと、口を歪めて囁くバクの声にルイは肩を震わせた。自分自身に罪悪感と劣等感があるからだろうか。だから、自分が幹部にいる事が信じられていない。自分は本当にここにいていいのだろうかと、常に考えてしまう。

「誰も悪いとは言っていないよ。それが君には必要な事なんでしょう? 喧嘩が強いだけじゃ、本当に強いことになんてならないからね」

 思考が鈍る。このままでいいのだと、錯覚する。

 ルイが欲しいと思う言葉をくれるバクの声が心地よかった。

「ありがとうございます。なんか元気になりました」

 ほっと息を吐いて、ルイはバクに頭を下げた。もやもやといらいらが一気にどこかへ行ったようだった。

「それは良かった」

 言いながら、バクは立ち上がってジーンズの尻を叩いた。それを見たルイも立ち上がる。話はこれで終わりだ。

「また、連絡してもいいですか?」

「遠慮しなくていいよ。ダメな時はちゃんと言うから」

 じゃあ、またね、と言ってルイに背を向けたバクに、ルイはもう一度声をかけた。

「バクさん! 俺の名前は、ルイです」

「……分かった。またね、ルイくん」

 急に名乗ったルイに驚いたものの、すぐにルイの言いたかった事に気付いたのか。バクはルイの名前を呼び、今度こそ歩きだした。

「また、連絡します」

 囁いた声はきっとバクには届かなかったが、ルイは満足そうに笑い、帰路についた。





まだ続きます

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