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***


 どれくらいの時間が経ったのか分からなかったが、耳鳴りが遠退いた頃、背後から頭を叩かれ真司は我に返った。

「うるさいよ」

 その声に回りを見回すと、地面はいつの間にか砂地に変わり、真司の手には何も握られていなかった。

「ここは……?」

「君が来たがった夢の世界だよ。ほら、あそこに二人ともいるだろう?」

 清人が指差した方を見ると、ルイと斎が対峙するように立っている。

「斎!」

 所々に傷は負っているものの、それ以外は健全だ。真司が安堵の溜め息を吐くと、斎は彼を見つめて疑わし気に声を出した。

「真司、だよね……? そっか。そんな顔してたんだね」

「あ? ……あぁ、そうか、目。」

 斎の瞼を覆っていた傷跡は綺麗さっぱり消え失せ、薄く茶色に光る瞳が真司を見ていた。

「シンジさんはやっぱり、そいつの方が大事なんですか?」

「お前、何を言ってるんだ」

 ルイの表情は冴えない。斎はルイを助けに来たというのに、何故、対峙をするように向かい合っているのか。

『それは、斎がルイの敵だからだ』

 声と共に姿を現した獏はルイの傍に立つ。獏の顔を見て、ほっとしたように肩の力を抜くルイを、真司は信じられないものを見るかのように顔を歪ませた。

「ルイ! そいつが俺たちの敵だ。サトシを殺したのもそいつなんだぞ!?」

「……知ってます」

「なん、だと?」

「でも、俺はバクさんより、斎さんの方が憎いんです。……シンジさんを連れていってしまうから」

「何を言っている?」

『シンジがチームのみんなより、斎を大事にしたのが悪いんだよ』

 にやにやと笑う獏からは悪意しか感じられず、真司は思わず本気で獏を睨みつけた。

「獏、いい加減にしてくれないか? さっさとその子を離すんだ」

『来たね。……清人。でも、それは聞けないお願いだ。君たちがこの事件から手を引くっていうなら考えてもいいけど』

「ごちゃごちゃ言ってんじゃねぇ! 俺はお前を倒して、ルイを取り返す!」

 宣言し、跳躍をした真司は一気に獏へと距離を詰め、彼の顔面に向かって、拳を突き出した。避けきれなかった衝撃が獏の前髪を散らす。思わず獏が一歩、下がった所を真司は見逃さずに、彼は攻撃を再開する。蹴り出した足をそのまま踏み足に右手で正拳突き、それに加えて左足での回し蹴り。反動を殺さずに右足で再び回し蹴りを放った。

「………ちっ」

 一連の動作で獏に攻撃は当てられなかったものの、その存在感はありありと示していた。

『喧嘩にも慣れてるし、君は本当に磨けば強くなれるのにな』

「あんたに教えてもらわなくてもいい」

『残念。じゃあ、ここで死んでもらおうかな』

 獏はそう言うと、ゆっくり右手を空に向けた。出現するのは無数のナイフ。

『避けられるかな?』

 手を一振り。たったそれだけの動作で空中に存在したナイフは真司目掛けて一斉に飛び出した。

 現実世界を完全に無視している世界で真司と獏の経験の差など歴然。そのはずだったが、真司の目の前には風が吹き、ナイフは一つ残らず絡め取られ、消え去った。突然の出来事に真司の顔には驚きがありありと浮かんでいた。

「……本当に吹いた」

 初めて経験しているはずの世界の理を理解しているとでも言うのか。思わず口を開け、驚きを隠せない様子の獏だったが、落ち着いた頃には肩を震わせ、我慢出来ないというように額に手を当て、笑いだした。

『ははっ! やっぱり、君って子は! 最高だね! ……ぜひとも、戦力に加えたい所だ』

「バクさん!」

『分かってる。君からは取ったりしないから』

「……獏、お前、その子に何をした」

 自然な会話を重ねる二人に違和感を抱いたのか、清人が厳しい口調で獏に問いかけた。

『別に、何もしていないよ。ただ、この子が可哀想だったから、こうして一緒にいてあげているだけだ』

「弱みにつけ込んで騙したのか!」

『騙したなんて、人聞きの悪い。この子は自分で、シンジの為に斎を殺そうとしている』

 その言葉に呼応するように、ルイは抜き身のナイフを手に斎に向き直った。

「あんたがいなくなれば、きっとシンジさんはどこにも行かないから」

 ルイもまた、真司と同じように疾走し、斎に向かってナイフを突き出す。けれど斎も、何もせずに切りつけられるはずは無く、ナイフの軌道を読んでかわした。

「獏を撃退しないと、もっとたくさんの人が死ぬんだよ?」

「俺の夢を食べればいい。そうしたら、被害は大きくならない」

「獏はそれでは満足しない!」

 斎の言葉にぴたりと動きを止め、獏を見遣る。

「本当?」

『さぁ、それは君次第だよ』

「だって。……問題はないですよね? あなたはここで殺します」

「やめろ、ルイ!」

 真司は叫んで飛び出すが、獏がそれを良しとしない。

『行かせないよ。君の相手は私だ』

 突き出された拳を受け止めて、真司は踏ん張る。どうにかしてルイを止めないと、本当に、斎を殺してしまうかもしれない。

『私は本当に壊れてしまった後の、ルイの夢も食してみたいと思っているんだよ。ここで、君に邪魔されるのは気分のいい事じゃないね』

 ここでかわすのは、容易ではないと、真司が迷っていると、後ろから柏手が聞こえ、一気に場の空気が清められた気がした。

「縛の法、第二種、雁字!」

 清人の真言と共に、獏の身体が後ろに吹っ飛ぶ。

「行け!」

 鋭い言葉に、真司は弾かれたように身を翻し、斎の元へ走った。

 ルイと斎の間に入り、振り下ろされたナイフを躊躇い無く腕で受け止める。骨で刃は止まったものの、じくじくと鈍い痛みが腕全体を覆った。

「シンジさん!」

「馬鹿野郎! ここで死んだら、現実で死んだも同じなんだ!」

「………………っ?」

 無事な方の腕でルイの腕を掴み、ナイフを離させる。砂地に刺さったナイフはルイの創作だった所為か、風にさらわれるように砂となり、どこかへ吹き飛ばされていった。

「精神の死は即ち、肉体の死。……受け売りだが、精神が死ねば現実では何も感じる事が出来ない、ただ生きてるだけの人になっちまう。お前にそれを背負う覚悟はあるのか?」

「それでも俺は、……あなたにここにいて欲しかった。俺を、置いてかないでください」

『ルイはずっと不安だったんだよ。君が周りに興味が無さ過ぎてね』

 獏の声に振り向けば、清人が獏を引きずって歩いてくる。身動きが取れないような状態なのか、貘は抵抗する気配も見せずに、清人に付き添っていた。

『不安で不安で仕方がなかった。その時にこんな事件が起こる。そして、シンジの前に斎が現れて、リーダーは斎にご執心だ。シンジは元々チームのことに関心がない。だとしたら? 斎と一緒にこの町から出て行ってしまうかもしれない。チームを捨てて、ってね?』

「怖かったんです。もう、ずっと前から。元々シンジさんはアキタさんたちとは仲が良かったけど、他のメンバーとは全然で、いつか、いつか俺もそうなるんじゃないかって、不安だった」

 ルイが俯き、真実を口にする様は見ていて息苦しかった。そして痛感するのだ。こうして辛い思いをさせている原因が自分だという事を。

「……違うよ。いつも、置いてかれるんじゃないかって不安になってたのは俺の方だ」

 置いていくつもりなんてない。寧ろ置いていかれるかもしれないと思っていたのは真司の方だった。ルイは信じられない、というように目を大きく見開いて、呆然と口を開いた。

「うそ、だ」

「お前も、ネコやモモ、チヒロは幹部たちだけが繋がりじゃない、もっと別な所で様々な繋がりをもっているだろう。……でも、俺はそれが無い。ここしかなかったんだ。俺こそ、お前に見限られたらって思うと怖かったよ」

 いつもの真司ならばこんな事は絶対に言わなかった。これは幹部の誰にも言っていなかった真司の弱い部分だ。

「みんながそうやって新しい道を歩いていくのであれば、俺はそれの手助けをしたいし、俺も新しい道を歩んでみたいと思う」

「やっぱり、出て行くんですか?」

「チームにいても、新しい事は出来るだろう」

「じゃあ、シンジさんは出て行かないんですね? この町にいるんですね?」

「そうだ」

「……良かったぁ」

 心の底から安堵したように息を吐き出すルイを見て、真司もまた、安堵の溜め息を吐く。上手くいけば、このままルイを連れて現実の世界に戻れるのだ。

『さて、大団円もいいんだけどね? 私はここで捕まる訳にはいかないんだよ』

 パチンと、指を弾く音がしてその刹那、獏の周りに黒い影が三つ飛び出した。三つの影は地面に降り立つと四つ足の獣の姿に形を変え、清人に襲いかかった。清人は寸での所で獣の突進を避けたが、その隙に獏は真司たちから、遠く離れた所まで後退した。

「簡単に返すと思っているのか?」

『思ってないよ。思ってないとも。だから、この子たちを呼んだんじゃないか。……それにしても、清人。精神にまで食い込む縛法だなんて。随分凝った事をしてくれるね』

「いつまでも、昔のままで、あんたをどうこう出来るとは思っていないからね」

 印を結び、戒めをきつくする清人に対して、獏は黒い獣をけしかける事によって、それを妨害した。

『フェンリル、スコール、ハティ! 時間を稼げ』

「縫<ヌイ>!」

 叫んだ斎の前に一匹の見慣れた犬が出現する。それは、現実で、斎と共にいるヌイと酷似していた。三匹の獣が出現した時から、真司は強い頭痛に苛まれていたが、どうもそれは彼だけではなく、ルイもまた、辛そうに眉間に皺を寄せていた。

「ルイ、大丈夫か?」

「大丈夫では無いです。恐らく、自分がイメージした物じゃないから、拒否反応が起こっているんですよ」

「色々知っているんだな」

「……バクさんの受け売りです」

 斎が呼び寄せた犬と、獏が召喚した三匹の獣が激しい闘いを繰り返す。縫も黒い獣たちに引けは取っていなかったが、如何せん数に違いがある。消耗は激しいはずだ。

「真司、物理原理の指揮は君にある! 意識を黒い獣に集中させて! 彼らの身体だけ重くなるようにこの世界を作り替えるんだ!」

『初めての仲介人に私が引けを取ると思ったかい? ……ルイ。妨害はしなくていい。出来るはずもないからね。ただ、私が死なないように、祈ってて』

 身体はまだ辛いはずなのに、そういって貘はルイに向かって微笑んでみせた。それは、自分を励まして、助けてくれた獏のままで、ルイは思わず、彼が死なないように祈っていた。

 意識を黒い獣たちに集中させた真司はそのまま、その肢体が地面に叩き付けられる様を想像した。そして、願う。斎に怪我がないように、ルイが無事に戻って来れるように、獏を撃退できるように!

 かっと目を見開いた瞬間、獣たちは地面に叩き付けられ、悲鳴を上げた。それと同時に、獏はその戒めを解き、獣たちを霧散させた。

『飲み込んでしまえば捕縛も意味は無いよ。……残念だったね? 清人』

「強がりを言った所で、碌な力も残ってないだろう」

 確かに、肩で息をする獏は随分と苦しそうだ。一つ、二つ、深呼吸をして、貘は呼吸を整える。

『そう、確かに、力は残ってないけどね。……もう一回ぐらいはなんとかなる』

 しかし、獏がそういった途端、彼の立っている地面がざらざらと崩れ出した。崩壊はそこだけではなく、くすんだ空も黒く塗りつぶされていく。

『何……っ!!』

「縫!」

 獏が上空に逃げた瞬間を見逃さずに斎が放った縫は、獏の喉元に食らいつくとそのまま体重を掛け、落下速度を上げた。地面に叩き付けられた衝撃で縫は消滅してしまったが、貘はしぶとくもその形状を保ったままだ。

 しかし、世界の仲介を行った真司の額には大粒の汗が浮き、眉間に皺を寄せ、頭痛に顔をしかめている。初めての仲介で、長く保てるはずもないのだ。すでに彼の精神は限界まで酷使されている。

「持たなかったか」

 舌打ち混じりの清人ではあったが、このまま世界が崩壊すれば、獏だけではなく清人たちも現実世界に戻る事が出来なくなってしまう。

『やってくれたね。でも、シンジももう持たないだろう! 決着は次回に持ち越しだ!』

 喉を切り裂かれ、濁った声を響かせながら、文字通り血を吐くようにして貘は呪詛めいた言葉を吐き出す。吹き上がった血は顔面も染め、目はぎらぎらと底光りしていた。人間ではない彼に死という概念は存在しないが、肉体らしきものがある以上それを極限まで破壊すれば、貘は存在する事が出来ない。実体が保てなくなったのか、獏は身体をもやに変え、そこにいた全員の視界を奪った。

『やはり君の存在は捨てがたい、シンジ。君の大事なものを奪ってあげるから、こちらにおいで』

 耳元でそう言われ、真司が咄嗟に守ったのは傍にいたルイだった。頭を守るように抱き寄せて、覆い被さる。しかし、貘の狙いはルイではなかった。真司の肩から首筋にかけての部分がまるで火傷を負ったかのようにじくじくと痛み出したのだ。

「……ぁっ!」

『いつかまた会おうじゃないか。その時まで死んでしまわないようにね』

 その言葉を最後に霧は一斉に霧散し、視界が開けた。真司は首筋の痛みに耐えられず、首を押さえて蹲った。

「シンジさん!」

 ルイが真司の首筋を看ても特に変化は無く、ルイは首を傾げた。

「とりあえず、貘も退散したようだし、世界が崩壊する前に一度戻るよ」

 清人はそういうと柏手を一つ打ち、真司の背中を両手で叩いた。

 途端に来た時と同じように体の内側からひっくり返されるような感覚が真司を襲い、真司は奥歯に力を入れて悲鳴を噛み殺した。


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