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 翌日の朝、真司は事務所に向かう前に、斎に集めた情報を聞かせた。

「D2は夢に作用するドラッグらしい。それを扱うディーラーはみんな執事のような燕尾服を着ている。みんなっつっても服装に気を取られてて誰も売人の顔なんか見ちゃいない。結局、何人いるかは分からない状態だ」

「やっぱり、ね。獏らしいと言えば獏らしい」

 奴のやり口をよく知っているらしいその口ぶりが真司は気に食わなかった。

「そいつとはどんな関係なんだよ」

 口に出してから、改めて聞くような事でもないような気がして、真司は気まずそうに辺りを見回した。

「永遠の敵だよ。倒さなければいけないのに、倒せない。永遠の敵」

「永遠の、敵?」

「獏は夢を食べるって言ったよね。元々、獏には実体がない。どんなにギリギリまで傷つけても、寸での所で逃げられる。……それよりも、実体のない存在に死はあるの?」

 声音は至って一人言に近く、真司に答えを要求している訳ではなかった。

「それでも、獏のやりかたは俺たち人間にとっては、受け入れられない。クスリの中毒者にして、強制的に夢を見させるなんて、苦痛でしかないよ」

「……斎、お前はなんで獏を捕まえたいんだ? 皆の為、依頼だから、っていうのも分かるけど。本当は、何か別の理由があるんじゃないのか?」

 斎の、獏に対する考えは、ただの依頼、だけじゃない。それだけでは理由が薄いように感じたのだ。斎は黙ったままだ。瞳が見えない分、表情が動かなければ斎の考えを読む事は不可能に近い。

「何か、言えよ」

「ムカつくからだよ」

「は?」

「人の弱い所につけ込んで、いい夢を見させて! 楽しそうに、人をどん底に突き落とす! それを見て笑っているんだ。あの男は!」

「………………」

 斎がこんなに感情を露にするのは、真司の前では初めてで、真司はなんて声をかけていいか分からなかった。きっと、詳しい事があるのだろうが、今はそれを聞くべきではない。

「ごめんな。……嫌なこと、言わせた」

「……いい。もう、ずっと前のことだし」

 ゆるゆると首を振る斎に、真司はもう突っ込むのはやめようと決心した。

「殺された五人は、死ぬ間際には相当キレやすくなってたみたいだ。きっと他にもそんな奴らがいると思うんだが、獏を捕まえたとして、そいつらは助かるのか?」

「……獏を捕まえれば、D2の流通は減るよね。そうしたら、その人たちも、もう悪い夢は見なくなる。でも、ドラッグを併用していれば、それは分からないよ。別のドラッグの効果で悪夢は見るかもしれないし、幻覚によって自殺してしまうかもしれない」

「そうか。じゃあ、理論上、D2だけを使用していた奴は助かるってことか」

「中毒性が無ければの話だけどね」

 それは難しい話だろう。成分はチヒロに調べさせなかったが、ドラッグというものは大抵、中毒性がある。だからこそ、やめるのも大変なのだ。

「手を出した方が悪いんだよ」

 仕方がない、と言うように首を振る斎はどこか哀愁を漂わせていた。暗い雰囲気を払拭させるように、真司は明るい声で斎を促した。

「……さて、そろそろ、事務所に行くか。本格的な作戦は向こうで立てよう」


***


 事務所にルイを除く幹部全員と斎が改めて集まった。

 斎と面識があるのはモモのみ、しかし、チヒロにとっては顔を見ていなかっただけで、モモを除いたここにいる誰よりも斎のことを知っていた。

「初めまして。安部斎さん。僕はチヒロと言います」

「あれ、俺会ったことありましたっけ?」

「いいえ、言った通り『初めまして』です。……ただ、あなたは目立つんですよ。僕はシンジとチームを守るために力を尽くした。それだけです」

 言葉の中に色々と思惑はあろうが、チヒロは斎にそれ以上を踏み込ませなかった。

「ネコとアキタは初対面だよな。この事件を追ってる斎だ」

 真司の言葉に斎は我に返り、頭を下げた。

「斎です。ご協力よろしくお願いします」

 礼儀正しく挨拶をした斎にアキタはおろおろと辺りを見回した。普段粗野な奴らを相手にしている彼にしては、斎は見たことのない種類の人間だったのだ。

「アキタ、狼狽え過ぎだよ。しゃんとして」

 チヒロに背中を叩かれながら、アキタは会釈を返した。

「いっちゃん、よろしくねぇ」

 急にネコに抱きつかれて斎はびくりと身体を震わせたが、それ以上は動かないし、動けなかった。

「斎は目が見えないんだ。あんまり不用意に触るなよ」

 やんわりとネコを斎から引き離して、真司は言った。

「じゃあ、そろそろ本題に移ってもいいかな」

 声を発したのはチヒロで、それでみんなは各々に席についた。まずは情報を整理しなければならない。

「斎、今回の目標は売人の確保。これでいいんだな?」

「うん、根本の問題はD2だし、ば……い人を捕まえれば、D2は流通しなくなるしね。それに、きっとディーラーは彼一人だと思う」

「ネコ、奴は先週の木曜日もオアシスに来たか?」

「さっちゃんのクラブ? 来てたよぉ。それだけは毎週欠かさないって言ってた」

「モモ、他の所での売人の目撃情報はあるか?」

「色んな所であるぞ。クラブやバーにはネコが言った通り、定期的に顔を出してるみたいだけどな。売人から直で買ってる奴らに聞けば、日付も曜日もばらばらだ」

「アキタ、……ルイは?」

「クラブにはよく行ってる。あいつは大検あるし、今のところはD2を使った気配はないが、どうも、その売人っぽい奴と一緒にいたのは見たな」

「……そうか。それは厄介だな」

 全員に一通り話を聞いた所で真司は言葉を切った。それを一段落とみて、チヒロは声を繋いだ。

「その売人を捕まえるには、出現する曜日が分かってるクラブの方が、都合がいいってことだね?」

「あぁ、そうだ。表と裏口、両方抑える。それから中、か」

「じゃあ、アキタとネコが裏、モモと僕が表、シンジは中、だね。斎さんはどうする?」

「俺は獏を追いたい、です」

「じゃあ、中で」

 てきぱきと指示を出すチヒロに真司は何も言わない。それはそれだけ彼のことを信頼しているからか。チヒロの後を引き継いで真司は口を開いた。

「斎は奴を見つけ次第、あいつの後を追え。四人は万が一俺たちが見逃した時の為に、燕尾服を着た野郎がいたら俺に連絡してくれ。そうそういないから、見かけたら目標だと思っていい」

「でも、大人数で追いかけるのはマズイんじゃねぇのか?」

 モモの当然の問いに真司は平然と答える。

「売人の追っ手は斎と、表か裏どちらかの見張りの三人だ。残った三人はルイを張る」

「ルイを疑ってるの?」

 誰もが思っていたであろうチヒロの問いに、真司はしばらく黙っていたが、彼自身の明確な答えは返さなかった。

「……オアシスに売人が来るのは木曜日だったな?」

「そぉだけど……」

「じゃあ、作戦の決行は明日の夜。6時にもう一度ここに集合だ」

 そう言い残して真司はソファを立つ。至極普通に事務所を出る足音が階段を降りる音に変わるのを聞いて、モモはようやく一息吐いた。

「何考えてんだ? あいつ」

「……分かんねぇよ。いつだってシンジが考えてることは」

 アキタがぽつりと溢した言葉はこの場にいる幹部全員の心情を語った。

「あの、俺、真司を追ってきます」

 そろそろと手を上げて斎がそう言うと、一斉に彼に視線が集まった。斎はそれを視覚で感じることは出来ないが、いたたまれない気配だけは多いに感じていた。

「まだいたのか」

「モモ、そういう事言わない。斎さん、シンジの事、よろしくお願いします」

 チヒロが45度上半身を傾け、手本通りに頭を下げる。それも見えないはずだが、斎はチヒロに向かって頭を下げるとヌイを伴って事務所を出た。


***


 やはり、シンジはどこかへ行ってしまうのだろう。

 いつも通り事務所に来れば、どうやら、中から人が出てくるようだ。なんとなく、開いたドアの影になるように立っていれば、出て来たのはシンジで、久しぶりに見たような気がして話しかけようかと思ったが、向けられた背は声をかける事を良しとしない、拒絶が漂っている。

 今回の事件のことで何かあったのだろうと感じたが、自分は何も言えない。バクとの作戦もある。安易に口を開かない方がいい。

「斎さん、シンジの事、よろしくお願いします」

 ふと聞こえたのは、チーム幹部紅一点のチヒロの声だ。しかし、その内容は、なんだ。

 誰かに、シンジの事を頼む、と。

 後を追うのだろう。また、人の気配がする。ルイは完全に入る機会を失って、ドアの前で呆然と立ち尽くしていた。

「あっ」

 出て来たのは、先日夜に会った青年。シンジが大事そうに連れていったあの青年だ。

「ごめんね」

 自分がドアを開けた所為で入れなかったと思ったのだろうか。彼はルイに頭を下げて、シンジの後を追っていった。

「……あんたが、シンジさんを連れていくんだな」

 やはり、彼を標的にしたことは間違っていない、とルイは拳を握った。彼がいなくなれば、シンジはこの町に残るという、バクの言葉を信じて。

 ぼんやりとした頭を振りながら、今度こそ、事務所のドアを開ける。

 そこで見たのは、脱力した様子の幹部たちの姿だった。

「どうしたんですか? 今すごい勢いで誰か、出て行きましたけど。あれ、誰ですか?」

「安倍斎。……ルイ、サトシが死んだ事件知ってるよね。その事件を解決しに来た人。警察とは無関係だけど……」

 チヒロの声も後半は聞き流してしまった。

「シンジさんはこの町を出て行っちゃうんですか?」

「どうして?」

「だって、さっき、チヒロさんはあいつに頼んでました。シンジさんのことを頼むって」

「聞いてたの? ……出て行く訳じゃないけど、でも、今はきっと僕たちでは、シンジは何も喋らないんじゃないかって思ってね」

 そう言って眉間にしわを寄せても、チヒロは相変わらず綺麗だ。疲労感の漂う室内で、ルイは机の上に散らばった書類の束を手に取った。

「あぁ、それは今回の事件の資料だよ。見てもいいよ」

「ありがとうございます」

 そこにはD2の症状を書いたページや、事件現場について書かれたページ。成分や、ディーラーの目撃情報のまとめもあった。バクが言った通り、ルイが仲間とよく行っているクラブ、オアシスには毎週木曜日に出現するとある。

「俺にも、出来る事はありませんか?」

「……そうだな。明日は、オアシスに行ける?」

「はい、大丈夫です」

「じゃあ、明日六時に、オアシスに行ってもらえる? それで、執事みたいな燕尾服の男を見たら、誰かに連絡をくれないかな」

 燕尾服の男、すなわちバクの事だろう。やはり、早いうちに決着をつけにきた。

 少しだけ、他の幹部に引け目をもったが、ルイはこれを利用させてもらう事にした。作戦に乗ったことにしておけば、オアシスにいる事を疑われなくて済む。堂々と斎の邪魔を出来ると思ったのだ。

「分かりました。気をつけて見ておきます」

「よろしく頼むね」

 にこりと笑ったチヒロに罪悪感を抱きながら、謝罪の意味も込めてルイは頭を下げた。



***


「真司! 待って!」

 ヌイに先行させて斎は走る。真司はだらだらと歩いていた所為で距離は余り開いていなかったが、それでも斎は走った。足音に気付いたのか彼は振り返って斎が到着するのを待っていた。

「斎、そんなに急いで来なくても大丈夫だ」

「黙っていても分かってくれるなんて、そんな風に思わない方がいいよ」

「……利いた風な事を」

 斎が放った言葉で、両者の間に緊張が走る。斎は全身に神経を行き渡らせ、真司がどんな行動をとったとしても対応出来るように呼吸を整えた。しかし、返ってきたのは、苦しそうな真司の声だけだった。

「……いや、分かってる。でも、なぁ」

 溜め息と共に吐き出された言葉に、普段の強さは見られない。そういった気配に敏感な斎は何も言わずに、先を促した。

「うまく説明できる自信がないんだ」

「下手でもいいじゃない。何も言われないより、周りは安心できる」

「そういうもんなのか?」

「そうだよ。それで、本当の所はどうなの?」

 ルイに関する事だ。先程の会話で、ルイという人物が真司の仲間である事は斎も分かっていた。その上で、仲間をどうするつもりなのかを斎は聞いているのだ。

「疑っているさ。そりゃあな。売人って獏だろう? そいつと一緒にいたって言うアキタの言葉を信じれば、ルイはこの事件に関与している事になる。でも、実際、どうかは分からない。もしかしたら、脅されているだけかもしれないしな。チヒロたちには、先入観をもって欲しくないんだよ。全員で疑ってかかったら、ルイが変な方向に暴走するかもしれない。暴走して、それこそ、本当に事件に関与したら、フォローしようがない。下手な言い方、ルイに油断させておけば、周りに余計な心配をかけなくてすむんだ」

「だからって、君一人が悪者になる必要はないと思うけど」

 黙っているから、味方まで敵に回す事になるんだ、と言外に責めれば、真司は分かってる、と小さな声で呟いた。

「俺は誰一人だって失いたくはないんだ」

「うん」

「サトシもだ。厄介なもんに手さえ出さなきゃ、死ぬこともなかったかもしれないのに」

「それでも、手を出したのは彼らの意思だよ。君が気に病むことじゃない」

「そうは言っても俺がリーダーだからな」

「ごめんね」

 素直な斎に何も言えなくて真司は首を振った。もちろん斎からは見えないのは承知の上だ。

「とりあえずはうちに戻る。斎はどうする?」

「また、しばらくお世話になります。よろしく」

「あぁ、こちらこそ」

 頷いて背を向けると斎とヌイも彼を追って隣に並ぶ。

 無言でも居心地が悪くない不思議な感覚に、真司はくすぐったく思いながらも、ぬるま湯のような暖かい雰囲気に身を委ねた。


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