0、狂宴 -New Game-
ほぼ始めから猟奇的な表現がありますので、ご注意ください。
人が殺される表現ですので、苦手な方は閲覧をご遠慮ください。
注意/警告が表示されていますので、閲覧後の苦情(気持ち悪くなった等)はおやめくださるようよろしくお願いします。
表現方法については、未だ試行錯誤中ですので、ご意見がありましたら評価やメッセージなどをお願いします。
ご了承いただけたでしょうか?
……では、物語の幕を開けるとしましょう。
皆さん、準備はよろしいですか?
Have a nice trip!!
プルタブを上げると一気にアルコールの匂いが辺りに充満した。ルイは盛り上がる仲間たちの姿を遠目に見つつ缶に口を付ける。甘ったるいチューハイがルイの喉を焼いた。甘さに顔を顰めながらルイは、仲間たちが広げる白い錠剤を見やった。
「ルイ、お前本当にやらねぇの? せっかく分けてやるつってんのにさぁ」
「ごめん。俺、そういうのダメなんだ。アレルギーってやつ」
適当な相槌をうって、ルイは静かに酒を飲む。白い錠剤が世間一般にいうドラッグというものなのだと気付いたのはいつだったか。彼には叶えたい夢があるから、そういった類のものは使用しないことにはしているが、周囲にいる同年代たちには絶大な人気を誇っているようだった。
次第にクスリの効果が出始めた仲間たちは興奮して腕を振り回したり、気持ち良さそうに目を瞑ったりして酒の缶を傾けている。
暗い廃ビルの一室で繰り広げられる宴は異様な熱気を帯びて、青年たちのテンションもそれに合わせて上昇する。
そんな中、ルイが新しい缶に手を付けようとした時、事が起こった。
各々で見つけ出した椅子が倒される音が響き、一瞬、その場の空気が凍りつく。
音の発生源を探して見回すと、青年が青くなった顔で後退りをしながら、何かを叫んでいるようだった。
「な、なんでここにいるんだよ! やめろ、くるな……、くるな!!」
めちゃくちゃに腕を振り回し、壁に背を付けて何かを振り払うように暴れ出す。
ルイは突然の騒動に困惑はしたものの、他より意識がはっきりしている所為で冷静に判断出来てしまう。青年に近寄るも、腕を振り回されてはなす術も無かった。
折角の良い雰囲気を壊されて、その場にいた青年たちの空気が剣呑なものにすげ変わってしまった。突き刺さるような視線が彼に向かうのに、彼はそんなものが目に入らないくらいに何かに怯えた目をして壁に寄りかかって座ってしまった。
「や、めろ、……くるな、嫌だ、殺さないで」
狂ってしまったかのように震えて定まらない腕で頭を抱え、足は必死に動かしても、腰を支えるほどにもならない。がちがちと歯がこすれて起こす不快な音が部屋の中に響いた。その異常な怯え方は青年たちにも感染したように、彼らは動く事が出来なかった。
「どうしたんだ」
一人が呆然と呟くその瞬間、うずくまった彼の腕が、裂けた。
「ぅぎゃぁぁっぁぁぁぁっぁぁ……っぁあ!! 俺の、腕がっ!」
何者かに引きちぎられたように、肉が裂け、白い骨が顔を覗かせた。
腕は力を失ってだらりと垂れ下がり、悲鳴は途切れることなく続いて、続けざまに青年の脇腹が引きちぎられた。
「あ、あぁ……、俺の、………」
辺り一面血の海で、彼の体から噴き出した血が呆然と立っていた青年たちの顔や服を真っ赤に染める。吹き出した血液が蝋燭の火を消し、辺りは暗闇に包まれた。しかし、それでもまだ終わりではなく、音だけになって青年への蹂躙は続いていた。
青年は何かに飛びかかられたように勢いをつけて床に倒れ、彼の胸は何かにのしかかられているようにつぶれている。喉が裂け、腹が裂け、腕が砕け、足が砕け、悲鳴が途切れ途切れになり、びくびくと身体が痙攣する。
その圧倒的な恐怖と混乱で周りにいた青年たちは誰一人、指一本でさえ動かす事が出来ない。
暗闇の中、肉の裂ける音と骨の砕ける音を聞き、嗅覚は強烈な鉄の臭いに支配され、姿の見えないナニかの息遣いだけが、青年たちの足元を這う。
やがて、完全に気配が消え、物音一つしなくなった部屋の中で、誰かが小さく息を吸った。微かなそれだけの音で、彼らは金縛りが解けたようにその場に座り込んだ。
「何が、……」
言葉は続かなかった。
ルイは震える手で蝋燭に火をつける。
浮かび上がったのは、壁一面に広がる赤と、人間としての姿を失ったかつての仲間の悲惨な残骸。
「……っひ!」
何人かは口を抑えたが、胃に残るものを我慢出来ずに吐き出してしまう。鉄の臭いに加え、饐えた臭いが辺りを埋め尽くす。
ここまで酷い状態になってしまえば、死体自体を隠すには労力がかかるし、元より隠しきれないだろう。でも、この場をただの猟奇的な殺人現場に変える事は出来る。それには、床に散らばっているだろう白い錠剤の存在が邪魔だ。これが有るか無いかで、動機の予想も変わってくる。
「サトシのことはシンジさんには報告するけど、クスリのことはあの人に何を聞かれても絶対に言うな」
まだ、D2の影響でふらふらしている彼らを不安そうに見ながら、ルイは彼らに言い聞かせた。クスリの事は自分の居場所を守る為には、嘘をついてでも言ってはならない事だった。
ルイはそこにいた全員を先に帰らせ、不自然にならない程度に片付けを始めた。青年たちはなんの準備もなくおおっぴらにクスリを広げていたのだ。証言がなくとも、証拠を見つけられてしまえば元も子もない。
血の匂いが充満する部屋の中でルイは一人、蝋燭の明かりを頼りに錠剤を探し続けた。
息の詰まるような匂いにルイは、満足に息も出来ずに黙々と地面を見続ける。涙が溢れてきた。どうしてこんな事になったのか、自問するも答えは出てこない。姿の見えないモノの犯行とはいえ、誰がそんな世迷い言を信じると言うのだ。当然疑われるべき人間は此処にいた人間たち。頼りにしている人間に疑われるのがどんなに辛い事か、想像しただけでも身体が震えた。
痕跡は全て隠さなくてはならない。どんな事をしても。
「これは、これは。大変そうだね」
「っ!!?」
存在を示すはずの物音を何一つ響かせずに、声だけがルイの背後から響いた。弾かれたように振り向いた彼の視線の先にいたのは奇妙な恰好をした男だった。
初めて見るルイにも分かるような、質のいい黒の燕尾服。乱れのないその様はまるで執事のようだ。あまりにもこの場に不釣り合いな男の出現にルイは戸惑ったが、男の視線がルイの背後にある死体に向かっていると気付いて、思わず男の視線を遮るように身体を動かした。
「あの……、これは」
「隠さなくてもいい。私には喋る気なんてないんだから」
「……本当に?」
「あぁ、興味がないからね。いつ、誰が、どこで死のうが私には関係ない。自分のやりたい事を貫くだけだよ」
本当に興味が無さそうにルイから視線を外す男に、ルイは安堵のため息を吐いた。しかし、男は何故こんな所にいるのか。出来れば早々に立ち去って欲しいとルイは切に思った。この男がいる限り、片付けは進みそうにない。しかし男に背を向けたら最後、何か良くない事が起きるであろうと、ルイの頭の中で警報が響いていたのだ。
「そんなに怖がらなくても、君には手を出さないよ」
「そうじゃなくて、……お前、なんなんだよ。ただの人間じゃないだろ」
「……頭のいい子は好きだよ。でもね、今は必要ない」
男はそう言うと、一歩足を進めた。ルイはそれに呼応するように一歩後ずさる。そんなことを繰り返しているうちに、ルイは壁に追いつめられた。すぐそばに死体があるこの状況で、ルイに正常な判断は不可能だ。
「君は見捨てられるのが怖いのかい?」
男の声は鼓膜から直接吹き込まれたかのように脳の芯を刺激し、ルイは軽い目眩を覚えた。それは心の奥にずっと巣食っていた不安だ。誰にも言わなかったそれを言い当てられた事にルイは恐怖を抱いた。
「怖がらないで。……そうだ。私が話し相手になってあげよう。私は君の仲間には面識がないし、会うつもりもないよ。君は君が思っている事を素直に話してくれればいい。解決策はあげられないかもしれないけど、話は聞いてあげられる」
警報が響く。誘われてはいけない、誘われてはいけないと自身に言い聞かせるほどに、男の目は怪しく輝きが増した。
「ほら、……おいで」
男がルイの目の前に手を差し出した。誘われている。もうルイは男の手のひらしか見えていなかった。
「私は君を裏切らない」
ルイの手が上がる。男の手に乗せようとしたが、動きが止まった。飛び散った血が、手にべったりと付いていたのだ。とっさに手を引いたルイを、男は許さずに手を掴んで抱き寄せた。身体にも返り血を浴びている。慌てて身体を離そうと、ルイは腕を突っ張ったが、男は気にせずにルイを抱きしめる腕の力を強めた。
「よ、汚れる……!」
「大丈夫。良く頑張ったね」
魔法の言葉だった。どうしてこの男は自分の欲しい言葉が分かるのだろう、とルイは思っていた。優しく頭を撫でる大きな手のひらが父親のようだ。おずおずとルイが男の背に腕を回しても、男の腕は緩まなかった。
「今度、いつ会おうか?」
「俺はいつでもいい、です」
「あはは、かわい。じゃあ、会いたくなったら電話して」
男は胸元から出したメモ帳に電話番号を書いて、ルイに手渡した。
「よし、片付けようか」
「え?」
「隠さなきゃいけないものがあるんでしょう? それに二人で片付けた方が早い」
「まぁ、そうですけど…」
「ね? だから、やっちゃおう」
ルイは男のテンションに乗せられる形で、片付けを再開した。もう、さっきまでの惨めさや虚しさはどこにもなかった。男は静かにルイと沈黙を共有し、ルイを助けた。
不自然さがない程度に片付けを終えた二人は一度死体に手を合わせてビルから出た。
うすぼんやりと山の端が明るくなっている。もうすぐ夜明けなのだろう。
「また会えるのを期待してるね」
陽の光を浴びる彼は元々黒い生地だったせいか血痕はあまり気にならなかったが、ルイは服も手のひらも血塗れで真っ赤に染まっていた。
「あの、ありがとうございました。……ええと」
呼びかけようと口を開いたものの、名前を知らない事に気付いてルイは躊躇った。
「一応バクって名乗ってる」
笑って言う男につられて、ルイも自然と笑顔になった。
「……バク、さん」
「そう。じゃあ、電話楽しみにしてるね」
男はひらひらと手を振ってルイに背を向けた。彼の背中が見えなくなるまで、ルイは何となくその場に留まっていたが、ふと、自分の名前は教えていない事に気付いて、呼ばれない寂しさが胸を突いた。
そこまで考えて自分がすごく女々しい気持ちを抱いている事に赤面しながら、着替える為に家路へと踵を返した。
いつまでも浮かれていてはいけない。リーダーに、ビルにある死体の報告をしなければならない。
けれど、にやけてしまう顔を抑えられない。さっき初めて会ったばかりだというのに、次会った時は何を話そうかと、わくわくしている自分が不思議だった。新しい出会いに胸を躍らせながら、ルイは朝焼けの中を走った。
いかがでしたでしょうか。
これから物語は動き始めます。
少し長くなるかと思いますが、定期的に更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。
酷評でもかまいません。
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