番外編 はじめてジゼルと呼んだ日(お知らせあり)
初期の公爵様のお話です。
俺の名前はアベラルド・イーサン。俺は最近、契約結婚をした。
相手は、教会から雇った聖女のジゼル。最初は、領地の瘴気を継続的に祓える聖女が欲しかった為、彼女を便宜上の妻にしただけのはずだった。
しかし、「週一回の晩酌」を重ねる中で、いつの間にか彼女と仲良くなってしまった。
今では彼女との晩酌を楽しみにしている自分がいるし、今後も彼女とは「飲み友達」としての関係を続けていきたいと思っている。
ところが、最近の俺には悩みがあった。それは……彼女をまだ「ジゼル」と名前で呼んだことがないのだ。
いつも「君」と呼んでおり、名前で呼んだ試しがない。
ジゼルと出会ったばかりの頃は教会の悪い噂があったから、なるべく心を開かないように気をつけており、名前を呼ばないようにしていた。その結果、打ち解けた後も、何となく名前を呼ぶ機会を見失っていたのだ。
ジゼルは特に気にしていない……というか、そもそも俺の呼び方に気付いてすらいないだろう。
しかし、ここまで名前を呼ばないのも失礼だと思う。
俺は、次の晩酌で彼女を名前で呼ぼうと決意した。
「今日の晩酌のおつまみは、ソーセージです!」
「おぉ……!」
「お手軽ながら王道。そして、何よりお酒が進む最高のおつまみ……楽しみますよ!」
彼女は嬉しそうに語る。そして、ビールを注ぎ、さっそく乾杯をした。
乾杯をしてすぐに、ジゼルはゴクゴクと喉を鳴らして、ビールを飲み始めた。
「ん〜っ、おいしい〜」
彼女は本当に美味しそうにビールを飲む。彼女を見ていると、こっちまで飲みたくなってくるし、ついつい酒が進んでしまう。
俺もさっそくビールを飲んで、ウィンナーに手をつけた。
噛み付いた瞬間、パリパリッと音が鳴り、ジュワッと肉汁が溢れ出した。
そこにビールを流し込む。ウィンナーの旨さによって、ビールのおいしさがより際立つ。二つの相性は抜群だ。
「うっま……!」
「美味しいですよね〜! ちなみにケチャップとカラシもあります!」
「それなら、次から付けようかな」
この後も二人でケチャップやカラシなどで味変をしながらウィンナーを楽しんだ。途中、ジゼルがウィンナーパイなるものを持ってきてくれて、サクサクのパイ生地と一緒にビールを楽しむことができた。
こんな感じですっかり晩酌を楽しんでしまって……俺は、当初の目的を忘れていた。
そう、今日こそ「ジゼル」と呼ぶという目的だ。
目的を思い出した俺はハッとして、居住いを正した。
幸いなことに、いい感じに酒が回ってきているので、酔った勢いで名前を呼べるかもしれない。
俺は意を決して、口を開いた。
「君……、その、ジ……」
「はい?」
ジゼルは不思議そうな顔をしている。彼女の顔を見ているうちに、段々と恥ずかしくなってきてしまった。
「じ……時間はどのくらいかかったんだ? 今回のつまみを作るまでに」
「そんなにはかかってませんよー。ウィンナーは焼くだけでしたしねぇ。ただ、生地から作ったので、ウィンナーパイは時間がかかりましたね」
「そうか。大変だったな……」
俺は項垂れた。そんなことを聞きたいんじゃない。いや、ジゼルが質問に答えてくれたのはありがたいが。
俺は、「今度こそ」と顔を上げた。
「ジゼ……じぜ……事前に準備はしたのか?」
「材料は今日の帰り道に買ってきましたよー。でも、大変とかは思ってませんよ? 料理のことを考えながら買い物するのも楽しいですし」
「そうか。流石だな……」
違う。そうじゃない。そうじゃないんだ。
俺は名前を呼びたいだけなのに、なぜこんなにも臆してしまうのだろうか。
ただ名前を呼ぶだけなのに。
「あ、ビールがなくなりましたね。もう少し飲みたいので、取ってきます」
そう言って、ジゼルが立ち上がる。
俺は意気消沈していたのだが、顔を上げて気づいた。
ジゼルの進もうとしている先に、なぜかビール瓶が転がっており、彼女がそれを踏もうとしていることに。
このままでは転んでしまうかもしれない。俺は咄嗟に叫んだ。
「ジゼル、危ない……っ」
「え?」
次の瞬間、ガンッと音が鳴り響いた。
ジゼルが転んだ音ではない。
急いで立ち上がった俺が、机の角に足をぶつけた音だ。
「……」
「ちょ、大丈夫ですか⁈」
「……、俺は……大丈夫だ。それより、ジゼルは転んでないか?」
「公爵様が教えてくれたので、咄嗟に避けましたよ」
「それなら、よかった……」
ああ、なんでこんなにも上手くいかないのだ。ただ名前を呼びたかっただけなのに。
思えば、彼女には恥ずかしいところばかりを見せている気がする。そんな俺に愛想を尽かさないでいてくれる彼女は、本当に優しいのだろう。
しかし、咄嗟のこととはいえ、さっきは名前を呼ぶことが出来ていたな……。
ジゼルは、しゃがみ込んでいる俺を近くで心配そうに見ている。
俺はそんなジゼルの目を見つめ返した。
「ジゼル」
「何ですか?」
いざ呼んでみると、今までずっとそう呼んできたかのように、彼女の名前が口に馴染んだ。
そして、彼女の名前を呼ぶと、胸の奥が温かくなるような、愛おしさが溢れてくるような……そんな感覚がした。
この感覚は一体……。
「公爵様?」
「いや、何でもない。それより、ビールが欲しいんだろう? 俺が取ってくる」
「いいんですか?」
「ちょっと頭を冷やしたいからな。待っててくれ」
そう言って、俺は晩酌部屋を後にした。彼女の名前を呼んだ時のあの感覚は、一体何だったのだろうか。
その時、俺の中に一つの“可能性”が浮かび上がった。しかし、すぐにそれを振り払う。
「まさか……な」
俺と彼女は契約関係で、飲み友達なのだから。
俺は自身の「契約関係」という言葉に寂しさを覚えたが、その感情には知らないフリをした。
⭐︎⭐︎⭐︎
「……っていうことがあったんだが、覚えているか?」
「えぇ……、正直、名前のことはまったく。アベラルド様が足をぶつけてたっていうのは、何となく記憶に残ってますけど」
「それは忘れてくれ……」
いつもの晩酌中、アベラルド様が出会ったばかりの頃の話をしてくれた。
多分、最近、私がようやくアベラルド様と呼ぶようになったから、名前の話題を出したのだろう。
正直、初めて名前を呼ばれた日のことは覚えていない。
言われてみれば、確かに最初は「君」呼びで、いつの間にか「ジゼル」と呼ぶようになってたな〜くらいの認識だ。気にしたことなかった。
公爵様は、私の隣で苦笑する。
「あの時は、名前一つ呼ぶのにも四苦八苦してたし、恋心すら自覚してなかったんだよな」
「それを言うなら、私の方が恋心を自覚するまでに時間がかかりましたしね……」
アベラルド様に告白されるまで、私の中にある気持ちが恋心かどうかなんて、考えたことがなかった。
でも、今は、「彼の隣にいたい」と思う気持ちが恋だということを知っている。
あの時には知らなかった気持ちに、彼と過ごす時間が愛おしいと思う気持ちの正体に、気づいている。
私が隣に座っているアベラルド様の手をギュッと握ると、彼も優しく握り返してくれた。
アベラルド様が昔のことを話してくれたから、私も出会ったばかりの頃を思い出してきた。
私は、あの頃を懐かしみながら、口を開いた。
「そういえば、出会ったばかりの頃……こんなことがあったのを覚えていますか?」
お久しぶりです。
1月16日(金)にコミカライズ1巻の発売が決定いたしました!(一週間後です!)
コミックス1巻発売に合わせて、来週はWEB版の更新もしようと思います。WEB版3章後の世界を大体5話くらいで書くので、コミックスと一緒にお楽しみいただけたら幸いです。
コミックスの宣伝です。
コミックスでは、串カツやチーズフォンデュ、チーズハンバーグなど……ウェブ版にはなかった晩酌も含めて、たくさん飯テロもしております。漫画担当の春兎先生が美味しそうに描いて下さっております!
また、涙目公爵様や宇宙ネコ公爵様、餌付けネコ公爵様……などたくさんの可愛い公爵様が盛りだくさんです!
今回の番外編で書いた、出会ったばかりの頃の二人が見れるので、ぜひコミックスも読んで下さると嬉しいです♪




