エピローグ
数日後。役目を終えた私は、無事に公爵邸に帰ってきた。
数週間ぶりの公爵邸にホッとして、「やっぱり、ここが家なんだなぁ」としみじみ感じ入ってしまう。
「ジゼル様ーっ! おかえりなさーい‼︎」
公爵邸の扉を開くと、すぐにリーリエからの熱烈なハグでお出迎えされた。
「あはは。ただいま、リーリエ」
「ジゼル様がいなくて、寂しかったです〜」
元々は数週間も王城にいる予定ではなかった為、手紙で私達がしばらく不在にすることを知った時は、ショックを受けたらしい。
彼女は、私にピッタリくっついて離れようとしなかった。しばらくその体勢のまま立ち尽くしていると、そこへレンドール君がやって来た。
「公爵様、ジゼル様、お帰りなさいませ。……リーリエ姉さん、みっともないですよ」
すぐにリーリエを私から引き剥がそうとするが、リーリエはその場で踏ん張った。
「いーやー」
「我儘言わないで下さいよ。“姉さん”を自称するなら、せめてお姉さんらしく振舞って下さい」
「分かったよぉ」
レンドール君に諭されて、ようやくリーリエが私から離れた。
突然、リーリエからの重みがなくなった私はふらついてしまった。しかし、すぐにアベラルド様が私を支えてくれた。
「大丈夫か?」
「はい。ありがとうございます、アベラルド様」
私達が笑い合っていると、じーっと私達を見つめる視線を感じて……。
視線を移すと、リーリエとレンドール君が驚いたような顔でこちらを見ていた。
「な、何?」
私が聞くと、すぐにレンドール君が口を開いた。
「ジゼル様は、公爵様のことを名前で呼ぶようになったんですね?」
「あ、うん。そうだね……!」
改めて指摘されて、カァーッと顔が赤くなる。隣を見ると、アベラルド様もわずかに顔を赤くしていた。
そんな私達を見て、リーリエもレンドール君も何かを察したように、ニヤニヤと笑っている。は、恥ずかしい。
そう思っていると、空気を変えるように、リーリエがポンッと手を叩いた。
「そうだ。せっかくですし、“ジゼル様と公爵様、お帰りなさい会”でもしましょうよ〜! みんなで一緒に食べたり、飲んだりしたいです!」
リーリエがそう言うと、レンドール君がすぐに渋い顔で口を開いた。
「リーリエ姉さんは、ジゼル様の料理が食べたいだけですよね⁇」
「う、鋭い……」
「ジゼル様の料理が食べたいからって、労わるべき相手に料理を作らせるのはどうかと思います」
「そうだぞ。ジゼルも疲れてるからな?」
「む、むぅ〜」
レンドール君とアベラルド様から言われて、リーリエは口を尖らせる。私は少し笑いながら、口を開いた。
「そんなに気にしなくて、大丈夫だよ。私もみんなで飲めたら嬉しいし……。また日を改めて、みんなで飲もうか? 私も作りたいおつまみがあるから」
「いいのか?」
「いいんですか?」
すぐに反応したのは、先ほどまでリーリエを注意していたアベラルド様とレンドール君だった。
リーリエは不満そうに「ほらー! 二人もジゼル様の料理を食べたいんじゃないですかーっ」と言っている。
二人の掌の返しように笑いながら、私は頷いた。
「もちろんです。みんなで一緒に飲みましょう!」
というわけで、“お帰りなさい会”と称して、飲み会を開くことになった。飲む理由が沢山あるのは、いいことだからね。
日を改めて、公爵邸の一室に集まった私達は、「乾杯!」とグラスをぶつけ合う。
私達は日本酒を飲んで、「くぅ〜」と息を吐いた。ちなみに、レンドール君はジュースを飲んでいる。
リーリエは頬を片手で押さえて、笑顔で呟く。
「ジゼル様の作ったお酒、ビールより苦味がなくて、美味しいんですよね〜」
「それなら、よかった。作った甲斐があるな」
「ところで、ジゼル様。今日作ってくれた料理は何ですか?」
リーリエは、ワクワクと目を輝かせている。こうして楽しみにしてもらえると、作る身としても嬉しいものがある。私は「ふっふっふー」と笑いながら、作った物を持って来た。
「今日は作ったのはね……お餅というものだよ!」
「おもち⁇」
私はもち米から作ったお餅を机の上に出した。その周りに、海苔や醤油、砂糖、きな粉が入った皿も並べる。
お皿の上に並べられた物を見て、みんなが首を傾げる。
「これは何ですか?」
「もち米から作ったお餅というものだよ。もちもちしていて、美味しいんだ」
ちなみに、アリシア様にヤキモチを焼いてから、本物の餅を食べたくなってしまったのは、内緒だ。
ヤキモチから餅を連想するなんて……、あまりにも食い意地を張りすぎてる気がするからね……。
「こうやって食べるんだよ」
私は切っておいたお餅を海苔で包んで、醤油につける。それを口元へと運んだ。
すぐにパリパリと海苔が音を鳴らした。そして、みょーんと伸びたお餅を食いちぎる。
「ん〜、醤油と海苔の風味がマッチしていて、美味しい〜〜」
海苔と醤油で食べると、おせんべいみたいな味わいだ。お餅はもちもちしていて、伸びもいいし、頑張って作った甲斐があったかも。
そう思っていると、みんな次々に見よう見まねでお餅を取り始めた。彼らは食べ始めると、すぐに歓声を上げた。
「うわぁ〜! すごい伸びますよ、これ!」
「初めて食べる食感です。もちもちしていて、柔らかくて……」
「これを米から作っているとは考えられないな……。やっぱり、ジゼルはすごいな」
「あはは、それほどでもないですよ。それより、他にも色々と味付けがあるので、食べてみて下さいね」
そう言うと、みんなそれぞれ興味のある味付けに挑戦し始めた。
私はさっそく醤油と砂糖を混ぜて、お餅につける。さっそく食べると、砂糖と醤油が混ざり合った、甘じょっぱい味が口の中に広がった。
海苔と醤油もしょっぱくて美味しいんだけど、砂糖と醤油の組み合わせも、お餅自体の甘さと合っているんだよねぇ。
私が味わっていると、隣に座っていたリーリエが私の袖を引っ張った。
「きな粉も美味しいですよ、ジゼル様!」
「うん。今から食べてみようかな」
リーリエに促されて、きな粉も付けて食べ始めようとした、その時だった。侍女が大慌てで部屋に入ってきたのだ。
「失礼します!」
「どうしたんだ?」
「実は、来客がありまして……。今、こちらに向かわれていて……」
「どういうことだ?」
私達が混乱していると、部屋に二人の人物が入って来た。その人物は……。
「お姉様〜〜っ! 遊びに来ちゃったわ〜‼︎」
「ア、アリシア様⁈」
私に抱きついてきたのは、アリシア様だ。彼女の後ろには、呆れ顔のレオナルド様が手を振っていた。
「どうされたんですか⁈」
私が聞くと、レオナルド様が苦笑しながら答えた。
「アリシアが寂しくなってしまったらしくてな。それに……私も君に会いたくなったから、ここに来たんだ」
レオナルド様の言葉に、アベラルド様がピタリと動きを止める。そして、おもむろに口を開いた。
「ジゼルのことは、諦めたのではなかったですか?」
「ああ、そのつもりだったんだが……。まあ、そんなに簡単に諦めがつくわけがないからな」
レオナルド様は、私を見て微笑んだ。
「想っているだけなら、自由だろう?」
その言葉に驚いて身を固くしていると、アベラルド様が私を隠すように、レオナルド様の前に立ちはだかった。
「ジゼルのことは渡しませんから」
「私も、しばらくは諦めるつもりはないからな」
二人はバチバチと火花を散らしている。すると、私の横にいるリーリエが呟いた。
「私も、ジゼル様の“姉妹枠”を王女様に取られないようにしなくちゃね……!」
「どこで張り合ってるんですか」
リーリエとレンドール君の会話に思わず笑っていると、アベラルド様の向こう側からレオナルド様が顔を出した。
「それから、父上からジゼルへの伝言だ。公爵邸近くに酒蔵の設置の準備は進んでいるから、安心してくれ、とのことだ」
「本当ですか! ありがとうございます!」
「ああ。酒作り、頑張ってくれ」
「はい‼︎」
レオナルド様からの報告に、心の中でガッツポーズをする。これで日本酒を量産していく準備が進みそうだ。
「そうだ。せっかくなので、お二人もお餅を食べていかれますか?」
「お姉様の料理! 嬉しいわ!」
「ぜひ、いただきたいな」
そう言って、アリシア様とレオナルド様もお餅を手に取り始めた。
みんなが美味しそうに食べている姿を見ながら、お酒を飲む。すると、充足感で胸がいっぱいになっていくのを感じた。
そんな私を見て、クスッとアベラルド様が笑った。
「ジゼル、嬉しそうだな」
「はい。お酒の製造も進みそうですし……。それに、こんなに沢山の人と一緒に飲めるなんて、公爵家に来るまでは考えられないことでしたから」
私の言葉にアベラルド様は、柔らかく微笑んだ。
「そうか。でも、これからは、ずっと一緒に飲めるからな」
「はい!」
アベラルド様が前に言ってくれた、「これからもっともっと幸せになっていく」という言葉を思い出す。
彼の言う通り、これからも嬉しいこと、幸せなことが、どんどん増えていくのだろう。そして、そんな私の未来には、いつだって隣にアベラルド様がいるのだ。
私は、これからの未来を想像して、幸福感に包まれながらお酒を飲んだ。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました!
2巻を発売することができ、再びこの場でお会いできたのは、応援して下さった皆さまがいるからです。重ねてになりますが、お礼申し上げます。
web連載は一旦終了いたしますが、「聖女晩酌」はコミカライズ版が連載中です。素晴らしいコミカライズになっていますので、そちらも楽しんでいただけたら嬉しいです!(2話更新は8月8日です)
それでは、再びどこかで皆さまとお会いできたら嬉しいです!
また、新連載も投稿いたしました!
『婚約破棄されてからの2年間の記憶を失いました。〜目覚めたら見知らぬ騎士様(自称夫)に溺愛されていたのですが、2年の間に何があったんですか?〜 』(https://ncode.syosetu.com/n0120kw/)
全12話完結済みでサクッと読める溺愛ものになっているので、もしよろしければ読んで下さると嬉しいです。




