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第32話 名前




「うぅ……っ、やっぱり殿下はジゼルのことが好きだった……」


 さっきまでのかっこいい公爵様はどこに行ったんだろう……。


 レオナルド様からの話が終わり、部屋に戻った私達は晩酌を始めたんだけど……。

 いつもの如く飲み過ぎた公爵様が、泣き始めてしまった。

 本当に、私を連れ出してくれた公爵様のかっこいい姿はどこへやら。まあ、そんなところも含めて好きになったんだから、仕方がない。


 不安にさせちゃったのは、私の方だしね。


「公爵様、大丈夫ですよ。ちゃんと断りましたし、これ以上は何もありませんから!」

「それならいいが……」


 そこで、公爵様はぐいっとお酒を煽った。ああ、それ以上飲まない方が……っ!


 そう注意しようとすると、公爵様の方が先に口を開いた。


「それでも、悔しかったんだ」

「何がですか?」

「殿下に先を越されたから……」

「?」


 私が首を傾げると、公爵様は懐から平たい箱を取り出した。それをそっと私の前に置く。


「これは?」

「開けてくれ」


 公爵様は、恥ずかしそうに顔を片手で隠している。手の隙間からは公爵様の赤い顔が見えた。


 何だろうと思いながら、箱を開けると……。


「ネックレス?」


 箱の中には、小さな水色の花のネックレスが入っていた。花の中央には小さな宝石が施されている。

 予想外の物に、私は驚きながら公爵様を見た。


「これ、どうしたんですか⁈」

「……ジゼルが写真館で可愛いと言っていたネックレスと似たものを、一昨日、王都で探してきたんだ。これを買うより、酒とかの方が喜ぶかとも思ったんだが」

「……」

「こういうのを渡したことないなと思って、プレゼントしたいって思ったんだ……」


 そこで、公爵様はぐっと顔を歪めた。


「なのに、殿下は先にジゼルにドレスをプレゼントしていて、俺は……っ」


 そして、再びお酒を飲もうとしたので、私は彼の手を慌てて止める。


「わー、それ以上は飲まないで下さい!」

「うぅ……」


 公爵様がグラスを置いたのを見て、ほっと息を吐く。今日の公爵様は、ちょっとだけ危なっかしい。


 私は再び、手元のネックレスに目を落とした。本当に可愛くて、ふふっと自然と笑みが漏れてしまう。


「嬉しいです。私のこと考えてくれたんだなって伝わって……すごく幸せです」

「でも、殿下の方が豪華だった……」

「もう! こういうのって、値段とかじゃないんですよ! 誰からもらったか、どんな気持ちが込もっているかが大切で……」


 公爵様からもらえたから、私のことを考えてくれたから、こんなにも胸がいっぱいになるんだ。


 私は、公爵様の気持ちに何かお返ししたくなって、口を開いた。


「公爵様、何かして欲しいことってありますか? 私、お礼に何でもしますよ!」


 公爵様の好きなおつまみでも何でも作ります、と私は笑った。その言葉を聞いた瞬間、公爵様は動きを止めた。


「何でも、か?」

「はい。何でもです!」

「本当に何でもいいんだな?」


 何度も念を押す公爵様に、私は力強く頷く。すると、公爵様は少し迷った素振りを見せた後、そっと口を開いた。


「それなら……名前で、呼んで欲しい……」

「名前ですか?」


 予想外のお願いに驚く。確かに公爵様のことを名前で呼んだことってなかったけれど……。


「殿下のことを名前で呼んでいたから、俺のことも名前で呼んで……くれないか……?」


 公爵様が不安そうに、私を見つめている。


 その時、私は、少し前に公爵様の名前を呼んでいるアリシア様を見て、嫉妬していたことを思い出した。


「そういえば、私もアリシア様みたいに公爵様のことを名前で呼びたいって思ってたんでした」

「そうなのか?」

「はい」


 同じ気持ちになっていたんだと、私は笑って頷く。


 最初は「飲み友達」だった関係。そこからゆっくりと近づいていく私達の距離が、くすぐったくて、嬉しくて……。


 私は、そっと「アベラルド様」と名前を呼んだのだった。

明日、エピローグを投稿します!

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