第31話 告白
次の日。隣国の国王夫妻は、無事グレンティ王国へと帰って行った。
国王夫妻を見送ったことで、王宮内の張り詰めていた緊張感は解けて、全体的にゆるい空気が流れている。
そんな王城の雰囲気中、私は殿下から話があると言われたので、指定された時間に応接室へと向かった。
ちなみに、公爵様も一緒である。
「付き合ってもらっちゃって、すみません」
「いや、ジゼルが申し訳ないなんて思う必要はない。俺がついて行きたかったんだから」
公爵様はいつになく力強く言い切った。
しばらく公爵様と一緒に応接室で待機していると、扉が開かれて、レオナルド様が部屋に入ってきた。
彼は公爵様の姿を見た瞬間、深くため息を吐いた。
「はぁー……。アベラルドもいるのか」
「当たり前です。ジゼルと殿下を二人きりにするわけにはいきませんから」
「過保護すぎないか?」
「妻のことは大切にしたいので」
また二人の間に火花が散ってる気がする。私がハラハラしていると、レオナルド様はふいと公爵様から視線を外した。
「……まあ、いい。アベラルドと言い争っていても仕方ないし、今はジゼルと話をしに来たんだから」
レオナルド様は私と向き合った。
「ジゼル。今回の国王夫妻への料理提供のこと、改めてお礼を言いたい。国王夫妻からの急なリクエストにも答えてくれて、感謝しかない。本当に君に料理を頼んで、よかったと思っている」
「こちらこそ、ありがとうございました。貴重な体験をさせてもらいましたし、新しいことを沢山知ることが出来ました」
「ジゼルは仕事に前向きで意欲的だし、私の方こそ君から学ばせてもらうところが多くあったと思う。それに」
そこでレオナルド様は、クスッと笑った。
「それに、君と一緒にいると楽しくて、あっという間に時間が過ぎていったんだ」
「そうなんですか?」
「ああ。君は優しくて、面白くて、目が離せない女性だ。こんな感情を抱いたのは初めてのことで、最初は戸惑ったが……」
レオナルド様の言わんとしているところが分からず、私は首を傾げる。
その間もずっと彼は優しく私を見つめていた。そして。
「途中から、私は君に惹かれているということに気づいたんだ」
「?」
「ジゼルのことが好きだ、ということだ」
レオナルド様の言葉の意味を飲み込むのに、数秒がかかった。そして、その意味を理解した時、私は驚いて叫び声を上げてしまった。
「ええええええええ⁉︎」
嘘でしょう⁈ レオナルド様が私を好き?
今までそんな素振りなんて一度も見せたことな……いや。よくよく考えれば、そんな素振りもあったか……?
私がぐるぐると思考を巡らせていると、レオナルド様は真剣な表情で、私に手を差し伸べた。
「君がアベラルドと夫婦関係にあることは承知している。だが、あえて言おう。私を選んでくれないか」
「そ、そんな……」
「ちなみに、我が国の資金は潤っている。私に嫁げば、公爵家以上の贅沢が出来るぞ」
そういうのは、あんまり興味ないかな……?
そう思っていると、すかさずレオナルド様は言った。
「あと、酒も飲み放題だ」
「飲み……放題……⁈」
「ジゼル⁇」
公爵様がジト目でこちらを見ている。
ち、違いますから! 一瞬、飲み放題という言葉に目が眩んだだけですから……!
私はゴホンと咳払いをして、口を開いた。
「レオナルド様。気持ちを伝えて下さって、ありがとうございます」
緊張で、手が震えそうだ。「どう伝えたら彼を傷つけないか」を考えながら、私はゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
「レオナルド様の気持ちは嬉しいです。でも……」
私はレオナルド様に頭を下げた。
「でも、ごめんなさい。私は公爵様が好きなんです。一緒に飲んでいて楽しいと思うのも、手を握って幸せな気持ちになれるのも、そばにいて安心するのも、全部、公爵様だけで……。私にとって、公爵様以上の人はいないんです」
「……」
「だから、ごめんなさい。レオナルド様の気持ちには応えられません」
誠心誠意気持ちを込めて、頭を下げる。
彼の気持ちに応えられない以上、彼を傷つけないということは、不可能だと思う。だけど、なるべく彼が未練を残さないで済むように、ハッキリと伝えた。
祈るような気持ちで頭を下げていると、ふっとレオナルド様の笑う声が聞こえた。
「そんなに申し訳なさそうにしなくていい。ジゼルがアベラルドのことを想っているのは知っていたのだから」
「レオナルド様……」
「ただ、今回気持ちを伝えたのは、私にとってケジメみたいなものだ。聞いてくれて感謝する」
彼の優しい言葉にどう答えていいか分からず、オロオロしてしまう。すると、私を庇うようにして、公爵様が間に割って入ってきた。
「話は終わりましたか?」
「ああ、終わった。アベラルドもすまなかったな。私の話に付き合わせて」
「いえ。それより、もう妻も疲れていますので、失礼したいと思います」
公爵様はレオナルド様の許可を待たずに、私の手を握った。そして。
「それから、俺もジゼル以上の女性はいないと思っています。俺だって、ジゼルを殿下に渡すつもりはありませんから」
「……」
「それでは、失礼します。……ジゼル、行くぞ」
「は、はい」
公爵様は私の手を引っ張って、その場から連れ出してくれたのだった。
そのまま公爵様の手に引かれて、私は部屋へ戻る道を歩いていく。やっぱり私には公爵様しかいないなぁ、と思いながら。




