第29話 トラブル発生⁇
「実は、国王夫妻にジゼルの話をしたんだ。斬新で新しい料理を次々に開発している聖女が、今晩の料理の担当ということをな。そしたら……」
「そしたら?」
レオナルド様は持っていた紙袋の中から、先が尖った棒状の食材を取り出した。
「国王夫妻はその聖女の腕前を見たいと、“この食材”を使って、見たことない料理を作って欲しいとおっしゃったのだ。急な料理の変更は難しいともお伝えしたのだが、あちらの要求を無下にも出来なくてな……。本当にすまない」
レオナルド様は、本当に申し訳なさそうに頭を下げた。
皆で恐縮しながら、「大丈夫ですよ」と伝える。
そして、改めてレオナルド様が取り出した食材をよく見てみた。先の尖った植物のような食材……これって、タケノコじゃない?
私が前世の記憶からそう確信していると、一人の料理人さんが首を傾げた。
「これって、何ですか? 俺は見たことがないのですが……」
「グレンティ王国から持ってきたらしい。山の中に位置するグレンティ王国では、よく採れるらしいが……」
「あぁー……。うちでは出回ってないから、どうやって調理すればいいのか分からないですね……」
「そうだよな。多分、これからグランディ王国はこれを他国に輸出していきたいと考えているのだろう。そのために、こちらの反応を見ているだけとも考えられる」
なるほど、とレオナルド様の言葉に頷く。
隣国の国王陛下は、新しい特産品を売ることで新たな資金源が欲しいのだろう。あわよくば新たな料理方法を得て、それと一緒に広めたいとも考えているのかもしれない。
それにしても安心した。タケノコなら、私でも料理ができそうだから。
しかし、すぐにレオナルド様はタケノコを持ってきた袋の中に仕舞ってしまった。
「お騒がせしてすまなかった。国王夫妻には、調理は難しいと伝えておこう」
「ちょっと待って下さい!」
私が慌てて引き止めると、皆の視線が一気に私に集まった。
「私、これの調理ができるかもしれません」
「本当か?」
「はい。少しお時間をいただければ、今すぐに考えます」
「時間は大丈夫だ。この食材で料理を作ってもらえるなら、いくらでも待つと言ってもらえている」
「分かりました。少々お待ち下さいね」
そう言って、私は思考を巡らす。思い出すのは、前世の記憶だ。美味しいタケノコ料理はたくさんあったはずだ。
タケノコのバター炒め、タケノコの土佐煮、タケノコご飯……。
あぁぁあ、どれも美味しそう……じゃなくて。
えぇと、国王夫妻の要求は、「見たことない料理を作って欲しい」だったはずだ。お米は初めて食べるはずだから、タケノコご飯なら「見たことない料理」に該当するかな。
うーん。でも、コース料理の中には既に「ちらし寿司」が組み込まれている。ご飯ものを二つ提供するのは良くないだろうし、今からメニューを変えるのも大変だ。
一品おかずが増えるくらいがいいよなぁ……。
とりあえず、私は今ある食材で何を作れるかを確認するために、冷蔵庫の中を開いた。
冷蔵庫の中には、色々な食材が入っている。少し多めに仕入れておいた海鮮。それから、私が野菜チップスを作った時に余った、カボチャ、レンコン、サツマイモなどの野菜たち……。
その瞬間、王都を観光した時に「占いの口」で『仕事:受難あり。かつての自分を信じよ。』と言われたことを思い出した。
かつての自分……つまり前世の自分ってこと?
そういえば、今世のこの世界では揚げ物文化が根付いていなかった。それなら、今ある食材を使って……。
「すみません! 卵と小麦粉と油ってありますか?」
「は、はい! 卵は冷蔵庫の中にあったはずです! 小麦粉と油は持ってきますね!」
「ありがとうございます!」
そう言って、一人の料理人さんが厨房の奥へ小麦粉と油を取りに行ってくれた。
「ジゼル、出来そうなのか?」
「はい。任せてください!」
さっそく卵と小麦粉と冷水を混ぜて、衣となる部分を作る。混ぜ終えたら、そこへ海老や野菜、タケノコなどをつける。
最後に熱した油の中に投入して、食材が充分に揚がったら……。
「完成しました、天ぷらです!」
「天ぷら⁇」
私が完成させた料理を見て、一同首を傾げる。
「多めに作ったので、皆さんで少し味見してみて下さい」
「おぉ! いいんですか⁈」
「もちろんです。レオナルド様も、醤油や塩など付けて食べてみて下さい」
「分かった。味見させてもらうぞ」
ついでに私も、タケノコの天ぷらを味見することにした。
タケノコの天ぷらを一つだけ取って、醤油につけてから、口に入れる。その瞬間、サクッと軽快な音が鳴った。
「ん〜、タケノコの風味が柔らかで、美味しいです。衣もサクサクしてますし、これは成功……ですかね?」
「……」
皆が黙ってるから、段々と不安になってきた。もしかして、美味しくなかったかな……?
そう思って様子を窺っていると、一人の料理人さんが口を開いた。
「成功なんてものじゃないですよ……」
「え?」
「こんなに美味しいもの、大成功に決まってるじゃないですか‼︎」
料理人さんはカッ目を開いて、力説を始めた。
「この食材の爽やかな風味と、それを邪魔しない程度に味付ける醤油の味。甘い卵を使ったサクサクとした衣がベストマッチしています! つまり、大成功。最っ高ですよ!」
彼の言葉に他の料理人さん達も頷く。
「俺が食べたのは、カボチャでしたが……これもカボチャの甘みがそのまま活かされていて、とても美味しいです」
「海老も、ぷりぷりした食感と衣のサクッとした食感が合わさって、クセになってしまいそうですねぇ」
皆がそれぞれ食べた天ぷらの感想を言ってくれる。あと必要なのは、レオナルド様の許可だけだけど……。
レオナルド様は皆の視線を受けて、すぐに頷いた。
「私も美味しいと思う。食材に衣をつけるのが斬新だし、国王夫妻もきっと見たことがないだろう。よく、こんなものを咄嗟に思い付いたな」
「た、たまたまですよ。……それじゃあ、これを追加でお出しする方向で作りますね!」
「ああ、よろしく頼む。今回はイレギュラーもあったし、国王夫妻も待ってくれるだろうから、そんなに焦らなくても大丈夫だからな」
「はい。お気遣い、ありがとうございます」
そう言って、レオナルド様は国王夫妻の元へと戻って行った。私達は再び作業を開始した。
けれど、さっき味見したタケノコの天ぷらの味が忘れられなくて、何というか……。
「天ぷらをつまみに、お酒が飲みたいなぁ……」
「ダメですよ、ジゼル様⁈ みんな、お酒を早く隠せ!」
「ちょ、本当に飲まないですって! 言ってみただけですし、そこまで呑んべえじゃないですから!」
私が慌てて言うと、皆からドッと笑いが起こった。
「ほら、国王夫妻をお待たせしてるんですから、早く作りますよ」
「はい。そうですね」
「その後に飲みましょう」
「飲むのは決定なんですね……」
少し予想外の事件もあったけれど、その後は和やかな雰囲気でコース料理を作ることが出来たのだった。




