第28話 国王夫妻の到着
隣国の国王夫妻にお出しするコース料理のメニューが決まったので、私と王城の料理人さん達は、当日お出しする料理の練習に明け暮れた。
そして、当日の動きの確認や料理の担当の振り分けなど、最終調整が終わり……。
いよいよ、隣国の国王夫妻が我が国を訪れる日がやって来た。
その日の天気は快晴。歓迎の意を表すために、城下町は豪華に飾り付けられ、街中は賑わいを見せていた。
私は公爵様と一緒に、王城の中から城下町を見下ろしていた。
「ジゼルは、ここでのんびりしていても大丈夫なのか?」
「はい。料理をお出しするのは明日ですし、今日は時間に余裕があるんです」
食材や当日の動きなどの最終確認は必要だろうけど、料理の練習もする必要はないし、今日は多少ゆっくりしていても大丈夫だろう。
今日は、担当の料理人さん達とは集合の時間を決めていて、それまでは自由時間にしているから、何も問題はない。
「とりあえず、お出迎えする国王夫妻を一目だけでも見ておきたいんです」
相手の顔を知らなければ、料理を作る時にイメージをしづらいし、モチベーションの低下にも繋がる。やっぱり遠目からでもお顔も確認しておきたいのだ。
私の言葉に公爵様が頷いた。
「なるほどな。そういうことなら、俺も付き合う」
「ありがとうございます!」
一人で待機するのも寂しかったので、公爵様がいてくれるのはありがたい。
「緊張してるか?」
「あんまりかもです。私は国王夫妻と話す予定はないですし、いつも通り料理をするだけですから」
「それは頼もしいな」
どちらかと言うと、アリシア様やレオナルド様を公爵領に迎え入れる時の方が緊張したかな。あの時は、イーサン家の妻として歓迎する必要があったし、初めての王族とのご対面だったから。
「だが、国王夫妻がジゼルの料理を気に入って、ジゼルに会いたいと言ってきたらどうする?」
「あはは、そんなことあり得ないですよ〜」
「分からないぞ。ジゼルの料理は美味いからな」
「褒めても何も出ないですよ〜。あ、作り置きしておいた野菜チップスいります?」
「出るのか……」
私達は野菜チップスを食べつつ雑談をしながら、隣国の国王夫妻の到着を待った。
やがて、港町の方面から続く大きなレンガ道に、いくつもの馬車がやって来た。
連なった馬車の中で、一際豪華で大きな馬車が走っている。
それを指さして、公爵様が口を開いた。
「あの中に国王夫妻がいらっしゃるだろうな」
「なるほど。あ、野菜チップスもう一枚いりますか?」
「いる」
公爵様が指差した馬車が王城の前で止まると、馬車の扉が開かれ、二人の男女が出て来た。あれが隣国の国王夫妻なのだろう。
代替わりをしたばかりだという国王夫妻は、遠目から見ても分かるほど、若々しい。
大体、二十代後半くらいだろうか。確かに、我が国の国王陛下より、レオナルド殿下との年齢の方が近そうだ。
「国王ご夫妻は、服装からもかなり気合が入っているようだな。……この野菜チップス、サクサクしていて美味いな」
「遠目からでも高価な服を着ているのが分かりますね。……ありがとうございます。野菜を薄く切って、サクッと揚げてますからね」
馬車から出てきた国王夫妻を、レオナルド様とアリシア様が出迎えている。
レオナルド様が何か話すと、すぐにお互いに親愛のハグをし合っていた。
「なるほど〜。あんな感じで出迎えるんですね。勉強になりました」
「料理は作れそうか?」
「はい。遠目からですけど、お顔を見ることが出来ましたし、バッチリ作れそうです」
私はにっこりと笑った。
「それじゃあ、私はもう行きますけど……。公爵様もこの後はお仕事ですか?」
「いや、この後は王都を見て回る予定だ。ここで出来る仕事は片付いたからな」
「そうなんですね。何か用でもあるんですか?」
「いや……少しだけな」
公爵様は言葉を濁したので、結局、何の用があるのか分からなかった。
その後、私は公爵様に「頑張れ」と応援してもらって、厨房へと向かった。
そして、次の日。いよいよ料理をお出しする日になったので、私達が使っている厨房は大忙しだった。
わらび餅は前日から仕込んでおいたので、今から作るのは、デザート以外の料理である。まず私は潮汁を作るために魚介類を鍋で煮始めた。
足の早い生魚を使う、ちらし寿司の魚はギリギリで捌くとして……、先にお米だけ炊いてしまう。
ちなみに隣国の国王夫妻は、レオナルド様に連れられて王都を観光中である。
観光が終わって王城に戻ってきたら、歩いてお腹が空いているであろう国王夫妻に、すぐに料理をお出しする予定だ。
スムーズに料理を提供できるように、国王夫妻が戻ってくるまでに、下準備を終わらせておく必要がある。
「ジゼル様、一番初めにお出しする“あんかけ豆腐”作り始めちゃいますか?」
「そうですね……。もう時刻も夕方を過ぎましたし、そろそろ国王夫妻も戻って来る頃でしょうから、作り始めましょう」
私達は前日に確認した通りに作業を進めた。そして、使用人さんから、国王夫妻が王城に戻ってきたという報告を受けた。
「じゃあ、私はお造りとしてお出しするお刺身用の魚を捌き始めますね」
「はい。お願いします! 俺はあんかけ豆腐を完成させちゃいます」
「俺は潮汁をもう一度煮ますね!」
お造りは四番目にお出しするから、今から準備を始めた方がいいだろう。ということで、私はお刺身に使う魚を捌き始めた。
包丁を使って、魚を三枚おろしにしていく。小骨を抜いて、皮を剥いて、刺身サイズに切ったら、完成である。
「よし」
刺身の盛り合わせが完成して、顔を上げると、厨房の入り口付近が騒がしいことに気づいた。
魚を捌くのに集中していて気付かなかったけれど……、何かあったのだろうか?
私は厨房の入り口に向かったところ、そこにいたのは……。
「どうしたんですか?」
「ジゼルか。準備中なのに、本当にすまない」
「レオナルド様⁇」
そこにいたのは、国王夫妻を歓待しているはずのレオナルド様だった。彼は申し訳なさそうな顔をしている。それに、どこか困っているようにも見えて……。
「どうされたのですか?」
「実は、困ったことになってな……」




