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幕間 ライバルの気持ち





 夜を迎えた、王城のとある一室にて。私、レオナルド・アーサーは、妹のアリシアと向かい合っていた。

 アリシアは誰かに話を聞いて欲しかったようで、私の部屋に来てから、ずっとマシンガントークを繰り広げ続けていた。


 アリシアの話題は、ただ一つ。今、王城にやって来ている、イーサン家の妻・ジゼルについてである。


「それでね、お姉様の作った料理を味見させてもらったんだけどね」


 彼女は頰をピンク色に染めて、嬉しそうにジゼルのことを語っている。

 しかし、私にはアリシアとジゼルの関係について、気になることが一つだけあった。


「……アリシア」

「何かしら、お兄様?」


 私が口を挟むと、アリシアは言葉を止めて首を傾げた。


「なぜ、ジゼルのことをお姉様と呼んでいるのだ? お前はジゼルと血縁関係でも何でもないだろう」


 そう、アリシアがジゼルのことを「お姉様」と呼ぶ件についてだ。


 酔っていたアリシアをジゼルが介抱したことで、アリシアが懐き始めたことは知っているが……。なぜ、お姉様と呼ぶ必要があるのか?


「あら、そんなの分かりきったことじゃない」


 アリシアはふふっと笑った。


「ジゼルお姉様のことを大好きになってしまったからよ。わたくし、お姉様と少しでも近しい関係になりたいの。わたくしはお姉様に本当に許されないことをしたと思うわ。でも、お姉様はこんなわたくしにも優しくしてくれたわ。あんなに優しい人なんて、家族以外で他にいないもの」

「……」

「お兄様だって、ジゼルお姉様の優しさを知っているでしょう」

「……そうだな」


 アリシアの言葉に、静かに頷く。


 意地悪をしていたアリシアを助けたり、寝落ちしていた私に毛布を届けようとしたり……、確かに彼女は優しい女性だ。


 アリシアとは意味の違う気持ちだろうが、私だって、ジゼルと「少しでも近しい関係になりたい」と思っているのは変わらない。


 しかし、彼女にはアベラルドがいる。二人は妻と夫として支え合っているようだし、彼らが想い合っているのは、一目瞭然なことだ。

 そんな二人の間に割って入る隙はないだろう。


 その事実が、私の胸を強く締め付ける。こんな気持ちになったのは、初めてのことだった。


 一体、いつからこんな気持ちを抱くようになってしまったのか……。私は彼女と初めて会った日のことを思い出し始めた。




 彼女の初めの印象は、「アリシアから聞いていた話と違う」だった。


 彼女と初めて会った時のことは反省している。アリシアの話を鵜呑みにしていたわけではないが、彼女を判断するために、無理を言って仕事の見学をさせてもらったのだから。


 最初は彼女の正体を見極めようという思いだった。


 しかし、仕事中に見た実際の彼女は、謙虚で明るく、そして何より、面白い女性だった。


 平民と親しげに話していたり、元誘拐犯を直々に雇ったり(しかも懐かれている)、お酒の話になるとすぐに目を輝かせたり……。


 彼女が開発したという「お寿司」という料理も、初めて食べる味で衝撃を受けたのを覚えている。


 昔から面白いものが好きな私は、すぐに彼女に興味を引かれてしまった。


 それが、最初のきっかけだったと思う。


 次のきっかけは、アリシアが事件を起こした後のことだ。


 アリシアがジゼルを殴ろうとした事件。このことで、アベラルドはひどく怒っていたし、その怒りは至極真っ当なことだ。私は謝罪をして、すぐに公爵家を退却するつもりだった。


 しかし、ジゼルは自分のことよりも、アリシアのことを気にかけていた。

 そして、酔っ払ってしまったアリシアを介抱して、彼女を許すようにアベラルドを説得したのだ。

 この行動には驚いた。自分を害そうとしてきた人間を庇うなんて、信じられないことだった。


 この時から彼女は優しい女性なのだと意識するようになったのが、二つ目のきっかけだ。


 そして、彼女の説得おかげで、私達は公爵家に残って視察を続けることが出来た。

 ちなみに、この一連の出来事によって、アベラルドが妻のお願いに弱いということがよく分かった。


 視察の間は、公爵家当主の妻としての彼女と接する機会は多く、彼女の料理も食べる日がたくさんあった。

 だからだろうか、王城に戻った時に、彼女の料理と笑顔が恋しくなってしまったのだ。


 そこで、私が担当していた、隣国の国王夫妻を迎える準備の手伝いをしてもらおうと考えた。

 ちょうど、国王夫妻を迎えるに当たって何かインパクトが欲しいと思っていたところだった。ジゼルの料理は面白いものが多いし、隣国の国王夫妻にもウケるだろうと思い、すぐに父上に相談した。


 もちろんだが、彼女を起用したのは、個人的な私情だけが理由なわけではない。

 ジゼルの料理の腕は確かだし、いつも珍しいものを作っているからインパクトもある。彼女を料理の担当にするのは、最適だろうと、きちんと考えた上での行動である。

 私とて私情と仕事は、しっかり線引きしているつもりだ。


 そして、彼女は王城に来てくれた。


 彼女と共に仕事を進めるのは、すごく楽しいことだった。彼女自身にやる気があったし、責任感もある。豊富なアイディアとたくさんの料理で、いつも私に驚きをもたらしてくれた。


 だから、私は忙しい合間を縫って、彼女のいる厨房へと通っていた。

 その頻度は、アリシアに「お兄様通いすぎじゃない? わたくしだってお姉様に会いたいところを我慢してるのに」と嫉妬をされてしまったほどだ。


 そんなある日、彼女は私が「寝不足なのではないか」と気にかけてくれた。

 ちょうど、国王夫妻を迎える準備が佳境に入り、寝る時間を削って確認作業に取り組んでいる時のことだった。

 彼女の言葉に驚くと同時に、気にかけてくれたのだと嬉しい気持ちが込み上げてきてしまった。

 その日の疲れもあったと思う。

 私は、つい『ここに度々来るのは、君に会いたかったからだと言ったら、どうする?』と口を滑らせてしまったのだ。


 自分の本心を吐露してしまったことに後悔をして、すぐに誤魔化したが……。


 この頃には、私の気持ちが彼女に傾いていることに気づき始めていたと思う。


 最後のきっかけは、彼女と一緒に晩酌をした時だ。


 私は疲れに限界を迎えて、王城の一室で無防備にも寝落ちしてしまっていた。彼女はそんな私を気にかけて、毛布と食べ物を持ってきてくれた。

 その様子があまりに必死で可愛くて……、つい、一緒に晩酌をしようと誘ってしまった。多分、いつも晩酌をしているというアベラルドへの嫉妬の気持ちもあったと思う。


 「友好の証に」という私の言葉を聞いた彼女は、喜んで頷いてくれた。


 柄にもなく緊張していた私は、ついつい飲み過ぎてしまっていたのだろう。酒の力もあって、私は王子としての不安を吐露してしまった。王子としての責任と重圧、プレッシャー。面白くもない私の話を聞いた後に、彼女は言ってくれた。

 

『殿下は抱えすぎな気がします。もっと周りを頼ってもいいんじゃないですか』


 王子として頼りある存在であることを求められている私にとって、そんな風に言ってくれる存在は初めてだった。


 その瞬間、私にとって彼女は唯一無二の存在になってしまった。そして、自分の気持ちに蓋をして、誤魔化すのは、もう無理になってしまった。


 彼女には相手がいるとか、そもそも彼女は私に興味などないとか、そういう考えは意味を為さなくなり、私はすっかり彼女に落ちてしまったのだ。


 勝ち目のない恋だ。だが、せめて何か一つでもアベラルドに勝てることはないかと考えて……。

 ジゼルはアベラルドのことを「公爵様」と呼んでいることを思い出した。彼女は夫であるはずのアベラルドを名前で呼んでいない。


 だから、私は彼女に「名前で呼んでくれ」と頼んだのだ。彼女と「少しでも近しい関係」になりたくて……。


「ねえ、ちょっとお兄様! 聞いてるのかしら⁈」


 アリシアの声にハッとする。

 しばらくの間、考えに耽ってしまっていたようだ。アリシアが頰を膨らませて、私を見ている。


「お兄様、今、聞いてなかったでしょう!」

「すまない。ぼうっとしていたようだ」


 まさかジゼルのことを考えていたとは言えまい。私が誤魔化すと、アリシアは途端に心配そうに眉を下げた。


「大丈夫? もしかして疲れているのかしら? それとも何か病気かしら?」

「いや……」


 否定しようとして、「ある意味、不治の病か」と考え直す。

 しかし、私は第一王子だ。いずれ、この気持ちには決着をつけないといけないだろう。


 とにかく、まずは隣国の国王夫妻の迎え入れを成功させなければならない。話はそれからだ。


 心配そうにこちらを見ているアリシアに、私は笑いかけた


「心配はいらない。覚悟を決めていただけだからな」

「覚悟?」

「ああ。私とて、このままで終わるわけにはいかないからな」


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