第26話 公爵様のやきもち
次の日。私と公爵様は、お互いの一週間を労うために、晩酌をすることにした。
「それでは、今日もお疲れ様です!」
「お疲れ様」
私達はグラスをぶつけ合って、さっそく日本酒を飲む。
今日のおつまみは、料理人さん達との顔合わせでも好評だった「コンビニお手軽おつまみセット」の柿ピー、さきいか、ビーフジャーキーだ。それに加えて、新たにきゅうりの浅漬けも作ってみた。
飲み始めた公爵様は、すぐに口を開いた。
「それで、国王夫妻にお出しする料理の方はどうだ? 順調か?」
「はい。おかげさまで、コース料理のメニューは決まりました」
コース料理として出す予定なのは、次の通りである。
食前酒 日本酒
先付け あんかけ豆腐
お吸い物 潮汁
お造り お刺身
煮物 鶏肉と卵の煮物
焼き物 鯛の塩焼き
強肴 茶碗蒸し
ご飯 ちらし寿司
甘味 わらび餅
何度か試作を重ねて、皆でメニューを決めた。最終的に殿下の許可ももらっている。
今は、この通りに作るつもりで料理の練習を重ね、当日の流れを確認しているところだ。
「本当によく頑張ってるな」
「いえ、そんなことないですよ」
私は首を横に振りつつ、柿ピーを食べ始めた。私を見て、公爵様も柿ピーを手に取って、口に入れる。
「お、この柿ピー? というやつ、かなり美味しいな。辛みがあって、クセになる」
「そうですよね!」
柿ピーと日本酒の相性は最高だ。しょっぱさと辛みのある柿の種と薄味のピーナッツは永遠に食べられるし、それをアテに飲むお酒が非常に美味しいのだ。
「私は柿ピーを6:4で食べるのが好きなんですよねぇ」
「なるほどな」
個人的には、柿の種6:ピーナッツ4で食べるのが好みの比率だけど、これは人によって好みが分かれるよね。
「公爵様はどうですか?」
「俺は味が濃い方が酒が進むから、8:2くらいがいいかもしれない」
「なかなか攻めますね〜」
私達は笑い合って、続けてさきいかをつまみ始めた。
「これは、何だ……? 初めて食べる味だが」
「さきいかですね! イカを干して作ったものになります」
そう言いつつ、さきいかを噛み締める。噛めば噛むほど、イカの味が沁みわたるのが最高だ。すっきりとした味わいの日本酒を一緒に飲んでいると、無限に食べられそうだ。
「な、なかなか噛み切れないな」
横を見ると、公爵様がさきいかと格闘していた。ちょっと面白い。
私は公爵様にアドバイスをするために、すかさず口を開いた。
「途中で噛み切るのは難しいので、思い切って口に入れちゃいましょう!」
「分かった」
公爵様は頷いて、食いちぎろうとしていたさきいかを口に入れた。しばらくモグモグと口を動かして、唸り始めた。
「これは、なかなかクセになる味わいだな……。何度も食べたくなるというか……」
「さきいかって食べ始めると、止まらないですよね」
しかし、何個も食べていると、口の中のイカの匂いが気になってくるというもの。
そこで、口の中をリセットするためにも、さっぱりとした浅漬けの出番なのだ。
「公爵様、浅漬けも美味しいですよ」
「おお、食べてみる」
浅漬けは、キュウリを切って、白だしで軽く揉んだものだ。
瑞々しいキュウリがさっぱりとした味付けにされている。塩っけがあるので、おつまみにも最適なのだ。
「これも、なかなか酒が進むつまみだな……っ」
「はい。シンプルなおつまみなんですけど、時としてシンプルなものが一番いいことがありますからね……」
料理に凝り始めると楽しいんだけど、結局、最後に戻ってくるのは、シンプルな味付けのものだったりする。これが王道で美味しいんだよねぇ、と。
「ビーフジャーキーも肉肉しくて、食べ応えがある。それに、独特の風味がクセになるな」
「これも美味しいですよね。おつまみの中でも干物系は最強ですから……」
これらを食べていると、前世のコンビニで仕事帰りに買っておつまみにしたのを思い出す。これらがあれば、無限ループで食べられるんだよね。
「どれも美味しかったが、俺はさきいかが一番好きだったな。魚を干すという視点が面白いし、新しい味わいだった」
「あはは、それレオナルド様も同じことを言ってました」
そう言った瞬間、ピタリと公爵様の動きが止まった。
そして、しばらくの沈黙の後、確認するようにそっと口を開いた。
「殿下も、同じものを食べたのか?」
「はい。そうですね……?」
「それに、名前で呼ぶようにもなってるな」
「そうですね。実は、頼まれまして……」
私はレオナルド様から名前で呼ぶように頼まれた経緯を軽く語った。
「……っていうことがあったんですよねぇ」
「……」
私が一連の出来事を語ると、公爵様は固まってしまった。
しばらく頭を抱えて、言葉を失っていた公爵様は、やがて言いづらそうに口を開いた。
「それは、殿下がジゼルのことを……。いや、それより、殿下と交流を深めるのはやめた方が……。いや、違うな。何でもない」
公爵様は何度も言い直した後、結局「何でもない」と結論を出してしまった。そして、しょんぼりとしたように、頭を抱えている。
私はそんな公爵様の顔を覗き込んだ。
「大丈夫ですか? 酔ってきましたか?」
「まったく酔ってない。酔ってないが……」
公爵様はじれったそうに、私を見つめた。その視線に、何かまずいことをしたのではないかと不安になってきた。
「何かダメなことでもありましたか……?」
「いや、ジゼルに落ち度はない。そもそも殿下と交流を深めることは、悪いことじゃないしな。ただ……」
公爵様は私の肩を持って、いつになく力強い口調で言った。
「ただ、少しだけ殿下には気を付けてくれ」
「わ、分かりました……」
私は戸惑いつつも頷いた。
公爵様、急にどうしたんだろう……?
何か拗ねているような表情をしているし……。
そこまで考えて、はたと気づいた。
そういえば、私も視察の時に同じような時期があったな、と。
「もしかして、ヤキモチですか……?」
「いや、俺はジゼルより年上だし、余裕のない感情は抱かない。ただ殿下と同じことを言っていたのかと驚いただけだ」
公爵様は、早口でそう言った。そして、何事もなかったかのように再び飲み始めたんだけど……。
一時間後。
「ヤキモチ焼いたに決まってる……っ」
公爵様はガンッとテーブルにグラスを置いた。
「たが、ジゼルの行動を制限したくないから、殿下と関わるななんて言えない……」
「言えない」と言いつつ、全部吐露しちゃってる公爵様。そんな彼に、私は必死に訴えかけた。
「だ、大丈夫ですよ! レオナルド様と私は何もありませんから!」
「それは分かってるが……。分かってはいるんだが……、うぅ……」
わぁ、久々に酔っ払って泣いちゃった公爵様だ。最近は気をつけて飲んでるのか、酔いすぎちゃうこともなかったのに。
多分、レオナルド様の話をしてから誤魔化すように沢山飲んでたから、今日は酔い過ぎてしまったのだ。
少しだけ責任を感じて、公爵様を励ましていると……。
「ジゼルお姉様! 遊びに来ちゃ……って何事なの?」
ノックと共に扉が開かれて、アリシア様が部屋に入ってきた。彼女は泣き声を聞いて驚くと、すぐに公爵様の姿を目にしてしまった。
「え? うわぁ……」
アリシア様がどん引きした表情で公爵様を見つめている。
酔っ払った公爵様を見た彼女の目は、どんどん冷めていくし、その間にも公爵様は「ジゼルと殿下の距離が縮まってる気がする……っ」と呟いちゃってる。
「まるで面倒臭い彼女みたいね」
「そ、そうですかね……?」
割と合ってると思ってしまった……。
「この相手をできるって、お姉様すごいわ。やっぱりアベラルド様にはお姉様しかいないということなのね……! 今、確信したわ!」
「あ、あはは……」
アリシア様は本気で言ってるようだし、吹っ切れるきっかけになったら、よかった……のか?
「それじゃあ、お取り込み中のようだし、私は退散するわね。また遊びましょうね!」
「は、はーい」
手を振って、アリシア様を見送る。
振り返ると、まだ公爵様は泣いていた。もう、仕方ないなぁ。
私は彼のそばに近寄って、そっと囁いた。
「公爵様、明日はお休みをいただけたんです。一緒に出かけませんか?」
「そう、なのか?」
「はい。王都デートです。公爵様と一緒に王都を回れたら、素敵だなって思うんですけど……どうですか?」
「……俺も素敵だと思う」
「じゃあ、決まりですね!」
私は公爵様との指切りをして、明日の約束を取り付けたのだった。




