第21話 国王からの頼み事
王城に到着して、私達はすぐに客室へと通された。その日は夜遅かったので、そのまま部屋で就寝。次の日、そこで国王に謁見するに相応しい服装に着替えて、国王のいる玉座の間へと向かうことになった。
公爵様のエスコートで玉座の間までたどり着く。すると、すぐに玉座の間の前で見張りをしていた衛兵によって扉が開かれた。
ガチガチに緊張しながら中へと入っていくと、視線の先に玉座に座る国王の姿が見えた。
玉座は目線の数段上に位置している。こちらからは少し見上げるくらいの高さにある場所に国王は座っていた。
公爵様は部屋の真ん中で立ち止まると、胸に手を当ててお辞儀をした。
「本日は王城へとお招きいただき、ありがとうございます。陛下にお目にかかることが出来、大変光栄です」
公爵様の挨拶を聞いて、国王陛下は柔らかく笑った。
「久しいな、アベラルド。そんなに堅くならなくて良い。隣にいるのは、妻か?」
陛下が私に視線を向ける。私はすぐにカーテシーをした。
「お初にお目にかかります。妻のジゼルと申します。本日はお招きいただき、ありがとうございます」
「おぬしも楽にしてくれ」
「はい。ありがとうございます」
そして、陛下は笑みを消して、前のめりになった。陛下の持つ雰囲気がガラリと変わり、私達の間に緊張感が漂った。
「今回、二人を王城まで呼んだのは、他でもないアリシアの件についてだ。視察から戻ってきたアリシアから何があったのかを聞いた」
アリシア様から平手打ちをされそうになったことを指しているのだろう。陛下は鎮痛な面持ちで頭を下げた。
「迷惑をかけて、本当に申し訳なかった。アリシアを視察に向かわせたのは、わしの判断ミスだった。本当にすまない」
陛下は頭を下げ続けている。その姿を見て、公爵様が口を開いた。
「妻が傷つけられそうになったこと、私は大変遺憾に思っております」
「アベラルドの怒りは、最もなことだ。王家として正式に詫びたい」
「……しかし、妻のジゼルは今回のことを許しております。むしろ王女様とのご縁を大切に、これからも関わっていただければ嬉しいと考えているようです」
公爵様が私に視線を送る。彼の言葉を受けて、私も口を開いた。
「夫の言う通りです。私はアリシア様のことで怒ってはおりません。どうか頭をお上げ下さい」
「……寛大な言葉、感謝する」
そう言って、陛下は頭を上げた。陛下が謝罪して、それを許したことで、私達の間には再び穏やかな空気が流れ始めた。
陛下は目を細めて、私を見た。
「おぬしは、アリシアやレオナルドに聞いていた通りの女性だな。謙虚で懐が大きく、慈悲深い女性だと聞いていたからな」
「え……?」
そんなことを報告されていたの⁈ と驚いてしまう。思わぬ過大評価に私は焦ったんだけど……。
「いい妻をもらったな、アベラルドよ」
「ええ。私には勿体無い女性です」
「……⁈」
すかさず、公爵様は堂々と言いきった。
私が公爵様の言葉に恥ずかしく思っていると、陛下は彼の言葉に吹き出してしまった。
しばらくコロコロと笑った後、陛下はニヤリとした。
「謙遜しないのだな。仲がいいようで、大変よろしい」
「はい。妻とは良好な関係を築いております」
「そうか。そんなお主には、数十年と続く夫婦生活を穏やかに過ごす秘訣を教えよう」
「ありがたいです」
何やら陛下と公爵様は雑談を始めてしまった。
「夫婦は、我慢と忍耐、それから歩み寄りが大切だ。あと、怒らせてしまった時は、すぐに謝ることだな。プライドなど捨てて平謝りをしなさい。これで夫婦生活は大体守られる」
「肝に銘じます」
公爵様が大真面目に頷いている。けど、そんなに公爵様に怒ることなんてないと思うんだけどな……。
いや、これから一緒に長く暮らしていけば、怒ることもあるのかもしれない。
例えば、晩酌の料理を大量に残すようになったり? 公爵様が晩酌をたびたびすっぽかすようになったり……? うーん。イマイチ想像がつかないな。
「さて。雑談はこのくらいにしよう」
陛下が再び、空気を真面目なものに戻した。
陛下は、声の高さや言葉の雰囲気によって、その場の空気を変えるのが上手い人だ。私は再び身を硬くした。
「今回、二人を呼び出したのは、謝罪をしたかったからだと言ったが……。実は、もう一つ目的があったのだ」
謝罪のみで終わると思っていたから、陛下の言葉に驚いた。でも、別の目的って何だろう?
「実は、我が国にはもうすぐ隣国のグレンティ王国から和平の証に王族が来訪することになっている。レオナルドが中心になって、その準備を続けているのだが……、まだ隣国の王族にお出しする料理が決まっていないんだ」
陛下はずいっと身を前に乗り出して、私を見た。
「そこで、ぜひおぬしに料理を頼みたいと思っているのだ」
「わ、私ですか……⁈」
思わぬ提案に驚きを隠せなかった。だって、隣国の王族に料理を提供するって、すごい大役じゃない……⁈
「おぬしには、提供する料理を考えて欲しいと思っている。今回、来訪する王族たちは、珍しいもの好きで有名だ。レオナルドから話を聞いた時、おぬしの米料理も気に入るんじゃないかと思ったのだ」
「……」
「もちろん、全ての工程をおぬしに任せるわけではなく、王城にいる料理人と一緒に料理をしてもらうつもりだ。レオナルドもサポートするし、隣国の王族を迎え入れるまでの間は王城での生活を保証しよう」
陛下は次々に条件を並べ立てて、最後に首を傾げた。
「さて。おぬしの気持ちを聞かせてもらいたい。どうだろうか?」
陛下の提案はありがたいことだし、光栄なことだと思う。けれど……。
「私がお役に立てるとは思いません。料理をすることは趣味の範囲を出ませんし、自分が特別に料理上手だとは思っておりません。確かに米料理は珍しいとは思いますが……」
私が断る方向性で話を進めようとすると、陛下は「ふむ」と頷いた。
「この話を受け入れてくれたら、何でも好きな褒美を与える、と言ってもか?」
「え?」
「元々、アリシアの一件があるから、何かしらを与えたいとは思っていた。それに、隣国の王族を迎える準備をするのは、大変な役目だ。それに見合うだけの褒美は用意したい」
「え……」
断ろうとしていた私は、言葉を止めて考える。陛下は「“何でも”好きな褒美を与える」と言った。
それなら、私が今一番欲しい「アレ」を用意してもらうことも可能なのかな……⁈
「どうだろうか?」
国王が問いかけてきたので、私は勇気を出して口を開いた。
「そ、それなら……、“酒蔵”を作っていただくことも可能でしょうか⁈」
「もちろん可能……ん? さかぐら⁇」
陛下は聞き間違いかと首を傾げた。私は勢いよく頷く。
「はい。お酒を作る酒蔵と人員が欲しいと思っていたのです。それでもよろしいですか……⁈」
私にも仕事があるし、一人で日本酒を作り続けるのは限界がある。いずれは日本酒を広めたいと思っているし、酒蔵が欲しいと思っていたところだったのだ。
私が目を輝かせて国王陛下を見上げていると、陛下は目を丸くさせた。そして、突然陛下は吹き出して、大笑いし始めた。
「あはははは! 酒好きとは聞いていたが、ここまで筋金入りとは! 実に面白いな、アベラルド」
「……妻は酒に一直線なので」
「あはははは」
公爵様は若干呆れ気味だし、陛下は笑い続けている。レオナルド殿下が笑い上戸なのは、陛下譲りなのかもしれないと思った。
私が少し恥ずかしく思いながら小さくなっていると、やがて笑い終えた陛下が口を開いた。
「おぬしの願いは、よく分かった。おぬしが望むままに酒蔵を用意しよう」
「本当ですか!」
「うむ。その代わり、隣国の王族を迎え入れるための料理の提供、引き受けてくれるか?」
「はい! お引き受けさせていただきます」
陛下はクスクスと笑って、公爵様に目を向けた。
「アベラルドの部屋も用意できるが、おぬしは領地の仕事に戻るか?」
「いえ。私は妻のそばにいます。領地の仕事をここでも出来るように、後で従者に書類を送らせます」
こうして、私達の予想に反して、しばらくは王城に滞在することになった。




