第18話 酔っ払いには、味噌汁と塩むすびを。
王女様は駄々っ子のように泣き喚いている。
「あべらるど様にきらわれたああああ、もうおわりだわああああ」
こんなに酷い酔い方してる人、なかなか見たことない……。でも、それだけショックだったってことだよね。
そう思いながら彼女に近づくと、彼女は急にピタリと言葉を止めた。そして、
「き、きもちわるい……」
と口を押さえた。これはヤバいやつだ。
「すぐに水を飲みましょう! キッチンへ行きますよ!」
「いやよ、あそこにはアベラルド様もお兄様もいるでしょう?」
「こんなこともあるかと思って、お二人にはキッチンから出て行くように伝えてあります。ほら、私に掴まって下さい」
「ううう〜」
彼女は半泣きになりながら、私の肩に捕まる。素直に従ってくれてよかったと思いつつ、彼女を支えてキッチンまで運ぶ。
魔法でグラスに水を出して、彼女に差し出した。彼女は無言でそれを受け取って、ゆっくり飲み始めた。
「大丈夫ですか?」
「……」
彼女は青い顔で首を横に振る。まだ気持ち悪いようだ。
何も食べない状態でお酒を入れたから、酔いやすくなってるはずだ。ここは、何かを食べてもらった方が酔いが覚めるかもしれない。
何か酔いに効く食べ物ってないかな?
アルコールを分解する時には糖質が必要で、米がいいって聞いたことがある。お米は今日のお昼用の残りを魔法で冷凍してあるから……簡単に塩むすびが作れるかな?
それから、塩分と水分補給も兼ねて、味噌汁を作ってみてもいいかもしれない。
ザ・和食の二品だけど、日本酒とも相性がいいだろうし、作ってみよう。
「ちょっと待ってて下さいね」
そう王女様に声をかけて、私は料理を始めた。
まずは味噌汁から始めた。豆腐とわかめを具として入れて、ぐつぐつと煮込む。
煮込んでいる間に米を解凍して、米と塩を混ぜる。手を水で濡らして、三角にぎゅっぎゅっと握れば、すぐに完成だ。
しばらくして、しっかり味噌汁も煮込み終わった。すぐにお椀によそって、おむすびと一緒に王女様に差し出した。
「らによ、これ」
「おむすびと味噌汁というものです。少しでも何か食べた方が酔いも覚めやすいですから」
「いいわよ、こんなの」
彼女は私の差し出したお皿を押し返そうとするが、すぐに彼女のお腹がきゅぅと鳴いた。
彼女はお腹を押さえて、顔を真っ赤にした。
「お腹空いてるなら、食べて下さい」
「……」
彼女は無言でおむすびと味噌汁を見つめる。しばらくすると、おむすびを手に取って、かぷりと一口食べた。
「……っ」
すると、彼女は再びポロポロと泣き始め、泣きながらおむすびにガッついた。
「どうですか?」
「うぅぅぅ、おいしいわよぉ」
「味噌汁もどうですか?」
「たっ、食べるに決まってるでしょぉ」
彼女は私から味噌汁を受け取って、ゆっくり啜り始める。味噌汁を食べる彼女を眺めていても仕方ないので、私も彼女の隣で味噌汁を啜り始めた。
温かい味噌汁の、味噌の味にほっとする。
その温かさが緊張をほぐしたのだろうか。王女様はポツリポツリと語り始めた。
「……初恋だったのよ」
「公爵様のことですか?」
彼女はコクリと頷く。
「わたくしは、昔、優秀なお兄様より出来損ないの王女で、周りから嘲笑されることが多かったの」
「……」
「もちろん、表ではみんながへり下った態度でわたくしに接するわ。だけど、裏では、みんなして“役立たずの王女”だって陰口を言っていたわ」
彼女はずずっと鼻を啜って、言葉を続けた。
ある日、彼女は陰口を言われてるところに出会してしまったらしい。
陰口を言ってる貴族たちは本人が聞いているのに気づかなくて、陰口を続け、王女様はその場で動けなくなってしまったそうだ。
「その時、アベラルド様が貴族たちを諌めてくれたの」
「公爵様、優しいですね」
「そうなの。“本人の努力も見ずに憶測で物事を言うのは良くない”って、年上の貴族たちに言ってくれたのよ? その姿がすごくかっこよくて、すぐに好きになっちゃったわ」
分かるなぁ。公爵様自身が「冷徹」だって周りから勘違いされてきた過去があるから、自分の目で見てから判断しようとするんだよね。
公爵様のそういうところに惹かれたという話に、心の中で同意してしまう。
「それから、アベラルド様に相応しい女になりたくて、出来損ないの王女から抜け出すために努力を重ねてきたの。少しでも、かっこいいアベラルド様に近づけるように……」
そこで王女様はくしゃりと顔を歪めた。
「でも……っ、でも、もう終わりだわ。だって、公爵様に嫌われちゃったもの」
彼女の目から涙が溢れて、零れ落ちる。
私は、そんな彼女の背中をポンポンとさすった。
「多分、公爵様は嫌いになってないですよ。怒ってはいると思いますけど」
「何よ、それ同じじゃない!」
「同じじゃないです。嫌われちゃったら、元の関係に戻るのは難しいけれど……。公爵様は優しいから、きっと最後には許してくれます。そしたら、元通りに話せるようになりますよ」
「……そうだといいんだけど」
「大丈夫です。私が公爵様を説得しますから」
私が王女様に笑いかけると、彼女はポカンと口を開いて、呆然とした。
「……あなたは、なんでわたくしにまで優しくしてくれるの?」
「なんで、とは?」
「だって、わたくしはあなたに嫌がらせもしたし、あなたにとっては恋敵のはずなのに……」
「それは……」
王女様の疑問に考える。確かに、王女様の存在でモヤモヤしたし、彼女が公爵様を好きだと言うのならば、彼女の存在を警戒した方がいいのだろう。
けれど、彼女の料理を美味しそうに食べてくれる所とか、酔っ払いって泣いちゃってる姿とかを見ていると……。
私はクスッと笑って、王女様に告げた。
「王女様って、ちょっとだけ公爵様と似てるんです。だから、放っておけないのかも」
「似てる……?」
「はい。少しだけ」
王女様は私の言葉に目を丸くした。そして、胸に手を当てて、感じ入るように、ぎゅっと目を瞑った。
「そう。わたくしにもアベラルド様と似てるところがあるのね……。それなら、頑張ってきた甲斐があったのかもしれないわ……」
「そうですね」
「あなたって、不思議ね……。なんでも、話したくなっちゃ……うんだも、の……」
そこで彼女は大きな欠伸をした。どうやら眠くなってきてしまったらしく、頭をぐらぐらさせている。
私は慌てて、倒れそうになっている彼女の肩を引き寄せた。
「眠いですか?」
「ええ……」
「このまま寝ちゃっても大丈夫ですよ」
「……」
彼女は私にもたれかかって、目を瞑った。しかし、すぐには眠らずに、私に尋ねてきた。
「ねぇ。わたくし、ちゃんと頑張れていたかしら? ちゃんと視察できていた?」
きっと殿下に“視察を任せたのは、間違いだった”と言われてしまったのを気にしているのだろう。
確かに、彼女は公爵様にくっついている時は多かったけれど……。公爵様の話を聞いて、メモを取ったり、意欲的な姿勢で視察をしていた場面も何度か目にしたことがある。
だから、私は確信を持って答えた。
「はい。しっかり出来ていましたよ」
私がそう答えると、彼女は「ありがとう」とだけ呟いて、眠りに落ちていった。




