第17話 叱責
「何よ、貴族のことを何も知らないくせに! あなたなんて……!」
王女様が腕を振り上げた。平手打ちされると思って、咄嗟に目を瞑る。
次の瞬間、パシンと音がしたけれど、私の頬に衝撃はなくて……。
そっと目を開けると、そこには王女様の手を止めている公爵様の姿があった。
「ア、アベラルド様っ」
「……王女様、何をされているのですか?」
公爵様は険しい顔をしている。公爵様が王女様に敵意を向けたことなんてないのに、今は冷たい目で彼女を見ていた。
その視線に一瞬怯んだかに見えた王女様だったけれど、すぐに口を開いた。
「だって、わたくしが親切に貴族のことを教えただけなのに、この女が言い返してきたから……!」
「言い訳は、それだけですか?」
「そ、そもそもアベラルド様がいけないんですのよ! わたくしの方が妻に相応しいのに、この女を妻に選ぶから、わたくしが身の程を知らせるしかないと思って……」
「お言葉ですが」
公爵様は王女様の言葉を遮るように、口を開いた。
「俺にとってジゼル以上の女性はいませんし、妻をジゼル以外で選ぶなんて考えられません」
「……っ!」
「俺はジゼルを誰よりも大切に思っています。そんな彼女を傷つける人間は、誰であろうと許すつもりはありません」
公爵様は王女様に圧をかけるように、鋭く重く言葉を発する。
「これ以上の愚行はおやめください。そして、今すぐ公爵家から出て行き、王宮へとお帰りください」
「そ、そんな……っ」
公爵様の言葉に、王女様は震え出す。今にも泣きそうな表情だ。
私は流石に王族に向かって言い過ぎなんじゃないかと慌てる。
すぐに公爵様の袖を引くが、「大丈夫か?」と心配されるだけで、公爵様が先ほどの言葉を撤回する気配はない。
どうしようと思っていると、キッチンに新たな影が現れた。
「アベラルドの言う通りだぞ、アリシア」
「お、お兄様……!」
現れたのは、王女様の兄である殿下だった。彼は公爵様と同様に厳しい顔をしている。
「アベラルドとの婚約の話は、終わったことのはずだ。それなのに、みっともなく足掻いたりして、王族として恥ずかしいと思わないのか?」
「……」
「まして、公爵家の正式な妻である人物を陥れようと画策するなど、言語道断だ」
殿下はぐっと目元に力を入れて、言葉を続けた。
「視察をお前に任せたのは、間違いだったらしい」
「そんな……」
「前にアベラルドのことを諦めたと言っていたし、お前はもっと大人だと思っていたんだがな」
王女様はその場で俯き、わなわなと震え始めた。そして、叫ぶような声で訴え始めた。
「何よ! みんなして、その女のことを庇って……! ちょっと料理が美味しくてたまらないってだけでしょう⁈」
「……」
「お兄様も、こんな得体の知れないお酒に釣られちゃって、みっともないじゃないの!」
王女様は、持っていた日本酒を掲げて、キッと殿下を睨んだ。そして……。
「こんなものなんて……っ」
そして、そのままお酒を一気飲みしてしまった。
の、飲んだ……⁈ 嘘でしょう……⁈
王女様の奇行に唖然として、全員が動きを止めた。その中で、王女様はヒックと喉を鳴らして、私に向かって指を差した。
「わたくし、あやまらないんだからね……っ」
そう捨て台詞を吐くと、すぐにキッチンから走り去ってしまった。
「あ、待て! アリシア!」
慌てて殿下が彼女を止めようとするが、既に王女様は姿を消していた。
殿下はグッと拳を握って、こちらに頭を下げた。
「アリシアが迷惑をかけて、すまなかった」
「……今回、妻のジゼルが王女様に殴られそうになっておりました。大変遺憾に思っております」
「本当にすまない。私の謝罪では足りないだろうが……。今は王族を代表して謝罪させてもらう」
殿下は深々と頭を下げるが、公爵様は冷たい表情のままだ。
「今後の私たちの視察についてだが……」
「即刻、退去していただけますか?」
「もちろんだ。すぐに視察に来ていた者たちに伝えて、明日には公爵家を発とう」
二人は今後の動きについて、どんどん話を進めてしまう。けれど、私は気になっていることがあった。
それは急を要することだから、私はすぐに二人の会話に割って入った。
「あの! それより、王女様を追ってもいいですか?」
私の言葉に、公爵様も殿下も驚いた顔をした。そして、公爵様が宥めるように私の肩を持った。
「ジゼル。怖い思いをしたんだから、無理をしなくていい」
「無理なんてしてません。公爵様が駆けつけてくれましたから、怖い思いもしてません」
「……」
「私のことより、ですよ。王女様は自作のお酒を飲んでいました。あれは酔いやすいものです。今頃、王女様は困ってるかもしれないので、後を追いたいです」
日本酒は度数の高いお酒だ。当然酔いやすいし、一気飲みなんてしたら危ないに決まっている。
誰かが面倒を見た方がいい状況になっている可能性が高いだろう。
私の言葉に公爵様は困ったように口を閉ざした。すると、横から殿下が話しかけてきた。
「あれのことはこちらで対処するから、気にかける必要はないぞ」
「違います。私の作ったお酒を飲んでらっしゃったから、私がしっかり責任を持ちたいんです!」
二人とも私の言葉に黙ってしまった。何を言って説得しようか考えているようだった。
ああ、もう埒が明かない!
「とにかく、私は王女様を探しに行きます! キッチンに戻ると思いますので、お二人はここから立ち去って下さい! お願いします!」
「は、はい」
「わ、分かった……」
二人は私の勢いに押されるように、頷いた。
そのまま私は王女様を探しにキッチンを立ち去る。
しばらく公爵邸内を探していると、廊下の途中で王女様の後ろ姿を見つけた。彼女は隅っこで丸く蹲っていた。
「王女様!」
声をかけると彼女は振り返った。彼女の瞳は濡れている。そして……。
「らによ、わたくしはフラれたのよ! じんせい、おわったのよおおおおおおおお」
あ、これは、めちゃくちゃ酔ってるやつだ……。




