第16話 激怒する王女
公爵様からの充電ですっかり元気になった私は、殿下に日本酒を届けるために、キッチンへと向かった。
キッチンに入って、びっくりした。暗い部屋の中で、王女様が日本酒を持ってひっそり佇んでいたのだから。
私はドキドキしながら訊ねる。
「どうされたのですか?」
「あなたをここで待っていたのよ。この酒を取りに来ると思ったからね。わたくしはね、あなたに……」
「もしかして、お腹が空いたのですか?」
「違うわよ! わたくしだって、いつもいつもお腹を空かせて、あなたの料理に夢中になるわけじゃないんだからっ!」
王女様は私に向かって指を差し、ハアッハアッと息を荒らげた。そして、「ふん」と鼻を鳴らして、髪を後ろに払った。
「あなたに伝えたいことがあって、待っていたのよ」
「そうなんですか?」
「ええ。そうよ!」
彼女は胸を張って、口を開いた。
「あなたは、アベラルド様の妻に相応しくないということを伝えに来たのよ!」
「え……?」
私がすぐに反論しなかったためか、彼女は自信満々にペラペラと言葉を続けた。
「だって、あなたの身分は平民でしょう? アベラルド様は貴族の中でも最高位の公爵家当主。あなたたちは、あまりに身分が違いすぎるわ」
「……」
「それに、あなたは貴族の作法もなってないようだし、公爵家の妻としての役目もほとんど果たせてないんじゃない? 本当に妻として公爵家の役に立っていると言えるのかしら?」
「それは……」
それは、彼女の言う通りである。私は領地で仕事をする代わりに、社交界に顔を出していない。
元平民の私が奇異の目に晒されないように公爵様が配慮して下さってのことだ。
公爵様は「大丈夫だ」と言って下さるけど、貴族として社交界に顔を出さないのは、妻としての役目を完全に果たせてないのではないか……と考えることはある。
「そもそも、瘴気の原因究明の為にたまたま妻に選ばれただけの癖に、図々しく公爵家に居座っていて恥ずかしくないのかしら? いい加減、身の程を知って、さっさと身を引いた方がいいと思うのよ」
「……私が身を引いたら、王女様はどうされるのですか?」
私が問うと、彼女は「よくぞ聞いてくれた」とばかりに、胸を張って答えた。
「もちろん、わたくしがアベラルド様と結婚するわ。だって、わたくしの方が彼に相応しいもの」
「……」
王女様の公爵様への気持ちには、何となく気づいていた。彼女は公爵様が好きだから、私を敵視しているんだろうなと。
だからこそ、公爵様と王女様が一緒にいると、嫉妬心が湧き上がってしまうのだ。
「わたくしは王女だから、公爵様と身分も釣り合うわ。それに、彼に何かあった時、後ろ盾になることもできる。王家との縁を結べば、公爵家の格も上がるし、社交界での地位も向上するわ。わたくしと結婚する方が彼にとって利点が多いのよ」
「……そうかもしれませんね」
私は王女様と公爵様の姿を見る度に、「公爵様に相応しいのは、彼女の方だったんじゃないか」「彼女と公爵様が結ばれた方がよかったのではないか」と、心の奥底の醜い劣等感が顔を覗かせていた。
二人は本当にお似合いで、何度も嫉妬心を抱いた。
けれど……、それでも公爵様はこんな私のことを好きだと言ってくれた。私のことを一番に考えてくれていた。
私はギュッと拳を握って、王女様に訴えた。
「それでも、私は公爵様の妻です。それは譲ることが出来ません」
私の言葉に王女様は一瞬怯んだ。しかし、すぐに彼女は目を吊り上げて、反論してきた。
「何を偉そうに……! あなたなんてアベラルド様の役に立たない癖に!!」
「確かに、王女様のように貴族としての公爵様を守れないかもしれません。けれど、私は他のことができます」
「具体的にはどんな風に役に立つのよ⁈」
「公爵様が苦しんでいる時に寄り添って、楽しいことは一緒に共有して……。そうやってお互いに助け合いながら、普段の公爵様の日常を彩ることができます」
「……っ‼︎」
「夫婦って、本来、そういうものじゃないんですか……?」
貴族家の利益とか、思惑とか、そういうのは私にはよく分からない。
けれど、家に帰った時の安らぎとなるような、ふとした時に相手が心の支えになるような、夫婦ってそういう関係なんじゃないかなと思うのだ。
そして、私は公爵様とそういう関係を築いていきたいと思っているのだ。
私の言葉に顔を赤くした王女様は、手を振り上げた。
「何よ、貴族のことを何も知らないくせに! あなたなんて……!」




