第15話 王子の戯れ
こうして領地の案内が終わり、私と殿下は公爵邸に戻ってきた。
「実に楽しい時間だった。礼を言う」
「こちらこそありがとうございました」
最初は不安だったけれど、なんだかんだ楽しく案内することが出来た。
殿下とも打ち解けることが出来たし、案内の結果は上々だろう。
「先ほど言っていた、新しく自作した酒というのもぜひ飲んでみたい。いつでもいいから、用意できたら声をかけてくれ」
「はい! それでは、後ほど用意させていただきます!」
勢いよく頷いた私を見て、殿下はふっと笑いをこぼす。
また殿下が笑い始めるのではと身構えていたら、こちらに向かってくる足音が聞こえてきた。
「ジゼル!」
公爵様だ。彼はこちらに向かって足早に歩いてくる。そして、すぐに私の隣にやって来て、殿下に向き合った。
「殿下、お戻りでしたか」
「ああ、アベラルドか。今、戻ってきたばかりだ」
「公爵領はいかがでしたか?」
「領民は力を合わせて農作に従事しているようだったし、聖女の力を使って、更に収穫量が増えるように努力もしているようだった。それに、新たな観光名所として回転寿司店もある。公爵領はますます発展していくだろうと思ったよ」
「ありがたいお言葉です」
公爵様は殿下に頭を下げる。しかし、殿下の次の言葉によって、一気に雲行きが怪しくなってしまった。
「それに、何より知れてよかったのは……お前の妻、ジゼルが面白いということだな。俄然、興味が湧いた」
「……はい?」
その瞬間、ピシッと公爵様の周りの空気が固くなる。殿下はその空気を意に介さず、にこりと笑って話を進めた。
「彼女は元誘拐犯を許し、雇うことに決めたのだろう? この上なく面白いと思ったんだ」
「ジゼルは優しいですから、彼らを許すことにしたのです」
「そのようだな。農夫たちから慕われていたようだし……、彼女は熱烈な歓迎を受けていたぞ。一列に並んで、お辞儀をされていたのは、壮観だったな」
「……そのようなことがあったのですね」
「アベラルドは知らなかったのか?」
「彼女の仕事に付いて行くことはないので」
「そうか」
殿下は上機嫌そうに笑って、話を続けた。
「それから、彼女のお酒に対する情熱には目を見張るものがあるな」
「……ええ。殿下にはまだ話していなかったと思いますが、ジゼルは自分で酒を作るくらいですから」
「いや、先ほどちょうどその話をしていたんだ。私にも提供して欲しいとお願いしたら、喜んでオーケーしてくれたぞ」
「……」
公爵様は黙り込んでしまった。
何というか……二人の間に火花が散っているような気がする。私がハラハラしながら二人の会話を見守っていると、ふいに殿下が吹き出した。
彼は軽く笑いながら、公爵様の肩をポンポンと叩いた。
「冗談だ、アベラルド。本気にするんじゃない。お前は相変わらず真面目な男だな」
「……お戯れは、ほどほどにして下さい」
「分かった。善処しよう。お前の面白い反応も見れて満足したしな」
そして、殿下は私を振り返って、目を細めた。
「それじゃあ、ジゼル。君のお酒を楽しみにしているぞ」
そう言い残して、彼は客室へと去って行った。彼の後ろに沢山の従者たちが付いて行き、廊下には私と公爵様のみが残された。
すぐに公爵様は私の手を取って、視線を合わせた。
「ジゼル、殿下の案内は大丈夫だったか?」
「はい。問題なく終わりました。殿下も満足されていたようですし、少しだけ打ち解けることができて……」
しかし、そこで言葉が途切れてしまった。緊張の糸が切れたからか、私はその場でへにゃへにゃと足の力が抜けてしまったのだ。
「ジゼル!」
すぐさま公爵様が私の肩を支えてくれた。
「ジゼル、大丈夫か?」
「あはは。ちょっと疲れちゃったみたいです」
「そうだよな。慣れない仕事をして、疲れないわけがない。休んでくれ」
「……それなら、少しだけこのままでもいいですか?」
公爵様の肩に寄り掛かって、少しだけ甘えてみる。ちょっと恥ずかしかったので赤くなりながら公爵様を見上げると、彼は優しく微笑んだ。
「もちろんだ。俺の肩でいいなら、いくらでも貸す」
「ありがとうございます」
公爵様が許可してくれたので、遠慮なく彼の肩に頭をくっつけた。しばらく私と公爵様は並んで、寄り添い合っていた。
⭐︎⭐︎⭐︎
一方、その頃。
わたくし、アリシアは怒りに燃えていた。
「あの女、廊下でイチャイチャしていたわ……っ」
「仕方ないじゃないですか。ご夫婦同士なんですから」
「その妻の座は本来、わたくしのものだったはずなのに!」
わたくしは「キーーーッ」とハンカチを噛む。そんなわたくしの姿を見ながら、侍女が冷静に言った。
「それより、レオナルド様からお呼び出しがきてますよ。きっとお手紙の件で、問い詰められるんじゃないですか?」
わたくしの肩がびくりと震える。
わたくしは、あの女に関して嘘の報告をしていた。
お兄様はあの女のことを気に入ったようだったし、きっと嘘がバレてしまったに違いないわ……。
「お、お兄様に怒られたくないわ」
侍女は呆れたようにため息を吐く。
「それなら、何故、嘘の報告なんてしたんですか」
「お、お兄様がアベラルド様に忠告するより先に、あの女に関して事実確認をするなんて、予想外だったのよ……!」
「十分予想はできたでしょう。レオナルド様は公平な方なんですから、妹の言葉だけを鵜呑みにして判断することはないはずだと」
「何よ、わたくしをそんなに責めないでよ。それとも、あんたはあの女の味方なの……⁈」
私が涙目で問い詰めると、侍女はきっぱりと宣言した。
「私は断然、聖女様派です。料理が美味しいですからね」
「ムキーーーッ」
本当に忠誠心のカケラもない侍女ね!
「もういいわ。わたくし一人でどうにかしてみせるんだからっ」
「あ、お待ち下さい! アリシア様‼︎」
わたくしは侍女の制止を振り切って、部屋から出て行った。




