第14話 はじめての回転寿司
「それなら回転寿司店に行きませんか?」
港町の回転寿司店が公爵領にも支店を開店させており、確か今日は殿下を案内するために丸一日予約を取っていたはずだ。
本来は公爵様が案内する予定だったけれど、私の仕事もひと段落しているし、ここは私が役目を引き受けてもいいだろう。
私の提案に、殿下は頷いた。
「話題になっていた店だな。ぜひ行ってみたい」
「分かりました」
ということで、殿下を回転寿司店に案内することになった。
馬車に乗って移動し、回転寿司店に辿り着く。私は店前まで殿下を案内した。
「こちらです。入りましょう」
「ああ」
そして、店に入った瞬間、殿下が感嘆の声を上げた。
「なんだ、ここは……!」
殿下はゆっくりと店内を見まわし、私を振り返った。
「本当に食べ物が回転しているとは……。話には聞いていたが、なんと面白い。君が思い付いたのか?」
「はい……。そう、ですね」
前世の記憶から得た知識を使っただけなので、「思い付いたか」と聞かれると、微妙だ。そのため、妙に歯切れ悪い返答になってしまった。
私と殿下はテーブルに座る。殿下は興味津々といった様子で身を乗り出した。
「さて。何がオススメなんだ?」
「色々とオススメはありますが……。まずは白身魚などから食べるのがいいと思います」
「それは何故だ?」
「淡白な味なので、後から食べる赤身、貝類などの濃厚なネタを味わいやすいからです」
「なるほどな」
殿下は私のアドバイスを元にタイやイカなど淡白な味のネタを手に取った。
「醤油はどうやって付けるんだ?」
「上のネタにだけちょこっと付けるのがいいですよ」
「こうか?」
「はい。そうです」
そうして殿下はネタに醤油をつけて、お寿司を食べ始めた。
殿下は黙々と食べているため、しばらく無言の時間が続く。しかし、殿下の口端は上がっているため、美味しいと思ってもらえているだろう。
殿下はあまり料理の感想を言わない人だ。
いつも公爵様は感想を言ってくれるけれど、彼みたいに一回一回丁寧に感想を言う人の方が少ないよね。
「そういえば、これは何だ?」
そう言って殿下が指を指したのは、皿に入ったガリだった。
「ガリですね。生姜を甘酢で漬けた食べ物です」
「どういう味なんだ?」
「少しだけ酸っぱくて、コリコリした食感を楽しめます。口の中をリセットしたい時に食べるといいですよ」
「へぇ」
私の説明を聞いた殿下は、すぐさまガリをひとつまみして口に入れた。
「なかなか癖になる味だな。それに、口の中がさっぱりする。これも君が開発したのか?」
「……そう、ですね。私が提案しました」
またも曖昧に頷くと、殿下は続けて聞いてきた。
「なるほどな。こういうのを作るのは根気がいるだろう。君は料理が好きなのか?」
「はい! 料理をするのは楽しいですから」
「何か料理を始めたきっかけとかあったのか?」
「それは、お酒をより美味しく飲みたいと思ったことです。おつまみがあれば、お酒が美味しくなりますから」
「へぇ。君はお酒が好きなんだな」
「はい。実はお酒の自作もしていて……。この間、ついに完成したばかりなんです」
「それは飲んでみたいな」
「はい。それなら、ぜひお願いします!」
よし。これで王家の方に日本酒を認知してもらえる。私は心の中でガッツポーズをした。
殿下がそんな私を見て、目を細めた。そして、肩肘をついて首を傾げた。
「そんなに好きなら、今、お酒も頼むか?」
「本当ですか⁈」
目を輝かせながら反応してしまって、すぐに後悔した。殿下は私の素早い反応に吹き出し、クスクスと笑い始めたからだ。
揶揄われたのだと気づいた時には、殿下は笑いのツボにはまってしまっていた。
「で、殿下。そんなに笑わなくても……」
「いや、すまない。そんなに反応を示すとは思わなくてな」
謝りつつも、殿下は笑い続けている。確かに仕事中にお酒を飲むなんて良くなかったかもしれないけれど……。私は少しだけ頰を膨らませた。
「殿下は笑いの沸点が低い方ですね」
「そうかもしれない。だが、そんなことを面と向かって言ってきたのは、君が初めてだ」
「す、すみません……」
確かにちょっと失礼だったかもと思ったが、殿下は首を横に振った。
「いや、失礼とは思ってないから大丈夫だ。むしろ面白い」
「そ、そうですか?」
「ああ。君はかなり面白い女性だな」
自分のことを面白い人間だなんて思ったことはない。けれど、公爵様にも同じことを言われたことがある気がする……。
わ、私ってそんなに面白いのかなぁ……?
「ああ。私が見たことのないタイプだ。俄然、興味が湧いてきた」
そう言って、殿下はにっこりと笑った。
最初は私に対して何か誤解があったみたいだったけど、今は私たちの間には気安い空気が流れていた。
とりあえず、打ち解けられてよかった……のかな?




