第12話 王子の領地見学
そして、いよいよ第一王子がやって来る日となった。
王女様を迎え入れた時と同様に、私と公爵様は公爵邸の前で王子殿下を待ち構える。
そして、約束通りの時間に一台の馬車がやって来て、公爵邸の前で止まった。
馬車から出てきたのは、金髪に空色の瞳を持った美青年だ。王女様によく似た容姿を持つ彼の仕草は、一つ一つが優美で、馬車から降りるだけで様になっていた。
彼は瞳に公爵様を映して、口端を上げた。
「アベラルド、久しいな」
「殿下、お久しぶりです」
公爵様が畏って頭を下げる。そんな彼の肩をポンポンと殿下は叩いた。
「そんなに畏まるな。私はお前と気楽に話したい」
「ご配慮、感謝します。それから……こちらは妻のジゼルです。ご紹介が遅くなり、申し訳ございません」
殿下はこちらに視線を移して、目を細めた。まるで何かを推し量るような眼差しに、内心ドギマギしながら、私はカーテシーをした。
「お初お目にかかります。ジゼル・イーサンです。本日からの視察、妻としてサポートさせていただきますので、よろしくお願いします」
「色々と話は聞いているが……。なるほど。このような女性だったとはな」
「……?」
殿下の意味深な言葉に、変な間が空く。しかし、すぐに公爵様が口を開いた。
「それでは、殿下。案内しますので、こちらに……」
「いや、アベラルドに案内してもらう必要はない」
「どういうことでしょうか?」
殿下はにっこり笑って、私に向かって手を伸ばした。
「私は彼女一人に案内してもらいたいと思う」
「え……?」
元々は、公爵様が案内する予定だったのに、私を指名……⁈ しかも一人でって……。
「アベラルドの妻の人となりを知りたい。ダメか?」
私が呆然としていると、すかさず私と殿下の間に公爵様が割って入った。
「妻には別の仕事がありますので」
「ああ、仕事で領地を回っているんだろう? それなら、領地を巡りながら、仕事の見学をさせてもらいたい」
「しかし……」
「王家は聖女の動向にも興味を持っている。彼女の仕事について行くことで、彼女の動向を調査することもできるし、公爵領の様子を知ることが出来る。視察団として、私は何か間違ったことを言っているか?」
「けれど、ジゼルは、こういったことには慣れておらず……」
それでも食い下がろうとする公爵様の袖を引き、私は首を振った。
殿下がお望みなら、ここは従うべきだろう。
私「一人で」というのが不安だけど……ここは私の頑張りどころだろう。
「分かりました。私でお力になれるかは分かりませんが、領地内を案内させていただきます」
「妻もこう言ってるんだ。アベラルド、いいだろう?」
「……分かりました」
公爵様が渋々頷いたところで、公爵邸の扉が開く音がした。振り返ると、そこには驚いた顔をした王女様が立っていた。
彼女はすぐに殿下に駆け寄る。
「お、お兄様⁈ もういらっしゃったのですか?」
「ああ、アリシアか。早めに真実を確認した方がいいと思ってな」
「え、でも確認なんて必要ないんじゃ……。それより早くアベラルド様に忠告を……」
王女様は何かに焦っているようで、しどろもどろになっている。そんな彼女を落ち着かせるように、殿下は頭を撫でた。
「焦らなくて大丈夫だ、アリシア。彼女と少し話してくるから、待っていてくれ」
「でも……」
王女様は食い下がるが、殿下はもう一度頭を撫でて、「行くぞ」と私に声をかけた。
王女様は青い顔で焦っているようだけど、大丈夫かな……?
でも、私も他人の心配をしている場合じゃない。殿下をしっかり案内しなければと気合を入れ直した。
⭐︎⭐︎⭐︎
私と殿下は馬車に乗り、向かい合っていた。
「本日はルイトン村を回っていきますが、よろしいでしょうか?」
「もちろんだ。それより……君に聞きたいことがあるんだ」
殿下の言葉に動きを止める。
「何でしょうか?」
「アリシアのことはどう思ってる?」
「王女様ですか……?」
突然の質問に戸惑う。レオナルド様は私を試すように見ているし、緊張する。
実際、私の王女様への感情は複雑だ。
公爵様の元婚約者だと知って、嫉妬の感情が湧き上がったし、公爵様とはお似合いだとも思った。
それでも、何より、彼女への強い印象が一つだけあって……。
しかし、それを伝えても不敬にならないかどうか迷っていると、
「正直に言ってくれ」
と殿下が言ってきてくれた。
殿下の言葉に背中を押されて、私は勇気を出して口を開いた。
「く、食いしん坊さん……」
「食いしん坊さん⁇」
殿下は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。私は慌てて弁明を始める。
「いえ、あの、王女様は私の料理をたくさん食べて下さるので、そのイメージが強くて……。美味しそうに食べて下さるのも、嬉しいなって」
「あ、ああ」
「でも、美しくて、とても素敵な方だとも思います!」
「そ、そうか。うん。分かった」
殿下は戸惑いつつもコクコクと頷く。
そして、ボソボソと独り言を話し始めた。とても小さい声なので、よく聞こえないんだけど。
「……どういうことだ? 彼女はアリシアを敵視しているという話だったが……。演技でもしてるのか?」
「どうされたんですか?」
「いや、なんでもない。それより、君の普段の仕事ぶりを見たい」
「もちろんです」
目的地に辿り着き、私と殿下は馬車から降りた。
「さて。この土地はどういった場所なんだ?」
「ここルイトン村は、麦畑を所有している地主さんが治めている村ですね。水捌けが悪くて、なかなか作物が育ちにくい土地なので、私の力でお手伝いさせてもらってます」
「……領地の情報は頭に入れてるのだな」
「? はい。もちろんです」
私が関わっている土地のことは、すべて頭に入れている。それが私の仕事だし、当たり前のことだと思うんだけど……。
「それじゃあ、私のことは放っておいてもらって構わない。その代わり、いつも通り働いてくれ」
「大丈夫なのですか?」
「無理に付いてきたのは私だ。邪魔をしたくない。それに、君のいつも通りの仕事ぶりが見たいんだ」
「分かりました」
殿下に促されて、私はいつも通りの仕事を開始する。領民に話しかけつつ、豊穣の祈りを捧げて回っていった。
そして、数時間ほどで、村でのすべての作業が終わり……。
「聖女様〜、ありがとうね〜!」
「はーい。こちらこそ〜」
手を振りながら、領民たちと別れて、殿下の元へと向かった。
殿下は、私を信じられないといった目で見ていた。
「どうされたんですか?」
「……君は、いつもあんな風に気軽に領民と話すのか?」
「はい。信頼関係がなければ、なかなか畑には入れてもらえないので」
「なるほど……」
彼は神妙な顔で頷く。そして、再び何かを呟き始めた。
「つまり、仕事はしっかりやってるのか? 今の彼女の働きに問題があったように見えないが……アリシアは何を見たんだ?」
「あの、どうされたんですか?」
また殿下の言葉がよく聞こえなかったので、聞き返すと、「なんでもない」と首を振られてしまった。一体、どうしたんだろう。
そう思って馬車に乗り込もうとした時、とある光景が目に入った。
「あっ、すみません。少し待っていて下さい」
「ん? ああ、大丈夫だが……」
私は軽くお辞儀をして、少し離れた場所まで駆けて行く。
駆け寄った先には、転んで怪我をした子供の姿があった。その子の膝からは、痛々しくも血が流れていた。
「大丈夫?」
「せ、聖女さまぁ。痛いよぉ」
「ちょっと待っててね」
私はそう言って、すぐに両手を合わせた。
「聖女・ジゼルの名の下に命じる。傷を癒やし、痛みを和らげよ」
その瞬間、ほわっと温かな光が優しく子供を包み込んだ。やがて光が消えると、その子の膝の傷は既に塞がっていた。
「ほら、もう痛くないよ」
「本当だ、すごい! 聖女さま、ありがとう!」
その子はその場でぴょんと飛んで、私にお礼を言った。その子にバイバイと手を振ってから、馬車に戻る。
すると、その中では難しい顔をした殿下が待っていた。
「……子供に優しくするのだな? それとも私がいるから、今日だけのことなのか?」
「え、優しいですか? 当たり前のことをしただけだと思うんですけど……」
「……」
殿下は再び不可解そうな顔をした。
「どうしたんですか?」
「……いや、何でもない。それで、次はどこに行くんだ?」
「次は……公爵家が正式に雇っている農夫達にお昼ご飯を届けに行きます」




