幕間 王女の新たな作戦(※失敗フラグあり)
わたくし、アリシア・アーサーは、怒りに身を任せながら公爵邸内を歩いていた。わたくしは公爵家の客室にたどり着くと、勢いよくベッドに座って口を開いた。
「あの女、誕生日を祝われちゃって、ムカつくわ!」
「……」
わたくしは、同じ部屋の中で黙っている侍女に向けて次々と言葉を投げつける。
「本当にムカつく。本当は、公爵様とわたくしの仲がいいところを見せつけて、あの女を落ち込ませようとしていたのに、全部うまくいかなかったわ!」
「……」
「そもそもあの女、図太いのよ!」
わたくしがアベラルド様の婚約者候補だったことを伝えた時は、流石にショックを受けているようだったけれど……。
その前までは、わたくしとアベラルド様の仲を気にするような素振りを見せなかった。
むしろ、わたくしに料理を恵もうとする図太さっぷりには辟易したわ。
それに……、アベラルド様は、どんなにわたくしがアピールしても、全く靡く様子がない。権力を使ってわたくしとの時間を増やしても、あの女と過ごす時間だけは絶対に確保しようとするのだ。
ちょっと料理が上手いからってアベラルド様に気に入られていて……あの女、不愉快極まりないわね。
わたくしが憤慨していると、そばにいる侍女が口を開いた。
「アリシア様。これ以上、うまくいかないことを続けても意味がないのでは? これからもアリシア様の企みは成功しないですよ」
「なんで、成功しないって決めつけるのよ!」
「それはアリシア様が隠れポンコ…………………いえ。なんでもありません」
「あんた、今、わたくしのことをポンコツって言ったでしょう⁈」
「いえ。ギリギリ言ってません」
「ギリギリって何よ! それは、ほぼ言ってるようなものじゃない!」
失礼な侍女にムキーッと怒りを露わにする。彼女は、幼い頃からの縁で起用している侍女だから、言葉に遠慮がない。
しかし、いくらなんでも王女であるわたくしに対して、不敬すぎるわ。
「解雇案件ね」
「左様ですか。今までお世話になりました」
「少しは留まろうとする意思を見せなさいよ!」
本当に、不敬な侍女だわ。
……でも、わたくし達が争っていても仕方ない。わたくしの敵は、アベラルド様の妻の座を奪った、あの女だけなのだから!
「まあ、いいわ。わたくしが絶対にあの女から妻の座を奪ってみせるんだから」
「できないと思いますよ。ジゼル様の料理は本当に美味しいですし、公爵様が夢中になるのも頷けます」
「……あなた、あの女の料理を食べたの?」
「ジゼル様から差し入れをしていただきました。本当に美味しくて……ファンになってしまいました」
「ちゃっかり餌付けされてるんじゃないわよ!」
あの女、公爵様だけに飽き足らず、私の侍女まで籠絡して……許さないわね。
「でも、アリシア様も本当は美味しいって思ってるんじゃないですか?」
彼女の発言に、わたくしは反論の言葉が出てこなくなってしまった。
……あの女の料理を初めて食べた時の衝撃は忘れられない。
見たことのない不思議な見た目をした料理の数々。それらの料理は、わたくしに大きな驚きをもたらした。
王家が抱える最高のシェフの料理を食べているわたくしが、初めて経験する美味しさだったのだ。
食べ始めたら、最後。手が止まらなくなるし、わたくしは我を忘れてしまうのだ。
けれど……、あの女が作ったものを認めるわけにはいかない。
「アベラルド様は物珍しさに騙されてるだけよ。わたくしがあの二人をを引き離してやるんだから!」
「……はぁ。具体的にはどうするんですか? 今まで通りやっても無意味なのは分かっていますよね?」
「もちろんよ」
それに関しては、わたくしは既に作戦を考えていた。わたくしは胸を張って、自信満々に答えた。
「お兄様を使うわ」
「レオナルド様ですか?」
「ええ、そうよ。お兄様に手紙で、アベラルド様の妻から虐められているって伝えたの。それに、公爵領でろくに仕事をしていないとも書いたわね」
「うわぁ」
「お兄様は、アベラルド様にあの女を妻として選ぶことはやめておいた方がいいって助言してくれるでしょう」
「しかし、レオナルド様は今は別件でお忙しいはずじゃ……」
確かに、お兄様は別件で動いているため、忙しい身だ。そのために、わたくしが公爵領の視察を任されたくらいなんだから。しかし……。
「実は、もう返事がきているの」
「そうなんですか? レオナルド様はなんと?」
「“妹が虐められている事態は見逃せない。すぐに公爵家へ向かう”だそうよ」
お兄様は家族を大切にする人だから、わたくしが困っていると知れば、予定を押してでも来てくれると思ったのだ。
そして、わたくしの予想は的中して、お兄様は公爵家に来てくれることになった。
わたくしは「ほら」とお兄様からのお返事の手紙を見せる。
そこには『元婚約者候補だったアリシアを敵視して、嫌がらせをしているとは、看過できない。公爵家での仕事をサボっているというのも、公爵家の妻として相応しくない行動と言えよう。私が公爵家に行って、注意する』といった旨が書かれているのだ。
わたくしは「ふふっ」と微笑を浮かべる。
「これで、あの女から妻の座を奪い取れるわね」
「失敗する未来しか見えないのですが……」
「お黙り」
こうして、わたくしの新たな作戦が始まったのである。




