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第9話 サプライズ



「え、なに……⁈」


 大きな音に驚き、恐る恐る前を向く。


 すると、そこにはクラッカーを手に持った公爵様とリーリエとレンドール君の姿があった。そして、彼らは同時に口を開いた。


「「ハッピーバースデー、ジゼル」様!」」

「え……えぇ⁈」


 驚きすぎて何も言えずに固まっていると、リーリエがぴょんと前に出て私の手を引っ張った。


「ジゼル様、今日誕生日でしたよね? 前に聞いた時にそう言ってました!」

「あ、確かにそうだった……ね?」


 そういえば、ずっと前にリーリエから誕生日を聞かれたことがあった。

 私は孤児だから誕生日を知らない。だから、その時は深く考えずに前世の誕生日を教えた気がする。

 なんとなくで答えたから、今の瞬間まで誕生日を教えたってことを忘れていた。


「ジゼル様、こっち来てください。誕生日パーティー会場に行きますよ」

「パ、パーティー会場⁈」


 私は混乱しっぱなしでリーリエに手を引かれて歩いて行く。その後ろからレンドール君と公爵様もついてきた。


 リーリエに案内された部屋に入ると、まず「ハッピーバースデー」と書かれた横断幕と飾り付けが目に飛び込んできた。

 そして、テーブルの上には、サラダやピザなどのパーティ料理が並んでいて、その中央に置かれていたのは……。


「な、鍋だ……!」

「そうですよ。ジゼル様の好きなものを提供するために、公爵様に偵察してもらって、みんなで試行錯誤しながら作ったんですよ〜!」


 ということは……。


 チラリと公爵様に目を向ける。彼は肩をすくめた。


「前の晩酌でジゼルに作り方を聞いたのは、この日のためだったんだ。勘繰られないように聞き出すのに苦労したよ」

「そうなんですよ〜! ジゼル様にサプライズをしたかったから、秘密にするの大変だったんですよ!」

「リーリエ姉さんは、今朝、言っちゃいそうになってましたけどね」

「仕方ないじゃん。嘘つくの苦手なんだもん」


 ということは、公爵様が急に料理の作り方を聞いてきたのも、リーリエ達が公爵様から口止めされていたのも、全部この誕生日パーティーのためだったっていうこと……?


 まさか私の誕生日を祝ってくれるとは思いもしなかった。

 「王女様のことなんじゃないか」と考えていた時の緊張が解けて、私はその場で脱力してしまった。


「な、なんだぁ。私、てっきり王女様とのことで何かあるのかと……」

「王女様?」


 私の言葉に全員が「どういうこと?」と首を傾げる。私は少し気まずい気持ちになりながら、説明を始めた。


「実は、少し前に王女様は公爵様の婚約者候補だったって聞いて……。公爵様は王女様とずっと一緒にいるし、何か隠したいことがあるのかなって思って……」


 話しているうちに段々と恥ずかしくなってきた。幼稚な勘違いをしてしまったかもしれないな、と。


 私が顔を赤くしていると、全員が「あー……」と頷いた。


「あったな、そんな話も」

「ありましたねぇ」

「すぐに立ち消えになりましたけどね」


 三人は「今思い出した」とでも言いたげに頷いている。三人の微妙な反応に、私は目をパチクリさせた。


「あの、それじゃあ私と結婚しなければ、王女様が妻だったということは……」

「それはないな」


 すぐさま公爵様が否定した。彼はそのまま言葉を続ける。


「そもそも王女様と同じ時期に何人かの女性から縁談を持ちかけられていたが、それも全部断ったんだ」

「それは、なんでですか……?」

「公爵家のためにならないと思ったからだな。ほとんどが公爵家の財産目当てだと分かっていたし、王女様は……」


 彼は逡巡した後、言いにくそうに口を開いた。


「王女様は……俺のこととなると暴走するところがあった。公爵家の妻としては相応しくないと思ったんだ」

「……」

「ジゼル。王女様のことで、不安にさせてしまったか?」

「い、いえ。そんな……」


 不安になっていないと言おうとするが、言葉を止める。


 そうだ。公爵様と話し合うって決めたんだ。だって、私たちは本音を言ったくらいで壊れる関係性ではないんだから、と……。


 私は勇気を振り絞って、口を開いた。


「いえ。お二人がずっと一緒にいるから、不安になってました」

「ジゼル……」

「それに、少しだけ……ヤキモチも焼きました」

「……っ」


 私がそう言うと、公爵様は少しだけ顔を赤くさせた。リーリエとレンドール君は「公爵様、キュンてしてますよ」「してるね」とヒソヒソと話している。


 公爵様は「ゴホン」と咳払いをして、私の片手を掬い上げるように握った。


「ジゼル。最初は契約結婚だったが、俺はジゼルと結婚できてよかったと思っている。なぜだか分かるか?」


 私が首を横に振ると、公爵様は優しく笑った。


「ジゼルのことを好きになれたからだ。ジゼルとは不思議と穏やかな時間を過ごせるし、いつも楽しい気持ちにさせてもらってる。ジゼルと過ごすうちに、ジゼルの優しくて、一生懸命で、酒に目がなくて……そういうところが好きだなって思うようになったんだ」

「……」

「俺にとって、ジゼル以上の女性はいないよ」

「……っ」


 公爵様の言葉に顔が一気に赤くなるのを感じて、私は慌てて俯いた。

 リーリエとレンドール君は「ジゼル様、キュンてしてますよ」「してるね」とヒソヒソ話している。


 私も公爵様の気持ちに応えたくて、ぎゅっと手を握り返した。


「わ、私も公爵様と結婚できてよかったです。公爵様が大好きですから……」

「うん。そうか」


 二人で顔を真っ赤にさせる。恥ずかしさに顔を上げることが出来ず、もじもじしていると……。


「もううううー! お二人の世界に浸ってないで、プレゼントを渡す時間にしますよ!」


 私たちのむず痒い空気をぶち壊すかのように、リーリエが叫んだ。


 彼女は私と公爵様の間に割って入って、オレンジ色の可愛らしい花束を差し出してきた。


「ジゼル様、お誕生日おめでとうございます。私とレンドールからです」

「え、わ! ありがとう!」


 横からすまし顔のレンドール君も出てきた。


「ジゼル様をイメージした花束なんですよ」

「そうなんですよ! 元気で優しいジゼル様らしい花束です。あとでジゼル様の部屋に飾りますね」

「本当にありがとう……!」


 花が潰れない程度にぎゅっと花束を抱きしめる。すると、ふわっと華やかで可愛い花の香りがした。


「それから、イアン様からです。ワインだそうですよー」

「わ、イアン様にもお礼を言わなきゃね」


 イアン様からだという紙袋を受け取る。中身を見ると、高級な赤ワインが入っていた。


 一通りのプレゼントを渡した後、レンドール君が後ろを振り返った。


「あとは公爵様ですね。きっと素晴らしいプレゼントを渡すに違いないですね」

「どんなプレゼントを渡すのか楽しみだよねっ」

「ハードルを上げるんじゃない」


 公爵様が謎にプレッシャーを与えられながら、私の前に出てきた。


「何を渡そうか迷ったんだが……。ジゼルにはこれしかないって思ったんだ」


 そう言って、公爵様は紙袋を差し出す。その中身を見ると、うすい小麦色の粉っぽいものが入っていた。


「……これは?」

「ドライイーストだ」

「……‼︎」


 ドライイーストは日本酒作りの上で欲しいと思っていたものだ。前に公爵様にも話したことがあったけれど……。


「これは、どこで手に入れたんですか⁉︎」

「実は、王女様と話しているうちに、王家はジゼルの言っていた“ドライイースト”というものを取り扱っているということが分かったんだ。ドライイーストを仕入れることができないか頼んだら、ずっと一緒に過ごすことを求められて骨が折れたが……」


 公爵様と王女様がずっと一緒にいた理由が判明して、驚く。それも私のためだったなんて……。


「これでジゼルの好きな酒は作れそうか……?」

「……」


 公爵様は首を傾げる。しかし、その様子を見ていたリーリエとレンドール君は、


「恋人の初めての誕生日に食材を渡すなんて……っ」

「色気も何もないですね」

「ジゼル様、黙っちゃったよぉ!」

「怒っちゃったんじゃないですか?」


 と話している。

 けれど、もちろん怒っているわけではない。だって、誕生日にドライイーストをくれるなんて……


「最高ですよっっっ」


 気づけば、私は公爵様に抱きついていた。


「じ、ジゼル⁈」

「公爵様、大好きです! 嬉しいです! 本当にありがとうございますー!」

「あ、ああ……」


 公爵様は何が何だか分からないといった声を出している。


「ジゼル様、何よりも喜んでるよぉ……」

「お似合いのカップルですね……」


 リーリエやレンドール君は遠い目をしているけれど、気にしない。だって、これで日本酒が作れるんだから……!

書籍2巻が本日発売いたしました!

元々中編だったこの小説を続けることができたのは応援して下さった皆さまがいたからです。本当にありがとうございます!

書籍版は書き下ろし番外編(レンドール君とリーリエのお話です)が収録されているなど加筆修正を経て、WEB版からパワーアップして更に面白くなっております。ぜひお手に取って下さると幸いです。

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