第8話 初めての感情
王女様との関係について、公爵様に聞けないなら、他の人に聞こうと考えた。私はさっそく、朝の仕事に行く前の時間に、リーリエに話しかけに行ったんだけど……。
「リーリエ。今、時間大丈夫?」
「へぁっ⁈ ジゼル様⁈」
私が後ろから肩をつつくと、彼女はびくーっと体を飛び上がらせた。
彼女は私の方を振り返ったんだけど、私とは目を合わそうとしなかった。
「公爵様のことなんだけどね」
「こ、公爵様のことですか⁈ 私、何も知りませんよっ」
「……」
あ、怪しい……。
リーリエはうろうろと目を泳がせているし、明らかに挙動不審だ。
「リーリエ、何か私に隠しごとしてるでしょ」
「し、してないですよ〜っ」
「本当に?」
「本当ですよ! 公爵様からは口止めされてることなんてありませんから〜っ」
リーリエの言葉に衝撃を受ける。
つまり、公爵様から何かについて口止めされてるってことなんだ……!
私は更に彼女から聞き出そうと口を開く。
「ねえ、リーリエ。それは……」
「あわわわ」
しかし、そこでリーリエの腕を引っ張る人物が現れた。
「リーリエ姉さん、回収しますね」
レンドール君だ。彼はすまし顔でリーリエを引っ張って去って行こうとする。
「あ、ちょっと待って……!」
「すみません、ジゼル様。こちらにも事情がありますので」
そう言って、レンドール君はリーリエを連れて私の前から足早に去って行った。
遠くから「リーリエ姉さんは口が軽いですからね」「だって〜、仕方ないじゃん〜」という二人の会話が聞こえてくる。
公爵様が「何か」を私に隠そうとして、他の人にも口止めしていることは分かったけれど……。
結局、何を隠そうとしているのかは分からず、私は一人取り残されてしまった。
「何も知らないのね。可哀想」
パッと振り向くと、王女様の歩く後ろ姿が見えた。どうやら、私の後ろを通り過ぎていったみたいだ。
彼女は一回だけ振り返って、私と目を合わせると、クスッと笑った。
彼女は公爵様が隠そうとしていることを、知っているんだ……。
私は沈んだ気分になりながら、呟いた。
「とりあえず、仕事に行こうかな……」
⭐︎⭐︎⭐︎
仕事に行けば、少し気持ちが紛れるかなと思ったけれど、全然そんなことなかった。
むしろ公爵邸から離れたことで、余計に公爵邸で過ごしている公爵様と王女様のことが気になるようになってしまった。
「今頃、公爵様と王女様は一緒に過ごしてるのかな」とか、「二人の間には私に言えない秘密があるのかな」とか、そんなことをクヨクヨと考えてしまうのだ。
こんなことを考えている自分が嫌で、何とか自分を奮い立たせる。
しかし、豊穣の祈りを捧げる時に、いつもの調子が出なくて、2回ほど失敗してしまった。幸い、慌ててやり直したから、作物に悪い影響はなかった。
領民の人たちは優しいから、笑って許してくれたけれど……。
失敗してしまったことに自己嫌悪して、更に落ち込んでしまう。落ち込んだことで、公爵様達のことを思い出して……と、私は負のループに陥っていた。
「アネキ、大丈夫ですか?」
「え?」
お昼ご飯を届けるために稲作をしている場所へと足を運ぶと、稲作要員の一人が心配そうに声をかけてきた。
「アネキはいつも元気いっぱいなのに、今日は暗い表情をしてます」
「そ、そうかな……」
「アネキに暗い顔をさせる不届者はどこっすか? 俺たちで処してきますよ!」
「やめようか⁈」
どうして私の周りには、「処す」と言う血の気の多い人間が多いんだろう……。流行ってるのかな。
私が全力で止めると、彼らはしょんぼりとした。
「でも、俺たちアネキのことが心配なんすよ……。アネキは俺たちの恩人だから、幸せになって欲しいと思ってますし」
「……」
「だから、今日は公爵邸に乗り込んで、アネキにこんな顔をさせるやつを調べ上げてみせますよ!」
「やめようね⁈」
まずい。このままだと公爵様が危険だ。
私は誤解を解くために、事情を軽く説明することにした。
「私がいけないの。公爵様はお仕事で王女様の相手をしてるだけなのに、二人がまた婚約者候補だったっていうことを聞いて、勝手にモヤモヤしてるだけだから」
「……」
「それに、公爵様と王女様はお似合いだから……」
二人が並ぶと、本当に絵になる。
なのに、そんな二人の間に割って入りたいという衝動に駆られてしまう。二人だけが共有している秘密があることに耐えられなくなってしまう。
まるで自分が嫌な子になったみたいだ。
ドス黒いぐちゃぐちゃの感情が惨めで、みっともなくて、そんな自分に嫌悪感が湧くのだ。
そこまで話すと、一人が「あー、なるほど」と頷いた。
「つまり、アネキはヤキモチを焼いてるってことっすね!」
「え⁈」
焼き餅……じゃなくて、ヤキモチ⁈
そんな可愛い感情じゃなくて……と説明しようすると、彼は首を横に振った。
「だって、そうっすよね。好きな人が他の人と仲良くしてるのを見て、モヤモヤしてるってことは、ヤキモチを焼いてるってことですよ。俺も若い頃はそうだったな〜」
彼がそう言うと、話を聞いていた他の人達も「俺もっす!」「俺は絶賛、今もヤキモチ中っすね〜」「若い頃、農家の王子様と呼ばれてた俺も、ヤキモチはありましたね〜」と次々と声を上げた。最後のはよく分からなかったけれど……。
「皆さんも、そういう経験があるんですね……」
「誰にでもあることっすね。だから、そんなに自己嫌悪しなくてもいいんすよ! むしろ相手の女をぶん殴るくらいでいいんじゃないすか?」
「それはダメだと思います」
一国の王女様だからね。本当にみんな血の気が多いな。
「アネキ、ヤキモチから男女の仲がこじれないために必要なのは、なんだと思いますか?」
「え? なんでしょうか」
「そういう時は、話し合いが大事なんですね。特に男は言わなきゃ、察することが出来ませんから」
「でも、話し合って関係が変わったりしたら……」
「アネキと公爵様は、一回の話し合いくらいで壊れるほど脆い関係なんですか?」
私は首を横に振る。
確かに私は王女様みたいに公爵様とお似合いの存在にはなれないのかもしれないけれど……。
でも、私達には、晩酌を通して過ごしてきた時間がある。私たちが過ごしてきた時間に嘘はないはずだ。
「分かりました。今日、帰ったら公爵様と話してみます」
そう言うと、彼は「頑張って下さい!」とエールを送ってくれた。そうして、私は意気揚々と帰宅した。
そうだ。ウジウジしてるなんて、私らしくない。
とにかく公爵様と話そう。まずは王女様の相手で忙しい公爵様の時間を、いつ確保するかが問題だけど……。
とりあえず公爵様と鉢合わせたら話しかけようと決めて、公爵邸の扉を開く。
すると……。
パンパンッと玄関に大きな音が鳴り響いた。
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