第7話 蟹クリームコロッケと公爵様の隠し事
王女様が公爵様の元婚約者候補だった……? 公爵様は一度もそんな事実を言ったことはなかった。
私は動揺しながら口を開いた。
「それは……本当のことなのですか?」
「あら、わたくしの言葉を疑うのね。だったら、その辺の使用人に聞いてみればいいわ。みーんな知ってる話だから」
王女様の言葉に、少なからずショックを受けている自分がいることに気づいた。
「あなたが結婚することにならなければ、本来、私がアベラルド様の妻だったのよ」
「そんな……」
王女様の言葉に絶句する。私と結婚していなければ、公爵様は王女様と結婚していた可能性があるという事実に、じわじわと不安感が募っていく。
「あなた、本当にアベラルド様から何も聞いてないのね。それだけ信用されてないってことなんじゃない?」
「確かに、そのような話は公爵様からは聞いておりませんが、信用されてないということは……」
「あら、あなたアベラルド様のことを“公爵様”と呼んでいるのね」
王女様はクスリと笑った。
「随分と他人行儀ですこと。公爵様から何も聞かされてないようだし……あなた、本当にアベラルド様の妻と言えるの?」
ガツンと殴られたような衝撃が、私を襲った。それからのことは、あんまりよく覚えていない。
ただ気づいた時には、自分の部屋に戻っていて、呆然としていた。
⭐︎⭐︎⭐︎
それから数日。王女様から聞いた「王女様が公爵様の婚約者候補だった」というのは本当のことなのか、どうか……。私は公爵様に直接聞くことが出来ずにいた。
というのも、それから公爵様はますます王女様と一緒に過ごすことが増えてしまったのだ。
どうやら王女様が「公爵様と過ごすこと」を望んで、公爵様はそれを受け入れたらしい。二人が話している姿を見かけることが前よりも増えていた。
一度、遠くから二人の姿を見かけた時、私は二人のことを「お似合いだな」と思ってしまった。
王族としての気品と可愛らしさを兼ね備えた王女様と、公爵家当主である公爵様。そんな二人が並ぶと、よく絵になるのだ。
公爵領に瘴気が発生して、公爵様が私と契約結婚をしようと思わなければ、二人が並ぶ光景が現実になっていたかもしれないのかな……。
「ジゼル? どうしたんだ? 元気がないように見えるが……」
ハッと意識を現実に戻すと、公爵様が心配そうに私の顔を覗き込んでいた。
今日は、いつもの晩酌の日である。王女様の相手をしている公爵様が、この時間だけはと空けてくれたのだ。
「いえ。何でもありません。それより早く飲みましょうか」
私は笑顔を作って、首を横に振った。
いけないいけない。思考がマイナスの方向に陥ってしまった。
こういう時は、お酒に酔って楽しくなるに限る。
せっかく公爵様が晩酌用に時間を設けてくれたんだし、楽しい時間にしたいのだ。
「今日のおつまみは、蟹クリームコロッケです!」
「おぉ。コロッケから何か飛び出しているが、これは……?」
「蟹の爪ですね! 本物の蟹を使ってるので、豪華なんですよ」
今日のメニューは本物の蟹を使った蟹クリームコロッケだ。
おじいさんとおばあさんのお店は、度々、新鮮な魚介を差し入れてくれるようになっていた。
今回は蟹を送ってくれたので、それを活用しておつまみを作ったのだ。
「じゃあ、さっそく食べましょう」
蟹クリームコロッケにかぶりつくと、サクザクッと音を立てた。途端に、とろっと熱々のクリームが口の中でとろける。
「ん〜っ」
まろやかなクリームが口いっぱいに広がって、多幸感で胸がいっぱいになる。続けてもう一口食べると、ほろほろと柔らかい蟹の身が口の中で溶けていき、更に幸せな気持ちになった。
公爵様も蟹クリームコロッケを食べて、美味しそうに身悶えしていた。
「蟹とコロッケって意外と相性がいいんだな……。知らなかった」
「そうなんですよ。コロッケの中のクリーミーさが蟹の柔らかさと相性バッチリなんですよねぇ……」
そして、熱々のコロッケは冷たいビールとの相性もいいのだ。ゴクゴクとビールを飲み干して、「はぁ〜」と息を吐く。
アルコールを体に入れた時のふわふわとした高揚感に包まれて、すっかりさっきまでの嫌な気持ちは忘れてしまった。
ちょっとだけ前世の社畜時代に「嫌なことがあった時は、飲まなきゃやってられないよね〜」と思っていたことを思い出した。
「蟹が柔らかくて、本当に美味しいな」
「まだ蟹は残っているので、鍋とかにしても良さそうですねぇ」
私が呟くと、公爵様は「ああ」と頷いた。
「前にジゼルが言っていたことがあるよな? みんなで食べるのに最適だって」
「そうです! 温かい鍋をみんなで囲うのは楽しいですからねぇ……」
美味しい鍋に思いを馳せていると、公爵様がずいっと身を乗り出してきた。
「その鍋というのは、どうやって作るんだ?」
「鍋ですか? 作りたいものにもよりますけど……。大体、鍋に水と調味料を入れて、好きな具材を煮込むって感じですね」
「なるほどな。具材はどんなものを使うんだ?」
「具材は、主流なのは、白菜や長ネギなどの野菜とか豆腐とか、あとはメインになるお肉とかですかねぇ。私は味噌味の鍋が好きなんですけど……って、急にどうしたんですか?」
「え、いや……」
途端に、公爵様は目を泳がせ始めた。
その瞬間、「怪しい」と思ってしまった。公爵様は何かを隠しているに違いない、とも。
何だろうと考えてみて、その時、一つのことに思い当たってしまった。
もしかして……王女様関係のことだったりするのかな? だから、私に隠したいとか……?
公爵様は王女様が元婚約者候補だったことも隠していたし、他に隠したいことがあってもおかしくない。
そんなことを考えているうちに、段々と酔いが覚めてきてしまった。
やっぱり公爵様に本当のところを聞くべきなのかな……。王女様は公爵様の婚約者候補だったのか、と。
そう思って勇気を出して、口を開く。
「あの、公爵様って……」
「ん?」
しかし、優しい表情で首を傾げる公爵様を見て、言葉に詰まってしまった。
王女様との関係を聞いて、公爵様を困らせないか、と。
それに、もしも公爵様が王女様と結婚した方がよかったと思っていたら……?
王女様と公爵様の関係を聞いたことで、私たちの関係が壊れてしまうんじゃなかという不安に襲われる。
「……いいえ。何でもないです」
結局、その日は真相を聞けないままで、晩酌が終わってしまった。




