第5話 王女の絶叫
「な、何よ……! これは!」
料理を口にした王女様は、突然、絶叫した。私は何か間違いがあったのかと、慌てた。
もしかしたら、私に気に食わない部分があるのかもしれない……。
「ど、どうされたのですか?」
「だって、こんなの……」
彼女はフラリと一歩よろめく。そして。
「こんなの……美味しいじゃない!」
「え?」
王女様の思わぬ言葉に、辺りはシーンとする。しかし、その空気を意に介さずに王女様は私を振り返った。
「あなた! 早くこれの説明をしなさい」
「え、あ、はい。こちらはお寿司といって、生の魚を捌いて、酢を入れた米と共に握った一品です」
「魚を生で……⁈ 聞いたことないけれど、美味しいのね……」
そう言った彼女はすぐにお寿司に醤油をつけて、もう一口食べた。
「口の中でとろけていく感覚が新しいわ。お醤油のおかげで魚の味も引き締まるし、米というものも美味しいわ。……ほら、お前たちも食べなさい!」
彼女に促されて、使用人たちもお寿司に手をつけ始める。彼女はそのまま「おいしい〜っ」と言いながら、全ての料理を平らげてしまった。
「ふぅ。美味しかったわ……」
王女様はそう言って、口元を拭く。そこで顔を上げて気づいたみたいだ。彼女の姿を公爵様が見ていることに。
彼女は途端に顔をカァーってと赤くさせた。
「わ、わ、わ、わたくし……」
彼女はアワアワと目線を右往左往させ、最終的に私をキッと睨みつけた。
「わたくし、こんな料理、美味しいなんて思ってないんだからね!」
そう言って、大ホールからツカツカと出て行ってしまった。彼女を追うように、慌てて彼女の使用人達も大ホールから出て行った。
後には、状況を飲み込めない私と公爵様のみが残された。
「あの、公爵様……。これはどういうことなんでしょうか……」
「俺もこれは予想してなかったが……」
「そうですよね」
「厄介な方」と言われて予想していたのと全然違うし、最初の印象ともかけ離れているんだけど……。
私が戸惑っていると、公爵様は労わるように私を見た。
「まあ……今の王女様のことは、あんまり気にしなくていいだろう。それよりも、王女様の態度で、ジゼルは嫌な思いをしたよな? 本当にすまない」
「いえ、今のインパクトの方が強くて、何とも……」
「それならよかったが……。今日は、他に案内する予定はないし、もうジゼルも休んでくれ」
「は、はい。分かりました」
公爵様の言葉通り、その日の私は王女様のことを気にせずに休むことにした。
しかし、その後も、王女様の様子がおかしいことが多々あって……。
次の日。公爵様と王女様と共に部屋で談笑していた時のことだ。
王女様は何度も公爵様にボディータッチをしようとして、公爵様に嗜められていた。妻として私も同席していたんだけど、王女様は私に目もくれない。
仕方がないので、途中で、料理を持って来たんだけど……。
作ったのはチーズのリゾット。チーズの芳醇な香りに耐えられなくなったようで、王女様は反応を示した。
「な、何かしら?」
彼女はツンと顎をあげて、ソワソワしながら尋ねる。
「チーズのリゾットというものです。よろしければ、食べてみてください」
彼女はしばらく葛藤していたが、美味しそうな香りに勝てなかったのだろう。彼女はスプーンを取って、リゾットを口にした。
「ん〜っ、美味しいっ」
彼女はほっぺに手を当てて、悶えた。そのままパクパクとあっという間に料理を食べ終えてしまった。
リゾットの容器を空にしたところで、我に返ったらしい。彼女はハッと公爵様と私の顔を見た。
「あ……」
そして、みるみる顔を赤くさせていった。
「また料理で私を翻弄して……!」
「ほ、翻弄⁈」
「本当に……本当に、あなたの料理なんか、美味しいとか思ってないんだからねーっ」
そう言って、彼女は部屋から去って行ってしまった。
まあ、王女様の言動は気にしなくてもいいよねと結論づけて、その日は終わった。
しかし、また次の日のことである。視察団の方々の案内が終わった公爵様を労わるため、私は晩酌の準備をしていた。
おつまみとしてピーマンの肉詰めを作った私は、ふと用事を思い出して、おつまみをキッチンに放置してしまった。
用事を終えた私は、すぐにキッチンに戻ったんだけど……。
そこには、リーリエとレンドール君がキッチンの中を覗いている姿があった。
「二人とも、どうしたの?」
「あ、ジゼル様! 中を見て下さい」
リーリエに促されて、キッチンの中を覗く。そこには、「何よ、これ美味しいじゃない」と呟きながら、ピーマンの肉詰めを頬張る王女様の姿があった。
「ど、どういうこと⁈」
私が聞くと、レンドール君が口を開いた。
「ジゼル様が去った後、すぐにキッチンに入ってきました。そして……」
王女様は『あの女とアベラルド様との交流を台無しに……そのためにはこの料理を食べ切って……というか、何よ、これ美味しいじゃない!』と言いながら、一心不乱に食べ始めたそうだ。
一国の王女が一心不乱にピーマンの肉詰めを食べるって……。
「私たちはただの使用人だから、王女様に話しかけられなくて……。ジゼル様のおつまみがどんどん食べられちゃいましたよ〜っ」
と、リーリエは涙目になってしまった。「大丈夫だよ」と彼女の頭を撫でてから、私はキッチンの中に入っていった。
「王女様、どうされたのですか?」
「……っ⁈」
慌てて口に含んだのだろう。彼女の頬は膨らんでおり、すぐには喋らないようだった。
「ここにあったのは、ピーマンの肉詰めというものなのですが……すべて食べられたのですね」
「あ、わ、わ、わたくし……!」
私は彼女を安心させるように、にっこり笑った。
「気に入っていただけたようで、嬉しいです。大丈夫ですよ、他のものを作り直します」
今からピーマンの肉詰めを作るのは、骨が折れる。それなら、別の簡単なおつまみがいいだろう。
ピーマンは少しだけ残っているから、これを使おう。あとは、明日お昼ご飯として届けるおむすびの具として残しておいた、ツナも使おうかな。
ピーマンを切って、ツナをと混ぜる。ごま油とコンソメを加えれば、あっという間に完成だ。
「出来ました。これは無限ピーマンって言うんですけど、食べてみますか?」
「あ、あ、あ、わたくし……っ」
彼女は顔を真っ赤にさせて、口を開いた。
「べ、別に途中から目的を忘れて食べるのに、夢中になってたとかじゃないから!」
「はい」
「あなたの料理が美味しいとか思ってないから!」
「はい」
「だから……」
彼女は最早、涙目になっていた。
「こ、このくらいで勝ったと思わないことねーっ」
そう言って、彼女はキッチンから走り去ってしまった。
入れ替わるようにリーリエとレンドール君がキッチンに入って来る。すぐにレンドール君が口を開いた。
「素直になれない人って、面倒くさいですよね」
「弟よ、それは若干ブーメランかも」
ちなみに、二人に無限ピーマンを提供したところ、「無限に食べられる!」と好評だった。ピーマンの肉詰めを食べられて涙目だったリーリエも、ご満悦のようだった。
また次の日のことである。
朝、私と公爵様がその日のスケジュールを話し合っていると、フラリと王女様が姿を現した。
彼女は目を血走らせて、「どんなに二人の仲を邪魔しようとしても、アベラルド様の気を引こうとしても、うまくいかない。こうなったら……」と呟いた。そして。
「ああーっ! 何かに躓いて、倒れてしまうわ〜っ」
そう言いながら、彼女はこちらに向かって倒れてきた。
「危ない……!」
私は咄嗟に彼女に向かって手を伸ばした。倒れかかった彼女の肩を支える。
「大丈夫ですか⁈」
私が彼女の顔を覗き込むと、彼女は顔を真っ赤にさせて口をパクパクさせた。
「べ、べ、べ……!」
そして、すぐに私から離れて、走りながら叫び始めた。
「別にときめいたりなんか、してないんだからねーっ」
えぇー……。




