第3話 白身魚フライと景気づけの一杯
それは、週末の晩酌の時だった。
「えっ、公爵家に王家の視察が入るんですか?」
公爵様から「王家の視察団がくる」と伝えられたのは。
ちょうど晩酌を始めようとしていた私は、衝撃の報告に驚きを隠せなかった。
私の聞き返しに、公爵様は重々しく頷く。
「ジゼルのプロデュースした店の噂が、王都まで届いたらしい。“米”とジゼルの“米料理”に関心があるらしく、ぜひ視察したいとの要請を受けたんだ」
「そ、そんなことがあるんですね」
「もちろんジゼルが嫌なら、断れるように尽力するが……」
公爵様の表情を見るに、王家からの申し入れを断るのは骨が折れそうだと察する。私は笑顔を作って、首を横に振った。
「断る必要はないですよ。驚きましたけど、興味を示してくださるならありがたいことです。お引き受けしましょう」
「いいのか? 王家からの視察を出迎えるのには、様々な準備がいる。そのために、ジゼルに負担をかける部分もあって……」
「もちろん私は大丈夫です。それに、王家からの視察が入るというのは、名誉なことなんですよね?」
「まあ、そうだな」
公爵様が頷いたのを見て、私は笑顔で言葉を続けた。
「それなら、公爵家の評価も上がりますし、お米の売り上げも上がりそうですし、きっといいことばかりですよ」
「……」
「私もお出迎えの準備を頑張るので、一緒に乗り越えましょう!」
「……そうだな。ありがとう、ジゼル」
私がガッツポーズを作ると、公爵様は安心したように眉を下げた。
それにしても……王家からの視察、か。
孤児院出身で元平民の私にとって、王家を迎え入れるプレッシャーは大きい。
私は、公爵様の配慮で社交界には顔を出してこなかった。そのため、ほとんど貴族社会の作法を知らない。迎え入れるための準備の負担は大きいだろう。
でも、公爵様が支えてくれる。その安心感で、どこまでも頑張れそうだ。
それに、今は……。
「とりあえず、今は飲みましょう! せっかくの晩酌ですし!」
「ん、そうだな」
公爵様が頷いたのを見て、私はグラスにビールを注ぎ始めた。ビールの黄金比である7:3を作って、グラスを掲げる。
「それじゃあ、王家からの視察の迎え入れが成功することを願って……乾杯っ」
「乾杯」
グラスをコツンとぶつけて、まずは一杯。
「っはぁーーー。んーー、景気づけの一杯目は最高ですねぇ」
「そうだな。これで王家からの視察も乗り越えられそうだ……」
「公爵様? まだ先の話ですよ?」
上機嫌にクスクスと笑いつつ、私は本日のおつまみを乗せたお皿を机の上に置いた。
「今日のおつまみは、白身魚のフライです」
「へぇ……。衣がついているということは、揚げ物か。美味そうだな」
「はい。実は、あの店のおじいさんとおばあさんが新鮮な魚を送って下さったので、それを使って作ってみました」
そう言いつつ、さっそく白身魚のフライにかぶりつく。
サクッサクッ。
その瞬間、サクサクの衣とホクホクの魚が口の中でほぐれていく。白身魚の旨みに、すぐにまるまる一匹を食べ終えてしまった。
隣を見ると、公爵様も既に一匹食べ終えたようだった。
「うん。やっぱり揚げ物は、安定の美味しさがあるな」
「あ、ソースもありますよ。付けますか?」
「付ける」
今日のソースは、もちろん、ど定番の「タルタルソース」である。
タルタルソースを小皿に取り出して、白身魚のフライにたっぷりつける。
そのまま再び、白身魚のフライにかぶりついた。
タルタルソースの濃厚な卵とマヨネーズの味が白身魚のフライに絡んで、重厚感のある美味しさを引き立てていた。
何もつけなかった時のさっぱりとした白身魚の味わいとは打って変わって、ガツンとした濃厚さが際立っている。
一方、公爵様はタルタルソースをつけた白身魚のフライの美味しさに、ぼんやりしているようだった。
「公爵様?」
「……ソースには、何が入っているんだ?」
「マヨネーズと卵、玉ねぎ、酢などなどです」
「あぁ……」
公爵様が唸りながら頭を抱えた。
「美味いに決まってる」
「あはは〜。マヨネーズを使ったソースは最強! みたいなところありますからね〜」
「そうだな」
「ちなみに、醤油をかけても美味しいですよ」
「それなら、醤油も試してみようかな」
そのまま二人で白身魚のフライをおつまみに、ビールを飲んでいく。
しばらくすると、公爵様は頭をフラフラとさせ始めた。最近は酔い潰れることもなかったので、久しぶりに飲みすぎてしまったようだった。
「大丈夫ですか? もう休みましょう」
そう言って、公爵様の肩を支えたんだけど……。突然、その手をぱっと公爵様に掴まれてしまった。
「公爵様? どうしたんですか?」
びっくりしていると、公爵様が不安そうに私の瞳を覗き込んできた。その視線にドキドキしていると、公爵様が重々しく口を開いた。
「ジゼル、王家の視察団のことなんだが……」
「なんですか?」
「視察に来るのが、実は……」
「実は?」
「……」
しかし、そこまで言って、公爵様は眠ってしまった。仕方がないので、私はレンドール君を呼んで、公爵様を運んでもらう。
一人になった部屋で考える。
今、公爵様は何を言おうとしてたのかな、と。
公爵様は酔うと弱音を吐くことが多いし……「視察に来るのが、実は“怖い”」とかかな? それとも「“不安”」とか?
王家から視察が入る、という話をしてから、公爵様の顔は曇りがちだったから、強く不安に思っているのかもしれない。
それなら私がしっかりお出迎えの準備のサポートしなければな、と決意を新たにした。
この時の私は、安易にそんな結論を出してしまった。公爵様が全く別の、重要な過去を言おうとしていたとは知らずに。
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