第2話 チャーハンとビール
本日の仕事を終えた私は、厨房で料理をしていた。もちろん、今日の晩酌のおつまみを用意をするためである。
「よっ、ほっ」
フライパンを前後に振り、フライパンの中の米が焦げないように、玉ねぎ・卵と混ぜていく。
よく混ざったところで、醤油、塩、胡椒を加える。
最後にあらかじめ下ごしらえをしておいたキャベツと焼いたチャーシューを加えて炒めたら、完成だ。
完成した料理を持って、晩酌部屋へと向かう。部屋に入ると、既に公爵様がグラスとビールを用意して待っていた。
「公爵様、お疲れ様です」
「お疲れ様。香ばしいにおいがするな。今日は何を作ったんだ?」
「今日は……、炒飯というものを作りました!」
私はお皿に乗った炒飯を公爵様に見せる。炒飯を見た公爵様は目を細めた。
「これは……もしかして、米を使ってるのか?」
「ご明察です! お米を使った料理です。餃子との相性が抜群で、個人的にビールと一緒に食べるのが好きなんですよ」
「へぇ、そうなんだな」
「今日は餃子も作ってきたので、一緒に食べましょう」
「前にも食べたことがあるやつだな。楽しみだ」
私はすぐに椅子に座り、ビールをグラスに注いだ。
「それじゃあ、乾杯!」
「乾杯」
まずは最初の一杯。ゴクゴクッとビールを飲み干して、「ぷはぁーっ」と息を吐く。アルコールが入ることで、体が熱くなり、じわじわと高揚感に身を包まれる。
仕事終わりに高揚感をもたらしてくれる、この「最初の一杯」が最高なのだ。
その後、さっそく炒飯をスプーンですくってみた。
醤油を炒めた香ばしいにおいが鼻をくすぐり、ごくりと喉を鳴らす。さっそくスプーンで炒飯をすくって、パクッと一口食べてみた。
醤油と胡麻油で味付けされたパラパラの米とふんわりとした卵に、胡椒が効いていて、最高に美味しい。
更に、シャキシャキのキャベツと肉厚なチャーシューがいいアクセントになっていて、食べ応えも抜群だ。
公爵様も炒飯を一口食べて、目を見開いた。
「ん、美味しいな! 前に“親子丼”を食べた時は米自体に味はなかったのに、こっちはしっかり醤油と卵で味付けされているのがいい」
「そうなんですよ。白米ももちろん美味しいんですけど、味付けされたご飯も魅力的なんですよね〜」
「卵やキャベツの食感もいいアクセントになっているな」
「キャベツやチャーシューは通常より大きめ切って炒めたので、おつまみとしても楽しみやすくなっていると思いますよ〜」
「なるほどな」
公爵様が感心したように頷いている。
続けて、餃子にも手をつける。噛んだ瞬間、パリパリッと餃子の羽の音が鳴り、ジュワッと肉汁が溢れ出した。口の中に胡椒とニンニクの味が広がっていくのを感じた。
そして、餃子の油で満たされた口の中に、ビールを一気に流し込む。これが気持ちいいのだ。
「〜〜〜〜っ、最っ高ですね」
ビールでリセットされた口で、炒飯を食べる。その後すぐに炒飯と一緒に餃子を食べて、再びビールでリセット。
この流れで永久に食べ続けられるし、飲み続けられる気がする……。これぞまさに永久機関。
私が悦に浸っていると、黙々と食べていた公爵様がふと首を傾げた。
「なんというか……。いつもより酔いにくい気がするな?」
「ああ、炭水化物……ご飯ものは酔いを回りにくくさせることが出来るんですよ」
逆に酔いたい時は、ご飯もの選ばない方がいいんだけどね。
公爵様は酔いやすいから、ご飯ものと一緒に飲んだ方が良さそうだ。
「なるほど。これで酔いすぎなくて済むから、いつもより酒が飲めるな……!」
「だからと言って飲み過ぎないで下さいね。公爵様、酔いやすいんですから」
「……う、分かった」
歓喜から一転、少ししょんぼりしながら公爵様がコクリと素直に頷いた。
公爵様、いつもたくさん飲みたかったのね……。あれで我慢してたつもりだったのね……。
「それにしても、米料理は新鮮でいいな。何より美味しい。これからジゼルの作るつまみが楽しみだ」
「あはは、どんどん米料理が増えていくと思います。楽しみにしていて下さいね」
「そういえば、前に米を使った酒造りをするって言ってたが、そっちの方は順調か?」
「あー……」
公爵様の問いに、答えが詰まる。
私は稲作を始めてから、私は米を使ったお酒、つまり「日本酒」造りに挑戦していた。最初は日本酒で晩酌をしたいという一心で始めた挑戦だったんだけど……。
「実は行き詰まってるんですよねぇ……」
しかし、本格的な酒蔵を持っていない私が一からお酒を造るというのは難しくて、日本酒造りは難航していた。
まず、日本酒に必要な材料も集まらないのだ。お酒作りには、糖分を酵母によってアルコール発酵させることが必要なんだけど、「酵母」が手に入らないんだよね。
日本酒が完成すれば、それにピッタリのおつまみも作れんだけど、その願いが叶うまでにまだまだ時間がかかりそうだ。
「ドライイーストというものがあれば、出来るんですけどね」
「どらいいーすと?」
「パンを作るのに使われていて、パンを発酵させて生地を膨らます役目を持つものです」
酵母の代わりにドライイーストがあれば、本格的なことをしなくても簡単に日本酒造りができるのだ。
「ちょっと、ドライイーストに該当するものが見つからなかったですね」
色々と探してみたんだけど、この世界に「ドライイースト」に該当するものは見つからなかったのだ。
「何か俺に協力できることはあるか?」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」
とは言ったものの、どうにかして日本酒を製造できるようになりたいよなぁ……。
そんなことを考えていると、公爵様がふいに口を開いた。
「そういえば、ジゼルがプロデュースした港町の回転寿司店、好評みたいだぞ」
「本当ですか?」
「ああ。毎日行列ができているらしい。今度、うちの領地に支店を出す計画も進めているとイアンが言っていたぞ」
「それは嬉しいですね!」
公爵領に店を出してくれるなら、いつでもお寿司を食べれるから嬉しいな。私は幸せな気分でお酒に口を付けた。
しかし、この時の私は知らなかった。この回転寿司店の評判がなんと王都まで届いており、それが私達の生活に波乱をもたらすことになることを。




